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転生したらチートだけど美少女に性転換ですョ(ToT) Vol.5

カバー

いよいよ新天地に乗り込むも、のっけからトラブル続出で、手がかりもない状況に追い込まれるアオイたち。

しかも路銀がないというシビアで笑えない問題まで発生し、その路銀を稼ぐための思いつきが、まさか世界中を揺るがす大騒動に繋がるなどとはつゆ知らず……今日もアオイたちの冒険は続きます!

そんなすったもんだの末、チート転生のたくらみに迫る第五巻! ぜひご一読ください!

試し読み

第一話 まぁもちろん、冥界観光とはいかんよね?

「全員、両手を頭の後ろに組んで動くな!」

 いざ冥界に来てみれば、オレたちは三六〇度ぐるりと取り囲まれていた。

 盾を構え、その隙間から拳銃を突き出している警官風の人間数百名に。

 そんな光景を目の当たりにして、冥界への転送時に無理やり付いてきてしまったフローランス・エステル・タイユフェルが声を出した。

「これは……いったい何事です……!?

 そのフローランスに答えるかのように、マナ・コーカンドも口を開く。

「どうやら……臨戦態勢であることは間違いないようだけど……あの筒状のは、武器かな?」

 マナの問いかけに、冥界出身のエレシュさんが答えた。

「はい——皆さんの世界で例えるならば、あれは、弓矢をもっと強力にしたような武器なので非常に危険です。ひとまずここは、大人しくしておきましょう……」

 そうしてもう一人の冥界出身者であるユーリは、しかし大人しくしてくれそうになかった。

「ちちち、違うんですョ皆さん!? わたしはまったくもって無実の罪でありまして、何にも悪いことしてないし、下界では孤軍奮闘の大活躍だったんです!? だから逮捕される言われなんてなければ濡れ衣にも等しいわけで——」

「やかましい! さっさと両手を頭の後ろに組め!!

 ユーリのわめき声に、業を煮やした隊長らしき人物が怒号を放つ。ユーリは「ひぃ……!」とか細い悲鳴を上げてから、すぐさま両手を頭の上に組んだ。

 フローランス、マナ、そしてエレシュさんも、険しい顔をしながらも両手を組む。

 そうしてオレ——アオイ・ルーホンは、ゆっくりと両手を挙げながらも嘆息混じりに問いかけた。

「それで、あんたらは一体何者だ?」

「我々は、界港警察隊だ。そこの女二人は、冥界閻魔府第三総括審議室、係長のエレシュキガルと、閻魔係のユーリだな?」

 隊長の問いかけに、エレシュさんは険しい顔を崩さないままゆっくりと頷く。ユーリは「違うんです! 何かの手違いなんです!!」と喚いているだけだったが。

「お前たちには、下界外患罪の容疑がかけられている。大人しく、同行してもらおうか」

 その容疑を聞いたとき、ユーリがいっそう喚き立てる。

「ま、また外観ナントカですか!? いい加減にしてくださいですョ!?

 いや、外観じゃなくて外患な? 最悪、地獄刑とかになって一兆ウン千万年いたぶられるってヤツ。

 ユーリは自身の誤字にも気づかず、ほぼ逆ギレして隊長に訴えかけた。

「どうしてわたしばっかりに罪を着せるんですか!? わたし、ほんと何もしてないんですョ!? 下界では、皿洗いと料理の盛り付けをしていただけなのに、なんでそんなご大層な容疑がかけられているんですか!!

 まぁ……それに関しては、ユーリの言っていることはもっともだが……

 ユーリがヒートアップして、頭の後ろに組んでいた手を解いて、激しくジェスチャーをしながら一歩前に踏み出すと——

 ——パン!

 隊長は、この巨大なドームの天井に向かって威嚇射撃を放つと、その銃口をユーリに向けた。

「大人しくしろ。我々には、発砲許可も出ている」

「ひいぃぃぃぃ!? ア、アオイさん! この人たち本当に撃ちましたョ!? まぢでヤバイですョ!?

 うん、この状況がヤバくないとでも今まで思っていたのだろうか、コイツは。

 ユーリは、威嚇射撃に腰を抜かせてその場にへたり込んでしまう。そして「ど、どうかお助けください〜〜〜!」と涙ぐみながらジタバタと両手を挙げるが、体が震えて上手く両手を組めないらしい。

 恐怖の余り体が動かせなくなっていることは隊長にも分かっているらしく、それ以上の発砲はしてこなかったが。

 どうやらこの警察隊とやらは、ただただ職務に忠実な人間(?)に過ぎないらしい。冥界人が人間なのかは分からないが。

 フローランスとマナを見ると、先ほどの発砲に目を見開いていた。拳銃が、どれほどの威力なのかはおおよそ見当が付いたのだろう。そんな銃口が数百と自分たちに向けられているのだから、それはもう、数百の刀剣を喉元に突きつけられた気分に違いない。

 普段の二人なら、拳銃の銃弾くらい結界魔法で弾き返せるだろうが、ここでは魔法が効かないのかもしれないのだ。

 だが魔法無効化は、異界のあらゆる場所で効力を発揮しているわけではない。

 もしそうなら、マナの変身魔法が解けてオレは赤ん坊になっているはずだからだ。

 だからオレは、念のためエレシュさんに念話を繋げてみた。

(エレシュさん、この念話が聞こえますか?)

