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転生と世界を統べる生体システム・ユグドラシルが敵の手に渡ってしまい、さらにはユグドラシルからとんでもない機能が発見されて——
——アオイたちは勝ち目のない戦いを強いられる。
そんな状況にもめげず、アオイたちはありとあらゆる対抗策を講じて決戦に挑むも、最終決戦では思いも寄らない事態が頻発して……
果たしてアオイたちは、勝機を見い出すことができるのか!?
冥界編いよいよクライマックス! ぜひご一読ください!
アリーチェが自身の頭を拳銃で撃ち抜いて、血しぶきをまき散らしながら倒れていく。
通信魔法のホログラム・ビジョン越しにその光景を見ていた
そうしてアリーチェは床に倒れて、ホログラム・ビジョンの画角から消える。
今、アリーチェがいたセント・イブン教会大聖堂地下には、彼女をサポートする役目だったのか、異世界側の人間もいたようだ。法衣を着込んだ十数名の人間たちは、全員が慌てふためいて、ホログラム・ビジョンの向こうを右往左往するばかりだった。
一体、何が起きたのか……オレが呆然とホログラム・ビジョンを見つめていたら、通信魔法が入ってくる。
『アオイさん! 状況はどうなっていますか!?』
その第一声はエレシュさんだった。
今、オレたちは様々な場所に点在している。
まずオレは、連合軍の本陣に乗り込んでいた。連合軍は、ソフィーア率いる教会を攻め滅ぼすために侵攻していて、今はセント・イブン市国を取り囲むように野戦を展開している。
攻められている側のソフィーアは、機械兵二体を従えて、この本陣に乗り込んできていた。
エレシュさんとマナは、本陣とは少し離れた平野のほうで、連合軍本体を相手取って戦っている。ただし今の連合軍は行動不能に陥っており、戦闘は止まっているはずだ。
そしてフローランス、ミリアム、ティファ、ユーリの四人は、フローランスの屋敷で、オレたちの指令本部として指揮を執っている——いや、執っていた。過去形なのは、フローランスの体調が急に悪化して、ミリアム、ティファともにかなりの睡魔に襲われているという。ユーリに至っては昏倒したそうだ。
連合軍やフローランスたちが、どうして体調不良に見舞われたのかといえば、異世界の人間たちにチート能力を付与していたナノマシンをアリーチェが緊急停止したからだ。
さらにアリーチェは、ユグドラシルをも緊急停止して、しかも再ハッキングしたという。ソフィーアの手から。
つまりアリーチェは、ソフィーアを裏切ったのだ。
だというのに当のアリーチェは、ホログラム・ビジョン越しに訳の分からない言動をしたあげく、自分の頭に拳銃を突きつけて——自殺した。
オレとソフィーアの目の前で。
そのショッキングな映像は、他のメンバーには共有されていない。オレは状況を音声でしか共有していなかったのだ。みんなには、拳銃を打った爆音の後、大聖堂地下の混乱する喧騒しか聞こえない。それでは状況は判別できないだろう。
だからエレシュさんが真っ先に声をかけてきた。
『もしもし!? アオイさん! 応答してください!!』
切羽詰まった声で通信をしてくるエレシュさんに、オレはこの状況をどう伝えていいのか考えがまとまらず
「アリーチェが自殺した」
『……な……?』
通信魔法の向こうで、エレシュさんが絶句する。ソフィーアが話を続けた。
「ユグドラシルを再ハッキングした後、あやつは自殺した。あれほどの至近距離で脳を破壊されては、どのような回復魔法であろうと助かりはしないだろう」
そもそも回復魔法は、人間の治癒力を高めるための魔法なのだ。致命傷を受けたなら助からないし、即死であればなおさらだ。
