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転生したらチートだけど美少女に性転換ですョ(ToT) Vol.7

カバー

アオイたちが異世界に戻ってみれば、ポンコツ自堕落ロクでなしと名高かったユーリが、極めて優秀になっていた!? (しかしヤル気ナシで活躍はせず(^^;)

そんな一変する世界にアオイは危機感を覚えながらも、各地の様子を視察すべく旅立った。

旅先では懐かしいメンツに再会し、一変した世界に対してそれぞれまったく違う反応を見せる。それにどう対処すべきなのかアオイが戸惑っていると、水面下では動乱の準備が着々と進んでいて……

ソフィーアの思い出話にも花が咲きまくりの第七巻! ぜひご一読ください!

試し読み

第一話 キリ番ゲットのラッキーガール

 ふと気づけば、そこは見覚えのある役場じゃった。

「………………」

 妾は、いっとき呆けてその風景を眺めていた。

 だいぶ昔じゃが、親に連れられて行ったことのある村役場に似ていた。木製のカウンターにチープなベンチ。しかし村役場と違うのは、カウンターの長さがずいぶん長いということ、あと来客の人数が桁違いだということじゃった。

 役場では、大勢の人間がせわしなく働いていて、さらには、妾と同じようにベンチに座る人間もひしめき合って列を成している。

 しかし、どうして妾は村役場なんかに……

 そんな受付カウンターから、妾を呼ぶ声がした。

「ソフィーアさーん、ソフィーア・フォンテーヌさーん」

 大人たちの人だかりで声の主を見ることはできなかったが、しつこく呼ばれるものだから、妾は仕方がなくベンチからぽんと飛び降り、人垣を掻き分けて、声のするほうに歩いて行く。

 そうして、ようやくカウンターに辿り着いたはいいものの、妾の背ではカウンターの向こうにいる人間の顔は見えなかったし、妾の身長ではカウンターチェアにも座れない。

「おい、妾を呼んだのは貴様か? こんな子供を、人混みの中に歩かせてどういう了見じゃ?」

「えっ!? あ、すみません! お子さんだったのですね……!」

 カウンター越しにワタワタとした気配が感じられてからしばし、声の主は妾の隣にやってくる。どうやら、カウンターからこちらに出てきたようだ。

「はい、それじゃあお椅子にすわりましょうね?」

 妾の両脇に手を差し込んで、妾を椅子に座らせる。

「おい貴様、妾を子供扱いするのはやめよ」

「ええ!? 今さっき子供だからと……」

「なんじゃ? 文句でもあるのか?」

「あ、いえ……ありません、すみません……」

「妾を子供と思って舐めぬことじゃ」

 妾の小言に驚いたのか、その人間は目を白黒させながらも頭を下げてくる。

 なんとも頼りなさげな女じゃな。身長だって妾とそう大して変わらんではないか。妾がカウンターの下からこやつの姿を見られなかったのは、こやつが小さいせいでもあったのじゃろう。

 黒髪おかっぱでどんぐり眼、化粧っ気もまるでない。まったくもって冴えなくて垢抜けなくてネクラな印象の女じゃった。まるでか弱い小動物のようじゃな。

 そんな女がカウンターの向こうに戻ると、そのオドオドした瞳を妾に向けて言ってきた。ぎこちない笑顔を向けて。

「ええっと……ソフィーア・フォンテーヌさんで間違いありませんね?」

「間違いないから来たのじゃろう。しつこい女じゃな」

「す、すみません……」

 妾の文句に、その女は肩をすぼめて頭をさげてきた。

「謝罪はよい。貴様は何者じゃ?」

「あっ、はい……わたしは閻魔係のアリーチェと申します」

「エンマガカリ? なんじゃそれは」

「えっとですね……閻魔係の説明の前に、まず順を追って説明させて頂いてよろしいでしょうか……?」

「いちいち許可を求めるな。早く説明しろ」

「す、すみません……! それでですね……えーと……あのその……ソフィーアさん、実は……」

「はよせい!」

「ひぃ……すみません! じ、実は、あなたはお亡くなりになんったんです!」

「……なんだと?」

 アリーチェとかいう女が、突然に突拍子もないことを言ってくるものだから、妾は眉をひそめた。

 この女の頭がおかしいということで片付けてもよかったのじゃが、しかし、妾が今置かれている状況もおかしい。

 妾は、この不可思議な役所に来る前の事を思い出そうとしたが……おかしい。頭に霞でもかかっているようで記憶が判然としない。こんな事は生まれて初めてじゃったが、それでも妾は思考を集中させる。

