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甲斐甲斐しくて、可愛くて、働き者の女の子はお好きですか?
しかも魔界のお姫様。
そんな美少女が、ある日突然空から降ってきました!
そんな美少女は、日本に身寄りがあるわけもなく、だから頼れるのは知り合った主人公だけ。なので主人公と美少女は同棲することに。
そうしたら、とにかく可愛いわ、身の回りの世話をしてくれるわ、さらにはお姫様なのにバイトして、生活費も稼いでくれるとのこと。
ただし!
うまい話には裏があるということで、その美少女はお姫様の諸事情により……命を狙われていました(笑)
そんな現代ファンタジー・ラノベ! ぜひご一読ください(^^)
同僚のプログラマーが病欠し、ヘルプのはずの派遣社員はとんずらし、アルバイトは定時で上げねばならず、まだ二〇代だと言い張っている女性上司は会社に泊めるわけにもいかないので終電で帰し、そうして旺真は、オフィスビル十五階に位置するぶち抜きフロアの一角で、午前三時を回っても画面に向き合っていた。
「いい加減にしないと、そろそろ死ぬな……」
旺真はため息をついてから周囲を見回す。
百名分の座席があるフロアに今は旺真一人だ。旺真の部署は、開発しているシステムの最終工程を担当するので、前工程で遅れた分のしわ寄せがいつも降りかかる。そのためおおよそ泊まり込みだった。
「ふぅ……なんとか間に合いそうだし、少し仮眠を取るか……」
ため息交じりの独り言をつぶやいてから、旺真はヨレヨレと立ち上がる。
今や泊まり込みは当たり前なので、それに必要な備品は充実していた。備品というかすべて旺真の私物だったが。
フロア奥に設置されている個人ロッカーから、寝衣として使っているトレーナーを取り出して手早く着替えた。さらにそのロッカーの中から、寝袋とその下に敷くマットを引っ張り出して窓辺へと移動する。
寝袋があるとはいえ、オフィスの床の上で寝るのは意外と寒い。だから寝袋マットは重宝していた。床の冷気を遮断してくれて、そこそこ快適な寝床を作ってくれる。
そのマットを窓辺に敷くと旺真は寝袋に潜り込む。そもそも窓辺も冷えるのだが、星空を眺めながら眠りにつくのがなんとなくの日課になっていた。
「さてと……仮眠は三時間くらいにしておくか」
旺真はスマホのアラームをセットすると枕元に置いた。早朝六時になれば、このオフィスビル近くのスポーツクラブが開店するので、そこでサウナに入って目を覚ますのが唯一の楽しみになっている。もちろん自費だが。
「もはや、アパートいらないなコレ……」
去年、そこそこ大きいシステム開発会社に新卒採用されたはずだが、大人数いるはずなのに残業詰めだった。いったい労基は何やってんだ……などと考えていたらすぐ眠気に襲われて、眠りに落ちるその直前に流れ星が見えた。
「おお、流れ星……せっかくだから願い事を……ええっと……働かないで済む暮らしが欲しいです……」
などと寝る前に寝言をつぶやいていたら、流れ星が次第に強烈な光を放ち始める。
「……え? 噂の隕石とか……?」
旺真は、眠りかけた目をこすりながら上体を起こした。
真夜中に、すごい光を放って隕石が落ちてきた——というニュースを思い出す。確か、日本の首都圏で目撃されるという珍しい現象だったはずだが、そのときは、発光現象はすごかったものの人的物的被害は出ずに済んだらしい。
しかし、いま旺真が見ている光は、あからさまに被害を出しそうなほど強烈だ。
「……まさか……近づいてる!?」
それはまるで、窓枠が映画のスクリーンと化したかのようだった。
しかもその映画は、世界が滅亡する系の映画だ。
超高速に迫ってくる隕石の輝きはやけにスローで見えて、だが自分の体も緩慢にしか動かせず、そうしてその強烈な光が、自身の体を飲み込むかのように広がって行く。
ゆっくりと、ゆっくりと。
照明が落とされたはずのオフィス内はホワイトアウトして、旺真は、見えなくなった自身の手足をバタつかせ、必死に窓辺から逃げようとした。
果たして、うまく逃げられていたのかも分からない。
何かを叫んだはずだが自分の声も聞こえなかった。
ドッゴーーーーーン!!
