第8巻 番外編

LIGHT NOVEL

番外編2ラーフルとミア

「………………」

「………………」

 ラーフルわたしは、その日、ミア嬢と昼の会食をするため王都のレストランに来ていた。

 ミア嬢に関する人事は殿下預りとなっていたので、その殿下不在の今、例えテレジア家家長でもどうこうすることはできず……だからテレジア家に復帰させるには、なぜか摂政となってしまったわたしにしかできなかったのだ。

 だから今日は、テレジア家復帰を伝えるための会食とした。

 本来なら書状で伝えれば済む話でもあったのだが、わたしが個人的に、ミア嬢に確認したいことがあったので、なおさら面と向かって話がしたかったわけなのだが……

(な、なんだか気まずいな……)

 一緒に旅行したとはいえ……殿下の休日を台無しにしないよう、わたしは余計な会話を控えていたので、ミア嬢と話したことはあまりなかった。それに山小屋であのような場面を目撃してしまったとあっては……なおさら気まずい。

 しかもわたしは、まさにあのような場面を思い出させるようなことを聞きたくて、この会食を用意したのだし……

(い、いったい……どう切り出せばいいのだ……?)

 ミア嬢は、訥々と世間話を振ってはくれているが、わたしはどうにも上の空だったので会話は途切れがちだった。

「ラーフル様、お仕事のほうは順調ですか?」

「え……? あ、ああ……そのなんだ……摂政などという大任に戸惑いもあるが……殿下に任命された以上、身命を賭して全うするつもりだ……」

「そうなんですね……わたしなんかじゃ想像もできないほどの気苦労がおありなのだと思います」

「ああ……だが奇しくも先の内乱で不穏分子は一掃できたから、政治の駆け引き的な気苦労はないのだが……国政の舵取りなんて初めてだからな……わたしの決定で国が傾くかもしれないと思うと……正直、夜も眠れないというか寝る暇もないというか……」

「なるほど……でもアジノス陛下はご健在ですよね? 今はどうされているのでしょう?」

「それが……わたしも念のため、陛下がお過ごしの別荘地までお伺いに行ったのだが……『あの子が任命したのなら間違いないだろう。よきに計らえ』と仰せつかったよ……」

「そ、そうなのですか……」

 陛下はその後「そもそもティアリースの決定をわしが覆したら、後で何を言われるか……」と独り言のようにつぶやいて身震いまでしていたが、そこは黙っておく。

 そんなことを思い出していたら、ミア嬢が申し訳なさそうに言ってきた。

「せめて、わたしが何かお手伝いできればと思うのですが……さすがに国政ともなると……」

 心底申し訳なさそうな顔をするミア嬢を見たとき……わたしは閃く!

(そうだ、この話の流れなら切り出せるぞ……!)

 だからわたしは、やや前のめりになって言葉を捻り出した。

「実はな……今日こうして会食に誘ったのは、ミア嬢に確認したいことがあってのことなのだ」

「えっ……そうだったのですか? それでラーフル様の気苦労が少しでも緩和されるなら、なんでもお答え致しますよ」

「ありがとう。それでは……なのだが……」

 そうしてわたしは、気まずさを押し込めてハッキリと言った。

「あなたは……アルデ・ラーマのことをどう思っているのだろう?」

「え……?」

 ミア嬢は、いっとき目を丸くすると──

「ア、アルデのこと、ですか……!?」

 ──すぐさま耳まで真っ赤になった!

 うん、やっぱりどのタイミングであっても変な質問だよな!? そもそもわたしとミア嬢では、プライベート事を話す仲でもないし、だいたいわたしの気苦労や国政の舵取りなんかとは一見するとまるで関係のない話題だし……!

 でも本当は非常に関係あるのだが!

 だからわたしは慌てて言葉を続ける……!

「じ、実はな! わたしはあなたのことを、この国の行く末を左右する最重要人物かもしれないと思っているのだ!?」

「わわわ、わたしがですか!?」

 ああ!? わたしはまた何を言っているのだ!?

 今度は話を大きくしすぎて、ミア嬢が萎縮しているではないか……!