「妾は確か……いつもの樹の下にいて……」

 去年までは、まだ五歳だというのに農作業を手伝えとうるさかった親も、最近は妾を無視するようになっていた。だが親のことなどどうでもよかった妾は、今日も、自宅から離れた小高い丘に生えている樹の下にやってきていた。

 妾は、あの樹の下で思索に耽るのが好きなのじゃ。

 ただただ食うためだけに農作業に従事する大人たちの、なんと愚かなことか。そもそも、苦労して実らせた農作物は、その大半を貴族共に徴収されてしまうというのにじゃ。

 それに、収穫高を高めたいのなら今よりもっと効率のよい方法がある。絶対量を増やせば、如何に貴族たちに搾取されようとも飢えで苦しむこともないだろうに。

 だというのに親兄妹は、妾の話に耳を傾けようともせず、ただひたすらに従来のやり方を続けておる。

 子供の言っていることなど戯言たわごとだと決めつけてはなから相手にもしていないのだろう。知識の真偽も確かめられるとは愚かしいことだな。

 そもそも、貴族共は妾たちを魔物から守ってやっているだのとうそぶいているが、そんなものは今や有名無実と化している。魔物の出現率は年々増えているから、貴族共も太刀打ちできず、魔物が現れても堅牢な都市に隠れ潜んでいるばかりじゃ。

 そうやって農民を守らず、その数を減らしていけば、巡り巡って自分たちの食い扶持までなくなることに貴族共は気づいておらぬ。愚鈍にもほどがあるな。

 そうして、そのことに薄々気づいていながらもなんの対策も高じない農民——つまり妾の親たちとて同じ穴のむじなじゃ。現実から目を逸らし、言われたことを従順とこなすだけの奴隷に成り下がっておる。

 そんな暮らしに飽き飽きして、妾は樹の下で現状を打開するための策をずっと練っていた。

 だが、どうあっても力が足りぬ。せめて妾に、幾ばくかでも権力があれば……

 そんなことを考えていたら、ふと視界に影が差した。

 逆光にあおられてよく見えなかったが、シルエットだけで父親であることが分かった。

 だが妾が何かを言う前に、父親は振りかぶっていた何かを振り下ろして——

「——妾は、殺されたのか?」

 ようやく戻ってきた記憶に、妾はさしたる驚きも感じず告げる。

 アリーチェは、心底残念という顔を作って言ってきた。

「はい、そうです……ご愁傷様です」

「なるほど……そういうことか」

 あの親たちは、最近、妾のことを疎んじているというよりも、妾に恐怖を感じていたようじゃったからな。大方、妾の頭の良さを不気味に思って、そのあげく魔物付きとかいう迷信にでも捕らわれたのじゃろう。

