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転生したらチートだけど美少女に性転換ですョ(ToT) Vol.6

カバー

事態は加速的に、かつ重層的に悪化の一途を辿るも、有効な打開策を見つけられないアオイたち。

自分たちの打ち手のすべてが、敵に読まれているのではないかという不安を感じながらも、それでも必至にあがくうちに……プライベートでは、あのヒトといい感じになってきました!?

女神のような彼女の愛らしさが光り、さらにはサイバー戦の果てにすべての謎が解き明かされる第六巻!

しかも巻末には、エクストラ・コンテンツとしてエレシュさんの眼鏡なしイラストを掲載中!

Kindle Unlimited(読み放題)登録中ですので、この機会にぜひご一読ください!

試し読み

第一話 冥界システムが止まると、
もはや死んでも死にきれません!

『冥界システムが……乗っ取られました……!』

 スマホのスピーカー越しにその台詞を聞き、オレ——アオイ・ルーホンは無意識に叫んでいた。

「乗っ取られた!? ハッキングということか!?

 冥界システム管理部の職員であるアリーチェさんが震える声で答えてくる。

『そ、そうです!』

「状況は!?

『み、未知のウイルスにより……システムがどんどん浸食されている状況です! こ、このままでは……冥界のあらゆるシステムが乗っ取られます!!

「駆除は!? ウイルス駆除はできるんですか!?

『わ、分かりませんが……今オペレーター総出で対応しています! と、とにかくわたしもすぐ現場に戻らなければならないので、いったんこれで失礼しますね!?

 アリーチェさんからの通話が切れて、オレはエレシュさんに顔を向ける。

「エレシュさん……冥界のあらゆるシステムがハッキングされると、どうなりますか?」

 エレシュさんは冥界閻魔府の係長ではあるが、システム管理部とは部署が違う。だから冥界のシステムにはさほど精通していないはずだが、それでも目を大きく見開き、呆然としながら答えてくる。

「まず何よりも……冥界の主業務である転生システムが止まります……」

「止まるとどうなります?」

「下界のあらゆる生物の転生が停止しますから……下界では生物が生まれなくなり、ゆくゆくは絶滅してしまいます……さらには、現状で冥界に訪れる死者の方々を適切に転生させられませんから、そうなると……」

 こんなことは、エレシュさんにも初めての事態なはずだ。だからエレシュさんはいっとき黙考する。

 オレは、冷汗を拭いながら次の台詞を待った。

 オレの両隣にいる異世界コンビ——大貴族のフローランス・エステル・タイユフェルと、魔族で魔王のマナ・コーカンドは、今の会話だけでは状況がまったく分からないだろうが、しかし緊急事態であることは理解しているようだ。オレたちの会話を固唾を呑んで見守っている。

 冥界人で閻魔係であるはずのユーリに至っては、状況がまったく飲み込めていないようで、夕食の鶏肉をフォークで持ち上げたままポカンとするばかり。

 遠方に見えるシステム管理部の巨大建造物は、ついさっきまでは非常灯で照らされていたというのに光の一つも放たなくなったし、その建造物は極地に位置しているから、真っ暗な、そして冷え冷えとした極寒の夜が広がっている。

 唯一の光源がオレたちの結界で、だが周囲がハッキリ見える光を作ってしまえば外敵に発見される可能性があるから、ガスバーナーのような青白い光を灯しているだけだった。

 そんな死地とも言える場所で、エレシュさんが声を絞り出すかのように言ってくる。

「……冥界に訪れた死者の方々を適切に転生させられないと……冥界役場が大混乱なのはもちろん、その死者は行き場所を失ってしまい……下手をすると悪霊化してしまうかもしれません」

「悪霊化すると、どうなりますか?」

「悪霊が冥界内にとどまってくれていればまだ対処の方法もありますが、万が一、下界に逆流してしまったなら……途方もない悪霊の数により、下界にある数多の世界は、すべて滅亡する可能性が……あります……」

『…………!』

 エレシュさんの推測に、その場にいる全員が驚愕し、そして体を強張らせた。

 フローランスが、エレシュさんに問いかける。

「悪霊が下界に逆流なんて……どうなったら起きるんです……?」

「冥界のキャパに収まりきらなくなったら……逆流が起きると思われます」

 今度はオレがエレシュさんに確認する。

「このハッキングで、下界から冥界に来るための界港も止まってるんじゃないですか?」

「いえ……そもそも霊魂は界港を使わずに冥界へ来られるのです。界港は、肉体を持つわたしたちが、冥界と下界を行き来するために必要なだけです。霊魂にはほぼ意識がありませんが本能で冥界に上がってきて、閻魔係との対面時にだけ、半ば強制的に意識を取り戻してもらうのです」

