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アオイたちを追いかけて、日本までやってきた異世界メンバーだったが、しかしアオイは記憶を失っていて……
日本に縁もゆかりもない異世界メンバーは、アオイと知り合う方法がまるでなく、試行錯誤と悪戦苦闘をするはめに。
それでもなんとかアオイと面識を得るも、異世界やら冥界やらの話がどうしても信じられないアオイが取った、意外な行動とは?
エピソード満載の大増量でお届けします第9巻。ぜひご一読ください!
「アオイさんは、地球という世界の、日本という国で生きているはずです」
今この場にいるのは、マナさん、フローランスさん、ミリアムさん、ティファさん、ディズレーリ審議長の五名。
そしてこの宇宙船は、本部惑星の空域を離脱して、わたしたちが所属する第三総括部のある惑星スサへと向かっています。
アオイさんとアリーチェさん、そしてソフィーアさんの決戦の舞台となった本部惑星は大混乱の
その移動中、わたしは自身の予想を話し始めます。
「それと……ユーリさんも女神になってしまったので、アオイさんと同じく転生したと思われます。ソフィーアさんに関しては……分かりません」
わたしのその説明に、みんながコックピットのガラス越しに見える、巨大な樹木──ユグドラシルに視線を移します。
すでにだいぶ離れているはずですが、それでもユグドラシルはそのシルエットをハッキリと現していました。
マナさんがぽつりとつぶやきます。
「それにしてもまさか……ユーリが自分を犠牲にしてまで女神になるなんてね……」
フローランスさんも
「自己犠牲の精神だなんて持ち合わせていないと思っておりましたが……人は見かけによらないものです」
ティファさんが涙を拭きながら言いました。
「でも、ユーリちゃんはアオイちゃんのことが大好きだったから……きっと、アオイちゃんの窮地を見て、居ても立ってもいられなかったのよ」
そんな台詞を聞きながら、ミリアムさんが首をかしげました。
「そうだとしてもユーリは、どうして自分が女神になれることを知っていたのかしら? ディズレーリさんが教えたの?」
ミリアムさんの問いかけに、ディズレーリ審議長は首を横に振ります。
「いや……わたしは、ユーリ君にユグドラシルへのアクセス権限付与をしただけだ。だが今にして思えば、それが女神昇格の同意文になっていたのだろう。つまりユグドラシルが文面を差し替えた可能性がある。何しろ緊急時だったしな」
審議長のその予想に、しばらく沈黙が訪れました。
なぜか、わたしの背筋に冷たい汗が流れます。
その沈黙を破ったのは、口元を少し引きつらせたマナさんでした。
「ね、ねぇ……それってもしかして……ひょっとするとだけど……ユーリって間違えて女神になったんじゃ……」
…………。
……………………。
…………………………………………。
長い……とても長い沈黙がその場を凍り付かせました。
それを打ち破るかのように、わたしはポンッと両手を合わせました。
「そ、そんなことはありませんっ! ユーリさんだって、まさか、権限付与の規約文と女神昇格の同意文を間違えるなんて、そんなことあるはずがありませんっ! ユーリさんは、きっと、ユグドラシルの急な提案をしっかりと理解して、おそらく、自らを犠牲にすることもいとわず、たぶん、自ら進んで女神になったのですっ!」
「やけに推量の語句が多いですわね?」
フローランスさんのその指摘に、わたしは首をブンブン振って否定します。
「そそそ、そんなことはありませんよ!? ユーリさんは、性根は善良なのですっ! 普段の言動から、つい自分本位な考え方をしているように見えますが、そんなことはないはずなのです! だから、アオイさんやこの世界のためを思って、自ら進んで女神に昇格したに違いありません!」