その痛烈な爆発音に、すぐに聴覚が麻痺してそれ以上は聞こえなくなる。
(い……隕石衝突で死ぬとか……どんだけ不運なんだオレは……)
体が吹き飛ぶ浮遊感を覚えながら、旺真の意識は途絶えたのだった。
* * *
「………………生きてる?」
十二月の冷たい外気に晒されて、旺真は意識を取り戻した。
まずはじめに、頭部をおっかなびっくりに動かしてみる。
どこにも痛みはないようだ。
次に手足を徐々に動かす。手足のどこかが失われているかもしれないと覚悟したが、幸いそんなことにはなっておらず、旺真は五体満足であることにホッとする。
そうしてゆっくりと上体を起こした。
「……ま……まぢか……」
旺真は、それ以上の言葉が継げずに絶句する。
何よりも、前方壁面に巨大な穴が穿たれていることに驚いた。まるで爆撃された廃墟ビルのように、鉄骨が剥き出しになり、窓ガラスのすべては砕け散り、フロアの壁や床には無数の亀裂が走っていた。
フロア内にところ狭しと設置されていたデスクやパソコンもすべてが吹き飛び、重なり合い、大破している。
砕けたアスファルトの粉末や煙が朦々と立ち込めていることから、旺真は、隕石衝突からさほど時間が経っていないことに気づいた。
「よ、よく生きてたな、オレ……」
旺真は、窓辺からフロア中央部分まで吹っ飛ばされたようだ。体に付いたアスファルトの粉末を払いながら立ち上がると周囲を見回す。
夜景の灯り以外に光源はなく、照明はショートしているのか所々で火花が散っていたが——フロアの一番奥、個人ロッカーが並んでいる壁面が、なぜかほんのりと光っている。
まるで、ガスバーナーでも着火しているかのような青白い光だった。
その付近の個人ロッカーがクレーターのように凹んでいることと、吹き飛ばされた机や椅子の方向性から、おそらくは、降ってきた隕石がフロアを突っ切って、個人ロッカーに激突してそこでようやく止まったのだと思われた。
であったとしたら、あの青白い光はことさらおかしい。隕石が落ちた後も発光しているなどという話は聞いたことがない。
「ま……まさか……凄まじい放射線が隕石から放たれているとかじゃ、ないよな……?」
脳の半分は「今すぐこの場から離れなければ!」という警報が唸りを上げている。
しかしもう半分は「手遅れだ」という諦めを囁いていた。隕石が本当にヤバイ物質だったなら、すでに高濃度の放射線被爆をしているだろう。ならば、自分の命を絶つかもしれない物体の姿形くらいは見定めたくなった。
バラバラに砕けたデスクなどの残骸、さらには崩落した天井などの瓦礫につまずかないよう注意しながら、旺真は、青白い光源の元へと慎重に歩いて行く。
歩きながら、恐怖をごまかすかのようにつぶやいた。
「ブラック企業とはいえただのオフィスワークだというのに、放射線に当てられて死ぬなんてオレくらいなものだろうな……」
そんな愚痴をこぼしながら、幾重にも重なっていた様々な瓦礫を押し分けて、いよいよその光源を目撃する。
それは、予想していた形状とはまるで違っていた。
だから旺真は、目を見開いてつぶやいた。
「……ひと……?」
最初は、女性型のマネキンかと思った。
青白く発光するマネキンが、瓦礫の下に横たわっている——そう見えた。
なぜこんなところにマネキンが——という思考より先に、その驚くほど均整の取れたプロポーションに旺真は目を釘付けにされる。
適度に膨らんだ二つの胸は、まるで本物と見まがう程だった。マネキンに、胸部先端の突起まで付ける必要があるのだろうか……と旺真は場違いなことを考える。
さらには、触ったら折れるのではないかと思うほどの腰のくびれに、プラスチック製にはとても見えないほどに弾力がありそうな腹部から太ももへと視線は動いていく。
このマネキンはシリコン製か何かだろうか? などと考えながら脚全体を見渡してみれば、もはやファッションモデルかと見紛うほどの長さだ。
旺真は生唾を飲み込みながら、今度はマネキンの顔に視線を移した。
髪の毛は鮮やかな金髪ロングで、絹のカーテンかと見まがうほどに美しく、それが腰元まで伸びている。頬はほんのりと赤く染まっていて、同色の唇はとてもマネキンとは思えないほど柔らかそうだった。
——というより、マネキンの造作がここまで精巧だなんてあり得ないと、旺真はまじまじと見入ってからようやく気づく。
そして旺真の気づきを証明するかのように、マネキン改め女性の裸体は「う、うん……」と小さな呻きを上げて首を動かした。
「い、生きている!?」
旺真は目を見開いて、数歩後ずさる。
もはや頭の中は混乱の極みだった。
なぜか幼少の頃の思い出が次々と浮かんできて、「これって走馬灯だよなぁ……」などと冷静な事を考えているかと思えば、目の前の事態はまったく認識できない。
そうして数分間ほど、その場で行ったり来たりして、ようやく出した結論がこれだった。
「なるほど、宇宙人か!」
旺真のその叫び声に、女性の裸体改め全裸の宇宙人が反応した。
「う〜ん……あと五分……」
「ベタ過ぎだぞ宇宙人!?」
旺真のツッコミに、しかし宇宙人の反応は鈍かった。