 そう言われてみれば、オレが死んだとき、気づいたら冥界役場内にいたな。肉体を伴って冥界の閻魔府に初めて来たときは、役場に入ろうとする霊魂が長蛇の列を成していたが、かつて、ユーリに会うまでに列に並んでいた記憶がなかったのはそのためか。

 まぁ気が遠くなるほど待たされるよりは、寝ているような状態で順番待ちをしているほうがありがたいが……オレは念のため、再びエレシュさんに聞いた。

「悪霊化しそうな霊魂を見分けることはできるんですか? 例えば生前の行いとか」

「悪霊化の可否は、生前の行いとは関係がありません。個体差はあるものの基本的には経年劣化と同じです。時間が経つほどに悪霊化のリスクが高まってしまいます」

「なるほど……食べ物が腐っていくのと同じってことですか……なら、逆流を防ぐ方法は?」

「普段は、逆流を防ぐための対策が施されていますが……冥界システムがハッキングされたとなればその対策も止まるでしょうから……冥界中に霊魂が堪ったら必然的に逆流しますし、そしてそれは、早ければ数日、遅くとも数週間以内に起こりえます」

「まぢですか……」

 冥界宇宙すべてに、転生できない霊魂がうようよ漂うというのも壮絶だが、無限にも思える広大な宇宙すべてをもってしても、下手をしたら数日しか霊魂を溜めておけないとは……下界生物の物量たるや凄まじいな……

 オレは、悪霊だらけになった地球や異世界を想像してみる。地球に関しては、悪霊が見える人間なんてほとんどいないわけだから、どんな実害が出るのか想像しにくいが、異世界に至っては非常にまずい。

 そんな事を考えていたら、マナが青ざめて言ってきた。

「もし、悪霊が逆流なんてことになったら……わたしたちの世界は、その悪霊と余剰魔力が融合して、魔物が爆発的に増えちゃうんじゃ……」

 そう——今まさにオレが考えていたこともそれだった。

 マナは、不安げな顔をオレに向けてくる。マナのその予想を聞いて、フローランスも目を見張ってオレを見た。

 オレは、二人に向かってゆっくりと頷く。

「……だろうな。だが、余剰魔力を一番放っているオレとマナは冥界に来ているし、他の魔族たちはマナの遠隔変身魔法で魔力を抑えられている。だから、オレたちがあっちの世界に残っているよりはマシだと思うが……」

 マナが苦渋の表情を浮かべながら言った。

「どの程度の余剰魔力が残っているかによるってことね……万が一、すでに十分なほどに余剰魔力が残っていたら……」

「……魔物が爆発的に増加して、下手をすると数日で世界が滅亡するかもしれない……」

 最悪のそのシナリオに、フローランスが震える声で言った。

「ご……ご冗談でしょう……?」

 そのフローランスに、オレは苦笑を返すのがやっとだった。

「冗談にしておきたいんだけどな……だが、もともと異世界はかなり危機的状況に陥っていて、だからこそチート化されたオレが派遣されたんだ。これまでは保って数年だったが、それが数日に早まったと考えた方がいい」