(——はい、聞こえています)

 オレの問いかけに、エレシュさんはこちらを見ずに返事をしてきた。不用意にこちらを見てしまったら、何かしらの通信や通話をしていることが警察隊にバレてしまうからな。さすがはエレシュさんだ。

(どうします? たぶん、この場から逃げることは可能ですけど)

(そうですね……彼らに捕まっても、いいようにされるだけでしょう。ここは逃げるべきだと思います)

(了解です)

 そしてオレは、フローランスとマナにも念話を繋げた。

(二人とも、この場から逃げるぞ。ヤツらを蹴散らしたら、浮遊魔法で離脱するから身構えてくれ)

 二人ともそれぞれ了承の念話を送ってくる。ちなみにユーリには伝えない。ただでさえビビりまくっているから、離脱を伝えたら絶対にボロを出すだろうしなぁ。

 まぁユーリが一人で慌てふためいても、ふん縛って抱えて逃げれば大丈夫だろう。

 オレたちの念話には気づかない警察隊が、間合いをゆっくりと詰めてくる。

「よし、それでは一人ずつこちらに来てもらおうか。妙なマネはするんじゃないぞ。まずはエレシュキガルから——」

局所激震ルカール・モートス! 浮遊クーラヴィーター!」

 局所的に地震を起こす魔法と浮遊魔法とを同時発動する。

「ゆ、揺れている!?

「これが魔法だ!」

「無駄な抵抗をするなと——ぐあッ!」

 警察隊が魔法に気づいたのと同時、ドーム全体の床という床がめくれ上がり、さらに天井からはドーム天井の一部が落下し始める。

 日本の基準で言えば震度七を超える巨大地震だ。まともに立っていられるはずもないが、オレたちは浮遊魔法でまったくの無傷である。

「アアア、アオイさん!? 一体何をしようと言うのです!?

 状況を共有されていないユーリだけが、オレの浮遊魔法内で慌てふためいていた。

「何って、逃げるに決まってんだろ——風刃ヴェンティス・フェルム!」

 オレが生み出した鋭利なかまいたち数百枚が、ドーム天井の鉄骨やら鉄板やらを破壊する。

 ふむ、この建物自体にも魔法無効化能力は付与されていないらしい。ということは、あの警察隊にも魔法は直接効いたのかもしれないな。

 いずれにしても、先日の戦闘で苦戦させられた魔法無効化能力は、異界の装備にあまねく浸透しているわけではないようだ。だとしたら、ある程度は好き勝手できそうではある。

「よし! そうしたら逃げるぞ!」

「おい! 待て!! 大人しく投降しろ!!

 この巨大なドームだけを揺るがす超巨大地震という状況下では、発砲することもできないのだろう。警察隊は、シャッフルされているおもちゃ箱の中で翻弄されている人形のようだった。地震だけにとどまらず、ドーム天井の落盤まであるのだ。

 せめてもの抵抗と言わんばかりに怒号を放つ隊長にオレは言ってやる。

「首を洗って待っていろと、お前らの黒幕に言っとけよ!」

 まぁ現場の隊長に、黒幕が誰かなんて分かるはずもないだろうが、オレはそんな捨て台詞を残し、ドーム天井に開けた大穴からまんまと逃げおおすのだった。

第二話 死後の世界だとか転生だとか性転換だとか、
普通は信じられないよね(笑)

 オレたちがドームから飛び出すと、そこはなんと真っ暗な空間だった。

「なッ! まさか宇宙空間!?

 オレは慌てて物理結界を張り巡らすが、すぐにエレシュさんが答えてくれた。

「アオイさん、大丈夫です。冥界の宇宙には空気があります」

「え……空気がある? ……あ、ほんとだ」

 エレシュさんによると、冥界にも宇宙空間のような代物があって、それが、いまオレたちが飛び出してきた空間なのだという。

 ただし冥界の宇宙には、空気はあっても放射線はない。もっといえば重力も引力もないそうだ。

 オレもよく知らないが、地球が存在していた宇宙空間はドンドン膨張していて、非常にダイナミックな動きをしているそうだが、冥界の宇宙はそんな膨張やダイナミックさとは無縁の世界らしい。

 そんなことをエレシュさんが説明してくれる。

「つまりは死んだ宇宙——と言ったところでしょうね。すべてが静止していて、何も存在しません。ですので人工の空気で宇宙を満たし、必要な星々も作っていますが、それ以外は下界を再現する必要がないので作っていないわけです」

 うむ……宇宙を空気で満たすとか、星々を作るとか、スケールがデカすぎてどうにもピンと来ない。

 そもそも、宇宙という概念を知らないフローランスやマナはポカンとしていたし、ここ冥界が地元であるはずのユーリですら「へぇ……そうなんですか」と今さらな相づちを打っていた。

 なんか、この冥界をいろいろ探索探検していったら、この世のことわり的な何かに触れられそうだが、今はそんなことをしている余裕ないしな。

 オレがそんなことを考えていたら、首をかしげつつマナが聞いてくる。

「ねぇアオイ……わたし、エレシュさんの説明がいまいちよく分からなかったんだけど……今は夜なのかな? でも、下を見ても地面はなさそうだし……さっきいた場所はなぜか丸いし……どういうこと?」

