第8巻 番外編

LIGHT NOVEL

番外編1ティスリと飛行魔法

 けっきょく魔族圏へと行くことになってしまったティスリわたし達は……

 山小屋からやってきた宿場街を早朝から出発します。

 そうして十数分ほど歩いて、周囲を見回してからわたしはアルデに言いました。

「この辺でよさそうですね」

 まだ朝日が昇り始めたばかりとあってか、周囲に人の気配はありません。そもそも小さな宿場街でしたから、早朝の街にもひとけはなかったのですが、念のために街から出てきたのでした。

 なぜなら、いきなり飛行魔法を使って飛び立っては目立ちますし、だとしたら街人を驚かせてしまうでしょう。そして人の記憶に残るということは、まかり間違ってラーフルの捜査網に引っかからないとも限りません。ラーフルは間違いなく、わたしたちを捜すでしょうし。

 なのでわたしは人目をはばかって、街の外へと出てきたのですが……

「………………ふあぁ」

 アルデは、大きな欠伸をして目をしばたたかせていました。

「う〜ん……眠い……」

「ちょ……アルデ? そんなにフラついていたら……って、立ったまま寝るとか器用ですね!?」

 本気で寝息を立て始めたアルデに、わたしは驚いて声を掛けました。

「ほらアルデ、起きてください。もうちょっとですから」

 アルデは一度寝入ると、そう簡単に起きません。魔法で起こすのは寝覚めが悪くなりますし。

 だからわたしは、歩きながら船を漕ごうとする器用なアルデの袖を引っ張ります。

「あそこの木の陰まで歩いてください。そうしたら飛行魔法を使いますので、その後は寝ても構いませんから」

「う〜ん……もう食えないぞ……」

「すでに夢を見始めている!?」

 それでもアルデは、なんとか歩いてくれたので、わたしは袖を引っ張ったまま木陰へと歩いていって……

(袖を引っ張るより、手を引いたほうが歩くのでは?)

 などと考えてみたりします!

(い、いやでも! べ、別に袖でも手でも関係ないでしょう!?)

 ですがしかし、手を繋いだらアルデがびっくりして起きるかもしれなくて!?

(な、なら……アルデの目を覚ますためにも、ここは荒療治的に手を繋がないと……!)

 そうしてわたしは、アルデの大きな手を見ますが……

(じ、自分からなんてとても無理です!?)

 無理でした!

 ということでわたしは、アルデの袖を引っ張ったまま……木の陰へとやってきます。

「それでは……飛行魔法を発現しますからね? 飛び出すときは、普段とは感覚が違うのですから、バランスを崩さないよう気をつけてくださいよ?」

「………………」

「ちょっとアルデ? 聞いてますか?」

「う〜〜〜ん……分かったよ……むにゃむにゃ……」

「なっ!?」

 もはや何を言っているのか分からない言葉を放ちながら、アルデは──

 ──わたしに抱きついてきたのですが!?

「ちょ!? ア、アルデ!?」

 しかもぎゅ〜っと抱き締められてるんですが!?

「き、聞いてますかアルデ!? な、なんでこんなことを!?」

 自分でも分かるくらいに熱くなっている頬を自覚しながらも、アルデの耳元で、わたしは悲鳴に近い声を出します。しかしアルデは──

「ぐぅ……」

 ──もはや完全に寝息を立て始めました本当に器用ですね!?

(わ、わたしは一体……ど、どうすれば……)

 これはもはや、手を繋ぐどころではありません……!

 だってこれじゃあ、手を繋ぐ以上にすごい密着感じゃないですか!? 肌と肌が触れあう面積こそ少ないものの、そんなことは問題にならないくらい、アルデの息づかいが耳元で感じられて、しかもアルデの体温なんて……もうそれで全身が包まれているかのようですよ……!?

「ア、アルデ……困りますよ……」

 わたしは真っ赤になりながらもそうつぶやきますが……間近で聞こえてくるのは、アルデの寝息ばかりで……

 アルデの硬い髪の毛が、わたしの頬をチクチクと撫でていきますが……なぜかそれすらも心地よく感じられて……!

「し、仕方がないですね……本当に……」

 でもよくよく考えてみれば……

 こうやって、抱き合いながら飛行するのは今に始まった話でもなくて……

 つい先日だって、わたしはアルデを抱き締めて、この宿場街に飛んできたわけです。ですがそのときは、混乱のあまり、こういう感覚なんて気にもしておらず……

 さらには王城の空中庭園で戦った後も、飛行魔法で離脱していましたが……あのときはフルプレートアーマーを着込んでいましたから、ここまでの密着感もなかったわけで……

(で、でも! 改めてこうしてみると……なんだかとんでもないことをしているのでは……!?)