「せめて、あと五時間……」
「増えすぎでは!?」
「……うう〜ん……うるさいですよぉ……」
全裸の宇宙人は、眉間にしわを寄せて体を動かす。旺真は、いよいよ起き上がるのかと思い身構えたが……
「くー……」
「寝るのかよ!?」
しかし宇宙人は目を開けることもなく、その場で小さな寝息を立て始めた。
どうやら完全な二度寝に入ってしまったようで、もはや旺真の声にも反応しない。
「……えっと……オレはいったい、どうしたら……」
旺真は宇宙人を見下ろして、ただただその場に棒立ちするしかなかったが、いつしか、宇宙人の裸体から放たれていた青白い光が消え始めていることに気づいた。
それに気づいてから十数秒もすると、その不可解な発光現象は完全になくなる。
それでも旺真は身動きが取れず、宇宙人の、まさに人間離れしたその裸体を凝視するしかなかった。
そんな二人の間を北風が吹き抜けていく。
トレーナー一枚の旺真が身震いをするのと同時、眼下の宇宙人はついにアクションを起こした。
「へっくちっ!」
「くしゃみ!?」
宇宙人でもくしゃみをするのかと、旺真が妙な驚きでのけぞっていると、宇宙人はいよいよ目を開く。その瞳はブルーサファイアのような碧眼だった。
そして、宇宙人が宣う。
「さささ、さっぶ!? こんなところで寝ていたら凍死しますが!?」
宇宙人は両手で腕をさすりながら身を起こすと、すぐ全裸であるとに気づいたようだ。
「ななな!? なんでわたくし裸なんですか!?」
宇宙人の台詞は独り言に近かったが、旺真は律儀に返事をする。
「なぜと言われても……こっちが聞きたいくらいなんだが……」
「!?」
今の今まで、宇宙人は旺真に気づいていなかったらしい。だから旺真のその一言で気がついて、そうして碧眼を大きく見開いた。
「あ、あなたは……」
宇宙人が、呆然としながら旺真を見ることきっちり十秒ほど。
それから彼女は、大きく息を吸い込み、そして叫ぶ。
「きゃーーーーーー! 犯されるーーーーーー!!」
「な、何を叫んでんだキミは!?」
宇宙人は、自身の身をかばうかのようにガバッと伏せる。しかし、金髪の合間から覗く背中は妙に艶めかましいし、さらには
宇宙人は、その美しい顔だけを上げて、旺真を見上げる態勢でキッと睨んでくる。
「わ、わたくしの衣服を
「オレが剥いたんじゃない! そもそもキミは素っ裸だったんだよ!!」
「そんなはずありません! こちらに跳んで来るときは、ちゃんと衣服を着込んでいました!!」
「んなこと言われたって知らないよ! 本当にキミは素っ裸で落ちてきて、このビルに激突したんだから!」
旺真は片手を大きく振って、オフィスフロアの惨状を示してみせる。
旺真にそう指摘され、宇宙人はその惨状にようやく気づいたようで、あっけにとられながらつぶやいた。
「……えっと、ここは……戦場跡ですか?」
「違う! これはぜんぶキミがブチ壊したんだ!!」
「……そんなまさか………………あっ!?」
宇宙人は勢いよく上体を起こすと両手で頭を抱える。
胸の膨らみがプルンと揺れるものだから、旺真は思わず凝視した。
「着陸の座標位置がズレました、ってキャーーーーーー!」
自分が素っ裸なのを改めて思い出して、宇宙人は再び床にうずくまる。
旺真は明後日の方に視線を泳がせながら言った。
「ちょっと待ってろ……何か羽織るものを持ってくるから……」
この段階に至って、衣服の提供という発想に旺真はようやく思い至り、自分のロッカーへと歩いて行く。
激突の衝撃で、旺真のロッカーは大きくひしゃげて扉も吹っ飛んではいたが、中の私物は無事だった。その中からロングコートを引っ張り出すと宇宙人の元へと戻る。
旺真は視線をそらしながらコートを宇宙人に差し出した。
「とりあえずコレを着てくれ。目のやり場に困る……」
「あ、ありがとうございます……」
宇宙人はおずおずとロングコートを羽織りボタンを締める。それが終わったのを見計らって、旺真は宇宙人に視線を戻した。
「それで、キミは一体何者なんだ? やっぱり宇宙人とか……」
「いえ……わたくしは宇宙人ではありません……」
そうして彼女は、まだ戸惑いの残る瞳を旺真に向ける。
「わたくしは、魔界最大の国家、サウード帝国の第十三皇女、フルーレ・ティ・サウードと申します。そうですね……あなた方から見れば、わたくしは異世界の姫ということになりますね」
フルーレと名乗った美少女のその話に、旺真は首をかしげるしかない。
初対面の人間にいきなりそんなことを言われては、美少女だけど現実と妄想の区別が付かないヤバい人なのかと疑いたくなるが、しかし旺真の目の前に広がっているのは、大きな穴が穿たれたオフィスビルと、廃墟と化したそのフロアだ。
今し方起きたこの出来事がそもそも現実離れしすぎていて、旺真はフルーレを疑う余裕もなかった。
「キミが異世界の姫だとして……そんな身分の人間が一体どうして素っ裸でビルに激突してきたんだ?」
「う……それは……着陸の座標位置を間違えまして……」
「さっきも言ってたけど、座標位置って?」