冷静に、あるいは無慈悲にそう語るソフィーアに、エレシュさんも思考が追いつかないのか、震える声で聞いてきた。
『ど、どういうことですか……?』
「おそらく、アリーチェは転生するつもりなのじゃ」
『て、転生……?』
「そうじゃ。ナノマシンによるチート能力付与は所詮かりそめじゃ。だから今回のように、ユグドラシルやナノマシンをどうにかされては使えなくなる。しかし、生まれ持ってチート能力を付与されれば、どのような状況になろうとも持続するし、能力付与の限界もない」
そこまでのソフィーアの説明を聞いて、オレはようやく理解して口を開く。
「そうか……だからアリーチェは、事前にユグドラシルを再ハッキングしたんだな?」
ソフィーアが頷いた。
「その通りじゃ。生きているうちにユグドラシルを乗っ取り、自分がどのように転生するかを事前にプログラミングして、その上で死亡する。さすれば、来世の能力は思うがままにコントロールできよう。例えば——」
ソフィーアは、オレを見てからニヤリ笑った。
「——妾以上に知能が高く、アオイ以上に戦闘力が高い、そんな人間に生まれ変わることもできる」
「マジかよ……」
ソフィーアのその推測に、オレは呆然とする。
この異世界で、オレがなんだかんだと
だがその優位性がなくなれば、アリーチェを止める手段はないに等しい。
オレは慌ててエレシュさんに言った。
「エレシュさん! 冥界のディズレーリに連絡を取ってください! オレも今すぐそっちに合流します!」
『分かりました……!』
オレは通信を終了するとテレポート魔法を発動させる——その直前、ソフィーアが言ってきた。
「妾も連れて行け」
ソフィーアのその台詞に、オレは少し逡巡していると、まるでオレの思考を先回りするかのようにソフィーアが言ってくる。
「こうなってしまっては、妾と貴様が対立する理由もなかろう。一時休戦したほうが有効だと思うがな」
「……事の元凶が、よくもまぁ言ってくれるな」
「今ここで責任を追及したところで仕方があるまい。妾は効率の話をしておる」
「見た目は五歳児だってのに、ほんと可愛くないヤツだよ、お前は」
心情的にはソフィーアと協力なんてしたくないのだが……状況が状況だ。
オレはやむを得ず、ソフィーアを連れてテレポートをするのだった。
エレシュさんが滞空する座標地点にテレポートすると、眼下に広がる光景は驚くべきものだった。
地球で言えば五、六階建てビルの屋上から見下ろしているような高さだが、地上では、連合軍の兵士達十万人が倒れ伏せている。
まさに死屍累々といった様相だが、彼らは死んでいるわけではなく、強制的な睡魔に襲われているだけだ。とはいえ立っていることもできないのだろう。
「アオイ!」
そんな場所にマナもテレポートしてきた。周囲を見回しながら聞いてくる。
「一体どうなってるの!?」
「詳しい話はあとだ! エレシュさん、ディズレーリに連絡は繋がりましたか!?」
『はい、このスマホで通話可能です……』
エレシュさんは、動揺を隠せない様子でスマホを手渡してくる。
無理もない。何しろ、信頼していた自分の元部下が、世界を転覆させかねない大犯罪に荷担するどころか主犯になったのだ。しかもその目的のすべてがエレシュさんだというのだから、優しくて真面目なエレシュさんにとっては受け入れがたい事実だろう。
だが今は、そのエレシュさんを励ます時間も惜しい。オレはすぐにスマホを受け取った。
「ディズレーリか?」
『ああ、そうだ。急いでいるようだが、まずは状況を共有してくれ』
ディズレーリは、冥界の閻魔府でそれなりの地位にいる男だ。かつては、コイツが黒幕だと思い込んでいたが、清廉潔白を地でいくような堅物だ。
