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魔族との戦争を終結させてみれば、変身魔法の常時使用が可能になったので、あのコが不要になりました……!?
だから、これ以上のトラブルを引き寄せられてはたまらないということで、アオイが暇を出してみれば……それはそれで重大なトラブルを引き寄せてくるわけで……
さらには、入浴シーンも水着回も満載で、各キャラの魅力が引き立つ幕間的な第四巻! ぜひご一読ください!
「マナが魔王って、いったいどういうコトなの? ちゃんと説明して」
オレ──アオイ・ルーホンとティファ、そしてマナ・コーカンドが、世界の半分を震撼させたであろう空中戦を終えて地上に戻ってくると、マナの担任でもあるミリアム・ラングハンスが半眼になって問うてきた。
オレは、少し決まり悪そうな表情を作ってから説明する。
「どうもこうも……言葉のまんまだよ。コイツ、変身魔法を使ってハーフエルフの学生に変身して、それで魔法学園に潜入して、いろいろと暗躍してたらしい」
それを聞いたマナが頬を膨らませて言ってくる。
「暗躍してたなんて人聞き悪いな。けっきょく、魔法学園では大した情報も掴めなかったんだから、わたしは何もしていないのと同じでしょ」
「オレと出会っただろうが」
「ふふ、それは幸運だったね。魔王としてはもちろん、プライベートとしても?」
そんなことを言いながら、マナは小さく舌を出す。
う……コイツ、自分の容姿がどれほどかを分かって表情を作ってやがるな。
今のマナは魔王の体だから、学生のときのマナと違ってグッと大人びて見える。それでいてわずかなあどけなさも残っているから、その絶妙なバランスが始末に負えない。
こうなると、子供には興味がいないことを理由に──いや実際に興味はなかったのだからまっとうな理由だが──色恋沙汰を断るのが難しくなってくるなぁ……
そもそもオレは、なぜ色恋沙汰を断っているのかと言えば、この異世界でオレは女だし、まぁ同性での恋愛はどうなのかと問われればセンシティブな話題になるけれども、ロリコンなのは明らかに法に触れるわけで、魔法学園に入学してからこっち、知り合う面々はティーンが圧倒的なわけだから、それこそ色恋沙汰はごめんだったのだが。
オレは、ポンと手のひらを打ってから言った。
「あ、ちなみに。ミリアムは婆様だからそもそも論外な?」
「なんなの急に!?」
オレの思考もトレースできないとは、ミリアムもまだまだだなぁ。
マナのほうは、オレの考えを勝手に憶測して決めつけてくる。
「ふふ……アオイも、わたしの本当の姿にはタジタジのようね」
「べ、別にタジタジしてない。急に大人の魅力を醸し出してくるからビビってるだけだ」
オレの台詞に、なぜかミリアムが語気を荒げて言ってくる。
「ちょっとアオイ!? それどういうことよ!」
なんでコイツ怒ってんだ? オレは特におかしなことは言っていないが?
