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第5話
実花の色仕掛け

 最近の実花にとって、週末は非常に重要な時間になっていた。

 今までは平日週末問わず仕事詰めで、納品が終わったらようやく休みを取り、しかしその休みはほとんど寝て過ごすだけ……という後悔しかない日々だった。

 しかし今は違う。

 今まで以上に仕事のスケジュール管理をきっちり行い、週末は必ず休みを取るようにして、旺真の修行に付き添っている。

 旺真の修行は毎日行われているから、その付き添いは週末でなくともいいのだが、実花にとって週末はことさら重要だった。

 何しろフルーレがいない確率が高いのだ。バイト先のカフェは週末がかき入れ時だから、そこに駆り出されていて。

 そんな鬼の居ぬ間にということで、実花は毎週末になると、いそいそと旺真の修行に付き添うのだった。

 午前中に河川敷へと出向くと、すでに旺真が修行を開始していたので、実花は小走りで、旺真がいるグラウンドへと近づいていく。

「今日も朝からお疲れさま」

 実花が片手を上げて挨拶すると、旺真も汗を拭きながら「おはようございます、おだ……実花」とぎこちなく言ってきた。まだ呼び捨てタメ口は慣れないらしい。

「もうランニングは終わったみたいね? ならいつものメニュー通り、次は柔軟体操?」

「ああ……そしたら今日もお願いしま……お願いするよ……」

 自主練は、基礎トレーニングと魔力増強訓練の反復が主なメニューだ。

 とくに旺真は、高校卒業以降は運動らしい運動をしてこなかったせいか、基礎体力が著しく低下しているという。

 さらには体の柔軟性も欠けていて、アストリッドが「あなた……石化魔法でも掛けられてるの?」とぼやくほどバッキバキだそうだ。

 体力作りはだいぶ進んできたとのことなので、あとは体の柔軟性を高めることが必須とのこと。

 万が一にでも魔族との戦闘になったなら、プロの格闘家顔負けなほどにしなやかな体が必要になるらしい。旺真が、今後どのような武器を扱うのかはまだ決まっていないが、どんな獲物を扱うにしろ体の柔軟性とそれに伴う可動域の拡大は必須とのことだった。

 そして柔軟体操は、二人一組でやったほうが効率的だ。適度に押したり引っ張ったりするサポーターがいるだけで効率がぐっと上がる。

 というわけで旺真が長座前屈の姿勢になって、その背中に実花が手を添える。

 もう何度も同じ事をやっているのだが、手を添えるだけで実花の動悸はどうしても早まってしまう。

 だから否が応でも、少し前にアストリッドが言っていたことを思い出すのだった。

 

* * *

 

 その日、六畳一間の自室では、実花は会社でやりきれなかった残業をするため机に向かい、その後ろではアストリッドが洗濯物を畳んでいた。

 最近は、アストリッドがもっぱらお母さんのような存在になりつつあるなと実花は密かに思っていて、家事全般をやってくれるのは大変ありがたいのだが、その反面、母親のように小言を口にするようになって困ってもいた。

