Extra Edition
ヒモ活 第2巻 番外編
「そうそう。最近、街でよく『赤い衣服を着た方』を見かけるのですが、あの方たちは何をしているのですか?」
シャンパングラスを傾けながら、フルーレがそんなことを聞いてくる。
フルーレの隣では、アストリッドが「わたしも妙な扮装だと思っていたわ」と頷いた。
六畳一間でクリスマスパーティーを開催中だというのに、旺真は、サンタクロースについてぜんぜん説明していなかったことに気づく。
だがその説明を先に切り出したのは実花だった。
「あの人たちはね、サンタクロースって言うの。クリスマスのマスコットキャラみたいなものね」
「マスコットですか。ということは、お誕生日を祝われている方がモデルなのですか?」
「あー……そういうんじゃないわ。サンタさんは、子供たちにプレゼントを渡すほうだしねぇ」
「そうなのですか? 確かにそう言われてみれば、商店街で、子供たちに風船を配る方もいましたね。でもたくさんの子供がおりますのに、そんなことをして大丈夫なのでしょうか?」
フルーレの、まさに子供のような質問に、実花がにんまりと笑みを浮かべる。
あからさまにからかおうとする笑みだった。
「それは無用な心配ね。何しろサンタさんには、国から莫大な補助金が出ているから」
「なるほど……この国は豊かなのですね。ちなみにどんなプレゼントなのでしょう?」
「んー……最近は、希望を聞くことが多いのかしらね」
「至れり尽くせりですね……! ですがもし、子供が『100億万円欲しい』などと言ったらどうなるのです?」
「あー、そういう悪い子のところにはサンタさん来ないから」
「そうなのですか……でも子供の良し悪しなんてどうやって判断を……あ、もしかして親御さんが国に申請するのですか?」
「そうそう。だから毎年、この時期になるとお役所には長蛇の列よ」
「子供たちにプレゼントするのはよい仕組みだと思いますが、それに親御さんが駆り出されるというのは頂けませんね。郵送やネットで受付はできないのでしょうか……」
「でもサンタさんなんて、煙突から入ってくるのよ?」
「なぜ煙突から!? そもそも、街で見かける住居に煙突なんてありませんでしたよ?」
「うん。だから最近は、夜な夜な窓ガラスを割ったりしてる」
「ほとんど泥棒じゃないですか! 玄関からの配達じゃいけないのですか!?」
フルーレは、そんな法螺話を信じ切っているので、そろそろ旺真が止めに入る。
「フルーレ、小田さんの言っていることはぜんぶ冗談だから」
「な……!?」
言葉に詰まって頬を赤らめるフルーレに、実花がケラケラと笑った。
「ま〜ったく、これだから、世間知らずのお姫様は。子供みたいに信じ切っちゃって、かわい〜♪」
「ちょっと実花さん! あなた、さては酔ってますね!」
フルーレが文句を言うも、実花はどこ吹く風で笑い続ける。
やがて、怒っても無駄だと悟ったフルーレが、ため息交じりで旺真に言った。
「それで結局、あの赤い服はどういった方なのです?」
「ああ……子供たちにプレゼントを配るっていうのは本当……いや本当というか、そういう伝説があるんだよ。実際にプレゼントするのは親だな」
「なるほど……架空の人物ということなのですね。どういった由来があるのでしょう?」
「そう聞かれると……うろ覚えだな。ちょっと待ってくれ」
旺真はスマホを取り出すと、サンタの由来について調べ始めた。
「お、これが分かりやすいかな。フルーレ、サンタの由来はだな……」
旺真は、ネットの情報をほぼ読み上げる形でサンタの由来を説明して、一通り聞き終えたフルーレは、納得したかのように頷いた。
「なるほど……貧しい人達のために善行をした方が由来だったのですね」
「これも諸説あるようだけどな」
「でも素敵なお話です。魔界にはそういった話はありませんから……」
どことなく肩を落とすフルーレに、旺真は「頃合いかな?」と思い、自分のバッグをたぐり寄せる。
そうしてその中から、小さな箱を取り出した。
「まぁそんなわけでフルーレ、今日はオレがサンタの代わりだ」
「えっ……?」
プレゼントをもらえるとは思ってもみなかったのだろう。フルーレはいっとき目を丸くして、それからおずおずと言ってきた。
「お、旺真……わたくしはもう子供ではありませんよ……?」