「そうだなぁ……この状況をどう説明したらいいものやら……」

 オレの超高速な浮遊魔法により、今飛び出してきた惑星からはグングン離れていっているので、その全貌が目視できるようになっている。

 オレたちが出てきたところ——先ほどの警察隊は界港と言っていたが、そこは惑星を丸々一つ使って作られているようだ。まぁここが宇宙空間でない以上、惑星と呼ぶのもおかしいのかもしれないが。

 マナやフローランスから見たら、超巨大な球体が虚空に浮かんでいるようにしか見えないだろう。しかも、上を見ても下を見ても地上が見えなくて、周囲は、星の瞬きのような光が多少点在してはいるが、基本的には真っ暗闇に包まれている。

 その気になれば、空を自由に飛べるマナですら、この光景は異様に見えるに違いない。

 もちろんオレも、日本人をやっていたころから宇宙なんて映像でしか知らない。頭上からつま先まで、地面のない空間にぽつんと漂っているというこの状況は、大きな恐怖心をかき立てられる。

 まるで、夜の大海原で難破して、救命ボートで漂っているような気持ちだ——まぁそんな状況にもなったことはないが。

 この先、マナもフローランスも、いろいろ信じがたい光景を目の当たりにするだろうし、そのたびに戸惑っていては今後の行動に支障を来しかねない。

 というか、フローランスは送り返したいところなのだが……

「ってかフローランス。なんでついてきたんだよ……」

「それはもちろん、アオイ様が行くところ、常にフローランス有りだからですわ」

「オレの魔法がどこまで通じるかもまだ判然としないし、めちゃくちゃ危険だって教えただろう?」

「わたくし、アオイ様のためでしたら命も惜しくありません!」

「そういうことを言ってんじゃないんだが……」

「いずれにしましても、マナさんだけ特別扱いは許しませんからね?」

 そう言って、フローランスがマナに視線を送る。その視線を受けて、マナが涼しい顔で言い返した。

「特別扱いじゃなくて、実際、わたしはアオイの特別なの」

「何をもってそんなデタラメを言うのですか!」

「デタラメも何も、アオイが変身してフルパワーを発揮するには、わたしの変身魔法が必要なんだから。それだけでもすでに特別でしょ」

「ああ……なるほど。あくまでも、お仕事的なパートナーという意味でしたのね」

「どういう解釈をしたらそうなるのよ!?

 言い争いになってきたので、オレが割って入る。

「ああもう、やめやめ。ついてきてしまったのは、もうどうにもならないだろうし……ちなみにエレシュさん、下界への転送場所は他にありますか?」

「いえ、ありません。先ほど出てきた界港がその機能を一手に担っておりますので……」

「ですか……なら、あんなに警戒されていては、今からフローランスを送り返すことは無理ですね」

 そう言いながらため息をつくオレに、フローランスが「必ずや、アオイ様のお役に立って見せますわ」と息巻いていた。

 この向こう見ずなお嬢様を、安全に異世界へ返すためにも、改めて気を引き締めなくては……と考えていたら、マナが改めて問うてきた。

「それでアオイ、ここはどういう場所なの?」

「おっと、そうだったな。ここはだなぁ、端的に言うならば……」

 この場にはティファもいないから、オレは包み隠さず説明することにした。

「……いまここにいる世界は、あの世だ」

「……は?」

 オレの端的な説明に、マナもフローランスも目を点にした。

 そしてフローランスが聞き返してくる。

「あの世とは……つまり、死んだら訪れるという世界のことですか?」

「うん、そう」

「……………………」

 二人は再び沈黙する。今度はマナが聞き返してきた。

「えっと……つまり……わたしたち死んじゃったってこと……?」

「いや、厳密には死んでないと思うが……」

 そう言われてみるとオレもその辺は定かではない。だからエレシュさんに聞いてみた。

「ええっと、その辺どうなんですか、エレシュさん?」

「わたしたちはちゃんと生きておりますよ。ここ冥界は、正確にはあの世ではありません。下界と天上界、または地獄界を繋ぐ架け橋的な世界なのです。だから半死半生でも来られる方は希にいますし、ここで生活している人は生者です……まぁ、来訪される方は圧倒的に死者が多いですが」

 半死半生で来るというのは、いわゆる臨死体験というヤツか。人生観が変わるっていうけど、こんな世界があると知ったらそりゃ人生観が変わるかもなぁ。

 オレが妙な納得をしていたら、隣にいたフローランスが、いまいち釈然としない表情でエレシュさんに聞いていた。

「つまりわたくしたちは、生きたまま、この世とあの世の境目にやってきている、ということですの?」

「はい、そうなりますね」

「……ということは、ユーリさんの故郷というのは……わたくしたちの世界とはまるで違う場所だったんですか……?」

 その疑問に、今度はユーリ自身が答える。

「実は、そうなんです。まぁフローランスさんたちから見れば、わたしたちは神様の一種みたいなものってコトですね!」

「そ……それは……なんというか……まるでそうは見えなかったものですから……今まで大変なご無礼を……」

 フローランスのその発言も微妙にご無礼な気がするが、そもそもユーリが神様ってのがデタラメ極まりないのだから、オレはフローランスに言った。

「いや待て。それは全然違う。少なくともユーリは神様なんてもんじゃなくて、ただの下っ端役人だろーが」

「何をおっしゃってるんですかアオイさんは。アオイさんを生き返らせたのは、他でもないこのわたしなんですから、神様にも等しいでしょ」

『ええ……!?