「魔界から、この人間界に転移してくるときの着陸位置のことです。本当は、この国で一番高い山……ええっと、富士山と言ったかしら? とにかくその山頂に転移するはずが、ちょっとした手違いで衛星軌道上に転移してしまいまして……」
「いやいやいや……ちょっとした手違いでそんなにズレるものなのか? 桁をいくつも間違えてるだろ?」
「て、転移魔法は難しいんですっ……! それで、緊急用の魔法具が発現して、その防御結界でわたくしの身は無事だったのですが……」
フルーレは、握りしめていた宝石を旺真に見せる。無色透明のガラス玉がそこにあったが、これが魔法具というヤツなのだろうと旺真は理解した。
フルーレが話を続ける。
「この魔法具の防御結界は極小の範囲でしか展開されず……つまりわたくしの体に密着する形で展開します。ですから大気圏突入したとき、その摩擦熱で衣服は焼け落ちたのだと思います。わたくしは、そのときすでに気を失っていたので覚えてはおりませんが……」
「そういえば、さっきまで青白い光がキミの体を包み込んでいたんだけど、それが防御結界ってヤツなのか?」
「はい、その通りです」
「へぇ……魔法具とか防御結界とか、あまりにも現実離れしてて何が何やらだけど……そのガラス玉、ちょっと見せてもらってもいいか?」
「ええ、構いませんが、これは一度きりの魔法具なのでもう使えませんよ」
旺真は魔法具であったガラス玉を受け取ってしげしげと眺めてみる。
ビー玉が一回り大きくなったとしか思えない代物だった。
旺真がぼやくように言った。
「なんか、あまりの出来事で思考が追いつかないんだが……魔界から魔法で転移してきて、キミはあっちのお姫様だとか……まぢなの?」
戸惑いの視線を向ける旺真に、フルーレは苦笑を返してくる。
「ええ、本当です。そうですね、信じられないというのでしたら——」
フルーレは、旺真が分からない言葉を何語かつぶやいてから、『
——しかし、なにもおこらなかった!
「……………………」
「……………………」
おそらく、フルーレはごく簡単な魔法のデモンストレーションをしたのだろう。魔法が初見の旺真にも、彼女の仕草からそれは分かった。
だから旺真は、あえて空気を読まずに聞いてみる。
「失敗したのか?」
旺真のその台詞に、フルーレは耳まで真っ赤になった。
「し、失敗ではありません! 転移魔法で魔力が枯渇して、だから発現しなかったんです!」
「魔力残量を把握していない時点で失敗なのでは……」
「ち、違いますよ!? 人間の方には分からないでしょうけれども、魔力残量を正確に把握するのは案外難しいんですからね!?」
わずか数分の会話ではあるが、旺真は、フルーレから醸し出されるポンコツな雰囲気を早くも感じ取っていた。
フルーレは咳払いをしてから強引に話を逸らす。
「と、とにかくです。多大なリスクを冒してわたくしが人間界に来たのには、それなりに理由がありまして——」
そこまで話したところで、フルーレは言葉を切って、壁に穿たれた大穴越しに見える東京の夜景へと視線を移した。
「——何か、外が騒がしくないですか?」
そう言われて旺真も気づく。けたたましいサイレンの音が何重にも重なっていた。さらにはヘリのローターブレードが発する爆音も北風に乗って聞こえてくる。もしかすると、深夜にもかかわらず、ビル周辺にはすでに人垣ができているのかもしれない。
屋外からすごい騒音が聞こえていたというのに、今までまったく気にならなかったほどに興奮状態だったのだろう。そのことを旺真は自覚する。
「ああ……消防車とか報道ヘリとかだろうな。外の連中は、隕石が衝突したのだと思っているんだろうけど……いずれにしても、都心のど真ん中に何かが落下してきたら大ニュースだ」
「……つまり、大勢の人が集まっていると?」
「ああ、そういうこと」
「それは……困ります……」
フルーレは眉をひそめて旺真を見る。そうして真摯な眼差しで訴えてきた。
「わたくし、この人間界で目立つようなことはできないのです……!」
「いや……東京のオフィスビルに激突しておいて、目立ちたくないというのは無茶な話なんだが……」
「ですから、それはちょっとした間違いだったんです……!」
「ちょっとの間違いでビル大破はやり過ぎだと思うが……いずれにしても、激突した事実は変えられないし……」
「ですが、そこをなんとか! なんとかなりませんか!?」
「うーん……確かに、マスコミとかに見つかったら面倒なことになりそうだけど……」
旺真はいっとき考える。このオフィスビルは二三階建ての大規模ビルで、地下階もあり、そこから地下道へと連結している。今ならまだ、地下の通用口なら人目に付かず抜けられるかもしれない。二四時間体制で常駐する警備員の目はなんとかする必要はあるが。
「そうしたら、いったん地下から出てみるか……ただ、キミの格好がな……」
コート一枚を羽織っただけでぺたんと座り込むフルーレを改めて見て、旺真は唸った。
男物のコートをダボッと羽織ってはいるが、それでもフルーレの太ももの半分を隠す程度だし、さらには裸足だから妙に艶めかしく見える。