わたしの必死の弁明に、ミリアムさんはため息交じりにつぶやきました。
「まぁ……結果的にユーリは女神になったようだし、その動機はこの際どうでもいいんだけどね……」
「そ、そうですよ! 結果がすべてですから! 動機はともかく、ユーリさんは女神昇格という偉業を成し遂げたことに変わりはないのですから!!」
ユーリさんの尊厳をわたしはどうにか守れたようで胸を撫で下ろしていると、ティファさんが声を掛けてきました。
「それでエレシュさん。アオイちゃんたちが転生したのは一七年前ということだけど、これはどういうことなのかしら?」
「ああ……それはおそらく、変身後のアオイさんの年齢に合わせるためだと思います。その方が、わたしたちも話し合いができますから、ユグドラシルがそのように取り計らってくれたのではないかと」
ユグドラシルが──というよりは、きっとアリーチェさんがそのように取り計らってくれたのでしょうけれども、今この場で、アリーチェさんの名前を出すのは
それを聞いたティファさんがため息をつきます。
「そうなのね……アオイちゃんの成長を見届けることができなかったのは残念だけど……でも生きているのならそれで構わないわ」
ティファさんはアオイさんの母親ですから、まだゼロ歳だった我が子が急に一七歳に成長したと言われれば、親心としては大変に複雑なのでしょう。
とくに幼年の我が子は、目に入れても痛くないほど可愛いと言いますし、そんな可愛い時期をティファさんは失ってしまったことになります。
しかも……アオイさんが転生したということは、ティファさんは、もう……
わたしはその事実を、意を決して話しました。
「ティファさん、現時点でアオイさんは生きていますが、しかしそれは転生したということですので……今いるアオイさんには、別の母親が存在するはずです」
そう──ティファさんはもう、アオイさんの実の母親ではなくなってしまったのです。つまり血の繋がりはもうないわけで。
それは例えるなら、瓜二つの人間がいるだけで、ティファさんにとっては別人に思えてしまうかもしれません。
さらに、おそらくアオイさんの記憶は──
「──そしてアオイさんは、記憶を失っているものと思われます」
わたしのその言葉に、全員が目を見開きました。
ティファさんが、呆然としながらもつぶやきます。
「記憶が……? ど、どういうことですか……?」
「ユグドラシルは、通常工程でアオイさんとユーリさんを転生させたのだと思います。シャットダウン寸前の状況で、チート転生という負荷の掛かる特殊工程を行う余力はなかったでしょうから。だから……だから記憶は失われているのではないかと……」
わたしのその説明に、ティファさんは目を見開いたまま固まってしまいます。まるで、より詳細な説明を拒絶するかのように。
他の皆さんも同様に口をつぐみます。そうしてわたしも、決定的な次の言葉を言えなくて、皆さんから目をそらすだけになってしまいました。
記憶を失い転生をしたということは、それはもう別人である──という言葉を飲み込んで。
そんなわたしに、フローランスさんが震える声で聞いてきます。
「アオイ様の記憶を戻す方法は、あるんですの……?」
「……分かりません」
分からないというより、転生者の前世の記憶を戻すことなど不可能だと思われますが、わたしは言葉を濁すことしかできませんでした。
そんなわたしたちに、マナさんが言ってきます。
「例えアオイがわたしたちを忘れていたとしても……わたしはアオイに会いたいよ……!」
マナさんのその一言に、重くなった空気が一気に吹き飛びました。
ティファさんも頷きます。
「そうね……アオイちゃんが記憶を失っていたとしても会いたいわ。例え親子じゃなくなったとしても、そんなの関係ない……!」
ミリアムさんが不敵に笑います。
「その通りね。ならまずは、アオイをどうやって捜し出すかを考えましょう。記憶のことは、再会してから考えたって遅くはないのだから」