「す、すまん……あくまでも仮定の話ではあるのだが……ええっと……話を整理するとだな……」

 そうしてわたしは、順序立てて話をしていく。そうなると、いよいよ気まずい話題に触れるしかないのだが……

「今回、殿下が出奔なさったのは……初回とは訳が違うとわたしは考えている」

 去年の春先に殿下が王城を去ったのは、ひとえに陛下の意向があったからだ。陛下としては「ちょっと休暇を取って羽でも伸ばしてきたら?」というニュアンスで語ったらしい。

 いや本当にそうなら、殿下があんなに怒って王城追放などとは考えないと思うのだが……少なくとも現時点での陛下の弁明はそうらしい。

 いずれにしても殿下は、陛下が追放したのだからと考えて、そこまで身を潜めようともせず、しばらくは王都を堂々と歩いたり買い物したり、そうして王族として宿泊までしていた。

 そこにアルデが付き添っていたことが致命的な問題となったわけだが……それはともかく。

「だが今回は、殿下は自らの意志で出奔なさった。当然、我々が捜索することも分かっているだろうから、本気で身を隠されていると思う。では、なぜ殿下が出奔し、かつ身を隠すのか、そこが重要になってくるのだが……」

 おそらく、わたしの回りにいる官僚より遙かに聡いミア嬢は、すでにわたしが言いたいことを理解しているのだろう。徐々に顔が青ざめていく。

「そ、それは……やはり……」

「ああ……アルデのことを、本気で好きになってしまわれたのだと思う」

 もっとも、アルデのことは最初からお気に入りで、この半年ちょっとの旅路で完全に好きになっていたのだろうから、それを自覚したと言った方が正しいのだろうが。

 いずれにしてもミア嬢は、いよいよ顔を真っ青にしていた。

「つ、つまり……殿下出奔の引き金を引いてしまったのは、わたしというわけですね……あの山小屋で……」

「あ、ああ……そうなるかもしれないが……」

「も、申し訳ありません!」

 そうしてミア嬢は深々と頭を下げる。

「国政の要であらせられる殿下をそこまで追い詰めてしまった責任を、いったいどう取ればいいのか──」

「い、いや待ってくれ! 別にあなたを責めようというわけではないんだ……!」

 だいたい殿下を唆したのはアルデだし!

 ミア嬢の責任を問うのはお門違いだ! アルデが打ち首になるのは仕方がないけれども!?

 しかしミア嬢は、よりいっそう恐縮した感じで言ってくる。

「ですが……わたしがあんな醜態を晒してしまったばかりに……」

「い、いや……本当に気にしないでくれ……それにわたしが聞きたかったことは、今後のことなのだ」

「今後の……こと……?」

「ああ……」

 この質問は、きっと、より一層ミア嬢を追い詰めてしまうかもしれないが……

 しかしようやく、ここまで話すことができたのだ。今ここで躊躇っても意味がないし、どのみち──

(──ミア嬢には、いずれは確認しなければならないことだろうからな)

 だからわたしは、意を決してその言葉を口にする。

「現在、我々は国の総力を上げて殿下の捜索に当たっている」

「はい……」

「しかしそれでも、殿下を見つけることは不可能に近い。なぜなら殿下は、魔法一つでどこにでも行けるし、そしてどこででも生きていける。もともと、国家の後ろ盾など必要としないのだ。王族だというのに……」

「そうですよね……あまりにも実力がおありですから……」

「ああ。だとすると……当然、アルデも見つけられない、ということになる」

「…………!」

「そのときあなたは、どうするつもりなのだろう? アルデを諦めるのか、それとも……」

 ミア嬢が、苦渋に満ちた顔になる。

 それはそうだろう。わたしは、未だに経験のない感情なのだが、わたしの親友曰く「好きな人に会えないことは、気持ちが引き裂かれるかのようにつらいことなのですよ!?」だということだし……

 まぁ……アイツの場合、好きな人というのが異性ではなく同性つまりわたしだから、そんなことを言われても困ってしまうのだが……

 それはともかく、ミア嬢をそんな気持ちにさせてしまうのは、こちらとしても心苦しくはあるのだが、今は国の行く末がかかっているのだ。どうしても確認しておきたいことだった。