そう感じるのは、コートの中が一糸まとわぬ姿だと旺真が知っているからかもしれないが、いずれにしても、コート一枚を着せただけで屋外に出すなんて変態プレイもいいところだし、十二月深夜の気温では辛いだろう。
旺真がそんなことを考えながらフルーレを眺めていると、その視線に気づいたフルーレは胸元を押さえながらも口を開いた。
「や、やむを得ません……今はこのまま脱出して、どこか落ち着くところで衣服の調達を……」
「とはいえ、その格好で落ち着ける場所なんて、人の多い都内じゃ真夜中でもないだろうし……あ」
旺真は無意識に腕組みをして、それで自分の衣服に気づく。
今の旺真は、寝衣として持参していたトレーナーを着ていて、スーツは別にある。
つまり男物だが衣服の予備はあった。サイズはぜんぜん合わないものの、屋外を歩いても変態プレイは免れそうだ。さすがに下着の用意はないが。
「そうだ、着替えはあった。あとついでに靴もある」
スポーツクラブで使っていた室内履きをオフィスに置いてあったことも思い出した。フルーレが履くとブカブカだろうが、裸足で歩くよりよっぽどマシだろう。
旺真の言葉を聞いたフルーレは、その表情をパッと明るくした。
「本当ですか! であれば、ぜひ貸して頂けないでしょうか!?」
「ああ、いま持ってくるから待っててくれ」
旺真はロッカーから着替え一式を持ってくる。
フルーレに着せてみると、男性用スーツを女性が着るのはあまりに不格好で、しかもベルトを使ってもずり落ちるほどウエストが細かったので、フルーレがトレーナーを着て、ウエストの紐を目一杯絞ることでかろうじて着ることができた。
さらにその上からコートを羽織れば、外に出ても衣服で人目に留まることはないだろう。
そうして旺真は、自分のスーツを着てからフルーレに言った。
「よし、そうしたら急ごう。地下から抜けるから、オレの後に付いて来てくれ」
「はい、ありがとうございます!」
こうしてふたりは移動を開始する。
エレベーターは当然止まっていたから非常階段で降りていった。二三階付近の非常階段には無数のヒビが入っていて落盤の危険もあったので、二人は慎重に降りていく。
地下階まで降りてくると、通用口に常駐しているはずの警備員の姿はなくなっていた。すでに避難したのだろう。
旺真たちは通用口の物陰から周囲を見渡してみるが、人の姿は見受けられなかった。下手をするとビルが倒壊するかもしれないこの状況で、地下を歩く無謀な人間はいないようだ。
「よし、誰もいない。そうしたらこの地下道を抜けていこう」
「了解です!」
そうして二人は、オフィスビルから人知れず離脱することに成功した。
* * *
旺真たちは、地下道を抜けて有楽町から銀座に入り、二四時間営業のファーストフード店に入った。
「キミ——えっと、フルーレと言ったっけ? 何か食べる?」
「いえ、大丈夫です」
「そう——そうしたらホットコーヒーを二つで」
午前四時を回った時間帯では食欲もわかなかったので、旺真もコーヒーだけを注文すると席に着いた。
店内は一〇〇席あって、都心では広いスペースだった。にもかかわらず、早朝だというのに四割くらいの座席が埋まっている。だいたいが夜通し飲んで、始発を待っている人達なのだろう。その多くが机の上に突っ伏していて、ソファに横たわっている客もいた。
二人以上の客だと、スマホ片手に何やら興奮気味に話している様子も見受けられた。近所のオフィスビルに隕石か何かが衝突したというニュースがすでに配信されているだろうから、それを話題にしているのかもしれない。
旺真とフルーレは、そんな客からなるべく距離を置ける席に座った。
そして旺真は、大きなため息をついてから言った。
「ふぅ……なんとか人心地ついたな」
「はい……見ず知らずのわたくしにご親切にして頂いて、本当にありがとうございます」
「まぁ成り行きというか……」
「そういえば、お名前も伺っておりませんでしたが……」
「ああ、オレの名前は
「『ぷろぐらまー』というのがなんなのかは分かりませんが、こちらの世界に関する基礎知識は、初歩的なことなら学習してきました。ですが来たのは初めてですので、ほぼ何も分からないと思って頂ければと……」
「こちらの世界、ねぇ……」
旺真はなんとはなしにつぶやきながら、コーヒーカップの蓋を開けてミルクと砂糖を一つずつ入れる。それから本題を切り出した。
「そうしたら、コチラとかアチラとかの世界について聞きたいんだけど。つまりはキミの身の上話だな」
「そうですね……いったいどこから話しましょうか……」
フルーレは、コーヒーカップに視線を移して黙考する。
その沈黙の最中、新たに入ってきた男性客の一人が、フルーレに注目しながら横を通り過ぎていった。フルーレの衣服がおかしいのかと旺真は思ったが、今の彼女はコートを着込んだままだし違和感はない。
だとしたら、注目されたのはその容姿だろう。そもそも、これほど見事な金髪は東京であってもなかなか見ないし、思案顔になっている顔は美しく、その肌は吸い込まれそうなほどに白い。男性客の視線が奪われるのも当然と言えた。