 ユーリのその発言に、フローランスとマナの驚く声が重なる。

「アオイが生き返ったって、どういうこと!?

 マナの疑問に、オレは、どこから説明していいものかと考えつつ答えた。

「肉親のティファには内緒にしておいて欲しいんだが……オレは、マナたちやここ冥界とは、また違う世界の出身なんだよ」

 ここに来て、オレはようやく素性を明かすことにした。

 地球と呼ばれる世界の日本という国で、オレは技術者をやっていたこと。

 それが交通事故で(馬車みたいな乗り物で事故って)あっけなく死んだこと。

 そうしてこの冥界にやってくると、なんだかよく分からない抽選に当たって、マナたちの異世界にチート転生を果たしたこと。

 その際、ユーリの凡ミスで性転換をさせられたあげくゼロ歳児として生まれてしまったこと。

 そんな怒濤の情報量に、二人は目を丸くするばかりだった。

 フローランスが、あっけにとられながらも言ってくる。

「そ、そんなお辛い過去が、アオイ様にありましたとは……いえもちろん、アオイ様が普通とは異なる過去をお持ちであろうことは想像に難くないことではありますが……」

 マナも唖然としながら言った。

「っていうか、アオイってそもそもゼロ歳児だったし……でもハイエルフとして生まれてきたとしても、その魔力が尋常じゃないのが不思議だったけど……」

 オレは二人に向けて苦笑する。

「ま、こんな話、こんな場所でもなければ信じられないだろ? それにオレは、ティファの子供の体を乗っ取ってしまったかもしれないわけで……」

「アオイさん、それは違いますよ」

 オレのその罪悪感を払拭するかのように、エレシュさんが説明する。

「元々ティファさんの赤ちゃんは、魂がない状態で生まれていたのです。転生者の魂を入れる器として。だから、生まれる順序がバラバラになっただけで、ティファさんの赤ちゃんはアオイさんそのものなんです」

「そうでしたか……そう言ってもらえるとホッとします」

 こういう説明をおバカなユーリはしてくれないから、母であるティファに対してはずっと気後れしてたんだよな。もっと早く知りたかったよ、まったく……

 その話を聞いていたフローランスが言った。

「……え? ティファ様は、お義姉様ではなくお義母様でしたの……!?

「あ……そういえば、学園では姉で通してたんだっけか。実はそうなんだ。学園では、本人の希望で姉ということにしてたんだよ」

 それを聞いたマナも驚きながら言ってくる。

「ま、まぁ……アオイが一七歳の姿でいたから、姉と言われても違和感なかったけど……でもハイエルフは不老長寿なわけだし、そんなに気にしなくてもよかったんじゃ?」

「オレもそう思うけど、まぁ本人にこだわりがあったんだろ?」

 うーん、ここでティファのコトまでバラしてしまってよかったのかな? とくにフローランスは、異世界に戻ったら今まで以上に熱心にティファに取り入りそうだが……貴族的と言えば貴族的だが。

 ティファの件はひとまず保留にしておくとして、オレは二人に、いろんな意味で改めて言った。

「まぁいずれにしてもだ。つまりオレは、一度死んで生き返って、だから生前の記憶がバッチリあるんだよ。ちなみに生前のオレは、男で、享年三八歳のおじさんだったわけだ。オレがティーンを相手にしないわけが分かっただろ?」

 オレのそんな台詞に……フローランスもマナも、鼻でわらってきやがった。

「まったく何をおっしゃっているのやら、アオイ様は」

「……なんだよフローランス。中身が三八歳のオジさんなんて、興味なくしただろ?」

「むしろ、より興味が沸いてきましたわ。そもそも恋愛に年齢は関係ありませんし、わたくしたち貴族は、歳の離れたお相手に嫁ぐなど日常茶飯事ですわ」

 む……そう言われてみれば、貴族階級というのはそんなものかもしれない。

 オレが内心「しまった」と気づいたときにはもう遅い。マナも話を割り込ませてきた。

「ってうかよく考えたら、わたし、この姿でいる必要なかったのよね。この世界なら余剰魔力も関係ないでしょ」

 そう言って、マナはパァっと発光したかと思うと自身の変身を解いた。

 そうすると、頭に一対の角を生やした、目を見張るほどの美女が現れる。

 大人の姿になっても、それなりに幼さが残っているのは、そもそもの造形が童顔だからだろうか?

「どう? わたしは元々ティーンでもないんだし。あ、もちろん、ミリアム先生よりは全然若いわよ? 三八歳のオジさんなら、逆に垂涎モノの大人な美女でしょ?」

「いや待てマナ……オレはそういう意味で前世のことを言ったわけじゃなくてだな……」

「ちょっとマナさん! そんなのズルいですわ! ここは公平を期して、変身魔法でわたくしも妙齢な女性にしてくださいまし!」

「ちょ……! 妙齢って何よ妙齢って!? わたし、まだ二十代なんだからね!?

「あら? ティーンのわたくしから見たら立派な妙齢ですが。でもそうですわね……やはり、お嫁さんと……なんだったかしら……とにかくそういうのは新しいほうがいいと聞いたことがありますし、どうせ焦らずとも成長しますし、やっぱりわたくしはこのままで」

「むきーーー! 適齢期なのはわたしのほうなんだから! こうなったらおばあちゃんに変身させてやるわよ!?