オレが首をかしげていると、マナは妖艶な笑みを浮かべながら、自らの腕をオレの腕に絡めてきた。
「これは、わたしが一歩リードですね、ミリアム先生?」
「リードとかそれ以前に、あなたマナよね!? いったい何がどうしたら、そんな急成長しているわけ!?」
状況をいっこうに飲み込めていないミリアムに、オレは再びため息をつきながら言った。
「だからマナが魔族で、変身魔法を使って学園に潜入してたんだってば」
「だからマナが魔王ってどういうことなのよ!」
うーむ……話が振り出しに戻ってしまった。
仕方がないので、今さっきマナから聞いた内容をオレは整理しつつ話し始める。
マナたち魔族は、異世界の異変──つまり魔物の爆発的増加について、いち早く察知して調査を開始したそうだ。
魔物増加現象に人間側が気づけば、魔族たちに非難が集中するのは目に見えていたからだ。
そうして、そもそも魔物がどうして生まれてくるのかまで遡って研究していき、その結果分かったのが、魔物は『余剰魔力』から生まれるということ。
強い魔族が生まれるほどに、その魔族から魔力がこぼれ落ち、その余った魔力を悪霊みたいな存在が食らって、その結果、魔物になるという。
人間側は、魔族も魔物も一緒くた考えていたが、魔族からしてみれば、魔物はまったく別の存在だそうだ。まぁ幽霊みたいなものだろうからな。
これを手っ取り早く解決したいならば、方法は一つだけある。
それは魔族の殲滅だ。
魔力を有り余らせている魔族を一掃してしまえば、余剰魔力は、ゼロにはならずともグッと少なくなるわけで、魔物の発生も減少することだろう。
少なくとも、今回の戦争を仕向けた人物であるソフィーアは、『魔族を掃討すれば魔物は減る』という事実を把握していたと思われる。
それを知っていながらオレを焚きつけたわけだから、あとでじっくり問いただす必要があるな、あの幼女は。
ソフィーアはともかく、そんな事情から、魔族の王であるマナは、いずれ魔族と人間が全面戦争を起こすことを予見する。
だからこそ、『魔族殲滅』以外の解決策を求めて、魔族たち全員に変身魔法を使った。力のない子供や老人は人間の街で生活させて、それ以外の魔族たちは、様々な都市や機関で潜入捜査や研究をしているという。
魔王本人が、世界有数の魔法研究機関でもあるマージエ魔法学園に潜入したのもそういった事情からだった。
本人曰く、魔法学園では大した成果は得られなかったそうだが、その代わりに、冥界から遣わされたオレと出会えた。オレからしたら出会ってしまったわけだが。
そして、魔王を遙かに凌ぐオレに、マナは注視せざるを得なかったわけだ。
まぁ仮に、魔法学園に魔王自身が潜入していなかったとしても、あの機関には誰かしらの魔族が潜入していただろうし、そうなるとオレが見つかるのは時間の問題だったのだろう。
だからいずれにしても、魔法学園に入学してしまってはマナとの鉢合わせは避けられなかったというわけだ。入学した当初は、変身魔法の使い手が魔王だなんて知るよしもなかったしなぁ。
事のあらましを説明し終えると、ミリアムは未だ半信半疑な様子で言ってくる。
「にわかには……信じられないけれど……」
マナが肩をすくめてミリアムに言った。
「でも、ミリアム先生ならわたしの魔力を感知できているでしょう? アオイとの戦いで大半は使ってしまったけど」
「……まぁね。そんな潜在力、ハイエルフでも持ち得ようがないわ」
「なら信じるしかないでしょ? まぁわたしとしては、これまで通り、魔法学園のイチ生徒として扱ってくれたほうが嬉しいんだけどね」
「そんなわけにはいかないでしょう……」
「だよね」
ミリアムの台詞に、マナが苦笑する。
ミリアムは警戒の色を露わにしながらオレに聞いてきた。
「それでアオイ。あなたはマナをどうする気なの?」
「決まり切ったことを聞いてくるなよ」
オレのその台詞に、ミリアムは嘆息した。
「……まぁ、あなたのことだからそうなんでしょうけど……各国はもちろん、ソフィーアがなんと言うか……」