 あるいは、その迷信を言い分けに口減らしをしたか。

 まぁいずれにしても、殺されてしまったものは仕方が無い。妾は周囲を見ながらアリーチェに問うた。

「すると、ここはあの世ということか?」

「いえ……ここは、この世とあの世を繋ぐ世界——冥界です」

「ふむ、なるほど。聞いたことはあるな。村にいた教会のじじいがそんな話をしておったわ。まさか、実在していたとはな」

 妾は苦笑をしてからアリーチェに聞いた。

「それで、貴様はさしずめ、妾に審判下すための神と言ったところか?」

「いえ、神様ではありませんが……役目としてはそうです。閻魔係と言います」

「なるほど。ということは妾は、この場所で次の来世に転生するというわけか」

「はい、そうなりますね……」

「まったく、ロクな事のない前世であったな。せめて来世は、もう少しまともな世界に生まれ変わらせて欲しいものじゃ」

「あ、あの……ソフィーアさん……飲み込みがずいぶんと早いですね? 本当に五歳児ですか?」

 アリーチェに言わせると、この冥界に来た死者——とくに若い死者であるほどに、現状を受け入れられないか、怒るか、取り乱すか、悲嘆に暮れるかの確率が高いそうじゃ。

 さらに幼児ともなれば、死という概念自体が理解できず、大抵は親を求めて泣いてしまうという。

 そんな話を聞いて、妾は肩をすくめて見せた。

「妾は聡い子供なのでな。まぁもっとも、それが殺された理由とあれば、死んでも死にきれぬとでも言いたいが、死んでしまってはどうにもならんじゃろ」

「サ、サバサバしてますね……」

「知能というものはそういうものじゃ。より高次の概念を理解すればするほど、生老病死には興味がなくなる。とはいえ、生まれ変わって次も生きなければならぬというのであれば、来世には興味がある。来世はどうなるのじゃ?」

「ええ、それを調べるために、まずこの手鏡を覗いてみてください」

 アリーチェはそう言いながら手鏡を渡してくるので、妾はそれを受け取って覗き込んでみる。しかしその鏡に妾は映らない。

 アリーチェは「そのまま少し待ってくださいね……」と言って、突起のたくさん付いた板を叩き、薄い箱を覗き込んでいた。何をしているのかはよく分からなかったが、何かの情報を読んでいるようじゃな。

 あの箱の中に書物でも入っているのじゃろうか?

 するとアリーチェが、突然「えっ!?」と声を出す。

 驚くアリーチェに妾は声をかけた。

「なんじゃ? 何かよくないことでもあったのか?」

「い、いえ……そうではなく……ちょ、ちょっと待っててください」

 そうしてアリーチェが、たくさんのボタンが付いた板を連打することしばし。

 妾が飽きてきたところで、アリーチェが席から勢いよく立ち上がった。

「ソ、ソフィーアさん……」

「なんじゃ?」

「あなたは……死者ナンバーのキリ番をゲットされました……」

「死者ナンバー? キリ番? いったい貴様は何を言っておる?」

「く、詳しくは別室でお話ししますので……移動してもらえますか?」

 アリーチェの、ただならぬその様子に妾は首をかしげるのじゃった。

 

* * *

 

「——と、いうことなんです」

 アリーチェが、キリ番ゲット転生制度の説明を一通り終えて、妾は感想を言った。

「なんともふざけたシステムじゃな」

「そ、そう言わないでください……これでも、お偉い人の肝煎り制度なんですから……」

 革張りの上等なソファの上で、アリーチェが恐縮しながらも言ってくる。こやつ、妾より一〇歳は年上だと思うが、どうにも頼りになさそうじゃな。

 そんなアリーチェはオドオドしながら話を続けた。

「もちろん拒否権はあります。チート化するとはいえ、紛争地帯の真っ只中に派遣されるのですからね、無理強いはできません」

「拒否するとどうなるのじゃ?」

「その場合は、通常通りの転生となりますね。前世の行いに従って、来世の能力が割り振られます。ソフィーアさんの場合は、幼くして、しかも殺害されてしまいましたから、今の能力のまま転生できますよ」

「ふむ。だが妾の記憶はなくなるのじゃな?」

「ええ、そうです。記憶が残るのはチート転生のみで、通常転生は記憶が残りません」

「ならば、チート転生とやらを拒否したら、実質死ねと言われているようなものではないか」

「そそそ、そんなことはありませんよ!? というよりソフィーアさんはすでにお亡くなりになっているわけで……」

 まぁ皮肉は言ってみたものの、妾の心はすでに決まっておる。

 如何に今と同じ能力が得られるとは言え、記憶がなくなるということは妾でもなくなるということじゃろう。『自分であり続けられる』という餌を目の前にチラつかされてしまった以上、それにあらがうのは困難というものじゃ。