旺真がそんなことを観察していたら、フルーレがいよいよ説明を始める。
「結論から申し上げますと、わたくし……命を狙われておりまして……」
「あー……なんだか嫌な予感はしていたけど、やっぱりって感じの話?」
「ええ……旺真様の予想通りかと思います」
出会ったときにフルーレが「なんとか帝国の何番目かの皇女」と名乗っていたのを旺真は覚えていて、だから嫌な予感は最初からあった。
旺真がその予感を口にする。
「つまりあれだろ? キミはなんかの争いに巻き込まれてて命を狙われ、だからこちらの世界に逃げ込んできたとか、そんなとこだろ?」
「その通りです。旺真様はご聡明ですね」
「聡明というかなんというか……空から女の子が降ってくる系の話は、だいたいが命なんかを狙われているからな。ご多分に漏れずと言ったところなんだが……」
しかし実際に自分がそんな事態に巻き込まれるだなんて、旺真は未だに実感がなかった。だから目の前の美少女が、単なる家出娘に見えてくる。
オフィスビルをブチ壊した様を見なければ信じられる話ではなかったし、さきほどの惨状も、ただの悪夢だったかのように旺真には感じられていた。
まるでまだ夢の中だと思っていたら、フルーレが話を補足する。
「では、もう少し付け加えますと……事の発端は、ある日突然、現皇帝が引退宣言をしたことが始まりでした。そして次の皇帝は、帝位継承権を持つ二〇名の兄弟姉妹たちが決闘して、勝利したものを選出すると。いわゆる帝位継承戦の始まりです」
「肉親同士で骨肉の争いをしろってか? なんとも無茶苦茶な王様だな」
「まぁ……魔界は力の強いものを慕う傾向がありますから、その統治ともなると、皇帝とはいえ非力ではいられないのです」
「なかなか壮絶な世界だな。それでキミは、そんな世界から逃げてきたと?」
「はい、そうです……そもそもわたくしは皇帝になんて興味ないのですが、全員参加が条件なのと、わたくし自身は非力な魔族ですから……魔界にいては命が危ないと思い、この人間界に逃げてきた次第です」
「なるほど……概要は分かったけど、キミ、こっちの世界に来てどうやって暮らすつもりだったんだ?」
「本当は、それなりの所持金と装備を持ってきたのですが……大気圏突入時に全部燃えてしまったようで……」
「ああ、なるほど……」
派手に着地を失敗したことから、着の身着のままどころか、着の身すらない状況となってしまったわけだ。
所持金すらないとなればどうにもならないだろうな……と旺真は思う。家出娘的な感じで警察のご厄介になるにしても、地元は魔界などと言い張れば、最終的には病院送りかもしれない。
フルーレの身を案じるほどに、その行く末は真っ暗だった。
旺真は暗澹たる気分になりながら確認する。
「一度魔界に帰って、身支度を調えてくることはできないのか?」
「無理でしょうね……親族はもとより、家臣の監視もかいくぐってようやく転移してきたので……一度戻れば、同じ手は二度と使えないと思います……」
フルーレは、肩を落としながらそう答えてくる。
こうなってくると必然的に、フルーレが頼れるのは旺真しかないということになる。
もしこれで旺真が見捨てたら、彼女は魔界に帰って血みどろの争いに巻き込まれるか、日本国内で理不尽な目に遭うかのどちらかだろう。
行政は元より頼れないだろうし、だからといって赤の他人を頼ろうとするならば、その綺麗な見た目がむしろ災いするかもしれない。
いくら美しい容姿とはいえ、素性も知れない少女をまともな人間が相手にするはずもないから、そうなると、その行く末は本当に家出娘か何かと変わらなくなる。
もっとも、旺真が彼女をまともに扱うか否かは旺真のみぞ知る話で、フルーレにとっては、旺真もそれ以外の人間もほぼ同じリスクなのに変わりはないはずだが——
——しかし彼女は、少し身を乗り出すと旺真の手を取った。
その挙動に旺真が驚いてフルーレを見ると、彼女は、少し涙目になりながら旺真を真摯に見つめていた。
「あの……旺真様……こんなこと頼むだなんて厚かましいにも程があると思いますが……どうか、わたくしを助けてはくれませんか……?」
「それはその……もちろん見捨てたりするつもりはないが……むしろ逆に、キミはオレを信用してくれるのか?」
「はい、もちろんです! わたくし、こう見えても人を見る目には自信があるんですよ!」
満面笑顔でそんなことを言ってくるものだから、旺真は少し照れる。
「オレは、キミが思っているほど善人じゃないんだが……」
「そんなことはありません。旺真様はとても善良で素敵な方です」
そんなことを言いながらフルーレが微笑んでくるものだから、旺真はその笑みに見とれてしまう。
それからフルーレは付け足すように言ってきた。
「それにもちろん、無償でとは申しません。帝位継承戦に決着が付いたら、それ相応のお礼をさせて頂くつもりです。旺真様に実感はないかもしれませんが、これでもわたくしは一国の姫ですから」