「あんな幼女、その気になれば教会もろとも軽く捻ってやるよ。そもそも、情報を出し惜しみしていたのはアイツなんだからな。そこんとこ、オレは納得してないぞ?」
「うう……いちおう言い分けをしておくと、わたし自身は、その辺のことはまったく知らなかったわよ……?」
「それは分かってる。ミリアムが魔法学のためだけに教会所属だってのは、普段のお前を見ていれば分かるし」
オレの台詞にミリアムは胸を撫で下ろしたようだったが、「でも……」と付け足してくる。
「……ついこの前、救世主認定したアオイが、今度は教会の敵に回るなんてね」
「敵に回るつもりはないが、少なくともソフィーアには説教が必要だな。あとは教会次第だろ」
「大教皇に説教するとか……そんなことできるのはアオイくらいよ」
オレたちのやりとりを見守っていたマナが、おずおずと聞いてくる。
「……それじゃあアオイ……あなたは……」
「ああ──っていうか、そもそもお前も、最初から相談してくれたらよかったんだ。変な気を使わずに。あんなことで、オレが気落ちするとでも思っていたのか?」
そもそもオレは一度死んでいるのだ。
生物において、最大の恐怖であろう『死』というものを実体験したわけだから、そうなると、そんじょそこらの状況で絶望したりするわけがない。
だからオレは、ニヤリと笑ってマナに言ってやる。
「魔族に協力してやるよ。オレも、他人事じゃなくなったしな」
その台詞に、マナは深く深く頭を垂れた。
「……ありがとう、アオイ」
そうして再び上げた顔は、うっすらと涙目になっていた。
魔王とはいえ、まだうら若い女性に過ぎないのだ。
世界が滅亡するかも知れないという重責を一人で負い続けていれば、気も病んでくるし、正しい判断も難しくなってくるのだろう。
まったく……マナはしたたかな面もあるが、結局のところ真面目ちゃんなんだよな。真面目なヤツほど、なんでもかんでも抱え込んでしまうものだ。
こうやって素直に頼ってくれば、あんな、わざとらしい妖艶な笑顔より、ぜんぜん魅力的だというのに──
──って待て待て。話がズレてるズレてる、いったん戻そう。
と思っていた矢先、みんなの前では姉ということになっているティファが耳打ちしてきた。
(アオイちゃん、もしかしてマナちゃんに惚れちゃった?)
「んなわけあるか!?」
オレが突然うろたえたので、マナもミリアムもきょとんとしてこちらを見ている。
「うふふ。お姉ちゃんとしては、アオイちゃんが誰を好きになっても応援するわよ?」
いや、あなた本当はオレのお母さんですよね……?
そう突っ込めないオレを尻目に、ティファの台詞に反応したマナとミリアムが前のめりで聞いてくる。
「ちょ、ちょっとティファ? もしかして、アオイの好きな人を知ってるの……!?」とマナ。
「わたしとしてはもうアオイの二号さんでも三号さんでもいいから、とにかくおばあちゃん扱いは止めて欲しいんだけど……」とミリアム。
オレは、聞き間違えられないよう一言一言噛みしめて言ってやる。
「安心しろミリアム。お前は三号さんにも四号さんにも入っていない」
「安心材料どこにもないじゃない!」
「ということは……アオイの想い人ってわたし!?」
「イヤ待てマナ。オレは一言もそんなことは──」
「アオイはどうして、いつもいつもわたしにだけ冷たいの!? そんなに年増が嫌いなの!?」
「冷たくしているわけでもないし、嫌いなわけでもないが、七〇代熟女を恋人にしたいとは早々思わないんじゃないかなぁ?」
「だからエルフは長寿なだけで、わたしはまだピッチピチなのよ!!」
「でも外見だけでも、三〇代には見えるからピチピチって分けじゃ……」
「キーーー!? それを公言したら後ろから刺されるわよアオイ!」
「ねぇ! ミリアム先生は黙っててよ! いま重要なとこなんだから! ──それでアオイ、もしかして本当の本当に、わたしのことを──」
「だあぁぁぁぁ!」