 だがもう一つ確認したいことがある。妾は問うた。

「チート転生した場合の行き先はどこじゃ」

「ええっと……少々お待ちくださいね……」

 アリーチェは、光る板状の物体を指でこすりながら言ってきた。

「ソフィーアさんのチート転生先は、ソフィーアさんが元々いた世界ですね。何しろ、ソフィーアさんの世界は危機ランクSに指定されていますから、もしかしたらあと一〇年保たないかもしれません……」

「それはまことか?」

 冥界人とやらに改めてそう指摘されると、さすがの妾も肝が冷えるな。どうりで、日増しに魔物が増殖していたわけじゃ。

 妾は、村の様子を思い出しながら説明する。

「まぁ世界滅亡の原因はだいたい把握しておる」

「えっ!? ほ、本当ですか!?

「うむ。おそらくは魔力が原因じゃ。まだ事例が少なすぎるが、妾の村の近くで強力な魔法が使われる度に、数日後、強力な魔物が跋扈ばっこしておった。魔力と魔物には何かしらの因果関係があると見て間違いない」

「わ、わずか五歳で、よくそこまで洞察できますね……」

 唖然とするアリーチェに、妾はため息交じりに説明する。

「少ない情報であっても、可能な限りの共通因子を見つけ出すことじゃ。さすれば事象の階層を上がることができる。そうして事象を俯瞰できれば、解など自ずと出てこよう」

「……す、すみません……何を言っているのかさっぱり分かりません……」

 アリーチェは顔を引きつらせながらも言ってくる。

「で、ですが、そこまで分かってらっしゃるのでしたら、ぜひチート転生をして頂けないでしょうか? ソフィーアさんの元いた世界は、一刻を争う事態になりつつあります」

「無論、構わぬ」

 妾のその答えに、アリーチェが弾かれたように顔を上げた。

「ほ、本当ですか! 紛争地帯に派遣されるのに!?