ティファさんとミリアムさんの言葉に、全員が頷きました。
ミリアムさんがわたしに聞いてきます。
「それでエレシュさん。アオイがいるという都市は……えーと、トーキョーだっけ? そこにはどのくらいの人間がいるの?」
「少しお待ちください」
わたしは手元のスマホを操作して地球のネットに繋げると、東京の人口を調べました。
「えっと……約一四〇〇万人ですね」
「いっせん……!?」
わたしが継げたその数字に、全員が息を呑みます。
フローランスさんが聞き返してきました。
「一四万人の間違いではなくて!?」
「いえ、わたしが知る東京の情報と照らし合わせても、そのくらいの人数がいるはずです」
「ほ、本当ですの……? わたくしの地元ネッケルの数十倍ですわよ……?」
「東京は、アオイさんの世界の中でも
「そもそも世界人口はどのくらいおりますの?」
「ええっと……約七九億人のようです」
「お、おく……?」
それを聞いたフローランスさんが唖然としながらつぶやきます。
「ア、アオイ様のいた世界は、とてつもなく発展されているのですね……」
フローランスさんたちの異世界と地球を比較すると、人口だけでも百倍もの差がありますから、驚かれるのも無理はありません。
わたしは補足で付け加えます。
「アオイさんたちの世界は、冥界でも注目されるほどの発展を遂げた世界ですから。例えばその文化は、冥界でも人気が高いほどですからね」
「そうなんですの……ほぼ死後の世界にまで知れ渡っているとはすごいですわね……」
言葉を失ったフローランスさんに代わって、マナさんが聞いてきます。
「けど、そんなにたくさんの人がいる中で、どうやってアオイを見つけるの? なんの手がかりもナシでは、いくら魔法を使ってもさすがに……」
「そうですね……」
アリーチェさんからもたらされた情報は、アオイさんが東京のどこかで暮らしているということだけ。それだけで、確かに一四〇〇万人が暮らす大都市の中から、何の手がかりもなく人一人を捜すことは困難を極めるでしょう。
ですがユグドラシルを使えば、転生したアオイさんたちの現住所まで特定できます。
しかしアオイさんの捜索は公務ではなく私事です。私事のためにユグドラシルを使うわけには……
そんなわたしの
「エレシュ君、構わない。ユグドラシルを使いたまえ」
「……いいのですか?」
「アオイ君たちは冥界でも今や救世主だ。そんな功労者が、しかもその戦いの果てに行方知れずになっているのだ。冥界が総力を挙げて捜索するのは当然だろう」
「審議長、それでは……」
「ああ。第三総括審議長の職権を持って、二人の捜索を命ずる。ユグドラシルの使用も許可しよう。ただ……」
そこで審議長は、窓の外に見えるユグドラシルに視線を移しました。
「ユグドラシルは、おそらく現在は再起動中だ。アオイ君たちの行方は気になるが、そうであっても転生業務は最優先で再開しなければならない。そのため、二人の転生先を割り出すのは早くても一週間はかかるだろう」
「一週間ですか……」
わたしは皆さんに視線を移すと、マナさんが言いました。
「手がかりもないのに未知の世界へ行っても、やれることは何もないしね。もどかしいけど、アオイたちが生きているのは確実なんでしょ? なら待つことにするよ。みんなはどう?」
マナさんの問いかけに、全員が同意しました。
こうしてわたしたちは、惑星スサで待機することになったのでした。
ユグドラシルが使えるようになるまでの一週間、わたしたちは惑星スサのホテルに滞在することにしました。
冥界にいたほうが、ユグドラシルが使えるようになったらすぐアオイさんの元へ出向くことができますし、何かと情報が入ってくるというのもあります。
そうしてスサに到着し、ホテルに一泊したその翌朝。
わたしたちは専用ラウンジで朝食を取りつつ、これからのことを改めて検討していました。