 だから、残存する余剰魔力が思ったより少ないという希望的観測は捨てた方がいいだろう。

 冥界宇宙のキャパが超えた時点で異世界は滅亡すると考えた方がいいし、余剰魔力のない地球だって、おそらくとんでもない影響が出るだろう。

 そして、下界にある数多の星々せかいが同様の状況になるのだ。

「あ、あのぅ……」

 状況がまだイマイチ把握し切れていなそうなユーリが、恐る恐る手を挙げる。

「仮に、異世界の皆さんが滅亡してしまい、つまりはお亡くなりになってしまっても、システムダウンした冥界では、その方々を受け入れることはできなくないですか……?」

 死者対応を長らくしていたユーリらしい着眼点ではあるのだが……その致命的な予想に、全員が絶句する。

 ユーリのその台詞を受けて、エレシュさんが絶望的な声音で告げた。

「……つまりは、このままハッキングが続くならば、数多にある下界の、あらゆる生命の霊魂が悪霊化してしまう……かもしれません……」

 もはや、想像を絶する阿鼻叫喚あびきょうかんを目前にして——

 ——オレたちは、極寒の極地に佇むしかないのだった。

第二話 まずは現場百遍から始めよう

 冥界システムハッキングの一報を受けて、重苦しい雰囲気を壊してくれたのもまた電話だった。

 しかし今度はアリーチェさんからの電話ではない。

 異世界に残してきた魔法学園の学園長、ミリアム・ラングハンスからの電話だった。

 オレは、全員に聞こえるようスピーカーで受話する。

『もしもしアオイ? そっちの状況はどうなってるかしら……』

 オレは一瞬、こちらの状況を伝えることをためらった。あと数日でそっちの世界が滅ぶかもしれないなんて、なんの前置きもなく伝えたら、さすがのミリアムもパニックになる恐れもある。

 だからオレは、先に異世界側の状況を確認することにした。

「いろいろあったんでこれから説明するが……その前に、そっちの状況を教えてくらないか?」

『こちらの状況は、とくに変化ないわ。各避難所に市民が集まって、冥界の兵士に取り囲まれているわね』

「……その兵士に何か変化は?」

『とくに変化ないように見えるけど……』

「動きが止まったりはしていないのか?」

『今も、キビキビとした動きで飽きもせず巡回行動をしているわよ』

「そうか……」

 冥界システムが止まっても冥界のロボット型兵士——機械兵が止まらないということは、システムをハッキングした組織と、機械兵を送り込んだ組織は同一だということで間違いないだろう。首謀者はいったい何を考えている?

『もしもしアオイ? いったいどうしたの? そっちで何があったのよ』

 オレが黙考していると、ミリアムが声をかけてきたので、オレは噛みしめるように告げた。

「ミリアム。これから言うことは関係者以外に話したりしないでくれ。あと、決してパニックを起こすんじゃないぞ?」

『……ということは、悪い知らせなのね?』

 オレは、冥界システムが乗っ取られたあらましをミリアムに告げる。

 ハッキングなどの技術的な話は魔法理論に例えて説明したが、優秀なミリアムはすぐに状況を理解したようだ。

 前置きをしたとはいえ、ミリアムの途方に暮れた声が聞こえてくる。

『……なんてことなの。まさに、世界の終わりって感じじゃない……』

「そうだな……しかも、オレたちにできることも限られている。今は、システム管理部職員の手腕にかけるしかないが……」

 しかし、その職員をもってしてもハッキングを許してしまったのだ。ハッキングされたシステムを復旧させるのは容易ではない事も考慮すると、復旧の望みは薄いかもしれない。

 地球の技術で考えれば、もっとも手っ取り早いのはコンピュータの初期化だが……冥界システムのデータがどこまでバックアップされているかも分からないし、初期化から完全復旧までどのくらいの時間がかかるかも不明だ。

 復旧までの間に、冥界が悪霊で占拠されてしまえばそれでジ・エンドとなる。

『ねぇアオイ、こちらでできることはあるかしら? このままじっとしているよりは気も紛れるし……』

「そうだな……」

 オレはいっとき考えてからミリアムに伝える。

「まずは、魔物対策だな。数日以内というリミットを待たずして、魔物はこれまで以上に増えるはずだから、各国の警備を厳重にしてほしい」

 おそらくは、冥界宇宙が飽和してから悪霊が一気に逆流するというよりは、飽和へと近づくに従って逆流量も増えるはずだ。とくに異世界には、これまでにも悪霊が漂っていたわけだから、一定の閾値を越える前から悪霊が逆流してしまう可能性は十分にある。