命を狙われいるとか魔界だとか、インパクトの強い話ばかりだったから旺真は失念していたが、もし本人の言う通りフルーレがお姫様だというのなら、これはこれでとんでもないことなのだろう。
地球に置き換えてみたら、ヨーロッパとかで王族をやっている人間と知り合ったようなものだし、オマケに誰もが振り返るほどの美少女だ。
普通、王侯貴族とはもちろんのこと、芸能人とだってお近づきになれるものではないし、さらにはそんな地位の人物を助けたとあっては、それ相応の見返りが期待できるのがお約束というものだろう。
旺真がそんな皮算用を思い浮かべていると、それを見透かしてかフルーレが畳みかけてくる。
「皇帝にならずとも、魔界に帰ればわたくし個人に多少なりとも私財がございます。おそらく、この国の貨幣価値に換算すれば、ざっと数百億円にはなるかと」
「す、すうひゃくおく……!?」
「はい。もしわたくしにご助力を頂けるのでしたら、そのすべてをお譲りしたって構いません」
「すうきゃくおくの……すべてを……?」
「ええ。わたくしにとって、私財なんて大した価値もないですから」
「……ま、まぢですか……?」
「もちろん、まぢです」
旺真の喉がごくりとなった。
数百億もの貯金があれば、当然、ブラック企業に勤める必要もなければそもそも働く必要がない。
図らずも、さきほど流れ星に願った『働かないで済む暮らし』は、すぐ目の前に転がり込んでいた——もっとも、旺真が祈ったのは流れ星ではなく異世界の姫君だったし、フルーレの言っていることが本当であれば、だが。
(でもまぁ……)
旺真をなんとか説得しようと、涙目になりながらも、稚拙な駆け引きを必死に持ちかけてくるフルーレを見ながら旺真は思う。
(こんな美少女に頼りにされるだけでも、ロマンだしな)
男子校に進学したことがすべての歯車を狂わせたのか、旺真の人生はその後もまったく女性に縁のない生活だった。
縁のない生活……というのはあまりに人任せだとは自分でも分かっている。とどのつまり、女性に気に入られる努力はおろか、知り合う努力すらしてこなかったのだから、これまでの人生でカノジョの一人もできなかったことは自分のせいだとも思っている。
そうしてシステム会社に就職してみれば男性ばかりで、同じ部署で数名いる女性陣は、すでに結婚しているパートの方々ばかりだ。
いや、改めて考えてみれば自分の上司は唯一の独身女性だが……仕事での関係性があまりに近かったため恋人対象とは見られなくなっていた。今や姉のような感覚だ。
そんな状況でも、心の片隅では「もしかしたら、可愛い女の子が空から降ってくるかもしれない」と夢想したものだった。
まさか本当に……オフィスビルを大破させるほどの勢いで空から降ってくるとは想像だにしなかったが。
そんなことを振り返り、旺真は思わず失笑してしまう。
その旺真の表情を見つめていたフルーレは、不安げに尋ねてきた。
「あの……旺真様……?」
「ああ、悪い悪い。自分の凡庸な人生で、まさかこんなことが起こるだなんてと思ったら笑えてきてな」
「確かに……魔族と知り合うだなんて数奇な人生だとは思いますが」
「そしてこれは、凡庸な人生を変えるチャンスなのかもしれない。だからもちろん、オレにできることなら協力は惜しまない」
「本当ですか!?」
「ああ……でもまぁ、オレにできることなんてたかがしれてるとは思うけど」
「そんなことはありません!」
フルーレは、さきほど以上に身を乗り出して旺真を見つめてくる。そのあまりに純真無垢な可愛らしさに、旺真はドキリとして少し身を引いた。
「旺真様がいなければ、わたくしは人間界で右も左も分かりませんし、それに旺真様が魔法を使えるようになれば、できることはよりいっそう増えますから!」
フルーレのその台詞に、旺真は目を丸くする。
「魔法を使えるようになれば……って、そんなことが可能なのか?」
フルーレはにっこり笑って、事もなげに答えてくる。
「ええ、人間界の皆さんも、魔力の供与さえ受ければ魔法を使えるんですよ」
「ま、まぢか……?」
旺真は、子供の頃に好きだったPRGを思い出す。
自分も魔法を使えるようになったらどれだけ楽しいだろう……と思いながらも、きっとそれは実現できないと知っていたあの頃の想い出が目の前に広がっていく。
そんな童心が蘇り、旺真の声は上擦った。
「そ、それって……指先から火の玉を出したり、どこでもテレポートできたりするってことか?」
「火の玉を出す程度は簡単です。テレポートもがんばれば習得できますよ」
「す……すげぇ……」
旺真が息を呑んでいると、フルーレが「ちなみに」と言葉を繋げる。
「今、旺真様とわたくしがお話しているのも、翻訳魔法の賜物ですから」
「そう言われてみれば……あまりに自然な日本語だったんで気づかなかったよ。地球の自動翻訳も形無しだな……」
テクノロジーの優劣としては、ひょっとすると人間界より魔界とやらのほうが上なのかもしれないと、旺真はそんなことを考えながらも話を続けた。
「それで、その魔力の供与ってのはどうすればいいんだ?」
旺真のその疑念に、フルーレはなぜか急に頬を赤らめて「えっと……あのその……」と口ごもる。
