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Extra Edition

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だけど美 第1巻 番外編

第10話 わたしの特技は逃げ足です!

「そこな! そこなお二人ちょっと待って!」

「うおっ!? なんだいきなり!」

 わたしは冥界から下界に戻ってくると、セドリックの屋敷前の茂みに身を潜めていました。

 そうして、肩をすぼめて屋敷に帰ろうとしていた黒づくめさんの二人組を呼び止めます。

「あなた方は、わたしを攫った人ですよね!?」

「な……お、お前!? どうしてここに!!」

 逃げたはずのわたしが屋敷の前で待ち構えていたわけですから、そりゃ驚くでしょう。でもわたしには、この二人に構っている時間はありません!

「お願いです! わたしをココで養ってください!」

「何をいってるんだお前は!?」

 顔までスッポリ黒づくめなのでよく分かりませんが、おそらく目を白黒させているであろうその一人に、わたしは泣きマn──もといガチ泣きしながらすがりつきました。

「だってだって! わたしもう仕事クビなるし! アオイさんには奴隷のように扱き使われるし! オマケにアウローラちゃんは玉の輿なのに面倒見てくれないし!! 毎日毎晩、枯れるまで生気を吸われ続ける日々なんですョ!? だったらもういっそ、お金持ちな領主様の妾……はイヤなので養子になって、末永く養って頂こうと──」

「ナニを分けの分からんことを言っている!?」

「おい、いいから早く捕らえろ!」

 わたしの真摯な訴えにもかかわらず黒づくめの二人は、他の衛兵まで呼び出してわたしに剣先を向けてきます。

「ひ〜〜〜! て、抵抗なんてしませんョ!? だからその剣はしまってください!」

「一度逃亡を謀った身で何をいうか! だが大人しくしていれば危害は加えん」

「わ、分かりました! 分かりましたから〜〜〜!」

 わたしは唯々諾々に両手を挙げて見せます。すると衛兵達がじりじり詰め寄ってきて、やがてわたしの両手に縄を巻き始めました。

「こ、拘束プレイですか!?」

「人聞きの悪いことをいうな!?」

「危害は加えないっていったじゃないですか!?」

「逃げられないようにしているだけだ! 我慢しろ!」

「こんな、両手を縛られた状態で何をいわれても信用できません!」

 そうしてわたしは、冥界帰還の宣誓文を唱えました!

 衛兵達が驚愕の声を上げます。

「うわっ! こいつまた光ってる!」

「逃げる気か!? おい、逃がすな!」

 衛兵達がわたしを羽交い締めにするまえに、わたしは転送を果たします。

 そうして再び、見慣れた巨大ホールに戻ってきたのでした。

 界港の転送係さんが、ログが映されているであろうディスプレイを見ながら首をかしげました。

「あれ? キミさっき下界に飛び立ったばかりだよね?」

「いやあの、いろいろ事情がありましてね」

「何かのトラブル?」

「まぁ……そんなところです」

 ちなみに冥界に戻ってきたわたしの手首には、もう手錠はかかっていません。原則、下界の品々を冥界に持ってくることはできない決まりなのです。ただし衣服だけは例外で、もし下界の衣服に着替えていてそのまま転送したらすっぽんぽんになってしまいますから、衣服は一緒に転送されて、あとで返却処理をします。

 手錠はどう考えても衣服ではありませんから、下界に置いていかれたのでしょう。必然的に手錠が外れるわけです。

 ふむ、いま気づいたわけですがこの仕組みは便利ですね。

「あの、転送係さん。これから下界と冥界を何度か行き来するかもしれませんが、気にしないでくださいね?」

「ええ、まぁいいですけど……」

 そうしてわたしは、界港の到着ロビーから出発ロビーに移動して出発手続きを進めます。手続きといっても、もとより下界に出向扱いになっているわたしは、係員に行き先を告げて、そこが公序良俗に反していない限りはどこへでも転送可能なのです。