 そんな説明をするとミリアムが賛同してきた。

『分かったわ。ただ、学園都市は今身動きが取れないから……フローランスの父親から世界中に号令をかけてもらうのが早いわね。フローランスはそこにいる?』

 ミリアムの呼びかけに、フローランスが「おりますわ」と答えた。

『父親への進言について、いちおう同意が欲しいんだけど、いいわよね?』

「ええ、もちろんですわ。世界が存続できるか否かの瀬戸際ですから、可能な限り迅速にとお伝えください」

『そうね。不幸中の幸いというか学園都市がこんな有様だし、各国ともに危機感を持って対処してくれると思うわ』

「ちなみに、お父様はお元気にされていらっしゃいますか?」

『これまで毎日のように通信魔法をよこしてきてるわよ。まぁだから、通信魔法の使い手もわたしのすぐ側にいるから、今回はむしろ助かったけど』

「そうですか……わたくしは、こちらで元気にやっておりますとお伝えください」

 まぁ……ほぼ死後の世界で元気にやっているというのも不思議な状態だし、その死後の世界も絶体絶命なのだが、親父さんに無用な心配をかける必要もないだろう。

『それと、マナもそこにいるのよね?』

「うん、一緒だよ」

『魔族はどうする?』

 マナは魔族の王でもあるのだ。さらに魔族は人間とは犬猿の仲だから、人間から魔族に方針を伝えるよりは、マナから伝えてもらった方が間違いない。

「これまでと同じように、人に紛れて避難するように伝えることにするよ。各自の判断で変身魔法を解けるようにはしているから、いよいよになったら、人間を守るためにも戦うよ。まぁ……魔法を使うほどに魔物を生み出すと分かった今では、逆効果かもしれないけれど……」

『そう……これまで差別してきたのに、悪いわね……』

「別に構わないよ。そもそも誤解もあったわけだし、いろいろ解決したら、少しずつでも融和していければいいなって思ってるから」

 いずれにしろ、異世界の人間も、魔物との戦闘になったら魔法に頼らざるを得ないだろう。魔法を使えば、目の前の魔物は駆逐できるかもしれない。だがその背後では、新たな魔物を生み出してしまう。

 つまりは、人間や魔族の魔力が尽きるまでは魔物と均衡できるが、魔力が尽きたら、圧倒的な物量を誇る魔物に押し切られてしまうだろう。

 魔物と魔力戦を行うとは、時間稼ぎにしかならない絶望的な戦いだった。

 だからオレは言った。

「どのみち戦いになったらこちらの負けだ。だから、戦いが始まる前にケリをつけなくちゃならない」

 そうしてオレは、遠方にそびえるシステム管理部の建造物を見た。

「ここでじっとしていても始まらない。システムダウンしている今ならシステム管理部に侵入できるから、まずはアリーチェさんと合流しよう。現場百遍げんばひゃっぺんと言うし、現場で見聞きすることで何か打開策が思いつくかもしれない」

 オレのその台詞に、一同が頷いた。

第三話 システム中枢のネーミングは日本由来でした

 システム管理部棟の真下まで来るとそのスケールに改めて圧倒されて、オレは思わずつぶやいた。

「この壁が宇宙空間まで続いているとは……圧巻の一言だな……」

 そんな圧巻の壁は、まるでスマホの画面のように光沢があって、オレたちの驚く顔も黒々と反射している。そんな黒光りする壁面が、遙か上空まで続いているのだ。

 もはや地球の建物に例えることもできない。スカイツリーの麓から見上げたって細長いからこれほどの圧迫感はないし、富士山を麓から見上げたって、ほぼ垂直にそびえる壁面があるはずもない。

 そんな壁面を、ユーリがコンコンとノックしながらオレに聞いてくる。

「侵入するといっても、システムダウンしてたら出入り口もできませんよ? いったいどうするつもりですか?」

「こうする——爆破インスピラティオネ

 オレは、アレンジした爆破魔法を発動させた。

 壁面の内側に指向性を集中させた爆破魔法は、オレたちに爆破音すら聞かせることなく壁面を破壊。壁面の一部が内側へと崩れていき、人一人が通れるほどの穴を穿った。

 それを見ていたユーリが呆れながら言ってくる。

「……もはや空き巣と一緒ですね……」

 ガラス窓を破って侵入する空き巣を連想したのだろう。ってか冥界にも空き巣がいるのか? 生前の行いが来世に影響すると分かっているなら、悪行なんて早々しないと思うのだが。

 オレの少し後ろで見ていたエレシュさんは、ユーリとはまた違った感想を言っていた。

「冥界でも最高強度を誇るウルツァイト壁に、こうもあっさりと穴を空けるとは……さすがですね」

 そんな感想に、オレは軽く答える。

「まぁチートですしねぇ……というか、エレシュさんの光線だってできるんじゃないですか?」

「どうでしょうか……試したことがないので定かではありませんが、もし貫通できるとしても、射程距離をうまく調整しないと無駄な破壊を招きかねません。極小の射程に設定するのは、実は難しくて……あの攻撃は、意外と使い勝手が悪いんですよ」

 つまり、あれを地平線の彼方まで照射したらシステム管理部を真っ二つにもできるということだな……チート能力でもないのに。

 この人は、いったいどんな修行を積んだのだろう……?