このラウンジは個室になっていて、わたしたち以外は誰も立ち入りできません。一三〇階建ての高級ホテル最上階に位置していて展望も抜群です。主に要人が使う場所ですからセキュリティもしっかりしています。
わたしたちの会話は、人様には聞かせられない内容も多分に含まれていますから、上層部が気を使ってくれたのでしょう。
わたしも、冥界役場の仕事を放り出してここにいるのは心苦しいのですが、アオイさん捜索が正式命令だと言われては、通常業務に戻るわけにもいかなくなってしまいました。そのお心遣いに感謝して、アオイさん捜索に全力を挙げたいと思います。
そんなことを頭の片隅で考えながらも、わたしは、これから出向く地球という世界について、皆さんに説明していました。
もっとも、地球のことはわたしも資料として知っているだけで、実際に出向くのは今回が初めてなのですが、基本的な文化や慣習は、冥界──特に第三統括区と非常に似ている──というより、第三統括区が地球、おもにニッポンの文化慣習の影響を大いに受けたので、そこまで的を外した話にはなっていないはずです。
ニッポンの説明を聞き終えて、フローランスさんが口を開きました。
「文化慣習の違いはおおむね理解しましたわ。わたくしも貴族として、あちらでの立ち振る舞いで失礼がないようにしないといけませんわね」
そんなフローランスさんにマナさんが言います。
「だから、あっちでは……とくにアオイの国では貴族とかもういないんだって。そんな上目線な態度だと逆に浮いちゃうわよ?」
「う……ではどういう態度がよろしいんですの?」
「そ、それは……例えば、もっと砕けた感じの口調で?」
「砕けたとは?」
「うーん……あ、わたしみたいな感じよ」
「マナさんみたいな粗野な口調はちょっと……」
「どーゆー意味!?」
そんなやりとりをする二人にわたしは割って入りました。
「ま、まぁまぁふたりとも。フローランスさんの口調も、別にそこまでおかしいというわけでもありませんから。どこかのお嬢様としておけば大丈夫かと」
わたしのその説明に、フローランスさんは「ふふん」と鼻を鳴らします。
「わたくしの高貴な立ち振る舞いは、どうやっても隠しきれるものではありませんからね。ではエレシュさんがおっしゃる通りの身分でいきましょう」
「……ちょっとフローランス。何か言いたげね?」
「いえいえマナさん。山奥育ちだとか辺境育ちだとかで差別するようなこと、わたくしは致しませんわ。いわんや山のお猿さんだなんて」
「お猿って何よ!?」
「ま、まぁまぁふたりとも……」
わたしが再び二人をなだめていると、ミリアムさんが言ってきます。
「文化慣習は、わたしたちもできるだけ合わせるようにする。それより問題なのは、やっぱりアオイと出会う方法よ」
ミリアムさんのその指摘に、わたしも頷きました。
いささか険悪な雰囲気になっていたフローランスさんとマナさんが首をかしげました。
その二人に言って聞かせるように、ミリアムさんが説明します。
「あのね二人とも。アオイは記憶がないのよ? つまりアオイにとってわたしたちは初対面なの。なのにいきなり馴れ馴れしく声なんてかけてみなさい」
「な……なるほど……」とマナさん。
「間違いなく警戒されますわね……」とフローランスさん。
「だから最初の接触は非常に重要ね……最初の接触さえ間違わなければ……今度こそは……」
ミリアムさんは、何やら思索に入ってしまったらしく、たまにブツブツとつぶやくばかりになります。
すると今度はマナさんが言いました。
「そうしたら……ナンパでもしてみる?」
「ナ、ナンパですか……!?」
わたしが驚きの声を上げていると、フローランスさんが首をかしげながらマナさんに尋ねます。
「ナンパとはなんですの?」
「ほら、冥界で
「そういえば、そんなこともありましたわね。それで結局、あの方々は一体何をしたかったのでしょう?」