「いや、クリスマスにプレゼントをもらえるのは、子供だけじゃないから」
「そ、そうなのですか……? でもわたくしのほうは、何も用意して……」
躊躇いがちのフルーレを遮って、実花が言ってくる。
「フルーレだけずるい! わたしにはないの!?」
「もちろん、小田さんにもありますよ。あ、ついでにアストリッドにも」
旺真はそう言いながら、実花とアストリッドにプレゼントを手渡す。
「おお! さすが倉本君! ありがとう!」
実花は満面の笑みプレゼントを受け取って、アストリッドは手にしたプレゼントを眺めながら言ってきた。
「わたしにも用意しているとは思わなかったわ」
「まぁ……その、なんだ。この場で渡すのに、アストリッドだけナシってのも意地が悪いだろ」
「つい昨日まで敵対していたというのに、あなた、本当にお人好しね」
「うるさいな。いらないというなら──」
「いらないなんて言ってないじゃない。開けてもいい?」
「ああ、いいよ」
アストリッドがラッピングを開封すると、バスボムの詰め合わせだった。
「三人一緒なの?」
「いや、アストリッドがバスボムで、フルーレと小田さんはアロマキャンドルにしたよ」
「へぇ……わたしだけ違うプレゼントだなんて、ずいぶんと意味深ね?」
「え……!? ちょ、ちょっと待て! 何を妙な勘違いしてんだ!?」
旺真は慌てて否定するが、フルーレと実花の目は早くも据わっていた。
そもそも、フルーレに至ってはまだプレゼントを受け取ってすらいない。
旺真は必死に弁明を試みる。
「フルーレとアストリッドは同室だろ!? それで二人とも同じアロマキャンドルじゃ意味ないじゃんか!? だからだよ!」
いちおう筋が通っているその言い分けに、実花のほうは「言われてみれば、まぁ確かに」と納得したようだ。
しかしどうにも、フルーレの機嫌は直っていないようだ。
どこでミスったのか検討皆目つかない旺真がオロオロしていると、アストリッドが嘆息混じりに言ってきた。
「いずれにしても……三人とも、形の残らないプレゼントというのはあなたらしいわね」
「ぐ……そんなに文句付けるなら回収するが?」
「ありがたく頂戴しておくわ」
憎まれ口を叩きながらもアストリッドは微笑する。なんだかんだと喜んでいるようだった。
そして旺真は、最後の難関のようなフルーレに視線を移す。
フルーレは、口先をとがらせながらも言ってきた。
「このタイミングで、全員に、プレゼントを渡すのも旺真らしいですよ」
「えっと……まずかったか? サンタの話が出たからちょうどいいかと思ったんだが……」
旺真が率直にそう言うと、フルーレはため息を付いてから片手を差し出す。
「別に……悪いとは言ってません。ですからそのプレゼントはもらってあげます」
「お、おお……ありがとう……?」
なぜか立場が逆になり旺真は疑問符を浮かべるが、とにもかくにもプレゼントは手渡せた。
するとフルーレは、少しの間、プレゼントをじ〜っと見て、それから上目遣いで旺真に言ってくる。
「あの……今使ってみてもいいですか?」
「ああ、構わないぞ。好きな香りだといいんだが」
旺真はそう言いながら立ち上がり、台所からライターを持ってきて、フルーレに手渡す。
そしてフルーレがアロマキャンドルに火を灯すと、すぐに、部屋の中に柑橘系の香りが漂い始めた。
キャンドルを見ながら実花が言った。
「うん、クリスマスっぽさがグッとアップしたし、いい香り」
それを聞いたアストリッドも頷く。
「確かに、旺真にしてはいい選択ね」
オレにしてはってなんだよ……と思いながらも、旺真はフルーレの感想が気になって彼女を見た。
フルーレは……すでに機嫌は直ったようで、物珍しげにキャンドルを見ている。
「不思議ですね……ロウソクから香りが漂うなんて……」
どうやらこの手のグッズも魔界にはないらしい。旺真は、同封されていたキャンドルの説明を読んだ。
「その香りは、リフレッシュ効果もあるらしいぞ」
「へぇ……すごいですね。そんな効果まであるのですか」
フルーレは旺真を見ると、子供のように笑う。
「ありがとう旺真、大切に使いますね!」
to be continued ──
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