 もしバックアップがあるのなら、コンピュータウイルスに感染してしまったシステムは、最悪、物理的に破壊するのも手ではあるし、そのときはエレシュさんに頼ろうかな……

「そ、そうですか。いざというときには心強いです……」

「……あの、アオイさん? なんだか少し引いていませんか?」

「そ、そんなことはありませんよ?」

 なぜか弁明し始めるエレシュさんの話を聞きながらも(でも、どう聞いてもエレシュさんが弱々しいイチ職員だということには納得できなかったが)、オレたちは、警戒しつつシステム管理部内部へと侵入する。

 システム管理部棟の外壁は相当に分厚かったようで、オレが穿った穴はまるでトンネルのようだった。そのトンネルをくぐり抜けると、手狭な通用路に入ることができた。

 以前、アウローラさんの分身体を使って侵入したときには、巨大なエントランスホールがあって、まるでショッピングモールの案内カウンターのような場所が設置されていて、そこに受付ロボットが何百体と座っていたのだが、今回は正規の出入口でもないから、職員用の裏道とかメンテ用の作業路か、そんな場所に入り込んだのだろう。

 オレは、通路を見渡しながら言った。

「ふむ……セキュリティシステムも完全に落ちているみたいだな」

 普通なら、壁面に穴を空けた時点で非常ベルくらい鳴らすと思うのだが、今は不気味なくらいに静かだった。通路一帯には非常灯が灯り、赤く染まっている。

 エレシュさんが補足説明をしてくれる。

「主要職員は総出でシステム中枢にいるはずです。外部からの侵入者に気を払う余裕もないのでしょう」

 そのシステム中枢にいくにはテレポート装置をなんどか乗り継ぐ必要があるそうだが、おそらく今はそれも止まっているのだろう。ということは魔法で飛んでいくしかなさそうだ。

 そんな話を聞いてオレは頷いた。

「了解です。音速飛行を超えることだってできますから、壁をくり抜いて一気に中枢部へ向かいましょう。エレシュさん、方向は分かりますか?」

「このまま直進で大丈夫なはずです」

 システム管理部内部は、地球で比較するならオーストラリア大陸並みに広いと聞いているから、壁面を壊して進んでいけば、やがては広いスペースに出るはずだ。

 それを聞いていたユーリがため息交じりに言ってくる。

「いやほんと、アオイさんは何をするにしても大雑把というか……」

「システムが落ちて、出入口が開閉しないんだから仕方が無いだろーが。そもそもこの通路、尋常じゃないくらいに広いんだろ? そんな通路を伝って歩いてったら、どんだけ時間があっても足りないっての」

 そんなことを言いながらも爆破魔法で壁を壊し、オレたちは進んでいく。

 その作業を小一時間ほど続けただろうか?

 各階層の通路がだいぶ広くなってきたとは思っていたが、ついに、視界の開けた場所に出てくることができた。

 それは例えるなら、海に至る道を進んでいて、いよいよ海が見えてきたといった感覚に近い。

 その空間に踏み入れて、フローランスとマナが感嘆の声を上げた。

「建物の中にこれほどの光景があるとは……凄まじいですわね……」とフローランス。

「ほ、ほんとだよ……こっちに来てから驚かされることばかりだね……」とマナ。

 オレもまったく同様の感想だな。

 まずオレたちが出てきたのは、観客席のない東京ドームのような場所だった。エレシュさん曰く、管理部内部へ出入りするための昇降ポッドらしい。

 だがその東京ドームのような昇降ポッドは、すべてガラス張りだ。床ですら半透明のガラスになっている。

 だから視界いっぱいに、管理部内部の構造が眺められるわけだが……

 まっさきに目に飛び込んでくるのは、屋内のはずなのに水平線があって、海を一望するような高さにこの昇降ポッドが位置しており、さらに今は夕暮れ時のような光景だった。

 本来なら、管理部の天井は青空を模しているそうだが、今は非常時ということで真っ赤に染まっていた。そもそも、青かろうが赤かろうが天井には見えないし、宇宙空間にまで達している天井なのだから、上空に見えるのは実質的には大気の層であり、空と同じだろう。