「わたしたちを誘って、お茶したり遊んだりしたかったのよ」
「はぁ? 市井の民は、あんな見知らぬ人達に声を掛けられて付いていくのですか?」
「いや、まぁ……普通は付いていかないけど……」
「なら、そんなことをアオイ様にしてどうなるというのです?」
「ご、ごもっともデス……」
フローランスさんの意見に、マナさんが肩をすぼめました。
いくらこちらには面識があってもアオイさんにとっては初対面ですから……すげなくされてしまう可能性が高いですし、そんな状況で声を掛けるのはちょっと……避けたいです……
わたしが胸を撫で下ろすと、ミリアムさんが再び言いました。
「ならこうしない? それぞれの考えた方法でアオイに接触してみるの」
ミリアムさんの意見はこうでした。
まず、大人数でアオイさんと接触するのは、警戒される可能性が高いということ。確かに、いきなり見知らぬ人に取り囲まれるようなことになったら誰だって警戒するでしょう。
次に、一人ずつ接触する利点としては、接触回数が増えるということ。例え最初の人が失敗しても、他の方々は面が割れませんので、別の方法で接触を図れます。これが全員で一気にだと、チャンスが一度しかないわけです。
そんな説明を聞いて、フローランスさんが頷きました。
「なるほど。確かにその通りですわね。それならマナさんは、そのナンパというもので接触して頂きましょう」
「なんでよ!?」
「発案者ではありませんか」
「あ、あれはちょっとした冗談で……!?」
慌てるマナさんに、ミリアムさんが言いました。
「でもまぁ、ナンパまがいのことはしなくちゃでしょうけどね」
確かに、ミリアムさんのおっしゃる通り、まったく面識もなく、かつ紹介でもないのなら、ほとんどナンパと違いありません。
せめて、職場や学校、あるいは何かのサークルや習い事など、共通の場でもあれば比較的スムーズに面識が作れるのですが……
そんなわたしと同じことを考えていたのでしょうか、ティファさんが挙手をしました。
「あの……エレシュさん。アオイちゃんが今一七歳ということは、向こうの文化では、どこかの学校に通っているということですよね?」
「ええ、そうです。高校生のはずです」
「であれば、わたしたちが同じ高校に入ることはできないかしら? 魔法学園に入ったように」
「それは……難しいと思います」
そもそも冥界の仕様として、下界に干渉できないということがあります。これは規則ではなくシステム的な制約であり、ユグドラシルを──引いては数多の世界を作り出した神々による意図なのでしょう。
わたしはそのことを皆さんに説明し始めました。
「例えば参照程度なら可能です。だからアオイさんの居場所を突き止めたり、下界の文化を学んだりはできます。しかし学校の入学となると、下界の情報を操作しなくてはなりません。こうなると……ユグドラシルではできません。下界の誰かにしてもらうなら可能ですが……わたしたちはニッポンに知り合いがいませんから、現時点では実質的にできないということになります」
ミリアムさんが聞いてきました。
「ソフィーアは、冥界の兵器を下界で使っていたけれど?」
「あれは、厳密には冥界の兵器ではなかったのです。冥界兵器を模して、ソフィーアさんが下界で製造したものですから。冥界が直接干渉したわけではありません」
「とんでもないわね、あの子……」
学校などの共通の場が確保できない以上、本当にナンパ的な活動によりアオイさんと接触を図る必要が出てきました。
出てきましたが……
……わたしに、そんなことできるのでしょうか……?
わたしが
「仕方が無いわね。もうこうなったら、誰が真っ先にアオイを口説けるか勝負よ……!」
ミリアムさんの、なぜか妙に気合いの入ったその宣言に、皆さん苦渋の表情ながらも頷くしかありません。
……というよりミリアムさん、妙に自信ありげですが何か方策があるのでしょうか?
