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Extra Edition

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だけど美 第1巻 番外編

第13話 あの手この手でハメられました!?

 セドリックさんちでの1週間、わたしは、メイドさん達にかしずかれながら幸福の絶頂ともいえるひとときを過ごし──

 ──ついに運命を決する日を迎えたのでした。

 そう、アオイさんとセドリックさんの商談の日を。

 いえ本当は、そういう些末な話はセドリックさんにお任せしたかったんですけどね? なんかアオイさんが、商談の条件にわたしの同席を強く求めてきたそうで。

 セドリックさんもとくに断る理由がなかったのと、わたしも、アオイさんから目を離すと何をしでかされるか分からず不安でもあったので、渋々ながら同席することにしました。

 そうしてわたしは、応接間でアオイさんと対峙することになります。

 う、うわー……お、怒ってる。怒ってますよ……?

 赤ちゃんの身空だというのに、愛らしいはずのくりっくりなその瞳をめっちゃ尖らせてますよ?

 別にわたし、悪いことしてないのにな〜?

 ただちょっと、食っちゃ寝できる生活を入手しただけなのにな〜〜〜?

 できるだけアオイさんと目を合わせないようにしていると、いよいよ商談は始まりました。

 アオイさんとセドリックさんが小難しい交渉をしばらく続け、わたしは眠気を感じ始めたころ──

 ──その台詞が耳に飛び込んできます。

「君たちには十分な給金を出すつもりだ。それこそ、一生かかっても使い切れないほどの給金をだ」

「ほんとですか!?」

 わたしは前のめりでセドリックさんに詰め寄ります。

「そしたらもう、わたしこの異世界のコになる! ココに住み着いて、一生遊んで暮らします!!」

「異世界……? なんのことか知らんが屋敷でも欲しいのか?」

「ええそうです! 巨額のお金と安定した住まいを! 屋敷もください!」

「別に構わんぞ」

「やたーーー! もうコレで働かずにすみます! なんということでしょう!?」

 ほ、ほんと……本当になんということでしょう!?

 セドリックさんちの来賓になって衣食住が足りたのはよかったのですが、わたし自身はお金持ってないし、遊びに繰り出すこともできなかったんですよね。

 もちろん、可愛いメイドさん達にチヤホヤされる生活も悪くはないのですが、たまにはお外で気晴らししたいし、自分だけの住まいがあるのに越したことはないし、そうしたらセドリックさんちのメイドさんでお気に入りのコも数人分けてもらおう!

 そうしてわたしは、左うちわで悠々自適な生活を満喫しまくりですよ!?

 まさか……まさかの、です!

 いまこのタイミングで、ついになんたる大どんでん返しのスーパーラッキー!

 わたし、どうしちゃったの!?

 もしかして先週くらいに、大殺界的な運気から抜け出しちゃったの!?

 と、いうわけで。

 バラ色花吹雪で真っ赤に染まるわたしの頭、だったのですが。

 そこに、まるで鋭利なナイフを突き刺してくるかのような、そんな冷め切った声音で。

 アオイさんの念話は聞こえてきました。

(お前な。あと数年で滅びるこの世界に居着いてどうすんだよ……)

 …………。

 ……………………。

 …………………………………………。

「あーーー!? そ、そ、そぉでしたぁぁぁ!?」

 わたしの絶叫が応接間いっぱいに反射します。

 あわ……

 あわ……

 あわわわわ……

 わたしは頭を抱えて、ソファに深く深く沈みます。

 そうでした……そうでしたよ!?

 せっかく手に入れた天国のような生活も、わずか数年で破綻してしまうなんて!?

 これでは、メイドさんたちとキャッキャウフフの生活も、毎日が高級食材の暮らしも、お掃除をしなくていいトキメキも、何もかもがなくなっちゃうじゃないですか!

 そもそも!

 この世界はあと数年で滅びてしまうからこそ、わたしたちは来たんでしたよ!?

 だというのに!

 だというのにいったいアオイさんは何をしてるんですか!?

 わたしが抗議の声を上げようとした、そのときでした。

 背後の衛兵達が、一斉に抜刀したのは。

「ヒッ」

 ズラリと並んでイヤァな光沢を放つ抜き身の刀身を見て、わたしは思わず悲鳴を上げます。

 なんか、アオイさんが余裕綽々でセドリックさんと話してますが、そんな場合でないのでは!?

 いまアナタはただの赤ん坊なんですよ!?

「アオイさん!? ここはいったん条件を呑みましょう! とりあえず数年は食っちゃ寝できます!!」

 わたしのその台詞に、アオイさんはあからさまに呆れた表情を返してきます。

 赤ちゃんなのに器用ですね!?

「い、いやあの、その間に別の対策を立てましょうって意味ですよ?」

 ですがわたしの利口な忠告をアオイさんはガン無視し、セドリックさんの提案を突っぱねてしまいます!