「特段の思い入れもないが、妾の故郷でもあるしな。滅びゆくのを座して待つのも忍びない」

 それにチート転生とやらは、生前に妾が考えていた夢に一歩近づけそうじゃ。

 アリーチェは、世界滅亡を阻止することだけに気を取られているようじゃが、そんなものは、魔法か魔族かをどうにかすればすぐに片が付くじゃろう。

 それよりも、世界が救われてからのほうが肝心じゃ。

 滅亡すればそれまでじゃが、救済されれば、その後の世界は長い時間を歩むことになるのじゃからな。

 その悠久の時の中で、人間が無能で居続けていいはずもない。

 だから妾は言った。

「しかし、チート転生するには三つほど条件がある」

 人差し指と中指を妾が突き出すと、アリーチェがゴクリと生唾を飲んだ。

「じょ、条件とは……?」

「一つは、冥界のサポートが必要じゃ。世界を一つ救おうというのじゃから、人一人を派遣しておしまい、ということはなかろう?」

「う……」

 妾のその問いに、アリーチェは小さく呻く。

「なんじゃ? 貴様ら冥界人とやらは、本気で人一人に世界の命運を押しつけようとしていたのか?」

「す、すみません……冥界は圧倒的にリソース不足で……」

「まったくだらしがないのぅ。だが安心せい。何も、冥界の軍隊を派遣しろだとか言うつもりはない」

「なら、サポートとは何をしたらいいんですか?」

「可能な限りの情報を提供すること。これがサポートじゃ」

「え? そんなことでいいんですか?」

「貴様は情報の大切さがまったく分かっておらんようじゃが、まぁそんなことでよい」

「そのくらいでしたらスマホを貸し出しますが……旧式ですけど」

 アリーチェがポケットから取り出したのは、小さな板状の物体じゃった。

 その道具の説明を聞くに連れ、さしもの妾も興奮を隠せなくなる。

「な、なんということじゃ……このスマホという道具一つあれば、世界征服も余裕ではないか……」

「そんなまさか……それにスマホから引き出せるのは、あくまでも冥界の一般的な知識でして、お役に立てるような情報があるかどうか……」

「十分じゃ。先達の研究成果を読めるのであれば、それを踏み台にして、妾はさらに先へゆける」

「すごい自信ですね……わたしはプログラミングを学ぶのに精一杯ですが……」

 妾はそのスマホというのを受け取ってから、次の条件を提示した。

「二つ目は、チート能力を知力に集中させることじゃ」

「え……?」

 アリーチェは面食らったかのように聞き返してくる。

「身体能力や魔法能力の強化はせずに、知力だけに能力を集中させるんですか?」

「そうじゃ」

「いや、ちょっと待ってください。ソフィーアさんは、これから派遣する世界の出身者ですからよくご存じだと思いますが、あの世界は魔物と戦争しているようなものなのですよ? にもかかわらず、なんの戦闘能力も身につけず派遣したのでは……」

「問題ない。現時点では、都市部は堅牢な警備によって守られているし、しかるべき地位の子になれば身の安全は保証される。だから条件の三つ目として、可能な限り高位な親元に転生させろ。年齢も赤子でよい」

 チート転生とはいえ、人の寿命は限られておるからな。頭脳さえあれば赤子でもやれることはたくさんあるから、可能な限り時間を有効活用したい。それに、人の目を反らせるには赤子や幼子がうってつけであろう。

 残り二つの条件に、アリーチェは戸惑いながらも言ってきた。

「能力の偏重付与と、親元の選択は、わたしの一存では決められなくて……」

「ならば上司と掛け合えばよかろう」

「うう……でもエレシュ様にお手間を取らせるわけには……」

「その条件が満たされぬのならチート転生はナシじゃな。転生したところで上手くいくはずもない」

「そ、そんな……!」

「自分でいうのもなんじゃが、妾を転生させれば、問題は確実に解決するぞ。何しろ、すでに問題の解決策は分かっておるのじゃからな」

 妾の台詞に、それでもしばし逡巡していたアリーチェだったが、やがて重い腰をあげる。

「わ、分かりました……上司に確認をしてきますので、しばらくお待ちください」

「うむ。その間、妾はこのスマホというのをいじっておるから、入念に議論するがよかろう」

 そうしてアリーチェは部屋を後にして——その一時間後。

 妾が提示したすべての条件は満たされ、妾はチート転生を果たしたのじゃった。

 

* * *

 

 妾の新しい親は、セント・イブン教会の大教皇にした。

 アリーチェから数名の親候補を挙げられて、その中から妾は大教皇を選んだ。教会は情報収集に長けているから、立身出世にしか興味のない王侯貴族より使えそうじゃからな。

 だが大教皇は齢七〇に届くかという老人じゃったから、子供を授かるには無理がある。アリーチェの提案は、妾を大教皇の孫の子にするということじゃったが、大教皇は世襲制でもないし、よりインパクトのある出生のほうがのちのち動きやすいと踏んだ妾は一計を案じた。

 つまりは、セント・イブンの聖典通りに、神の子として降臨するという方法じゃ。

 大教皇のじじいが大聖堂で礼拝をしている最中に、正面ステンドグラスをカッと明るくしてやる。そして驚く大教皇の頭上から、赤子となった妾がゆっくりと降りてくるという段取りじゃ。

 さらには、まさに天の声といった感じでアリーチェがナレーションを付け加えた。

『大教皇イブンセス。滅び行く世界を救いたいというあなたの敬虔な祈り、我々に届きました』

「おお……あなた様は女神様でいらっしゃいますか!?

『そうです。そして今あなたに授けた子供こそが、神の子です』

「神の子!?