 やがて……昼食の出されたスープも冷めてしまったかという頃合いで、ミア嬢が訥々と話し出す。

「アルデのことは……諦めたくありません……」

 その答えに、わたしはあえて冷徹な指摘をする。

「しかし、もう見つからないかもしれないぞ?」

「それでも……諦めたくないんです……わたしは一度、些細なことで諦めてしまって……そのあと、すごく後悔したから……」

「そうか……」

 ミア嬢の決意は、そこまで固いということなのか。

 だからわたしは、まるで試すかのように質問を変える。

「ならば逆に、見つかったら?」

「え……?」

「もし殿下とアルデが見つかったなら、あなたはどうするつもりだ?」

「そ、それは……」

「ライバルとなる相手は、あの殿下なのだぞ?」

 幼少の頃から国政に関与し始め、殿下が16歳になったときには、中流国のそしりを受けていた我が国を、経済に外交に軍事にとあらゆる面で立て直し、かつ臣民からの人気も高いという類い希なる王族で……

 個人としても、たった一人で戦略級魔法をいとも簡単に連発し、剣技だってアルデが現れる前までは負けなしで、その気になれば本当に一人で世界征服すらあっさりとやってのけるほどの、おそらく人類魔族問わず前代未聞の天才だ。

 それは当然、ミア嬢にだって分かっているはず。何しろここ数カ月は殿下の間近にいたのだから。

 しかしミア嬢は、覚悟を決めた顔つきで答えてきた。

「あの殿下が相手だとしても……諦めたくないです」

「そうか……」

 いったいどうやって? とまではさすがに聞かない。なぜなら方策がないことなど、ミア嬢本人がよく分かっているだろうから。

 そしてわたしが確認したかったことは、方策でもない。

 聞きたかったことは──

 ──ミア嬢の覚悟なのだから。

 だからわたしは、いよいよ本題を切り出そうとしたところで……ふと我に返る。

(いや待て……この依頼は、本当にいいことなのか?)

 どうしてわたしが、ミア嬢の覚悟を確認したかったのか?

 それは……もうこうなっては包み隠さず自覚するしかないが、殿下とアルデの仲を壊したいからだ。

 ミア嬢とアルデが結ばれれば、殿下の恋は成就されない。

 殿下にとってはつらいことになるだろうが……しかし殿下のそのか細い肩には、この国の貴族や臣民の生活がかかっているのだ。いやもしかしたら、国家などという小さな枠組みには収まらず、人類の希望を背負って立つ方なのかもしれない。

 つまり色恋沙汰にうつつを抜かされている場合ではない、のだが……

 だからといって、そこにミア嬢を宛がうみたいな真似をするということは、それはつまり──

(──ミア嬢を当て馬のように使う、ということだよな!?)

 この段階になってようやく気づいたが……これはさすがに……

(やり過ぎというか……非道徳的というか……じゃないか……!?)

 本質的には、ジハルドがもちいた『人間の盾』と大した違いはないわけで……!

 だからわたしが逡巡していると、ミア嬢から聞いてきた。

「あの……ラーフル様? それでわたしに確認したいこと、とは……」

「あ、いや……その、なんだ……」

 躊躇いが残るわたしは、言葉を濁すしかなかった。

「興味本位というわけではないのだが……殿下も関わっていることだし……あなたが今後どうするのか、気になったというか……」

「そうでしたか……出過ぎた真似をしていることは、重々承知なのですが……」

「あ、いや。そういう意味でもなくてな……!? ただあの相手が殿下だと何かと大変かなと……」

「そ、そうですよね……わたしみたいなただの村娘が、殿下に対抗しようだなんて……」

「ち、違う違う!? そういう意味でもなくてな!?」

 ま、まずいな!?

 この手の話に疎すぎると、無辜の臣民を無駄に落ち込ませてしまうのか!?