「ちょ!? 年増の逆恨みはみっともないですわよ!」

「ととと、年増!?

 この二人が揃うとすぐヒートアップするのでオレが止めに入る。

「あー、止めろってお前ら。痴話喧嘩ならよそでやってくれ」

『アオイ(様)が原因でしょ!!

 そして最後は、おおよそハモってオレが非難されるのだ……この二人、意外と息がピッタリだな?

「それでマナは……元の姿に戻ってくれないか?」

「元の姿って……これがわたし本来の姿なんだけど……」

「そうは言ってもなぁ。オレの中でマナは学生の印象が強くて。その姿だと、なんだか他人と接しているようなんだよな。マナの姉と話しているような感覚というか……」

「……それは……振り出しに戻るようなマネをするのは、まずいかな……?」

 マナはボソボソと独白してから「そうしたら、能力は魔王のままで、姿だけは学生にしておくよ」と言って、ティーンの姿に戻ってくれた。

 それを見たフローランスが、なぜか満足げに頷く。

「やはりアオイ様は、若い女性のほうがお好きと言うことですわね」

「アオイはそんなこと一言もいってないでしょ!」

「だからお前ら、いい加減にしてくれ!?

 そんな様子を見ていたエレシュさんが、うふふと笑う。

「アオイさん、モテモテで羨ましいです」

「い、いやその……今のオレは女ですし、男だった感覚も薄れてきたのか、どうにもピンと来なくてですね……」

『だからどうしてエレシュさんに言い分けするの(ですか)!?

 またも声をハモらせる二人に、オレが抗弁しようとしたところ——

 ——一条の光線が、オレたちの脇をかすめていった。

「ヤバイ! 追っ手か!」

 今の光線はおそらくレーザー兵器的な何かだろう。宇宙みたいな空間でそんなの撃たれたらSF感が増してくるな……!

 背後を振り返ると、十数の光が点在している。おそらく、宇宙戦闘機的な兵器だろう。

「言い争いは後だ! エレシュさん、どこに逃げたらいいですか!?

「ひとまず、わたしたちの管轄である惑星都市に行きましょう! 隠れる場所も多いですから!」

「よし、そうしたら方向を教えてください! あと位置関係が分かればテレポートもできます!」

 そうしてオレは、浮遊魔法をフルスロットルで飛ばすのだった。

第三話 いきなり詰み気味なので色々考えました

 冥界の宇宙というのは、確かにオレの知る宇宙とは異なるようだ。

 その象徴的なのが星々で、そもそも惑星が回っていない。っていうか惑星も人造だそうだ。

 回っていないというのは、自転は元より公転もしていないのだ。ということは、太陽のような中心となる恒星も存在しない。どうりで夜空にきらめく星が少ないわけだ。

 死んだ宇宙というのは言い得て妙で、冥界の宇宙は動きもしなければ広がりもしない。

 だから冥界人は、太陽の代わりとなる人工恒星を作り出し、自分たちの都市に朝昼晩を作っていた。

 あたかも天動説のように、人工恒星が惑星の周りを回っているのだ。

 しかも惑星の様子も地球とはまるで違う。惑星一つがすべて都市だというから驚きだ。地球サイズに相当する惑星一個分を、ビルと人とが埋め尽くしているという。

 つまり、広大な平野も、莫大な海も存在しない。惑星一個まるまるが大都市並みの人口密集地帯だった。

 そんな惑星都市にスサという都市があって、そこにはエレシュさんたちの冥界役場があるそうだ。

 オレたちは、比較的あっさりと追っ手を振り切るとその惑星都市スサに降り立っていた。

 そして、その都市の規模に圧倒される全員に向かって、エレシュさんが説明する。

「無数にある下界と天上界の窓口を一手に引き受けるのが冥界ですので……冥界で働くわたしたちの人数も、それをサポートする人数も膨大なんです。このような惑星都市は、文字通り星の数ほど存在します」

 エレシュさんの説明を聞きながら、オレは、乱立する超高層ビル群を見上げながら感想を零した。

「ニューヨークみたいな印象の都市だな……」

 仕事詰めだった生前のオレは、ニューヨークはおろか日本から出たこともないが、映像や写真で見たイメージではそうだった。

「……本当に、異世界なんだね……」

 マナが、天を突くかのような高層ビルを見上げながらそんなことをつぶやく。マナたち魔族は山奥でひっそりと生活していた種族だから、こんな高層ビルなんて見たこともなければ、往来する人の多さにも度肝を抜かれたようだ。

「この細長い建物は……折れたりしませんの?」

 大貴族として都会慣れしているフローランスでさえ圧倒されている。まぁ、地球で言えば中世然とした世界から来たとあっては、タイムトラベルしているような気分だろうな。

 オレは、唖然とする二人に向かって言った。

「せっかくの別世界だし観光気分にでも浸りたいところだが、あまりのんびりしている暇はないぞ。早くも追っ手がいるな」

 オレは、望遠俯瞰魔法を膨大な範囲に拡げてそう告げる。

 ニューヨークがエンドレスに続くかのような街並みだというのに、相手は魔法を使わないから魔力探知は効かない。なので望遠俯瞰魔法による目視チェックでしか追っ手を探し出せない。

 だがそんなアナログ手法でも、オレの完全記憶能力によって、明らかに挙動不審な人間を発見できていた。

 冥界に来てからというもの、終始ビビっているユーリが聞いてくる。

「お、追っ手って、どのくらいいるんですか……!?

