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Extra Edition

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だけど美 第1巻 番外編

第3話 名言は染み入りますね……

 アオイさんの猛特訓の名を借りたいぢめを受けた後。

 わたしは引きこもりになりました。

(おいユーリ! いい加減出てこいよ! 魔力だってもう完全回復してるだろ?)

 アオイさんが、部屋の外からそんなことを言ってきます。

 あのヤロウさんは、いったいどのツラさげてそんなことをいってくるのでしょう?

 だからわたしはいってやりました。

「ぜっっったいイヤ! 部屋に入ってきたら冥界に帰ってやるんだから!!」

 わたしはほんのちょっと、申請フォームをミスっただけなのに。

 異世界行きの説明に、ほんのわずかに齟齬があってちょっぴり誤解が生まれただけなのに。

 たったそれだけなのに、ですよ。

 巨大怪鳥に食われるわ!

 お構いなしに電撃食らわせるわ!!

 さらには巨大Gの群れに放り込むわ!!!

 オマケに湖での特訓なんて、もは単なるイビリですよね!?

 重石付けて湖に沈めるって、アオイさんは元SEじゃなくて元ヤ○ザだったんでしょう!?

 もはや発想が構成員そのまんまですよ!!

(冥界に帰るって、おまえ、帰ったら公務員クビになるんじゃないのか?)

 扉の向こうからアオイさんがそんなことをいってきます。

「いいもん! こんなブラック職場なら公務員なんて辞めてやるぅ!」

 奇跡的に受かった冥界公務員の試験ですが、こんなブラックな職場だとは思いもしませんでしたよ!

 来る日も来る日もわがままな死民の相手に、膨大な書類の処理にと奔走する日々。

 挙げ句の果てに、戦地へ送り込まれるとか聞いてないですから!

(ローンの支払いとかどうすんだよ?)

「うっ……!」

 さ……さすがアオイさん……意地の悪いことをいわせたら天下一品です。

 ああ……あのネックレスとイヤリングとペンダントと、さらにはスマホを最新機種にして容量も増やしちゃって、あとあと、どーしてもあのワンピは欲しかったし店員さんも「すごくお似合いですよ!」といってくれたし、そうしたら絶対ブーツとか合わせないとダメじゃないですか!?

 それもこれも、安定した公務員になれたから大盤振る舞いをしていたというのに!

 ほんのわずかなミスを咎められてクビになりそうだなんて!

 公務員のどこが安定してるっていうんですか!?

 もうこんな不安定でブラックな仕事なんて……

「べ、別にいいもん! 自己破産でもなんでもしてやるから!」

(まだ若い身空で自己破産なんてしたら後々大変だろう?)

「アオイさんのお世話よりマシですよ!」

 そう、いくら見た目だけ可愛くたって、内面は鬼でしかも男じゃないですか!

 たまにうっかり見た目に騙されそうになりますけど、もう絶対に騙されたりしないんですからね!?

 その後もアオイさんは、のらりくらりとわたしを説得しにかかりますが、わたしは絶対に折れませんよ!

(今後は魔法でなんとかしようと思う)

 ですがアオイさんは、いきなりそんなことを言ってきました。「そんなことできるわけない」というわたしの言葉にアオイさんが答えます。

(だってここは、ファンタジー感溢れる異世界だろ? スポ根でなんとかするより、魔法理論でスマートに、そして一気にレベルアップするほうがいいって気づいたんだよ)

 何を今さら、そんな都合のいい話。

 そんなことが簡単にできるのなら、今までのわたしの苦労はなんだったというのですか。

 湖に沈められたり、Gにたかられたり、バケモノに突かれたり、まったく意味なかったじゃないですか……!

(本当だって。そうしたらお前だって、この世界で大活躍できて、みんなにチヤホヤされて、富も名声も思うがままだぞ? だけどな……)

 ………………。

(あきらめたらそこで自己破産だよ……?)

 ………………!!

 わたしは。

 その心に染み入る言葉を、心の中でしばし反芻し。

 その場にガックリとひざを突きました。

 先生……!! 完済がしたいです……

 こうしてわたしは観念して、部屋の扉を開いたのでした……

(つづくといいな)

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