二人の相手をするのが面倒になってきて、オレは大声を出してシャットダウンした。
「今はそんなこと言い合っている場合じゃないだろ!?」
そういうと、ミリアムは涙目のまま「あい……」となんとか了承するが、マナは「まったく……アオイはいつもそうやってごまかす……」と頬を膨らませてブツブツと文句を零していた。
「そういう話は、世界滅亡が回避されてからだ! そうでないと、仮に付き合ったとしてもすぐ死んじまうだろうが!」
「分かったよ、アオイ。世界が救われるまで、わたしたちの交際はお預けってことだね」とマナ。
「ねぇ!? こうなったらもう五号さんでいいからわたしも甘やかしてよ!?」とミリアム。
「だから、話を蒸し返すな!」
そう言うとマナが「今のはアオイが蒸し返したんじゃん……」と口先を尖らせて言ってきたがスルーした。
「とにかく問題は絞られたわけだ。オレたちから零れ落ちている余剰魔力をなんとかすること、これに尽きる。そのために必要な情報や研究成果はあまねく提出してもらう必要があるからな。教会は特にだ」
それに、教会に関しては大きな疑念がある。
魔物の発生源が余剰魔力なのだと分かっていたのなら、当然、現在の最大発生源が誰なのかも分かっていたはずだ。
つまり、オレが魔王を超える発生源であることに。
もし魔族殲滅作戦が成功していたら、その後に問題となるのはオレ自身なのだ。
つまりソフィーアは、戦争終結後はオレの暗殺を考えていた可能性がある。
「……いずれにしても、ソフィーアにはきっちり話を付けておかないとな」
オレは、ほの暗い気分になりながら野営地を見つめるのだった。
魔王城付近から撤収作業をしていた遠征軍は混乱の極みにあった。
野営地の門番に、魔族姿のマナが目撃されているから、魔族の襲来があったことは将校や兵士達も把握できただろう。だから撤収作業を急遽中止して臨戦態勢を整える──ところまでは比較的スムーズだったようだ。
だがその後、オレとマナの人智を超える激闘を目の当たりにして、鍛え抜かれたはずの軍人たちも度肝を抜かれたらしい。
さらに、あそこまでの戦闘を繰り広げられるということは、魔王自身が襲来したのではないかという推測が一気に広まった。まぁ事実なのだが。
そういったわけで遠征軍内は大混乱をきたしていた。
だがマナは遠目でしか目撃されていないので、あの距離で顔バレはしていないはずだ。だからオレはマナを連れて、混乱の渦中にある野営地にしれっと帰った。
もちろんマナはハーフエルフの姿に変身して、オレは逆に分身体へと戻っている。
そうしてソフィーアたちには、細かいことはのちほど説明すると告げて、いったん休息することにした。
オレを除く全員は魔力消費が著しかったので、少しでも回復させる必要があったのだ。とくにマナは、魔力が尽きたら、魔族たちの変身が解かれてしまうことになるのでなおさらだった。
万が一にも変身魔法が解けたら、魔族が潜んでいる人間の都市は大パニックになるので非常にまずい。
というわけで、オレとマナの決戦から丸一日ほど経過して、オレたちはようやくミーティングをすることになった。ちなみに遠征軍は、戦闘配備のまま足止めされている。
ミーティングに参加したのは、オレとマナはもちろんのこと、ミリアムとティファ、そしてソフィーアだ。フローランスは元々オマケで従軍しているから未参加で、ユーリはいてもしょうがない──というよりミーティングの邪魔になりそうなのでその辺で遊ばせている。
それと各国の将校たちも呼んでいない。彼らに詳細を伝えるか否かは、このミーティングでのソフィーア次第だと考えている。
「貴様の暗殺を目論んでいたというのは、まったくの濡れ衣じゃな」
これまでのあらましを聞き終えたソフィーアは、オレに向かってそう切り出した。
「そもそも妾たちは、魔物増殖の原因は魔族そのものにあると考えていた。つまり余剰魔力から魔物が生まれているとは知るよしもなかったわけじゃ。それと、貴様には魔族討伐後も利用価値がある──そう告げていたであろう? 捨て駒にするならば、もっと別のプランを立てておるわ」