 とにかくアルデに包まれているようなのです!

 なんだかもう、心の奥底から表層までくすぐったくて仕方がありません!

 ですがどうしてか……

 アルデを突き放すこともできずに……

(わたしの魔法なら……離れて飛行することだってできるのに……)

 なのに気づけばわたしは!

 アルデの広い背中をしっかりと抱き締めてますよ!?

「〜〜〜〜!!」

 自分の体だというのに、もはや自分でコントロールできなくなっていませんか!? まるで誰かに操られているかのようです!!

(操っているなら絶対にアルデです!)

 きっとわたしに、何かしらの魅了魔法を掛けたに違いありません!

(で、でも……!)

 それが心地よいなんて、反則にも程があるでしょう!?

(こ、ここは……深呼吸です……まずは深呼吸をして気持ちを落ち着けましょう……すぅ……)

 って!?

 今わたしは、アルデの腕の中にいるのですから!

 まるでアルデの匂いを嗅いでる変質者みたいじゃないですか!?

(何をしているんですかわたしは!?)

 しかもなんだかますます心地よくなってるし!?

 こんなに激しい動悸に悩まされながらも心地いいって、いったいどんな心理状況ですか大丈夫ですかわたしは!?

(や、やむを得ません……アルデはこの体勢で寝入るという器用極まりないことをしていますし……魔法で起こすのもかわいそうですし……魔法でアルデを引き離すくらいなら、飛行魔法を使ってしまったほうが効率がいいですし……!)

 ということでわたしは、このまま飛び立つことにしました!

 目的地である国境都市までは、飛んで行けば小一時間程度ではありますが……

(小一時間も、アルデと抱き合ったままなのでしょうか!?)

 もはやわたしの気持ちが壊れてしまいそうですいろんな意味で!?

「………………では、行きますよアルデ……」

 もちろんアルデからの返事はありません。声を掛けてみたのは、幾ばくか、心の準備をするだけのものなのですから。

「………………飛行フーガ

 そうしてつぶやきのような発現名と共に、わたしたちは抱き合ったまま、飛び上がりました。

 そしてわたしは、その高度をどんどん上げていき、人の目からでは発見できない高度まで来ると、国境都市に向かって進路を変更します。

 今日は雲一つない冬晴れで、まだ登りかけの朝日は目映く輝いていました。

 その朝日でようやく目を覚ましたのか、耳元で、アルデの声が聞こえてきます。

「んぁ……?」

 わたしはさらに胸を撥ね上げ、だからアルデの背中に回す手に思わず力が入ってしまって……ですがせめて声だけは平静を装うべく気をつけます。

「アルデ……目が覚めましたか?」

「ん、お、おう……悪い、寝入ってた」

「別に構いませんよ……」

「ってか、もう飛行中なのか?」

「ええ、まぁ」

「そうか……」

 そうしてアルデは、体をモゾモゾと動かし……どうやら状況を確認したようですが、それから照れくさそうに言ってきました。

「にしても、あれだな……」

「な、なんですか……?」

「この飛行魔法ってさ……」

「ええ……」

「なかなか難儀だよな……」

「えっと……それはどういう意味でしょう?」

 飛行魔法は、移動手段としては転送魔法に次ぐ利便性があります。まぁ本来なら、一人の魔法士が何時間も長距離飛行することは不可能なのですが、わたしにとっては造作もありません。

 つまり非常に便利な魔法なので、なぜアルデが難儀と感じているのかよく分からなかったのですが……

「いやだってさ」

 わたしのその疑問に、アルデは思いも寄らないことを言ってきました。

「こうして抱き合わないと飛べないなんて──」

「それはあなたが悪いのでしょう!?」

「え……なんで?」

「………………!」

 だから抱き合わなくても別に飛べるんですけどね!?

 ですが……

 それをアルデに説明するのは……

 なんだかちょっと気恥ずかしいというか……

(ちょっと………………もったいないというか……って!?)

 だからわたしは何を考えているんですか!?

 などと……

 わたしがまたもや混乱しているうちに、国境都市へと着いてしまい……

 結局、飛行魔法の誤解は解けないのでした……

(おしまい)

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