「確認できる限りで一三人だな。オレたちとある程度の距離を取りながらも、取り囲むように点在している。黒服にグラサンつけてやがるが、自分たちが追っ手であることを主張したいかのようだな」

 オレの説明に、エレシュさんが頷いた。

「アオイさんの言うとおり、これ見よがしに姿を晒しているのでしょう」

「常に監視はしているぞ、ってことですか。あるいは泳がされているだけかな?」

「アオイさんの戦闘力を知っている以上、手を出したくてもすぐには出せない、というのが実情ではないでしょうか」

 黒服の追っ手は、先の警察隊と違って、魔法無力化能力を持っているかもしれないが、冥界なら、その能力を上回る攻撃魔法も使えなくはない。

 だがそんなことをしたら冥界にとんでもない被害を出してしまうので、こちらとしても手が出せないのが本音だが。

 結果、双方にらみ合いということか。

「とりあえず、物理結界はナノ秒レベルでループ展開しておくから、狙撃でやられる心配はないはずだ。だがこれからどうするかだが……エレシュさん、黒幕の心当たりはありますか?」

 エレシュさんはいっとき考えてから、言葉を選ぶように言った。

「……下界で、軍事行動に匹敵する活動をして、しかも相手は、その罪をわたしたちになすりつけようとしています。ですから冥界上層部レベルに間違いはないと思いますが……」

 ここまでの道中で聞いたエレシュさんの予想だが、エレシュさんとユーリとが冥界で逮捕されそうになっている理由は、下界での戦闘行為らしい。

 冥界では、下界への直接干渉は禁止されている。ユーリ一人が下界に降りて、一人で七転八倒している分にはなんの問題もないが、先日の戦闘行為はもはや戦争だ。そんなことをしでかしたなら大問題だろう。

 システム的に干渉できないと聞いていたが、どんなシステムにも何かしらの抜け道はあるし、システムを作った側が事をしでかしたのならいくらでもやりようがある。

 そしてその罪をエレシュさんになすり付けているからには、何かしらの地位にある人間ということなのだろう。

 エレシュさんが申し訳なさそうに話しを続ける。

「ですが上層部レベルになると、役場の係長程度のわたしでは接触も図れないというのが正直なところです。上司に掛け合うにしても、犯罪者となったわたしの申し出を聞き入れてくれるとは思えませんし……申し訳ありません」

「いや、そんな恐縮しないでください。場当たり的に冥界に来ることに決めたのはオレですから」

 どのみち、冥界に来ないと諸々の問題は解決しなかったのだし、探りを入れるためにエレシュさんだけを帰したら、事態はもっとややこしいことになっていたはずだ。

 ここは敵の本拠地なのだから、先手を打たれるのはやむを得ないだろう。重要なのは、どう挽回していくかだ。

 なんとか反転攻勢したいところだが……と思案していたところでマナが言ってきた。

「ねぇアオイ。いっそ、ワザと捕まってみるのはどうかな?」

「魔王らしい大胆な意見だが……敵戦力が把握できない以上、難しいな。それに、どんな扱いを受けるかも分かったもんじゃない」

 この冥界にどんな法律があるかも分からないのだ。人権なんて度外視で、捕まったら最後、あっさり地獄に突き落とされるかもしれない。比喩ではなく本物の地獄に、だ。

 マナに続いてユーリも言ってくる。マナとは正反対の提案だったが。

「そうしたら、アオイさんのチート能力をフル稼働して、とにかく徹底的に逃げましょうよ……! 冥界はとんでもなく広くて、要所以外の管理は行き届かないのが実情ですから……どこかの離れ小惑星でも見つけて、そこに移住しましょう! あ、我ながらナイスアイディアでは!?

「いやだから、そんな悠長なことを言っていたらマナたちの世界が滅びるんだって」

 冥界の策略と異世界崩壊は、今のところ直接の関係はないが、オレは、何かしらの繋がりがあるのではないかと考えていた。

 そもそも、本来なら魔力満タンのオレを異世界に転生させてはいけなかったのに、冥界はそれを行ったのだ。それが故意だったのか過失だったのかは不明だが、どちらにしたって、異世界崩壊の一因を作ったことに変わりはないし、なんともキナ臭い不祥事だ。

 オレは、エレシュさんに聞いた。

「冥界は、どうしてチート能力者を異世界に派遣したんです? つまり、なぜ異世界滅亡を早めるようなマネをしたのか、ということです」

「異世界滅亡の原因は分からないから、その調査も兼ねてチート能力者を派遣する、と聞いていましたが、それは表向きの理由かも……」

「もし裏の理由があるなら、例えば冥界は、異世界を滅亡寸前にまで追い込んで、服従させたいとか……」

 地球の歴史になぞらえるなら、侵略戦争の目的は、とどのつまりカネに集約される。エネルギー・鉱物・労働力……個別具体的な目的はバラバラかもしれないが、結局のところ戦争とは、経済活動の最悪な手法ということだろう。