 今日も今日とて、アストリッドの小言が後ろから聞こえてくる。

「修行に参加して、そろそろ1ヶ月になるというのに、あなた、呼び捨て以外になんの進展もないの?」

「う、うるさいな……こういうのは焦らずじっくり進めるのが肝心なのよ」

「焦らずじっくりって……今まで旺真と一緒に働いていたのでしょう? 数年間も」

「ぐ……し、仕事とプライベートは分けてたのよ……!」

「だとしても、今はその仕事関係はなくなったのだし、これまで培った親密度をテコにしてさっさと口説きなさいよ」

「だから、こういうのは時間とかタイミングとかそういうのが諸々大切なの!」

「はぁ……面識はもう十分あるというのに、しかも今は毎日会えない状況になったのに焦らないなんて……凄まじいまでに鋼の意志ね」

「もぅ! 今ちょっと忙しいんだから、嫌み言うなら後にしてよッ」

 実花が振り向いて頬を膨らませるが、しかしアストリッドは白々しく肩をすくめるだけだった。

「まったく。フルーレなんて、修行中、自分の胸を旺真の背中に押しつけたりしているというのに」

「……は?」

 アストリッドの不穏な台詞に、実花は目を丸くする。

「え……? あの子が胸を……? そ、そんな大嘘、に受けるわけないでしょ……」

「嘘じゃないわよ。あとで本人に聞いてみればいいわ。柔軟体操のとき、旺真の背中を押すのにかこつけて胸を思いっきり押しつけてたから」

「………………」

 アストリッドの説明に、実花が絶句する。

 二の句が継げない実花に追い打ちを掛けるように、アストリッドが言ってきた。

「胸やら何やらは、あなたのほうが断然大きいんだから、その無駄な脂肪を少しは使いなさいよ」

「無駄な脂肪とか!? あと何やらってのもナニ!?」

 確かにフルーレはスレンダーな体つきだ。にもかかわらず胸の膨らみは平均以上にあるものだから、実花は密かに羨ましく思っていた。

 それでも胸のサイズは実花の方が大きいのだが、その代わり実花は、気を抜くとすぐに太ってしまうから、日々の食事には非常に気を使っている。

 洗濯物を畳み終えたアストリッドが、話はこれでおしまいと言わんばかりに立ち上がる。

「とにかく。その体は武器になるのだから今のうちに使いなさいって話よ」

「今のうちに!?」

「持てる武器をすべて駆使しないと、あっという間にかっさらわれるわよ。若い子に」

「ぐっ……!?」

「じゃ、そういうことだから」

 そうしてアストリッドは、言いたいことだけいって、サッサと部屋を後にした。

 

* * *

 

 アストリッドの小言──もとい忠告を思い出していると、前屈をしている旺真が言ってきた。

「ぐ……もうちょっとで……胸と太ももがつく……! 実花、遠慮無く押してくれ……!」

「だ、大丈夫……?」

 ストレッチの大原則は、サポーターが力を掛けすぎないことだが、そこは魔力供与を受けた旺真である。どんなにきついトレーニングでも体が壊れることはないらしい。

 実花もその話は聞いていたので、躊躇ためらいながらも体重を徐々に乗せていった。

「どう? 痛くない?」

「もうちょっと……体重乗せても……いいくらいです……!」

「とは言っても……」

 旺真を押しているのはあくまでも両手のひらなので、そこにこれ以上体重を掛けては、背中も痛いのではないかと実花は思う。

(何か適当なクッションでもあれば……)

 そんなことを考えていたら、またぞろアストリッドの「その無駄な脂肪を──」という台詞を思い出して、実花の鼓動はさらに早まる。

(や、やる……!? やっちゃう!?)

 サポートに熱中しているふりをして、実花は、上体を旺真の背中にぐぐっと近づける。

 旺真は、筋肉のきしみに堪えているようだし、実花の胸を密着させても気づかないかもしれないが……

 そもそも、男性の体に触れることなんて、実花にとっては久しぶりのことなのだ。というより高校は女子校だったから、共学だった中学の体育以来かもしれない。

 大学は共学で、理系だったから男性比率がいきなりあがったが、草食理系男子が女子の体に触れてくることなんて、飲み会ですらなかった。

 社会に出てからもそうで、さらに会社内ではトントン拍子に出世してしまい、今や実花は、男性陣からは畏れの対象になっている節がある。

 つまるところ、こうして旺真の背中を押しているだけでも、実花にとっては、風呂で長湯をしているかのように体中が火照ってしまう行為なのだ。

 だから、もう数ミリで胸の先がくっつく距離で実花は開き直った。

(そんな大胆な事ができるなら独身やってないわよ!)

 そして旺真に話しかける。

「旺真……そしたらわたしが、背中に座っちゃう……?」

「いいですねそれ! お願いします!」

 胸より尻のほうがまだマシだと実花は思って、旺真の背中に座って、徐々に体重を乗せていく。

(で……でも……これはこれで変な気分……)

 冷静になって考えてみれば、好きな男の背中に尻を乗せているのだ。見方によっては妙なプレイをしていると見えなくもない。

 そんなわけで実花が全身をますます火照らせていると、実花の椅子代わりになっている旺真から歓声があがった。

「やった……! くっついた……!!」

 文字通りに旺真は実花の尻に敷かれ、さらにそれを喜ぶという構図ができあがる。

 それがまさに、自分と旺真の関係性を象徴しているかのように思えて、実花は複雑な笑顔を浮かべたのだった。

to be continued ──

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