Extra Edition
ヒモ活 第3巻 番外編
「ううう……なんでコイツに勝てないのですか!」
画面に向かって怒号を放つルペルに、実花は苦笑していた。
今、実花たちは旺真の部屋にいて、旺真とフルーレは魔法の勉強をしている。そして実花とルペルは、その部屋の隅っこで、スマホのソーシャルゲームに興じていた。
なんでもルペルが勉強の邪魔ばかりしてくるそうで、アストリッドに自室を追い出されて遊びに来た実花に、ルペルのお守りを押しつけられた格好になった。
せっかくオシャレしてきたというのに子供のお守りでは浮かばれない……と内心で思うも、しかし魔族式ダイエットの誘惑には勝てなかったのだ。
そんな実花の内心は露知らず、ルペルはスマホを投げ出さんばかりの勢いでさらに憤っている。
「コイツ、絶対にズルしているですよ! そもそもなんでこんな強いキャラばっか揃えられているのですか!」
怒るルペルに、実花がやんわりと訂正する。
「ズルはしていないと思うけど、このプレイヤー、たぶん重課金勢だろうからね。だから勝てないと思うよ?」
ちなみにルペルがあまりに熱中しているものだから、さきほどアストリッドに遮音魔法を掛けてもらったので、勉強の邪魔にはならないはずだ。
そのルペルが質問してきた。
「重課金勢とはなんですか」
「たくさんお金を払ってゲームをやっているプレイヤーのことよ。それでたくさんガチャを回しているから強いキャラをたくさん持っているってわけ」
「ならばルペルもお金を払うですよ!」
「でも、ルペルはお金もってないでしょう?」
「う……」
実花が聞いた話では、ルペルは、人間界で換金できそうなものは何も持ってきていないそうだ。特化催眠によって、人間の心を自由に操れるわけだから、お金など必要ないと思っていたのだろう。
しかしそんな違法行為はフルーレに止められてしまい、ルペルは律儀にそれを守っているので、今は無一文のはずだ。
しかしルペルは、自分のポケットからがま口財布を取り出した。
「お金ならあるですよ……!」
「どうしたのそれ?」
「お姉様からお小遣いをもらっていますからね!」
ルペルはがま口財布を開いて逆さにすると、畳の上に自身のお金をぶちまける。
そこに転がったのは、五百円玉と、あとは小銭が数枚だった。
「実花! これでどのくらいのガチャを回せますか!?」
「う、う〜ん……これだと、初心者パック一回かな?」
「一回!? お姉様にもらったお金なのに、たった一回なのですか!?」
「誰にもらったかは関係ないから」
「魔界では、皇族から下賜された物品にはプレミアムが付くのですよ!?」
「とはいっても、ここは日本だからねぇ……」
そもそもルペルはクレジットカードを持っていないから、今すぐには課金できない。実花が立て替えてもいいのだが、なけなしの小遣いだというのに、こういう使い方をさせるのもどうなのかなと思った。
「せっかくのお小遣いなんだし、もっと有意義に使ったら?」
「有意義とはどんな使い方ですか」
「そうねぇ……」
実花はいっとき考えてから、ルペルにそっと耳打ちをした。
「例えば、フルーレに何かプレゼントをあげるとか。ちょっとしたスイーツとかでも喜ぶと思うよ?」
「なるほど……確かにそれはいい考えです……」
フルーレの名前を出せば、ルペルは大抵のことは納得するので、まだガチャに未練が残っているような顔つきではあるが、ソシャゲの課金は諦めた。
「でも腹立たしいですね……画面越しでは、特化催眠も使えませんし……」
ルペルは恨めしそうに画面を見つめていたが、不意に顔を上げると実花を見た。
「このゲームを作った連中の所在地は分かるのですか?」
その質問の意味が分からず、実花は曖昧に答える。
「え? 開発会社のサイトを見れば書いてあると思うけど……」
「ならば所在地を教えるですよ!」
「な、なんで?」
「制作者に、ルペルのステイタスをあげてもらうのです! 特化催眠で!」
「や、やめなさい! むやみに特化催眠を使わないって約束したんでしょ、フルーレと」
「む、むぅ……それはそうですが……」
再びフルーレの名前を出されて、ルペルは閉口する。しかしその顔つきは、どうにも納得していないようだった。
だから実花が窘める。
「それに、そんなズルをしたらゲームは面白くないわよ?」
「だって、コイツはズルしてるじゃないですか!」
「い、いや……いちおうゲームのルールには則っているわけで……」
「じゃあこのゲームで一番強いのは、一番の金持ちってことになるですよ! ゲームのプレイとはなんにも関係ないのに!」