身も蓋もないことを言ってくる幼女に、オレは、厳しい表情を崩さず言ってやる。
「お前のその発言を証明できる要素は何一つないがな?」
「別に証明せんでも構わんぞ? 余剰魔力などという話を聞いては、今後、貴様を始末する可能性もなくはないからな」
「……せいぜい気をつけておくよ」
オレは、半分呆れながらも追求をやめにする。証明できないということは、ここで言い争っていても無意味でもあるのだ。
それに状況的には、オレを捨て駒にするつもりまではソフィーアはなかったのだろうとは思える。
魔族に関する情報──ちゃんと人語を解し、人と変わらない存在であることを隠していたのは頂けないが、それを糾弾したところで、この幼女はどうせどこ吹く風だろう。
だからその代わりに、ソフィーアに取って一番イヤな提案であろうことをオレは言った。
「いずれにしても、オレは魔族に協力するぞ? そしてお前たち教会にも動いてもらう必要がある」
オレが魔族に協力することや、余剰魔力に関する情報は、ソフィーアに隠しておいても良かったのだが、それでは教会の協力が得られない。
教会勢力の情報収集力、および研究開発力は侮れない。いくらオレの頭脳がチートとはいえ、ネットもないこの異世界で情報を収集するには多くの人手がいるのだ。図書館の書籍を漁るのだって一騒動だったしな。
その教会トップであるソフィーアは、軽くマナを見やってから言った。
「やれやれ。そこな魔族を殲滅したほうが話が早いというのに」
「お前な、イヤだと言うなら無理やりにでも──」
「イヤだとは言っておらぬであろう。妾は効率の話をしておる」
「人命が掛かっているのに効率もクソもあるかよ」
「この世界で、魔族の命を惜しむのは貴様くらいだと思うがの。なんとも慈悲深いことよ」
「話を茶化すな。それで教会は、協力するのかしないのか、どちらなんだ」
ソフィーアは肩を小さくすくめてから言った。
「貴様に脅されては、選択肢はなかろう。そもそも妾は、世界救済後にしか興味がいないと言っておる。そこへ至る手段を考え救済に導くのは貴様の責任じゃ。その責任において、貴様がやりたいようにやればよいし、教会組織が使えるなら自由に使えばよかろう」
「お前はほんと、一大事をひとごとのように話すな。まったく……」
オレは小さく吐息を吐いてから話を続ける。
「魔族の情報を世間にどれほど出すかはお前に任せるよ、ソフィーア。その辺の情報操作は専売特許だろ。あと貴族たちの対応もお願いしたいんだが?」
「よかろう。救世主サマが魔王と手を組んだなどと知れては、世界がひっくり返るからな。情報は秘匿する必要があるじゃろ。
「もちろん、分かってる……」
そう言われて、オレの脳裏にはユーリの顔がよぎりまくるのだが……
アイツはほんと、どこで口を滑らすか分かったもんじゃないし……記憶消去の魔法でも欲しいところだよまったく。まぁ精神操作系の魔法は、重篤な後遺症が残るから無理なんだが。
オレがユーリ対策に頭を悩ませていると、ミリアムが口を開いた。
「それで、余剰魔力対策はどんな体制でやるわけ?」
そのミリアムに、ソフィーアがあっけらかんと答えた。
「無論、その辺の学術研究はお前の専門じゃろうが」
「そうなるわよね……分かったわ。そうしたら必要な人員・費用・設備はきちんと手配してよね、ソフィーア」
「分かっておる。それと魔族共を集める必要があるわけじゃが」
ソフィーアがマナに視線を送ると、マナは頷いた。
「いいわ。集合場所は
マナの問いかけにミリアムが頷く。
「そうね。魔力研究なら、最適地は魔法学園になるでしょうね」
大枠の話がまとまったところで、オレが手を打った。
「よし。そうしたら魔法学園に帰るか。ああ、そうだソフィーア。都市の出入り調査については、テキトーな説明をでっち上げてキャンセルしておいてくれ」