『その子を大切に育てなさい。いずれ、世界を救う救世主となるでしょう』

 アリーチェの台詞は棒読みじゃったし、その演技は胡散臭さ満載じゃったが、人間、バックボーンが違えば見え方や感じ方も違ってくる。

 敬虔な信徒として名高かった当時の大教皇——だが政治力はまるでなかった単なる好々爺こうこうやは、一介の官吏にすぎないアリーチェの言葉を鵜呑みにした。あの世には、神も仏もいなかったというのに滑稽じゃな。

 しかしアリーチェの言葉に嘘はない——妾が世界を救う救世主なのに嘘はないわけじゃ。だからこそ大教皇はアリーチェの言葉を信じられたのかもしれぬな。

 いずれにしても、妾は大教皇の庇護下に入り育てられることとなった。

 降臨してからの数カ月は、言葉も満足にしゃべれなければ、体も思うように動かせなかったが、それでも頭は今まで以上に冴え渡っていた。

 とにかくチート転生後の知力は桁違いじゃった。まるで、頭の中に無限の空間でもできたかのようであった。

 生前から、見たもの聞いたものはすぐ覚えられたし、それらの些末な現象や知識を統合し、一段階上の認識に自力で至ることも容易ではあったが、さすがに、冥界の膨大な知識をわずか数カ月のうちに把握するのは生前の妾とて無理であったろう。

 脳の性能は同じでも、その容量が段違いといったところか。無限にも思える冥界の知識を、まるで息を吸い込むかのごとく無意識に覚えられた。

 だから妾は、寝てばかりの赤子の生活に飽きることもなく、アリーチェから借り受けたスマホを通して、むさぼるように冥界の知識を吸収していく。

 そうしてコンピュータやプログラミング——つまりはテクノロジーという概念を妾は理解する。

 冥界人ですら、テクノロジーはただの道具と見なしているようじゃが、その本質は実にとんでもないことじゃ。もちろん、テクノロジー自体は道具にすぎないが、そこに記されている情報は、使い方次第で途方もない力になる。

 例えば教会の書庫は、ごく限られた人間にしか閲覧を許されていない。なぜなら、そこに記された情報がそのまま戦力に直結するからじゃ。とくに魔法理論は軍事転用が容易にできる。

 だから教会は情報を秘匿し、大した軍事力を持たずとも人心を掌握して貴族と拮抗できている。

 まぁもっとも近年は、情報の秘匿性が薄れて教会の権威も失墜気味じゃがな。そもそも、神などという架空の概念にすがっているからそうなるのじゃが。

 それに比べて冥界の情報インフラは、驚くべき情報の公開をしておった。

 無論、兵器の作り方などは記載されていないし、冥界のシステム中枢であるユグドラシルに至っては、その理論構造アーキテクチャを冥界人が把握していないようじゃったが、それらの解明に至るヒントは山のようにある。

 そういったヒントをかき集め、そこから情報のパターンを再構築し、膨大な情報をシンプルに集約させて俯瞰できるようになれば、自ずと解に辿り着く。

 例えばどんな兵器でも、その始まりは誰もが聞いたことのある理論じゃ。しかしその理論を理解できないから——いや、日常では理解する必要がないから兵器の作り方が分からぬ。

 ユグドラシルの理論構造とて同様じゃ。探求していけばその答えは必ず見つかるというのに、冥界人は目先の業務に手一杯で、そこを探求する人間が誰もおらぬ。

 結果、ユグドラシルはブラックボックス化したまま運用されてきた。悠久の時をずっと。

 そうして、誰一人として「ユグドラシルをハッキングすることは不可能」と思い込んでいるのならば——いや、ユグドラシルをハッキングするなどという発想すらない連中に、その対抗策があるはずもない。

 だから、ユグドラシルをハッキングするためのウイルスを作るのは一年もあれば十分であろうな。これが情報戦の要となる。

 そして、そのウイルスと同じくらいに重要なのが、実戦での兵器じゃ。

 妾は、その兵器を人型にすべく考えていた。魔法で例えるならゴーレムに近いが、あれの動きは愚鈍すぎて戦闘には使えぬ。冥界のテクノロジーと融合することで、より機敏に動く兵士——言うなれば機械兵とも言えるものを作らねばならぬ。