「端的に説明するぞ。ユグドラシルが再ハッキングされた」
オレのその断片的な情報に、しかしディズレーリは慌てることなく、むしろそれだけで納得したような声音で言ってきた。
『……そうか、どうりでな。冥界では、今、ユグドラシルが再起動中だ。突如再起動を始めたものだから、現場職員はさらなる混乱に陥っている』
「再起動までの時間は?」
『一晩と言ったところだろう』
「再起動を止めることは?」
『不可能に近い』
その答えに、しかしオレは落胆する気にもなれなかった。分かり切った答えだからだ。
冥界は、ソフィーアのハッキングも止められなかったのだから、アリーチェの再ハッキングだって止められるわけがない。
オレは話を続けた。
「犯人のアリーチェは自殺した。おそらく、オレたち以上のチート転生をするつもりだろう。だから今は、アリーチェの魂が冥界に向かっているはずだ」
『なるほど……我々に、その魂を捕捉しろということか?』
「そうだ。できるか?」
『……難しいな。ユグドラシルが使えない以上、職員が人力で探すことになるが……広大な宇宙の中、そして膨大な魂から、たった一人の魂を探すことになる』
冥界は、常に人手不足・リソース不足だ。様々な世界から、莫大な人数の死者が訪れている。
この異世界の人間がチート化したことで、ここ一週間の死者は減少しているとのことだったが、冥界が受け入れる死者の数はこの異世界だけではないのだ。
だがオレは、無理を承知ででお願いする。
「難しいのは分かっているが、ここで捕捉できなければ事態はさらに悪化してしまう。ダメ元でもいいから、冥界人総出で捜して欲しい」
『……分かった。捕捉の保証はできないが、可能な限りやってみよう』
ユグドラシルの再起動まで一晩ということは、アリーチェは、明朝には確実に転生するはずだ。それまでに捕捉できなければ、その後の世界がどうなるかはまったく分からない。
オレは、スマホ越しに次の頼み事を言った。
「それと、可能ならオレたちもそちらに向かいたい。界港は使えるか?」
『確認する。少し待ってくれ』
「分かったら電話してくれ」
そう伝えてから、オレはいったん通話を切った。
ディズレーリとの会話は、ソフィーア含むメンバー全員にも音声共有していたから、マナやミリアムたちも状況はおおよそ掴めたのだろう。
マナが呆然としながら言ってきた。
「なんだか……とんでもないことになってきちゃったね……」
オレは頷いてから、独り言のように言った。
「そうだな……とにかく、アリーチェをどうにかしないとだが……」
エレシュさんに視線を向けると、エレシュさんは顔面蒼白でこちらを見つめていた。まるで救いを求めるかのように。
「アオイさん……わたしは……いったいどうすれば……」
「今は、アリーチェを止めることに全力を注ぎましょう。彼女を捕らえないことにはどうにもなりません」
「……確かに、そうですね……分かりました」
エレシュさんは戸惑いながらも頷いた。
アリーチェにとってチート転生は手段でしかない。その目的はエレシュさんだから、オレやソフィーア以上のチート能力を手にした後は、間違いなくエレシュさんを狙ってくるだろう。
エレシュさんは、もしかするとオレ以上の戦力を有しているかもしれないが、だからこそアリーチェはチート能力を欲しているに違いない。
そして、力尽くでもエレシュさんを
だが、無理やりエレシュさんを攫ったところでどうするつもりなのか。
アリーチェの最終目的は、エレシュさんを女神に昇格させないことだろうから、だとしたらエレシュさんの気が変わるまで監禁でもしておくつもりか……?
