なお屋

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第1話
アストリッドお母さんといっしょ♪

「……なさい……起きなさい実花……実花!」

 ベッドの中で心地よくまどろんでいたら、急に声を掛けられて、さらには部屋がいきなり明るくなるものだから、実花はうっすらと目を開く。

 どうやらカーテンを開けられたようで、室内は目もくらむほど明るい。

 次第に目が慣れてくると、アストリッドが立っていた。そして呆れた様子で言ってくる。

「あなた、まだ寝ていたの? ドアベルを鳴らしても反応なかったから、てっきり出掛けたのかと思って入ってくれば」

「なによぅ……勝手に入ってこないでよぅ……」

 毎日掃除をしてもらっているので、アストリッドには合鍵を渡してある。だから留守だと思って入ってきたのだろう。

 意中の男性が隣に住んでいるというのに、合鍵を渡す相手が未だ同性のみという事実に、実花はあえて見て見ぬ振りをしていたが。

 そんなことを思いながらも再びまどろみの中に戻ろうとする実花に、アストリッドが言い募る。

「ほら、さっさと起きなさい。もう昼なのよ?」

「うう……昨日も残業だったんだから……もうちょっと寝かせてよ……」

「規則正しい生活をしないと、いくら魔力供与したからって体調の保証はないのよ?」

「うう……なんだよぅ……あんたはわたしの母ちゃんか……」

「なぜわたしがあなたの母親なの! 掃除の邪魔だから起きなさい」

 まさに母親みたいなことを言いながら、アストリッドが掛け布団を剥ぎ取ってしまう。

 日差しはあるとはいえ、まだ二月の真っ只中で暖房も入れていなければ、どうしたって寒さで目が覚めてしまう。実花は身震いを一つすると、恨みがましくアストリッドを見ながら起き上がる。

「うう……アストリッドのいぢわる。休日くらい好きにさせてよ……」

「あなたが寝ていたいというのなら別に構わないけれど。フルーレは朝から旺真に付きっきりだけれどね」

「……!?」

 アストリッドのその一言で、実花の頭が一気に覚醒する。

「え……? 旺真の体調はもうほとんどよくなったんでしょ? ならなんで……」

「それは自分の目で確かめてきたら? 眠いなら寝ててもいいけれど」

「そんなこと聞かされたら目が覚めるわよ……!」

 実花は勢いよく立ち上がると、そのまま部屋を出ようとする。

 そんな実花をアストリッドが制止した。

「ちょっとあなた、そのままの姿で旺真の部屋に行くつもり?」

 玄関扉のノブに手を掛けたところでそう言われ、実花は自分の姿を見た。

 今の自分は、パジャマに素足のままだ。おそらく、癖の強い髪の毛はボサボサだし、何よりもメイクもしていないすっぴんである。

 旺真と同じアパートに引っ越してきて、部屋は狭くて古くなったものの、アストリッドが家事全般をやってくれるようになり、慣れればなかなか快適だった。

 だが唯一の不便を上げるとするならば、旺真との距離が近くなりすぎたということだろうか。

 ちょっと近所のコンビニに行くのにも、旺真とすれ違う可能性があるから、間違っても、パジャマにコートを羽織った姿で、いわんやすっぴんなんかで出歩くわけにはいかないのだ。

「い、急いで支度するわ……!」

 そうして実花は、アストリッドのいる居間と台所をガラス戸で仕切ると、パジャマと下着を脱いで、急いでシャワーを浴び始める。この部屋には脱衣所がないので台所で脱ぐしかなかった。