「う……そ、それはそうなんだけど……」
子供だと思って油断していたが、痛いところを突かれて実花は口ごもる。
今ルペルが言ったことは、ゲームのルールより上位のビジネスのルールと言ったところだろうか。
どんなゲームにも開発費は掛かるわけで、最初は無料でプレイさせていても、どこかで課金しなければ立ちゆかなくなる。
しかしその課金方法を間違えれば、ルペルが言ったようにゲームとは関係ない指標によってゲームの成果が変わってしまうわけだ。
もちろんそうならないように、メーカー各社ともにゲームバランスを気をつけているのだろうが、それであっても限界はあるだろう。
「ルペルの言うことはもっともだけどね……でも、そうなりすぎたら、ゲームがつまらなくなって、多くのプレイヤーがゲームをやめちゃうのよ?」
「じゃあなんでこのゲームは人気なのですか」
「たぶん、無課金でもそれなりに戦える仕組みがあるはずなのよ。ちょっと待っててね?」
実花は、自室からノートPCを持ってくると、攻略サイトを調べてみる。
どうやら、今ルペルがやっているソシャゲは戦略性の高いゲームのようで、キャラの相性や編隊によっては、無課金でもけっこう戦えるようだった。
実花は、その攻略サイトを見ながらキャラの編隊をざっと考える。
「今のルペルの手持ちのキャラなら、この子とこの子の組み合わせなら、必殺技がすぐ発動するみたいね。この編隊で戦ってみてよ」
「編隊がそんなに重要なのですかね……?」
ルペルは訝しがりながらも、実花の言った通りに編隊を組んで、再びゲームに挑戦する。
「おっ……? 本当にすぐ必殺技を出しましたよ? おおっ……敵の攻撃にも耐えているですよ!?」
そうして最後には「行けー! そこだー!!」などとルペルは言いながら拳を振り始めた。
その雄叫びのほとんどは魔法により遮音されているはずだが、いったい何事かと旺真とフルーレがぽかんとルペルを見ていた。ルペルの激しい動きが目端に映ったようだ。
そんな二人にはお構いなしに、ルペルがガッツポーズをして立ち上がる。
「や、やった! 勝ったです! 勝ったですよ実花!!」
「うん、おめでとうルペル。でもちょっと静かにね……?」
興奮さめやらぬルペルを座らせてから実花が説明した。
「こんな感じで、知恵を絞ることでこのゲームは重課金勢にも勝てるわけよ」
実花の見立てでは、今の重課金勢は、レア度とレベルは高かったが、相性や編隊をまったく考慮していなかったようなので、むしろラクに勝てる相手だった。
キャラの強さに物言わせて、戦略をあまり考えていなかったのだろう。
しかしそういうことをまだ知らないルペルは、目を輝かせて実花を見た。
「な、なるほど……これはすごいです……! 実花、あんたもしかして天才なのですか……!?」
「いやいや……天才だなんて……そんな大袈裟な……」
とはいえ実花は、システム開発会社でSEをやっているから、ゲームの意図みたいなものは透けて見えてしまう。
基幹システムとゲームの開発ではジャンルはまったく違うものの、キャラのパラメータを見ていれば、何を意図しているのかがなんとなく分かってくるのだ。
だから実花はルペルに言った。
「そうしたら、パラメータの見方なんかは教えてあげるから、一緒に最適な編隊を考えてみましょうか」
「ルペルにできるのですか?」
「もちろんよ。まぁコツコツとしたレベル上げも必要だけど、最適な編隊を都度都度作っていけば、けっこうな順位までは上げられるんじゃないかな」
「わ、分かったです! やってみるですよ!」
そうして実花とルペルは、クッションにもたれて、畳の上に脚を投げ出しながら、攻略サイトを参照しつつもゲームを進めていく。
何事も、特化催眠に頼りがちなルペルだったので、こういうゲームはむしろルペルの為になるかもなと思った。
(一定の制限がある中で、どうにかして勝ち進んでいくなんて体験はなかなかしていないでしょうしね)
ルペルと実花はあれやこれやと相談を重ねていく。
そうしてルペルが考案した編隊が、格上のプレイヤーを打ち負かした。
「や、やった! やったですよ実花! ルペルが考えたこの編隊が勝ったですよ……!」
目をキラキラと輝かせてそう言ってくるルペルは、まるっきり普通の子供そのものだった。
「やったねルペル。その調子で、どんどん勝ち進んでいこうか!」
そんなルペルを見て、実花も自然と笑顔になるのだった。
to be continued ──
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