 だからわたしは、慌ててなんとか取り繕う。

「わ、わたしにはそういう経験がないものだから……いったいどんな心境なのか不思議というか、不可解というかで……」

「そうなのですか? ラーフル様、お美しいですし、引く手数多なのでは」

「せ、世辞はやめてくれ」

「いえそんな、お世辞なんかじゃありません。それに外見以上に、こうしてわたしを思いやってくれているそのお人柄も美しいと思いますし」

 うぐっ……!?

 内心で当て馬にしようとしていた身としては、どんどん肩身が狭くなるな!?

「そう言ってもらえるのは嬉しいが……それにしてもミア嬢は、どうしてそこまでアルデを好いているのだ……?」

「えっ……!?」

 苦し紛れに話題を逸らしたら、ミア嬢は頬を赤らめて驚くと、すっと視線を逸らしながらも答えてくる。

「そ、それは……その……放っておけないというか……」

「ふむ……確かにアイツは、目を離したら子供のように迷子となりそうだが」

「あ、いえ……そういうことではなく……でもそういうことでもあるのかな……?」

「しかし放っておけないという理由は、むしろマイナスでは?」

「そ、そうなんですが……愛着というか、なんというか……」

「それは長らく一緒の村で育ったからか?」

「は、はい……それもあるんですが、それだけじゃなくて……」

 どうも歯切れが悪いな? こういったことは、人に言いにくいことなのか、それとも言葉にしづらいことなのか……

 やがてミア嬢は、目をきゅっとつぶってから言ってきた。

「つ、つまりその……アルデは格好いいんです……!」

 思わず「はぁ?」と言いそうになる言葉を、わたしはグッと飲み込んだ!

 さすがに、意中の相手のことを悪く言うのは礼儀に失することくらい、わたしでも分かるからな……

 わたしが思わず出しそうになる失言を飲み込んでいると、ミア嬢は、わたわたと言葉を続けていた。

「そ、その……格好いいというのは外見だけじゃなくて、性格もというか……とにかく普段はぼうっとしているくせに、いざというときは必ず助けてくれるという安心感があるというか……実際に、アルデは何度も、村に忍び込もうとした盗賊を撃退してるんですよ? もちろんそういう戦いだけが好きというわけじゃないんですが、と、とにかく……その……」

 やがてミア嬢の言葉は尻すぼみになる。

 どうやら、自分が話しすぎたことを恥じているらしいので、わたしは取って付けたようなフォローをするしかなかった。

「いや、参考になったよ。ありがとう」

「い、いえ……大したお話もできず、申し訳ありません……」

「人が人を好きになる、というのは……不思議な現象なのかもしれないな」

「ええ、そうですね。本当はわたしも、どうしてこんなにアルデのことが……そ、その……好きなのか……分からないことも多いです……」

「なるほどな……思い返してみれば、わたしには親友がいるのだが、そいつに同じ質問をしてみても、的を射ない発言ばかりでな」

「そうなんですか? その親友さんも、今どなたかに恋をされているので?」

「あ、ああ……そうなのだが……」

 同性のわたしに言い寄ってきて困っている、とは言えないので、その辺は誤魔化して話をしているうちに……

 次第にわたしは、殿下がいかにこの国を背負っているかを力説していて……

 終いには「殿下が築き上げたこの途方もない実績、その後を引き継ぐなんて無理すぎる!」と愚痴っていた!

 さ、酒も入っていないというのに……なんたる失態か……

 だがなんというか、ミア嬢は……非常に話しやすい相手だったのだ……!

 最初こそ、お互い緊張していて気まずい感じだったが、いちど胸襟きょうきんを開いて見れば、もはや教会の神父のような……

 だから今回は、わずか一時間の会食だったのだが、日を改めてまた会いたい旨を伝えると、ミア嬢は喜んで受けてくれた。

(あんないい子を、政治に利用するのはよくないよな……)

 などと考えながら、わたしは帰途に就く。

 こうしてわたしとミア嬢の親交は始まることとなり──

 ──どこで聞きつけたのかわたしの親友が、それは多大な勘違いをして、ミア嬢と決闘しそうになるのはまた別の話なのだった……

(おしまい)

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