わたしは気になってミリアムさんに聞きました。
「あの……ミリアムさん? 何かいいアイディアでもおありですか? もしあるなら教えて頂けると……」
「それはダメね」
わたしはにべもなく断られ、一瞬言葉に詰まります。反論が出る前に、ミリアムさんが続けました。
「みんながみんな、同じような形で接触したら意味がないでしょう? 間違いなくアオイに怪しまれるわよ?」
「確かにその通りですが……」
「それと、アオイがどんな反応をするのか確認する必要もあるから、順番待ちの人は物陰から観察する必要もあるわね。魔法で会話を聞き取るくらいしないと」
つまりは盗聴ということで、いささか倫理に反する行為ですが、ここで失敗をするわけにもいきませんし……
わたしが戸惑っていると、フローランスさんが言いました。
「そうなると、最初の方は不利ですわね」
その意見に、ミリアムさんは首を横に振ります。
「そんなことないわよ? 一番手は、そこで成功したら他の人にチャンスはないわけだし、それにまったくアオイに怪しまれていないのだから、それはそれで有利と言えるわ。後手になるほどに、アオイだって不信感を覚えるようになるでしょうから。まぁ……やり方にもよるけど」
マナさんが険しい顔つきでつぶやきました。
「必ずしも、有利な順番があるわけじゃないってことか……でも強いていえば、二番手・三番手が無難かもね……」
マナさんが言うとおり、二番手・三番手であれば、まだアオイさんも怪しんでいないでしょうし、前例をよく観察することもできます。
一番手は、メリットも大きいですがデメリットも大きいと感じますね……
四番手・五番手は、アイディアが出尽くしてしまうという意味でも、アオイさんの心情的にも不利かも知れません。
そんなことを考えていると、ミリアムさんが付け加えました。
「もちろんこれは、アオイと面識を作るのが最優先だから、一人がアタックする毎にみんなで反省会は開きましょう。自分のやり方に不安があるなら、そこで相談してもいいわ。それと、一日で立て続けにアタックしたらさすがにすぐ不審に思われるでしょうから、数日毎がいいでしょうね」
ミリアムさんのそのプランに皆さん了承したようで、反論はとくに出ませんでした。かくいうわたしは不安しかありませんが、ミリアムさん以上に有効な策を提案することもできず、頷くしかありません。
そしてティファさんが言いました。
「そうしたら順番はどうしましょうか? くじ引きにする?」
ミリアムさんが頷きます。
「そうね……どの順番でも一長一短だからくじ引きにしましょうか」
皆さんもそれで同意します。
そうしてくじ引きが決行されて──順番が決まります。
・一番手:マナさん
・二番手:
・三番手:フローランスさん
・四番手:ミリアムさん
・五番手:ティファさん
ハイリスク・ハイリターンな一番手を引いたマナさんが唸ります。
「うう……わたしが一番なんて……」
ミリアムさんがニヤリと笑います。
「いいじゃない、ナンパを言い出したのはマナなんだし。ぜひお手本を見せてよ」
「そうは言ったって……ナンパをしたこともなければ、
マナさんはぼやくように言いました。
「にしても……ミリアム先生はなんだか自信ありげね?」
「そりゃまぁ。あなたたちと違って、わたしはたくさんナンパされてきたし、その手口もいろいろ知ってるわ」
「うう……さすがは長生きしてるだけある……」
「エルフとしてはまだピチピチだけど!?」
ミリアムさんの叫びには誰も反応せず……マナさんが躊躇いがちに挙手しました。
「あの……さっそく相談で……個別でアオイをナンパするってことだけど、できれば少人数のグループでやりたいんだけど……」
やりにくいことや初めてのことを一人きりでやるよりも、複数人のほうがまだやりやすい……そんな心理からか、マナさんがそんなことを言い出して、その提案に、わたしも手を上げました。
「わ、わたしも……できればマナさんと組みたいです……」
そんなわたしたちに、ミリアムさんがため息交じりに言いました。
「まったくしょうがないわね。でもまぁいいわ、二〜三人くらいなら問題ないでしょう。他に組んでやりたい人はいる?」
わたしたち以外は首を横に振りました……皆さん、なかなかに大胆ですね……
「そうしたらマナとエレシュは、ちょうど順番も一番二番だし、二人合わせて一番手でいいわね?」
「う、うん……わかった……」