「簡単に言いおって……一度決めた方針を覆すのは、妾とて骨が折れるのじゃぞ?」
「オレたちに情報秘匿してこんな大編成を組んだ報いだな。『魔王が攻めてきたため』だとか適当なこと言っておけば大丈夫だろ?」
ソフィーアは渋々ながらも同意を示したので、オレは全員に言った。
「よし、そうしたら戦争はこれで終わりだ。まずは、魔法学園に帰ろう」
こうして、オレたち遠征を終えて、帰途へつくことになった。
学園都市マージエへは、オレの浮遊魔法で一足飛びに戻ることにした。
何せ、マナに変身魔法を使ってもらえれば、オレは時間制限ナシでチート能力を発揮できるのだ。
余剰魔力から魔物が生まれる、と知った後では、チート能力はなるべく使いたくはなかったが、魔王城からチンタラと行軍に付き合っていては時間がもったいない。今は、チートを使って速やかに帰った方が得策だろう。
早期帰還メンバーは、学園都市から来たオレたちに、ソフィーアが加わる。今後のソフィーアは、オレとの連携のために学園都市で執務を行うそうだ。
まぁなんにしても、だ。
魔王であるマナが仲間に加わったことで、いよいよ変身魔法が自由に使えるようになったわけだ。
色々あったが、魔王城くんだりまできた甲斐はあったと言える。
オレがチート能力を発揮すればするほどに世界滅亡へのカウントダウンが早まってしまう、という笑えないオチがついてしまったものの、マナに聞いてみたら、変身魔法は何段階かに使い分けることができるという。
例えば、肉体だけを一七歳に変身させて、チート能力は抑えたままにすることも可能だそうだ。
これで一番嬉しいのは食事と風呂だな。これまでは、分身体で食事に同席していたときは食べているフリをしていただけで、本当の食事は離乳食で味気なかったのだ。
お風呂にいたっては、毎度ティファに入れてもらっていた始末である。いい歳したおっさんが、うら若き女性にお風呂を入れてもらうのはなんとも小っ恥ずかしかったのだ。
そして、である。
何よりもありがたいのは、これでいよいよ、ついにようやく、あのポンコツ公務員から解放されることだ。
ふっふっふ……
魔王城から一足飛びで学園都市まで戻ってきて、その日はいったん解散となり、みんな自宅へと帰っていった──そんな夕暮れ時。
オレ、ユーリ、ティファも、いつもの賃貸アパートに帰ってきた。そしてティファが夕食の買い出しに行ったのを見計らって、リビングでスマホをいじっているユーリにオレは言った。
「そしたらユーリ、お前は冥界に帰っていいぞ」
オレの言葉を聞き、ユーリはぽかんとしながら生返事を返してくる。
「……はいぃ?」
「はいぃ、じゃなくて。今後は、変身魔法はマナに使ってもらえればいいから。そうしたらお前の役割もなくなるし、だから冥界に帰っていいって言ってるんだよ」
ちなみに今のオレは、すでに変身魔法を使ってもらっていて、チート能力は抑えられた状態で生身の体を手に入れている。マナは、二四時間途絶えることなく、しかも遠隔で変身魔法を使えるから非常にありがたい。さすがは魔王だ。
だがユーリは、ポカンとしながら聞き返してくる。
「えーと……ちょっと、ナニをおっしゃっているのかよく分かりませんが?」
「ハッキリ言うとだな、用済み」
「ハッキリ言いすぎでしょ!?」
オレの用済み宣言に、ユーリはいきり立って怒号を上げる。
「ま、まさか! わたしを冥界に強制送還して地獄に叩き落とすつもりですか!?」
「オレの心情的には、そうしたいのは山々だが」
「山々なの!?」
「でもまぁ、いくら散々迷惑かけられたとはいえ、地獄送りというのは寝覚めが悪いしな」
「……じゃ、じゃあ……冥界に帰れとは、一体どういうことでせう……?」
「お前、冥界に帰りたがってたじゃんか。エレシュさんには、オレからちゃんと説明して地獄送りはナシにしてやるから」
エレシュさんというのはユーリの上司だ。非常に優秀なのに、何かとトラブルに巻き込まれていそうな苦労人といった印象の美女だった。