 背後で刀剣構えた衛兵達が、わたしたちを取り囲んで剣先を突きつけてきましたよ!?

「うひーーー!? あ、あ、アオイさん!? なんてことしてくれたんですか!?」

(あ、いっとくけど。お前は助けないからな?)

「はいィ!?」

 アオイさんの無慈悲なその台詞に、わたしは、目玉が飛び出さんばかりに目を見開きます!

(当たり前だろ? お前はセドリックに寝返ったんだから。あとはそっちでなんとかしろよ)

「交渉を決裂させたのはアオイさんですよね!?」

(知るかそんなこと。そもそも勝算あるから、無茶な交渉を仕向けたんだろうが)

「えええ!? こうなることは分かってたんですか!?」

(当たり前だ。そもそも、オレの頭脳が凄まじいのはお前が一番知ってるだろーが)

「ああ! 分かった! こうやってわたしを追い詰めて変身魔法を使わせる気なんでしょう!?」

 そうだ! そうに決まってます!

 わたしを追い詰めたら変身魔法を使わざるを得ない、だからこんな無茶な交渉を仕掛けているに決まっています!!

(そんな気はまったくない)

「う、嘘だ! 絶対に変身魔法を使わせる気だ!」

「オイ、貴様ら! 自分の状況が分かっているのか!? 何を仲間割れしとる!」

 セドリックさんの怒号にわたしは首をすくめますが、アオイさんは余裕の態度でいいました。

(なぁセドリックさん。そのユーリってのは、テレポート魔法しか使えないんだよ)

 んなぁ!?

 アオイさんの、その信じられない台詞に、わたしはアゴが外れるかというほど口を開けます!

(だがテレポート魔法だけは使える。つまり、この場から逃げられるのはユーリだけだし、テレポート魔法が使えるから学園都市にでも王立府にでもどこへでも一瞬で駆け込める)

 バカな!?

 そ、そ、そんなこと話したら、わたしが一方的に狙われちゃうじゃないですか!?

 わたし、一時的にしろセドリックさん側につく形になっちゃいましたけど、でもでも、アオイさんが赤ちゃんでその姿だと魔法も使えないとか、そんな致命的なことは一切話してないじゃないですか!!

 なのにアオイさんてば、わたしの弱点をペラペラと!?

 しかもしかも!

 尾ひれはひれまで付けて、あることないことをしゃあしゃあと!!

「ナニいってんですかアオイさん!? わたしが行けるのは冥界だけって知ってるでしょ!? 学園都市に行けるなら苦労しませんが!?」

 わたしの猛烈な抗議もアオイさんはスルーすると、さらに致命的な台詞を吐きやがります……!

(そしてコイツは、自動車開発にはまっっったく関わっていないし役にも立たない)

 ジャキジャキジャキ──!

「ひぃ〜〜〜〜〜〜!」

 抜き身の刀身の、その切っ先が一斉にわたしへと向きましたよ!?

 下腹部あたりから爆発する恐怖に、わたしの足腰がガクブルで震え出します!

「……テレポート魔法まで使える魔道士が、それ以外の魔法を使えないだと? にわかには信じられないが……」

(おいセドリック。この一週間、お前はいったい何を見てきた? この女が、そんなに優秀だと思うのか?)

「なるほど、それもそうだ」

「納得しないでくださいよ!?」

 わたしの悲鳴は誰も聞いてくれず、セドリックさんは言い放ちます!

「おい、この女に逃げられては面倒だ! ひと思いにやってしまえ!」

 鬼だ!? ここに人の姿を借りた鬼がいますョ!?

「ハッ!」

 人殺し、ダメ! ゼッタイ!!

「や、やられてたまるかーーー!」

 わたしは手早く帰還宣言文を唱えると、体をパァっと発光させました!

 へへん! どうです!

 わたしにはこの帰還能力があるんですからね!

 もうアオイさんなんて知りませんよ!

 わたしを売った恨み、冥界に来てから後悔するがいい! アハハハハハ──

「──ハハハハハァ!」

 そしてわたしは、高笑いをしながら冥界に無事帰還し、その転送ドームに姿を現すと。

 わたしの目の前には──

 ──なぜか、エレシュ係長以下大勢の警官たちが。

 そうしてエレシュ係長は宣いました。

「確保ォーーーー!」

「うっぎゃーーー! エレシュ係長!? どうしてココに!?」

 エレシュ係長以下大勢の警官達に飛びかかられて、もみくちゃにされながらわたしは絶叫します!

「アオイさんに聞かされていましたからね! あなたがこちらにくるのを網を張って待ち構えていたというわけです! 冥界のセキュリティを舐めないでください!」

 やばひ!

 このヒト、完全にキレてる!!

「アァ! やめて助けて!! いぢめないで!?」

 こうして……

 わたしは冥界にて……

 ついにお縄となったのでした……

(ユーリの大冒険完結編につづく!)

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