その反応に、旺真は眉を潜めながらもフルーレの返答を待った。
フルーレは、やがて覚悟を決めた感じに言ってくる。
「旺真様が魔法を使えるようになるためには、魔力を持つ相手から『魔力の火種』をもらう必要があります。つまり、わたくしから旺真様へ魔力の火種をお渡しするわけですが……」
「魔力の火種って何?」
「ごく少量の魔力のことですね。ほんのわずかな魔力さえ体に宿せば、あとは各人の自助努力で、その魔力を育てていき、魔法の威力を高めることが可能です」
「なるほど……つまりは修行ってわけだな。それで、その魔力の火種ってのはどうやって受け渡しするんだ?」
「えっと……その……」
フルーレは赤面しながら言った。
「……意図的に魔力を込めた体液を相手に送り込めば、受け渡しが可能です……」
「体液……? えーと……それって例えば……」
「はい……例えば……血液とか……唾液とか……」
「……!?」
フルーレが妙に恥ずかしがる理由を旺真は理解する。
旺真は医者でも看護士でもないから、フルーレから輸血を受けるなんてことは無理だろう。吸血鬼よろしくフルーレの血を経口摂取することは可能だろうが……
「キミの血を少しだけ飲むってのはどう?」
「あ、いえ……その方法では魔力は摂取できなくて。同質の体液が混じり合わないと、魔力の受け渡しができないんです。つまり血液の経口摂取では、魔力もろとも消化されてしまいます」
「あ、そう……」
となれば、手っ取り早い方法は唾液の摂取である。
平たくいえばキスだった。
それもディープのほうの。
旺真は、自分の頬が熱くなるのを感じながらも他の代替策を考えてみるが……あと考えられる体液としては……精液だろうか。さらに受け渡しは困難そうだった。
旺真は、動揺を押し殺しながら言った。
「その……オレは全然構わないんだが……」
「も、もちろん、わたくしも構いません……!」
フルーレは勢いよく立ち上がると拳を握って力説する。
「そもそもこれはわたくしがお願いしていることですし! こちらの世界に転移すると決めた日から、元より覚悟は決まっております!」
「いや……そんな覚悟を決めなくてはならないほどのことを強要するのは……気が引けるんだが……」
「あ、いえいえ! そういう意味ではなく……!」
フルーレは、慌てて両手をブンブン振った。
「その……何かと色々初体験なことばかりですので……そういう意味での覚悟なわけですから……だから旺真様のことが嫌だとかそういうことではなく……」
最後のほうの台詞やよく聞き取れなかったが、フルーレの頭頂部からは湯気が立ち上がっているかのようだったので、聞き返すのも野暮だということは旺真にも分かった。
「ならいいんだけど……」
よくよく考えてみれば、キスだなんて、旺真にとっても初体験のことだった——よくよく考えるまでもなく常日頃思い知ってはいたが。
だというのに、アイドルどころかハリウッド女優も顔負けなほどなブロンド美少女とそのような行為に至るだなんて、依然として実感がわかない。
旺真は、もじもじするフルーレを眺めつつ生唾を飲み込む。
(いやオレ……ほんと、この子にキスしていいのか……?)
ここ一ヵ月にも渡る激務の疲れと寝不足とが相まって、頭の働きが非常に鈍いのを自覚しながらも、旺真はふと思いついたことを聞いてみる。
「ところで……キミって歳いくつ?」
「え? あ、はい……今年で十七歳になります」
「十七って……日本で言えばまだ高校生じゃん……」
「ちなみに旺真様はおいくつですか?」
「オレは二五だけど……」
ということは、旺真から見ると八歳も年下になる。しかもまだ未成年だ。
「う、うーん……確か、合意の上なら逮捕されることはなかったと思うけど……モラル的にはアウトだよなぁ……」
旺真が頭を抱えていると、真っ赤なままのフルーレが旺真の手を取った。
「だ、大丈夫です旺真様! バレなければ問題ありません……!」
「いやあの……キミ、意外と大胆な性格だね……」
しかし女の子のほうがここまで積極的になってくれているというのに、さらに
しかも、見た目がズバ抜けて美しいというだけでも、拒む理由はまるでないのだ。
「そ、それじゃあ……その魔力供与というのはいつやる?」
「このあとすぐやりましょう……!」
「え? でも今のキミはマジックポイント的なのがゼロなんじゃないの?」
「いえ、翻訳魔法はまだ使えてますから完全にゼロというわけではありませんし、『魔力の火種』というのは魔力残量とはまた別モノなんです。ですので、仮に魔力残量ゼロだとしても供与は可能です」
「そ、そうか……」
旺真は、再び生唾を飲み込んでから言った。
「わ、分かった。じゃあこれからやるとして……ただ、ここだとちょっと人目に付くから……」
「そ、そうですね……お店は出ましょうか……」
そうして二人は、浮き足立ちながらもファーストフード店を後にするのだった。
(Kindle本に続く)
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