 例えば、スケベな男性閻魔係が、下界の女風呂への転送手続きなんてしても、よほどの理由がない限り認められないわけです。

 ということでわたしは、さっきまでいた屋敷の正門前に転送申請をして、あっさり受理されます。

 東京ドームほどに広い転送ドームに、数千人もの冥界人が着席します。行き先の下界はみんなバラバラですが、1つのドームで数千箇所の転送先を同時発動できるスグレモノなのです。

『ポーン……皆さま、間もなく転送致します。シートベルトをもう一度お確かめください……』

 おなじみのアナウンスが流れます。毎回思うのですが、とくに飛び立つわけでもない転送ドームに、なんでシートベルトが必要なんですかね?

 そんな些細な疑問を抱いていると転送時間になって、ドーム内全体が目映い光に包まれて──

 ──その光が消えると、わたしは真っ暗闇に包まれたセドリックさんの屋敷前に再び姿を現しました。

 目が慣れるまでしばし茂みに身を潜めます。正門前の衛兵達はわたしを必死に探しているようでした。

 そして目も慣れたところで、わたしは再び茂みから飛び出しました。

「ねぇ! お願いです!」

「うおっ!? お、お前! さっきソコは探したはずなのにいったい……」

「そんなことはどうでもいいんです! お願いですからわたしを養ってください!」

「………………」

 黒づくめさんと衛兵達は顔を見合わせ、そうして聞いてきました。

「お前、まさかテレポート魔法が使えるのか?」

「ええまぁ。そんなところです」

「…………!!」

 わたしが答えると、その場の空気が一気に張り詰めます。

 ……はて? なんでですかね?

 黒づくめさんはいいました。

「わ、分かった……とりあえず、養子とやらの話を聞こうじゃないか。セドリック様に会わせてやるから付いてこい」

「やたーーー!」

 わたしは喜び勇んで、黒づくめさんの後に続いて屋敷の中に入ります。

 そうして案内されたのは、屋敷からはだいぶ距離のある建物で、さらにその建物の地下でした。

「……あのぅ……セドリックさんに会わせてくれるんじゃ……」

「もちろん会わせてやる。だが、高位の魔道士とあっては謁見の場所が限定される……ここだ」

 そういって黒づくめさんが開いた扉は、どう見ても鉄格子でした。

「……あのぅ……どう見ても牢屋なんですが……」

「いいから入れ!」

 わたしは不意に背中を押されて、鉄格子の向こうに押しやられます。そうして、ガッチャン!という重い音と共に施錠されてしまいます。

「ははは! 高位魔道士の癖に、頭は回らないようだな!」

「なんなんですかいったい!」

「この牢屋には、魔法阻害結界が張り巡らされている。これでもう逃げられ──」

 黒づくめさんの台詞を遮って、わたしは冥界帰還の宣言文を唱えます。

「なぁ!? ば、バカな!? ここには最上位の阻害結界が──」

 そんな驚愕を尻目に、わたしは冥界に帰還して、そうしてまたセドリックさんの屋敷に戻ります。

 もう面倒なんで、セドリックさん本人がいるところを指定しました。

「あのぅ……お休みのところ申し訳ないのですが……」

「……う、うーん……な、なんだこんな時間に……ってかお前誰だ!?」

 寝室で寝ていたセドリックさんを起こすと、彼は驚きのあまりベッドから転げおちました。

 わたしが男性でセドリックさんが女性だったら、まず通らない転送申請ですねコレ。

「セドリックさん、お願いです! わたしを養ってください!」

「……は!?」

「つまりですね!? わたしを養子にしてください!」

「な、な、なんなんだ貴様は!? オイ! 誰か! 誰かいないのか! 侵入者だ、侵入者だぞぉ!」

 ああもぅ!

 どうして話が進まないの!?

 セドリックさんが大声をあげるものだから、またぞろ衛兵たちがワラワラ現れて、わたしは冥界帰還を余儀なくされるのでした……とほほ……

(いきなり枕元に現れて養えとかほんと怖いけどつづく)

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