 ここ冥界でも、その生活ぶりは地球と大差ないように思えるから、カネで戦争を起こす輩がいてもおかしくはない。

「裏の理由はありそうですが、異世界を服従させたところで冥界にはなんのメリットもないと思いますし……」

「冥界では何かしらの資源が不足していて、それを下界から持ってきたいとかあります?」

「そういった話も聞いたことがありません。そもそも、冥界は資源不足というより資源が一切ありませんが、すべて自前で生産可能ですし……」

 なるほど。冥界の死んだ宇宙は静止しているからエネルギーが生まれないのか。にもかかわらず恒星をも作り出せる冥界のテクノロジーがあれば、確かに、資源その他の事情で異世界侵攻する理由は見当たらない。

「そうなると、地球の歴史から推測しても意味ないか……」

 カネ以外で、戦う理由が唯一生まれるとしたら宗教観の違いというヤツかもしれないが、ここ冥界ではそれもあり得ないだろう。なぜかと言えば冥界はほぼあの世なんだから、来た瞬間にあらゆる宗教観が破綻するしなぁ。

「こうなってくると、チート能力者を派遣したり、冥界の兵器を持ち込んだりして、異世界に干渉する理由がさっぱり分からないな……」

 独り言に近かったオレの台詞に、エレシュさんも同意してきた。

「そうですね……損得で考えてもデメリットばかりで、冥界にもたらされるメリットは何もないように思えます。そもそも、下界に干渉できないはずの冥界システムをどうくぐり抜けたのかも謎です」

「ふむ……システムか……損得を考えないなら愉快犯の線はどうですか? コンピュータ関係で愉快犯と言えばハッカーとかクラッカーとかですけど、冥界にはそういう犯罪者はいるんですか?」

「ええ……冥界にもいろんな人がいますし、犯罪を犯す人間もいます。ですから、愉快犯の線もあり得るとは思いますが……しかしその程度の人物が、公的権力を動かせるとは思えません」

「そっか……確かにそうですね……」

 エレシュさんは濡れ衣を着せられて犯罪者になっているわけで、それは公的権力に影響力を発揮できる人物だということだ。そんなヤツが目的もナシに行動するとも思えない。

 オレは、思考をいったん立ち戻らせることにする。

「話がちょっと飛びますけど、そもそも冥界人ってどういう人なんです?」

 冥界人が、何か特殊な思考回路の持ち主であるならば、ここでいくら推理しても意味がない。だからオレはそんなことをエレシュさんに尋ねた。

「冥界人は、生物としては皆さんと変わらない人間ですが、違う点としては『冥界に転生した人間』ということですね」

 地球や異世界などの下界で亡くなると、もれなくこの冥界にやってくる。そうして、転生して人生やり直すか、人生上がって天国に行くか、はたまた生前に大罪を犯せば地獄に落とされる。

 そうしてその転生時、一定数が冥界に召し上げられるそうだ。

 本来、冥界は神さま的な存在が運営していたそうだが、下界人口が無尽蔵に増えるものだから、やむを得ず、多くの人間を冥界人として転生させ始めたのだという。

 だから基本的には、地球人や異世界人と変わらない人間なのだが、下界に転生する人間と少し違う点としては二つ。

 まず仕事が仕事なだけに、天国とか地獄とかの存在をハッキリ認識している点。ただし冥界に転生した時点で、生前の記憶はなくなるそうだ。この記憶消去は、下界に転生するときと一緒だな。

 次に違う点としては、即戦力を求められるのでまず七歳の体で転生して、冥界についてなど一通りの義務教育を受けた後、一三歳になったら基本的には就業するそうだ。何かしらの研究職や専門職を目指す人間は別の教育機関があるとのことだが。

 なのでユーリやエレシュさんは親がいない。だからファミリーネームもない。SF的に言うならば、試験管から生まれてきた人間、みたいなノリだ。

「へぇ……そうすると冥界人は結婚もしないんですか?」

 オレの疑問に、エレシュさんが若干顔を赤らめながら答えてくる。

「いえ、結婚制度もありますし恋愛感情もありますが、ただ、子供は生まれませんね……」

 あ、なるほど。

 ほぼ死後の世界だというのに、新たな命が生まれるのでは訳が分からなくなるしなぁ。

 そんなわけで、子宝に恵まれるはずのない冥界は、生前は善良だった人間を冥界に転生させているわけだが、そこは人間だから、冥界で初めて悪事を働くヤツも出てくるとのこと。だから冥界では、法律ができて警察ができて、つまりは地球や異世界と似たような状況になっていったわけだ。

 ちなみに異世界に侵攻してきたヤツらを便宜上『冥界軍』とオレたちは呼んでいるが、冥界には国家の概念もないので軍隊もない。あの超兵器は、あくまでも警察の備品らしい。冥界の警察は、すげぇ武力を持っているなぁ……

 とはいえ、基本的には善良で温厚な人が冥界に召し上げられているそうなので、これまで一度も兵器など使われたことはなかったそうだ。

 冥界人は、下界人よりも善良だという話を聞いて、オレは首をかしげながらエレシュさんに質問する。

「なるほど……でも冥界に転生する人を選べるなら、なんだってユーリなんかを選んだんです?」

「突然ひっど!?

 オレのもっともな意見に、ユーリが叫んでくるがオレは無視した。

 同じくユーリをスルーしたエレシュさんが説明を続ける。

「冥界へ転生する人選も冥界システムが行いますのでなんとも言えませんが……あ、そういえば、そのまま下界に降ろすにはあまりにかわいそうな人は、しばらく冥界で修行させると聞いたことがありますね」

「かわいそうってどういうコトですか係長!?