 真冬にシャワーだけというのは寒いのだが、風呂を沸かしている暇もない。いったい隣で、フルーレと旺真が何をしているのか気が気でなかった。

 風呂場の鏡で、寝ぼけ眼が抜けたことをチェックしてからシャワーを止める。

 お湯が滴る体のまま風呂場のドアを開けると、その横に置いてあるカゴには着替えとバスタオルがない。

 慌ててシャワーを浴び始めたので用意するのを忘れていた。

「アストリッド〜、ねぇちょっと、アストリッド〜」

 掃除機をかけ始めていたアストリッドに声を掛けると、「何よ?」と言いながらガラス戸を開ける。

 実花は、ドアから顔だけを出して言った。

「ごめん、バスタオルと着替えを取って?」

「はぁ……あなたはほんと、世話の焼ける……」

 ため息をついてから、アストリッドは居間に戻ると、押し入れを開ける音が聞こえた。

 間もなくして、アストリッドがバスタオルと下着を持ってくる。

「ほら」

「さんきゅ」

「服は自分で選んでちょうだい」

 風呂場の洗い場で体を拭いて下着を身につけると、実花は居間に戻る。

 すでに掃除機をかけ終わったアストリッドは、実花とは入れ違いに台所の掃除に取りかかった。

 アストリッドが暖房を入れてくれていたので、実花は下着姿のまま髪を乾かし、ドレッサーに向かって化粧をしてから、衣服の選択に取りかかる。

「ねぇアストリッド。これなんてどうかな?」

 選んだ服を体に当てて、台所で料理を始めていたアストリッドに聞いた。

「いつも思うのだけれど、あなたの服の趣味って、ちょっとボーイッシュすぎない?」

「え……そ、そうかな?」

「たぶん、旺真はもっと少女趣味よ?」

「そうなの!?」

「そうなのよ。だからフルーレに勝つためには、フリルのワンピースとは言わないけれど、もうちょっと若作りしないと」

「若作りって!? わたしまだ二〇代だけど!?」

「何を言っているの。旺真から見たって年上だし、フルーレと比較したら歳がいってるでしょう」

「歳がいっている!」

「だから無理のない程度に可愛く見せないと。おばさんなりに」

「おばさんなりに!!」

 立て続けに言葉の刃で切りつけられて、実花は二、三歩後ずさる。

「うう……ならどうすればいいのよ……」

「そうね──」

 うなだれる実花には目もくれず、アストリッドはワードローブの中を眺めてから言った。

「──ろくな洋服がないわね」

アパートここには普段着しか持ってきてないの! あとは近所のトランクルームに入れてるのよ!」

「ファッションセンスは、普段着にこそ現れるのだけれど?」

「うぐぐ……」

 呻きながらも反論の余地がない実花は、涙目になってアストリッドを睨む。

「休日の真っ昼間から、なんだってこんなに非難されなくちゃならないの……!?」

「別に非難はしていないわよ。呆れているだけで」

「ぼーりょく! アストリッドの発言は、常に言葉のぼーりょくなのよ!」

「悔しいなら言い返せばいいじゃない」

「ぐぬぬぬぬ……!」

 仕事なら、アストリッドにも反論させない自信がある実花なのだが、そんな自分でも自覚があるほどに、私事となると実花は無頓着だ。

 だからアストリッドにはまったく敵わない昨今である。

 実花がぐうの音も出せずにいると、アストリッドはワードローブから服を取り出した。

「仕方がないから、これを着て行きなさい」

 それは、最近買った服だった。膝丈のフレアスカートはベージュ色で、それに白いブラウスを合わせている。

 アストリッドの選択に、実花は「う〜ん……」と唸った。

「それ、最近買ったヤツで確かによそ行きだけど、着てみたら似合わなかったからお蔵入りにしようと思ってたんだけど……」

「あなたの好みと旺真の好みは違うでしょ。そんなんだからあなたはモテないのよ」

「いい加減泣くよ!?」

 休日に叩き起こされてみれば、さらに鞭打ってくるアストリッドに実花は悲鳴を上げる。

 このまま部屋にいては、さらなる嫌みと文句の雨あられだと悟り、実花は仕方なくその服に袖を通すと、足早に退散しようとするが、またもアストリッドに止められる。

「ああ、ちょっと待ちなさい」

「な、何よ……?」

「いい機会だから、ちょっとメイクも直してあげるわ」

「直してあげるって……どこか変でしょうか……?」

 反撃が怖くておずおずと聞き返す実花に、アストリッドが言ってくる。

「あなたはいつもナチュラル過ぎるのよ。鈍い旺真なんて、化粧しているとは気づいてないんじゃない?」

「ま、まさか……」

「そういう男よ、あれは。だからせめて、目元や口元をもうちょっとクッキリしなくちゃ──」

 実花は、半ば強制的にドレッサーの椅子に座らされて、アストリッドが手早く化粧をし始める。

 他人に化粧をしてもらうなんていつ以来だろう……と思いながら、実花は唯々諾々いいだくだくと従った。

「ほら、できたわよ。普段からこのくらいにして、少しは色気を出しなさい」

 そう言われて鏡を見てみれば、そこには、結婚式用とまではいかないまでも、普段よりも、目元口元にメリハリがある仕上がりとなっていた。

「……ちょっと派手じゃない?」

「そんなことないわよ。普段のあなたが地味すぎるだけだから」

「はいはい……じゃあこれで行ってきますよ……」

 私事に関しては言葉で勝てないと悟った実花は、ため息をついてから立ち上がる。

 そこに、まるで追い打ちをかけるかのように、でも優しい口調でアストリッドが言ってきた。

「普段からもっと見た目に気を張りなさいよ。あなた、素地はいいのだから」

「……もぅ……分かったわよ」

 口うるさくて嫌みなお局みたいなのに、だからといって、相手が憎くていってくるわけでもない。それがアストリッドという女性なんだよな、と実花はつくづく思う。

「アストリッドって……ほんと、お母さんみたいよね」

「実花みたいなズボラな子供なんて、御免被るわ」

「はいはい、じゃ、いってきまーす」

 

 そんな感じでおめかしをしたというのに──

 ──旺真の部屋を訪ねてみれば、まさか子守をさせられることになるとは、この時点では夢にも思わない実花なのだった。

to be continued──

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