エレシュさんは、そんなことで信念を曲げたりするような人ではないが……あるいは、ユグドラシルを盾にとって脅迫するつもりかもしれない。
いずれにしても、アリーチェを転生させたらオレたちの負けだ。そうなる前に、なんとしても手を打たなくては。
そんなことを考えていたらスマホに着信が入った。ディズレーリだった。
『界港は機能している。エレシュ君と一緒であれば、こちらに来ることは可能だ』
「分かった。このあとそちらに行く」
ディズレーリにはそう伝えるものの、オレの中の警報は鳴り止まない。だからオレは、その疑念をソフィーアにぶつけてみた。
「アリーチェは、どうして界港を封鎖しなかったと思う? ユグドラシルをハッキングしていれば造作もないだろ」
ソフィーアは小さく肩をすくめて見せる。
「そんなことは自明じゃろ? 界港を封鎖する必要がないか、貴様らを冥界におびき寄せる罠か、どちらかに決まっておる」
「だよな……」
封鎖する必要がないのなら、オレたちが冥界に出向いたところで無駄だろう。
逆に罠だとしたら、出向いた方がマイナスになるかもしれない。
しかしだからといって、この野戦場で手をこまねいているわけにもいかないし、今のオレたちには、魂状態のアリーチェを捜し出す以外に打つ手がない。
オレはみんなに視線を向けると言った。
「やむを得ない。罠かもしれないが、現状は冥界に行くしか——」
オレがそう言いかけたとき、突如、オレの全身に鳥肌が立った。
それは直感だった。
あるいは、迫り来る殺意への危機感だった。
「
オレは最大出力で魔法結界を周囲に展開させる。
その直後、ズドン!という音と、あまりに重い手応えに、宙に浮いていたオレは墜落しそうになる。
オレのその反応にワンテンポ遅れて、マナも空に向かって魔法結界を展開した。
「アオイ! この魔法攻撃は——!」
異世界最強の魔王であるマナと、魔法なら比肩する者はいないオレのチート能力と、その二人がかりが最大出力で展開する魔法結界をも打ち破らんとする、圧倒的なその火力。
オレは、全身から噴き出す冷汗を拭うこともできず、魔法をさらに重ねて掛ける。
「くっ!
対魔法防御の結界を無限生成させて、その膨大な火力になんとか耐える。
そうしてオレたちは、火炎系の魔法攻撃をかろうじて防ぎきるが——
——肩で息をするオレとマナに向かって、その声は掛けられた。
「さすがは、元祖チーターと異世界の魔王。全力で放ったつもりですが防がれましたか」
オレたちの頭上数十メートルの空中が、蜃気楼のように揺らめく。
その揺らめきは、まるでロウソクの灯火のように光を放ったかと思うと、やがて人の姿へと変貌を遂げた。
「エレシュ様を連れて行くには、少々骨が折れそうですね」
そうして見知った姿へが現れる。
「わたしも、人殺しはしたくありません。どうか諦めて、エレシュ様を引き渡してはくれませんか?」
まだ転生前であるはずのアリーチェが、そこにいた。
今さっき死んだはずの人間が、目の前にいる。
それはとても奇妙な光景だった。
オレが見ていたのはディスプレイ越しだったから、あの光景が嘘の演出だと言われれば納得もできるのだが……しかし状況的にそんなことはあり得ないだろう。
オレたちの目の前に現れたアリーチェは、これまでと同じく黒髪を肩の当たりで切り揃え、体型も小さいまま。何一つ変わっていない。
しかし、どこか所在なげだったその瞳はまったく違っていて、猛禽類のような光を放っていた。
そのアリーチェが口を開く。
「だいぶ驚いているようですね、わたしがこの場に現れたことに」
オレは、生唾を飲んでから声を絞り出す。
「ユグドラシルはまだ再起動中のはずだ。なのになぜ、お前は転生している?」
「そんなのは簡単なことです」
アリーチェは事もなげに言った。
「ユグドラシルは、転生する世界だけではなく、転生する時間も指定できるんですよ」
「……なんだと?」
「もっとも、時間を操れるタイミングは転生のときだけですが。つまり、生まれ変わる時代もユグドラシルによって決定されていたのです。これまでは、ね」
アリーチェのその説明に、オレは目を見開く。