そんなオレの優しさにも関わらず、ユーリが疑いの目を向けてくる。
「……それで、本音は?」
「これ以上、お前に失敗失言されるのは勘弁だから、クニに帰って欲しい」
「本音言いすぎでしょ!?」
事実を言っているだけなのに一体何が不満なのか、ユーリはテーブルをバンバン叩いた。
「そもそも! 現状に至るまでに進展したのは誰のおかげだと思ってるんですか!」
「ティファだろ、マナだろ、フローランスにもなんだかんだと世話になったし、ミリアムもああ見えて有能だからなぁ」
「わたしは!? わたし抜けてる!! 変身魔法の使い手というわたしの、絶大で多大な貢献のおかげですよね!?」
「そもそもお前が貢献しなくちゃならないのは、自分の凡ミスのせいだろ。補っても余りまくるわ」
「余りまくるとか!?」
「でもお前、冥界に帰りたかったんだろ? この異世界は紛争地帯みたいなもんだし。理由はどうあれ、帰れるのは本望じゃないのか?」
オレがそう聞くと、ユーリは急に体をモジモジさせる。
……コイツがシナを作っても、気持ち悪さしか感じないな、もはや。
「べ、別に、そこまで冥界に帰りたかったわけじゃ……それにほら、こちらでの生活もそれなりに長くなってきたし、いろんな人達と知り合って情も移ってきたというか……だからわたし、アオイさんと一緒にこの異世界を救うべくがんばります!」
まったくユーリらしからぬ台詞に、オレはいっとき考えを巡らす。
そうしてすぐ、コイツの魂胆に気づいた。
「……あー、なるほど。魔王であるマナが降参したことで、たぶんもう危ない戦闘はなさそうだもんな」
「ギクッ……」
「しかも今後は、調査研究が主体になりそうだから、そうなるとお前の仕事もないし、ということはこの異世界でダラダラできそうだもんな」
「うぐっ……」
「でも今から冥界に帰ったら、地獄行きはないにしても、またぞろ冥界役場で働きづめの毎日だ。そんでエレシュさんに小言を言われると」
「ぬぐっ……」
「だから、冥界に帰りたくないわけだな?」
「そそそ、そんなことないですよぉぉぉ?」
「ならスマホ貸せや。エレシュさんに事情を話してお前を引き取ってもらう」
オレが手を伸ばすと、ユーリが身を固くしたかと思うと──
──一目散に逃げ出した。
「……え?」
まさか、ユーリが逃げ出すとまでは考えていなかったので、オレはその対応に一瞬遅れてしまう。
「お、おい待て!?」
そうしてアパートを飛び出すと、ユーリは早くも外階段を伝って通りに出たところだった──早!?
「おい待てユーリ!? ふざけるにも大概にしろよ!」
オレは追いかけながらユーリを叱咤する。
「よーーーやく安心安全が確保されたと思った矢先なのに! 地獄も同然の冥界役場なんかに強制送還されませんよ!?」
「いやおい待て!? そもそもお前の職場だろーが!」
「もうわたしは! 平和になったらこっちの世界に移住するって決めてるんですぅ! もうあんな! ブラックどころかブラッディ役場なんてどぉでもいいんですぅ!」
くっそ! 変身体とはいえチート能力を封印していると、ユーリに追いつくことすらままならない!
ティファには冥界の話を聞かせたくなかったので、買い物で出払っているときを見計らったのだが、それが完全に裏目に出た!
ということで、脱兎のごとく逃げ出したユーリに、オレは追いつく術もなく……
あっさりと取り逃がしてしまうのだった。
「……くそ、まじかよ……チートがないとユーリにすら敵わないとは……」
これは、いざというときのためにマナに連絡を取る手段を作っておかないと。オレは、ただの少女の体にちょっと唖然とする。
それにしてもユーリは意外と体力あるな……常に何かから逃げていると体力がつくってことなのか……?
そんなしょうもないことを考えながら、オレはユーリの行き先を推測するのだった。
(Kindle本に続く)
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