 オレたちは、地上一階から壁をくり抜いて直進してきたはずだが、昇降ポッドは、中枢部を見下ろすような位置にある。それもスカイツリーから見下ろすほどの高さだ。これの意味するところは、中枢部は相当に深い地下階があるということだった。

 その最下層には夕焼けに染まったような海がある。エレシュさん曰く、いろんな理由があって海ほどにでかい水があるそうだが、その理由の一つが冷却とのこと。途方もない冥界システムも冷却装置は水冷式のようだ。海一つ作らねばならないほどとは思わなかったが。

 その圧倒的な内部空間には、ひたすら水平線が広がっているだけではない。そこかしこに島が浮かんでいるのだ。それも海上にではなく空中に。それらの島が職員の住居なのだという。どの島も、青々とした植物に覆われていた。

 そうして水平線の遙か先に、天をつくほどの巨大な建造物の陰が見える。おそらくあそこが目的地だろう。

 もはや、異世界よりファンタジーじみている。異世界は魔法があるとはいえ、その技術力は地球の中世と同じ状態だったから、こんな超巨大な建造物など、魔法を使っても作れるはずもない。

 そんな光景を目の当たりにして、閻魔府職員であるはずのユーリも感嘆の声を上げていた。

「ひやぁ……システム管理部が、こんな贅沢な場所だったなんて、思いもよりませんでしたよ」

「なんだユーリ、お前はここにきたのは始めたなのか?」

「ええ、一般職員はシステム管理部になんて用がありませんからね」

「そっか……エレシュさんは何度か来たことあるんですか?」

「はい、わたしは研修時に管理部内部に入ったことがあります。といっても、これから趣くシステム中枢までは行ったことがないので、研修時に写真を見た限りですが」

 エレシュさんのその話に、ユーリが付け足してきた。

「係長はキャリア組ですからね。研修で、一通りの現場を見学するってわけですョ」

 つまりは、冥界を背負って立つ人間と、現場で扱き使われるヤツとの違いなのだろう。

 オレが妙な納得感を覚えていると、ユーリは、目前の壮大な光景を眺めながらブツブツと不満を零し始めていた。

「それにしてもアリーチェちゃんは、いい暮らしをしていそうですねぇ……てっきり、黒光りする謎の巨大施設の中で、せせこましくも扱き使われていると思っていたら、こんな広々とした職場だったなんて」

 ユーリ曰く、何もかもがキャパ不足の冥界では、とにかく広い敷地は憧れの的であり、また贅沢の象徴なのだという。

 冥界宇宙は広大なスペースで空気もあるが、電気ガス水道などのインフラもない宇宙では住むこともできないし、通勤も不便極まりない。ユーリ曰く「砂漠で暮らせと言われても困るでしょ? そんなイメージですよ」とのこと。

 日本でも、区画の狭い東京で広大な家を持つのが一種のステイタスだったりするしな。そんな感覚なのだろう。まぁオレは興味なかったが。

 ユーリの不平を受けて、エレシュさんが補足を付け加えてきた。

「一応説明しておきますと、この広大なスペースも、冥界システムを動かすために意味のあるものなのだそうです。わたしも詳しくは分かっていないのですが、この空間にもナノレベルで小さなマシンが稼働しているのだとか」

 それを聞いて、オレが念のために質問をする。

「いちおう確認ですが……そのナノマシンとかって、人体には影響ないヤツですよね?」

「はい、そもそも人体を避けて飛ぶように設計されているそうですし、万が一人体に入ったとしてもまったく無害な物質とのことで、すぐに消えてなくなります。無害どころか、不足した栄養素を補ってくれるとか」

「へぇ……それは便利な物質ですね」

 そうなると、人間の目にも見えないナノマシンが、すでに至る所で飛散しているのかもしれないな。そしてその中心が、水平線の彼方に見える巨大な柱の陰ってわけか。

「そうしたらエレシュさん、システム中枢は、あの柱ってわけですか?」

「はい、そうです」

「なら、ひとっ飛びであそこに向かいますか」

「そうですね……ただ、わたしが案内できるのはここまでです。繰り返しになりますが、わたしもシステム中枢にまでは行ったことがありませんから、この先に何があるのか、何が起こるのかは分かりません」