信じがたい話ではあったが、なぜ転生前のアリーチェが今この場所に現れたのか、その理屈は分かった。
「そうか……つまりお前は、ユグドラシル再起動後に転生して、この時間に戻ってきたということか」
「その通りです。ユグドラシルを手にしたわたしなら、どの時代にも行けるということです。もっとも、一度死なねばなりませんが」
時間を遡行する能力だなんて信じられなかったが……いま目の前に、転生後のアリーチェがいるということが、転生する時代をユグドラシルが選べることの証明になっている。
だが今さら、ユグドラシルが時空を操れることが分かったところで手遅れだ。
しかも、アリーチェが目の前にいるという事実はさらなる事態の悪化を引き起こしている。
「いや……空間や時間を操れることよりも、だ……」
自殺したはずのアリーチェが、いま目の前にいるというこの事実……それは一つの結論へと導いていく。
「アリーチェ……お前の手にユグドラシルがある限り、お前は不死身ということか」
オレのその指摘に、アリーチェは薄く笑った。
「いえいえ……ユグドラシルを手にしたわたしだって死にますよ? 死ぬのは痛いし、できれば死にたくないですから。でも仮に死んでしまっても、ユグドラシルがすぐ転生してくれるので、だから実質的には不死身ということになりますね」
「チート化し、時間操作をし、さらには不死身まで手に入れて……お前はいったい何を考えている?」
「だから言っているじゃないですか。わたしは、エレシュ様を守る最強の騎士になったのです。それも未来永劫、ずっとね……」
そうしてアリーチェは、恍惚とした視線をエレシュさんに向ける。
未来永劫ずっとというのは、比喩でもなんでもなく文字通りに、いつまでも死ぬことがない、という意味なのだろう。死んでも、エレシュさんの記憶と姿とを全く同じに転生させられるのだから。
つまり不死身になったのはアリーチェだけではない。アリーチェが選んだ人間は、全員、不死身にすることができる。
もはや神と言っても過言ではないその能力に、オレは絶句した。
アリーチェは、そんなオレには構わず話を続けた。
「ですからエレシュ様——あなたを
アリーチェは、相変わらず、尋常ならざる熱を帯びた視線でエレシュさんを眺めている。
「ようやく……ようやくあなたの横に並べる人間になれました。これからはずっと……本当にずっと、あなたをお守り致します。決して、ユグドラシルの糧などにはさせません。あなたは、わたしと共に永遠を生きるのです。そう——この世界が終わる瞬間まで、ずっと」
その異常な決意を吐露するアリーチェに、オレは恐怖を覚えた。おそらくエレシュさんも同様の感想だろう。
エレシュさんは
「アリーチェさん……こんなことは止めてください」
「どうしてですか?」
「こんなことをしたって誰も救われません。しかもあなたの行いは、多くの人の命を奪うものなんですよ……?」
「わたしは、エレシュ様一人救えればそれでいいのです。それにこの世界は、所詮、誰かを犠牲にしなければ成り立たない世界だったのですから、もう放っておけばいいじゃないですか。どのみち自滅しますよ」
「それは、まだ推測に過ぎません。ユグドラシルは——」
エレシュさんの説得に、アリーチェは首を横に振って遮ってくる。
「エレシュ様、もういいんです。今、あなたと分かり合おうなどとは思っていません。あなたとは、この後、長い時間を掛けてじっくりと分かり合えればいいのですから。わたしはそのために——」
アリーチェは、そこで言葉を切ると、体中からその魔力を放出させた……!
「——今のあなたに打ち勝つために、この力を身に付けたのですから!」
その圧倒的な魔力を目の当たりにしてオレたちは身構える。
アリーチェの体からは、魔力そのものが湯水のように溢れだしていた。こんなのは初めて見る光景だ。
まるで、紫色のオーラをまとっているかのようだ。溢れ出るその魔力にアリーチェの全身が包まれて、紫色の魔力が地表へと流れ落ちていく。
さながら魔力の原液とでも言えばいいのだろうか。
魔力の原液という尋常でないエネルギーに、大気が震え、気圧が変化し、突如、嵐が巻き起こる。
これは……オレの魔力量を明らかに上回っているぞ……!?