「了解です……頑張ります……!」
マナさんとわたしは、不安そうな顔つきながらもなんとか頷くのでした……
まず何よりも、皆さんの界港使用許可証を発行すること。これにより、皆さんは冥界と地球を自由に行き来することが可能になります。音声認証によって。
これは万が一のための処置です。よくユーリさんが危機に陥ったときに冥界へと帰還していましたが、それと同様のことを皆さんもできるようにしました。
今現在の地球──とくにニッポンは、異世界よりよほど安定状態にあるので、皆さんが窮地に陥ることはないと思いますが、念には念を入れておいたほうがいいと思ったのです。
次にわたしがやるべき事は、冥界役場への説明です。
今のわたしの立場は、外患罪の嫌疑も晴れたので、冥界役場の職員に復帰したのですが、その上で長期出張の扱いとしてもらえました。
ユーリさんを追って……つまり少々席を外して下界に出向いただけのつもりだったのに、そこで突然犯罪者になってしまい、その後も長期間にわたり音信不通となり、さらには冥界を大混乱させてしまいましたから……わたしが責任者を務める部署の皆さんには、特に多大なご迷惑を掛けてしまいました。
なので謝罪したくて、第三総括審議室に出向いたのですが、そこでは皆さんに怒られるどころか逆にねぎらわれて、アオイさん捜索の励ましまでもらってしまい……わたしは思わず目を潤ませたのでした。
本来なら、すでに寿退社しているはずのアウローラさんもまだ職場にとどまってくれていて……依然として混乱が収まらない冥界を立て直すべく、奮闘してくれています。
なんて上司思いの部下なんだろうと感動して、わたしはアオイさんを──冥界の救世主を捜し出すことを約束し、冥界役場を後にしたのでした。
ちなみにディズレーリ理事は、第三総括審議長から、冥界一二理事の一人に選抜されました。本来は様々な試験と推薦を経て選抜される冥界トップの地位ですが、今はまだ有事状態であることと、その有事を誰よりもよく知っていることとで臨時昇進したとのことです。
臨時昇進とはいえ、ディズレーリ理事なら冥界のトップも十分に務まると思いますので安心です。ゆくゆくは正式な手順を踏んで理事に落ち着くのだと思います。
冥界でやるべきことの三つ目としては、地球での生活基盤を整えておくことです。
異世界出身の皆さんにとっては、見知らぬ土地での活動となるわけですから、衣食住は確保しておかねばなりません。
下界への干渉は何かと制限のある冥界ですが、人的リソースを送ること自体はNGではありません。ユーリさんやわたしが異世界に出向いたように。
活動費についても、冥界が全面的にバックアップしてくれます。元より冥界は、エージェントを下界に派遣することもありましたから、日本円の確保は正規ルートで可能です。もちろんニッポンの銀行は、取引相手がよもや冥界人だとは考えてもいないでしょうけれども。
だから五人が数年は余裕で生活できる金額が、ニッポンのエージェント用銀行口座に振り込み済みです。
そして住まいも、アオイさんの所在地が明らかになったら、その周辺に賃貸マンションを人数分借りるつもりです。それまではホテル暮らしということになりますが。
あとはニッポンの衣類を買っておけば溶け込めるはずです。わたしたちは日本人には見えないでしょうけれども、外国人旅行者くらいには見えるでしょう。ちなみにエルフのティファさんとミリアムさんの耳は、マナさんの変身魔法で人間と同じにします。
ただその衣類の選別が……なかなかに難航しました。
皆さん、できるだけ美しい姿でアオイさんと再会したいのでしょうから、当然といえば当然ですが、あいにくわたしは冥界のファッションにも疎くて……的を射たアドバイスができません。
そこでニッポンの閻魔係がちょうど女性だったこともあり、その女性スタッフにいろいろとアドバイスをして頂きました。多忙な最中だというのに申し訳ないところではありますが……
ちなみに日本語については、翻訳魔法を使えば問題ないはずです。
こうして、様々な手続きや準備をしていたら、あっという間に一週間が過ぎてしまい……
わたしは、アオイさんを上手くナンパする手段も思いつかないまま、いよいよ地球の日本へと降り立つことになってしまったのでした……
(Kindle本に続く)
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