「えっ!? あ、いえ、別にユーリさんのことを言っているわけでは……?」

「文脈的にわたしのことですし! しかも今、語尾が明らかにクエッションマークでしたよね!?

「そ、そんなことはなきにしもあらずなわけですからして……?」

「なんでハッキリ否定しないの!?

 エレシュさんは明後日の方向を眺めながらしどろもどろになっているが、その話は非常に納得できる理屈である。

 オレはさらに、エレシュさんの立ち位置が気になったので聞いてみた。

「そういえばエレシュさんは、日没するところの女神なんですよね? ということは、エレシュさんは人間じゃなくて神様なんですか?」

「いえ、わたしも人間です。女神試験に合格したので人間でも女神を名乗ることができたのですが——」

 ……え、何? 神様って資格制度だったの?

 唖然としているオレたちにエレシュさんは肩をすくめて見せた。

「——こんな事態ですから、すでに女神の資格は剥奪されているでしょうね。ですが、わたしの能力が奪われたり封じられたりするわけではありませんのでご安心ください」

「え……剥奪ってマジですか……それは申し訳ない……」

「やめてくださいアオイさん。お詫びをすべきなのはわたしたちなのですから。冥界の事情にまでアオイさんを巻き込んでしまい、本当に、なんと謝罪をすればいいのか……」

 エレシュさんのほうも頭を下げ始め、そうなると話が進まなくなるのでユーリが割って入ってきた。

「とにかく! 冥界人といえどもただの人間ということなんですョ。だからきっと、上の連中が悪いコトを考えているに決まっています!!

 その悪いこと……つまり動機が判然としないから、誰が黒幕なのかが推理できないのだが……

 しかし、こんな大都市の裏路地で考えてばかりでは始まらないのも事実だ。

「いずれにしても情報が必要か……エレシュさん、なんとかして冥界システムとやらにアクセスできませんか? まずは、なぜオレをチート転生させたのか、そしてその命令を出したのは誰なのかを調べたいんですが」

 すべての事の始まりは、キリ番ゲットのチート転生などというふざけたシステムのせいだったのだ。その辺のログを総当たりしたら、何かを発見できるかもしれない。

「まず間違いなく、わたしとユーリさんのアカウントは凍結されているでしょうから……そうなるとあとは、システム管理部の誰かに接触を図るしかないですが……あちらからしたら、犯罪行為に加担することになりますし……」

「なるほど……であればそれも難しいか……」

 オレとエレシュさんとが考えあぐねていると、ユーリが「あっ!」と声を出した。

「そうだ係長! システム管理部ならアリーチェちゃんがいますよ! あのコなら協力してくれるのでは!?

「アリーチェさん、ですか?」

 ユーリが出したその名前に、エレシュさんは首をかしげる。

「確かにいいコだとは思いますが、犯罪行為にまで協力してくれるかどうか……」

「そこは大丈夫ですよ! あのコ、わたしに大きな借りがありますからね!!

 ユーリが自信満々に言ってくると、逆に不安感を覚えるのだが……

「あの、エレシュさん。そのアリーチェって人はどんな人ですか?」

「わたしたちと面識のあるシステム管理部の職員です。ユーリさんの後輩で、五年前は閻魔係でしたが、その後システム管理部へ転属になりました。ちょっと引っ込み思案なところがあって窓口業務は大変そうでしたが、勤務態度もよく真面目なコです。転属になってからは、エンジニアとしてとても活躍していると聞いています。だからなおさら、今回の件には巻き込みたくないのですが……」

 対人能力はいまいちでも、プログラミングやオペレーションが得意ってヤツはかなりいるしな。エレシュさんがそう言うなら、相当に優秀なのだろう。

「なるほど。それでユーリ、お前の言う大きな借りとは?」

「アリーチェちゃんはわたしの後輩でしたから、閻魔係のときは、それはもう色々と教えてあげたものなんですョ! そんな頼れる先輩で大恩人のわたしが冤罪の憂き目に遭っていると知れば、アリーチェちゃんが協力してくれないはずありません!」

「エレシュさんのほうで、そのコの説得はできますかね?」

「なんで無視するの!?

 どう聞いてもユーリでは説得に応じてくれそうにないので、オレはエレシュさんに問いかける。

「アリーチェさんはわたしの部下でもありましたから、事情をきちんと説明すれば協力してくれるかもしれませんが……犯罪行為に巻き込むわけには……」

 エレシュさんの躊躇ちゅうちょに、今度はフローランスが言ってきた。

「そうは言いましても、現状、わたくしたちでは身動きが取れない状態なのですから、どなたかの協力を取り付けないことには話が進まないのではなくて?」

「……それは、そうかもしれませんが……」

 それでもためらうエレシュに、マナも言った。

「容疑が晴れれば、その人も罪には問われないんじゃないかな? であれば問題ないと思うけど。どのみち不当な疑いは晴らさなくちゃだしね」

 そのもっともな意見に、エレシュさんは観念したかのように首を縦に振った。

「……分かりました。確かに皆さんの言う通りですね。では、アリーチェさんに接触を図ってみましょう」

(Kindle本に続く)

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