唖然としていると、渦巻く突風に負けないようにマナが叫んだ。
「アオイ! どうするの!?」
「戦うしかない!」
「け、けど……! こんなデタラメな魔力量、どんな魔族だって対抗できないよ!?」
「分かってる! ソフィーア!」
オレは、傍観を決め込むソフィーアに怒鳴る。
「機械兵を出せ! ありったけだ!!」
ソフィーアは嘆息付ながら返事をした。
「まったく……ついてきてみれば人使いの荒い奴じゃな。まぁよい。稼働できるすべての機械兵を出してやろう」
言うや否や、機械兵が一瞬で出現する。
機械兵はテレポート魔法を使えないはずだが、冥界のテクノロジーでテレポートは実現できていたから、その技術による転送だろう。
それにしても……オレは唖然としながら周囲を見回す。
「こんなに作っていたのか……!」
空を埋め尽くす、どころの話ではない。
オレたちが浮かぶその四方八方を隙間なく埋め尽くし、さらに、その銀色のボディは地平線の彼方にまで広がり、機械兵が縦横無尽に乱立する。
上空から地平線まで機械兵だらけだ。あまりの数に、曇天を抜けてきた陽光は遮られて、オレたちの視界は暗くなった。
まるで密林の中にいるような状態だ。だが乱立するのは樹木だなんて温かみのあるものじゃない。無機質で、なんの脈動感もない鋼鉄の塊である。
そのあまりの数に、アリーチェの魔力によって引き起こされていた暴風はやんでいた。魔力無効化のボディに魔力製の風が当たることでキャンセルされているのだろう。
オレは、後方に浮かんでいるソフィーアに言った。
「一体どれだけ作っていたんだ!?」
「ここに呼び寄せたのは、ざっと一億体じゃな。この世界に資源は豊富にあるし、その製造はオートメーションじゃ。いくらでも作れよう」
「日本の総人口とほぼ同数がここに集まっているのかよ!?」
多くの機械兵を製造しているとは思っていたが、まさかここまでとは……
もしソフィーアとのガチバトルになっていたら、チート能力をもってしても敵わなかったかもしれない。
オレにも無限に製造できる分身体があるが、あれは魔法の産物だ。機械兵と相対したら陽炎のように掻き消されてしまう。
「どいつもこいつも……限度を知らないな、まったく!」
オレは愚痴りながらもアリーチェに視線を戻す。
魔法無効化能力を引っ提げた機械兵がこれほどにいれば、いくらアリーチェの魔力がオレを上回るとはいえ抑制できるはず。
そう思っていたのだが、アリーチェの表情から
そのアリーチェが淡々と口を開く。
「ソフィーア様。機械兵の製造にはわたしも関わっています。なんの対策もしていないとお思いですか?」
その台詞に、ソフィーアも挑発的な笑みを浮かべた。
「思ってはおらぬ。だが、たった今精査したところだが、機械兵のプログラムに変異はない。プログラムをハッキングしていないのであれば、貴様はどうやってこの状況を打破するつもりじゃ?」
ソフィーアは、まるでアリーチェのその打開策を見てみたいと言わんばかりだ。
今のソフィーアにはなんの策もないだろう。ソフィーアは、アリーチェに裏切られることを予想していなかったのだから。
だがソフィーアの願いは至って単純だ。
つまり、自分を超える人間の到来。そうしてその人間への挑戦。
しかもアリーチェは単なる手駒に過ぎなかったというのに、主人あるソフィーアに反旗を翻したのだ。ソフィーアにとっては、この逆境こそが堪らなく愉しいに違いない。
だがオレは、ソフィーアの道楽に関わっていられるほどの余裕はない……!
「どんな策があるのかは知らないが、それを悠長に見守る理由はないんだよ!」
オレはテレポートと魔法結界と光の刃とを同時発動させる。
その次の瞬間、アリーチェの背後に出現した。
(Kindle本に続く)
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