 さらには、テクノロジーと魔法を融合させることで、魔法を無効化できるかもな。

 だがウイルスと機械兵と、そのどちらの開発製造にも多少なりとも人手がいる。

 まずウイルスだが、そのアルゴリズムやプログラミングは思考だけで設計可能だが、最終段階に人手が必要じゃ。なぜならウイルスの注入には、物理的な接続がもっとも確実じゃからな。

 次に機械兵を作るには、それを作る前段として工作機械が必要じゃが、それを作るのには人手が必要じゃ。そうして人の手で作った工作機械でさらなる機械を作り出し、作業の精度と速度を高めていく。テクノロジーと言えるロボットとなるには早くとも数年はかかるじゃろうか。最初期は教会の信徒を動員するか。

 それと、何度かやりとりしているうちに気づいたが、あのアリーチェという職員は利用できそうじゃ。人間、何かしらへの執着が強ければ強いほど、それを利用すれば簡単に取り込める。

 だから妾は、ユグドラシルの真実をアリーチェに教えることにした。

 

* * *

 

『ソフィーアさん、もう言葉をしゃべられるようになったんですか……!』

 大教皇の住居となる屋敷の一角に、妾を育てるための育児室がある。その部屋で、乳母が退出したのを見計らって妾はアリーチェに電話をしていた。

「元々言語は習得済みで、単に発声器官が未発達なだけじゃったからな。成長すれば造作もない」

 これまでは、アリーチェが扱う念話魔法で意思疎通を図っていたが、そろそろ発声もできるようになったので、妾は自らの声でアリーチェに語りかけていた。

『ですが相変わらず、台詞がお年寄りっぽいですが……』

「前世では、妾に言葉を教えたのは村の老司教からじゃったからな。しかもヤツは、司教のくせに相当な粗忽者で、だからあんな辺鄙へんぴな村に左遷させられたのじゃろうが……まぁそんなことはどうでもいい。その時に習った癖が抜けぬだけじゃ」

 「そんなことより」と言って妾は本題に入った。

「今日はユグドラシルの件で、面白い事がわかったのでな。貴様に教えてやろうと思うてな」

『ユグドラシルって……冥界システムのことですよね? なんでそんなことを調べていたんです?』

「ユグドラシルはテクノロジーの結晶じゃからな。非常に興味深い。あれを学んでいけば、必然的にテクノロジーにも詳しくなれる」

『そんなものですか……それで、面白いこととは?』

「単刀直入に言えば、ユグドラシルが天上界であるということじゃ」

『……は?』

 妾は、アリーチェにも分かるよう、できる限り具体的に、ユグドラシルが天上界である証明をしてみせる。本来、数式を使えば一目瞭然なのじゃが、アリーチェは、プログラミングの素養はあるものの数式を読めんからな。