「了解です。そうしたら、結界と索敵を張り巡らせて、中枢部に近づいたらスピードを落として慎重に接近します」

 オレは気を引き締めると、昇降ポッドの出入口をこじ開ける。

 そうして浮遊・結界・望遠・俯瞰の各魔法を同時展開して、水平線の彼方に見える巨大柱へと突き進んでいく。

 最初は超音速で飛行して(しかもソニックブームも出さないという配慮付き)、巨大柱にある程度近づいてからは減速する。そんな感じに飛行して一時間強で巨大柱の全容が目視できるようになってきた。

 オレは眉をひそめながらつぶやく。

「あれは……巨大な樹木か……?」

 夕闇のような明るさしかなく、しかも遠すぎたために陰でしか見えなかった巨大柱は、ゲームのグラフィックでしか見たことのない、つまりは存在するはずのない巨大な樹木だった。

 まさに、世界樹と言わんばかりの姿だ。

 何千何万もの幹が絡み合い、極太になった幹が海上から天空へと伸びている。その天空へと抜けていく枝葉は、いまオレたちが飛行している高度からでもかすれて見えない。

 そもそも、いったいどうやったらこんなに成長できるのか……地球の物理法則をガン無視した巨木だった。

 ちなみにシステム中枢が樹木なら、そこから散布されるナノマシンは花粉といったところなのだろう。

 唖然とするオレたちに向けてエレシュさんが説明してくれる。

「わたしも実物を見るのは初めてですが……これが冥界システム最中枢——最近では、アオイさんの国の言葉を借りて『ユグドラシル』と呼ばれるようになりました」

 まさか……ニッポンのサブカル用語が、ほぼあの世の最奥にまで浸透しているとは……まぁユグドラシルは北欧神話が元ネタのはずだが。

 っていうか地球では、いろんな国々で樹木をモチーフにした伝説が語り継がれているが、ひょっとして、システム管理部経験者が地球に転生して、なんとなく覚えていた前世の記憶が伝説の元になったのかもしれないなぁ……

 その伝説が、巡り巡って本家本元の通称になるとは……どうにも可思議な因果である。

 妙な郷愁に駆られていると、エレシュさんが説明を続けていた。

「ユグドラシルは人工生体で、生きている植物ではないと言われています」

 そんな説明をされても、サブカルが盛んなニッポン出身のオレくらいしか理解できないと思うが……案の定、フローランスもマナも首をかしげていた。

 まずフローランスが手を挙げる。

「つまり、造花みたいなものですの?」

「ええっと……造花とはちょっと違うような……押し花のほうが近いでしょうか?」

 今度はマナが質問した。

「その押し花が、いったい何に使われているの? 本の栞にするわけでもないでしょう?」

「わたしたちの生涯を管理しているわけですから、ある意味で栞と言えなくもないかもしれませんね」

 この生体コンピュータがいったいどんな演算処理をしているのか——その理論構造アーキテクチャには、元エンジニアとしては非常に興味をそそられるし、チート脳を授かった今なら理解できるかもしれないが、そんな探求をしている場合ではないしな。

 オレは、肝心な所だけエレシュさんに確認する。

「この樹木は、全システムの中で一番デリケートで最重要なパーツ、ということですよね?」

「はい、その通りです」

「いちおう樹皮のようなもので守られているようだけど、まさに薄皮一枚と言った感じだな。念のためだが……みんな、絶対にあの巨大樹を傷つけてはダメだぞ?」

 ユグドラシルを一刀両断できるであろう怪光線を放つエレシュさんはもちろん、マナだって、樹木を切り倒すなんてわけないほどの魔力を有しているのだ。だから二人とも注意深く頷いてきた。

 オレは念押しでユーリに視線を送る。

「ほんと、絶対にユグドラシルを壊すようなマネはするなよユーリ、いやまぢで」

「なんでわたしが名指しなんですか!? 魔法も使えなくなった今、そんなことできるわけないでしょ!」

 プンスカと抗議をしてくるユーリだが……

 もちろんユーリの言うとおりだし、さすがのコイツも、あんな巨大樹を切り倒すほどに致命的な何かをしでかすわけはないと思うのだが……

 オレは、一抹の不安を消すことができないのだった。

(Kindle本に続く)

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