 そうして一時間近くかけ、例え話をふんだんに盛り込んだ妾の説明がようやく終わる。

「——以上から、天上界とユグドラシルの存在がイコールで結ばれる。つまりは、ユグドラシルが天上界というわけじゃな」

『は、はぁ……?』

 電話越しで伝わってくるニュアンスから察するに、どうもアリーチェは妾の言っていることを理解できておらんようじゃな。まったくもどかしいことじゃ。

 そんなアリーチェが質問してくる。

『いやあの……仮にユグドラシルが天上界だとして、それをどうしてわたしに教えるんです? わたし、別にシステム管理部の職員でもないし、とくに関係ないかと……』

「鈍いヤツじゃな。貴様、先日言っておったろう? 貴様が好意を寄せている上司が——」

「こここ、好意だなんてそんなことはありません! わ、わたしはただ純粋にエレシュ様を尊敬しているだけで——」

「別にどのような意味でも構わぬ。とにかくそのエレシュとかいう上司が、最近、女神資格を取得したそうじゃな」

『ええ、そうです。エレシュ様は、本来、現場にいていいような人ではありませんから……いよいよ出世していくのかと思うと寂しいですが……』

「役所内での出世などどうでもよい。事は、それ以上に重大事であることがまだ分からんのか?」

『えっと……どういうことですか……?』

 あっけに取られているような声で聞き返してくるアリーチェに、妾は嘆息付いた。あるいは、無意識では気づいているものの、そこから目を逸らしたいだけなのかもしれぬな。

 よって妾は、アリーチェが聞きたくない事実を無慈悲に告げてやる。

「女神資格保有者は、いずれ、女神へと昇格して天上界に行くのじゃろう?」

『ええ……そうですが……』

「その天上界が、さきほど妾が証明したようにユグドラシルの中なのじゃ」

『まぁ……それに関してはよく分かりませんでしたが……』

「分からぬのなら仮定でもいい。仮に、ユグドラシルと天上界が同一の存在だとしたなら、神々とはユグドラシルに記録されているプログラム——つまり文字列ソースコードに過ぎぬ。そこに貴様の上司が行くということは、どういうことか分かっておるのか?」

 アリーチェが沈黙する。妾はお構いなしに続けた。

「分からぬのなら妾が教えてやろう。貴様の上司は、ソースコードの一行になるということじゃ」

『……な、何を言って……』

「しかも、ユグドラシルは生体コンピュータじゃからな。そやつの肉体は、ユグドラシルの生体素子になるのかもしれぬ。そうして精神だけがソースコードに取り込まれるわけじゃ」

『……そ、そんなことない……』

「いいや、これは事実じゃ。とどのつまり女神とは、ただの人柱なのじゃよ」

『そんなことありません!』

 声を荒げるアリーチェに、妾は薄く笑う。

「ならば、自分で調べてみればよかろう? ユグドラシルをその目で見て、その手で触れてみれば、妾の言っていることもいずれ分かるであろう」

『ど、どういうことですか……?』

「まずは、システム管理部とやらに部署替えしてもらえ。天上界とはいえ、ユグドラシルはただの道具に過ぎぬ。他のコンピュータと同様にな。であれば、直接使ったほうがその概念を理解しやすかろう」

『部署替えはそう簡単にはいきませんし、そもそもそんな荒唐無稽な話のために部署替えだなんて……』

「まぁ別に、妾はどうなっても構わぬがな。親切心でユグドラシルの正体を教えたに過ぎぬから、あとは貴様が判断すればよい」

『………………』

「今は業務中ゆえロクな思考も巡らんであろ? 帰宅してから一度よく考えてみるがよかろう。ではな」

 そう告げると、妾は一方的に通話を切った。

 無論、妾は嘘は言っておらぬから、アリーチェの上司がユグドラシルに取り込まれる運命なのは事実じゃ。

 そうして何よりも冥界人として生きているうちに、無意識にでも違和感を、あるいは恐怖を感じていたのであろうな。

 ユグドラシルという、ブラックボックス化した未知のコンピュータに対して。

 だからであろう、その晩すぐにアリーチェから電話がかかってきた。

 アリーチェは、ユグドラシルについてもっと詳しく教えて欲しいという。

 妾は了解するも、とはいえ、ユグドラシルの概念を理解するためには、本格的に数学が必要になってくる。

 だがまぁ妾が、ユグドラシルの理解に必要な知識に特化してレクチャーすれば、一ヵ月もあれば十分か。あやつが自学自習することも必要じゃが。

 それに妾が直接指導してやれば、オペレーションやプログラミングの腕前も格段に向上するし、システム管理部への部署替えもしやすかろう。

 こうして、妾のレクチャーは毎晩続き、アリーチェが非番のときには朝から晩まで講義をして、一ヵ月経った頃には、アリーチェは優秀な手駒へと変貌を遂げていた。

 そしてアリーチェは難なくシステム管理部へと転属して、そこで、ユグドラシルのさらなる情報を引き出し、本人はユグドラシル=天上界である確信を深め、妾はウイルスの精度をより向上させることに成功したのじゃった。

(Kindle本に続く)

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