なお屋

小説家・佐々木直也の公式サイト

menu

CONTENTS

CONTENTS

百合百合クエスト

カバー

こちらは百合百合な美少女たちが異世界で大冒険!するラノベです!

ですがそれだけだとよくあるお話ですので少し工夫しまして、主人公の女の子は、異世界ファンタジー・ラノベの中に転移してもらいました。

彼女は、単に魔王を倒せばよいというわけではなく、作者(ぼく)を倒さないと日常を取り戻せません。

果たして、キャラクターにすぎない美少女たちは作者を倒すことができるのか!?

そんな世界観で展開する百合百合な異世界ファンタジー。

Kindle Unlimited(読み放題)登録中ですので、この機会に萌えてみませんか?

試し読み

chapter 1 出だしなのに『あとがき』から?

「……ナニコレ?」

 葛木芽以子(かつらぎめいこ)は、目の前に広がる光景を見て放心状態でつぶやいた。

 それもそのはず、眼前に広がる光景といったら常軌を逸している。

 何もないのだ。

 青空と野原が地平線でくっついているほど何もない──どころの騒ぎではない。

 本当に何もないのだ。

 青空も。

 野原も。

 なんと地平線も。

 何もない。

 ──つまり、真っ白な空間だけが広がっている。それだけだった。

 雪原のド真ん中にいる、というわけでもない。そもそも寒くもなければ暑くもない。

 上下左右・四方八方あらゆる空間のすべてが真っ白だった。

 真っ白。そうとしかいいようがない。

 ページで表現するならこんな感じだ。

 

 

 

まっしろ

 

 

 

 まったくもって描写のしようがない驚きの白さに、芽以子は立ちすくむしかなかった。

 そもそも、自分が地面に立っているのかさえ怪しくなってきた。何しろ地平線すらないのだから。

 平衡感覚が狂ってきたせいでクラクラする頭を押さえ芽以子はつぶやく。

「……っていうか、アナタ誰よ?」

 何もない、ただ真っ白な空間に向かってつぶやく芽以子。誰何(すいか)したところで周囲には人っ子一人いない。

「そうじゃなくて! 勝手にナレーションしてるアナタよ!」

 ん? ぼくですか?

「そう! アナタ!」

 芽以子さん、ダメですよ。地の文に向かって話しかけては。それは小説作法でいうところのルール違反です。

「ナニわけわかんないこといってんの!?」

 そう叫び、周囲を睨み付ける芽以子。しかし辺りは真っ白で、どれだけ睨みをきかせても誰もいはしない。

「じゃあなんで声が聞こえるのよ! いったいどこから放送しているの!?」

 芽以子はヒステリー気味に地団駄を踏んだ。

「人の様子を勝手にナレーショるな!」

 ナレーショるってどういう日本語ですか。

「うるさい! いい加減に姿を現しなさい! 卑怯よ!?

 そういうと芽以子は足を踏み出す。人間、理解不能な状況に追い込まれると体を動かさずにはいられなくなるのだろう。しかし、平衡感覚が狂っている状態で歩こうとしても結果は自明だった。

 芽以子は足をもつれさせ、真っ白であるが故に目に見えない地面にスッ転んだ。ゴロゴロと三回転半すると、白い地面に大の字になり、白い上空を見上げる。

 たった数歩だというのに、全身からはビー玉のような汗が噴き出し、心肺は張り裂けんばかりに大きく鼓動し、桃色の唇からは塊のような吐息が短く何度も吐き出される。

 強気の瞳は真っ赤に充血して、いささか涙が滲んでいた。

「いったいなんなのよぉ……」

 芽以子はギュッと目を瞑り、それっきり動かなくなる。

 …………。

 …………。

 …………。

 …おーい………。

 おーい、めいこさーん……?

 んんー……。できるだけページ数を稼ぎたかったんですが、まぁ確かにこのままだとラノベが進みませんので種明かししちゃいましょうか。

 目を開けて、キッと上空を睨み付ける芽以子。

 まぁそう怖い顔しないでください。別にとって食おうだなんて考えてません。あ、ちなみに涙目になって怒る顔って、いわゆるツンデレで可愛いですよ?

「ふざけるな!」

 上体をガバッと起こして怒鳴り声をあげる。あさってのほうに放たれた怒号は、しかし反響することもなく──

「アナタはいったい誰なの!?」

 ──あぁもう。こっちも仕事ですんで、描写する間は待っててくださいってば。

「知らないわよそんなこと!」

 まぁいいです。さて芽以子さん、自己紹介といきましょうか。ぼくは『作者』です。

「は?」

 そうですねぇ。単刀直入にいいますと、芽以子さんはライトノベルの中に入っちゃったんです。ちなみにジャンルはファンタジーものです。

「……あなたいったい何いってるの?」

 つまりですね、ぼくは兎にも角にもファンタジーものが大好きでして。それも異世界モノ。現実から突如、見知らぬ世界に飛び込んで冒険活劇なんてロマンじゃないですか! が、しかし! ここ二十年くらいで、もはや異世界ファンタジーは出尽くされたといっても過言ではない! しかししかし、それでも「いまだ未開拓の地はないものか」といろいろ思索を張り巡らせること──

「回りくどいわね……。いったい何がいいたいの?」

 芽以子さんはせっかちだなぁ。だから、もろもろの理由がありまして──

「──ありまして?」

 ラノベの中に転移しちゃった女子高生モノを書こうとひらめいたのです! いやもぅ閃光のごときひらめきが!

「……はい?」

 物語の中こそが未開拓の地だったってわけですね!

「意味不明なんだけど」

 いやだから、芽以子さんはいま、ラノベの中の登場人物かっこヒロインかっことじ、というわけですよ。

「だからどういうことよ?」

 ええと、だから、文字通りの意味でして、ライトノベルの中に入ってしまったんですってば。おとぎ話のように。

「…………つまり、悪い竜を倒してお姫さまを助けましょう、ってヤツ?」

 若い芽以子さんにえらく親近感を覚えますが……まぁそういうことです。

「…………」

 眉をひそめる芽以子。物語の中に入り込んだなどと、このナレーターはいったい何をいっているのか? そもそも芽以子は昨日まで、ごく普通の日常を過ごしていたのだ。昨日は、寝坊して起こしてくれなかった母親に文句をいいながら朝食も採らずに登校し、私立応蘭(おうらん)学園女子高等部にギリギリ到着すると友達とおしゃべりをして、ようやく目が覚めたと思ったら一時間目は古文で、教師の催眠術のごとき単調な朗読にまた眠くなり──

「ちょ、ちょっとなんなのアナタ!?」

 だから、描写中は邪魔をしないでって──

「どうして私の頭の中が分かるのよ!」

 そりゃあ作者ですからね。心理描写だってお手のモノです──それを聞いて芽以子はゾッとした。つまりそれは心の中を透視されているようなものであり、プライベートも何もあったものでは──

「ああ! 分かった!」

 ──だから描写を遮らないでくださいってば。一応いっときますけど、これは夢ではないですからね。

「また心を読んで! でも夢なんだから何でもアリよね」

 だから夢では──

「あーはいはい分かりました分かりましたこれは夢です夢ゆめユーーーメーーー。これでこの真っ白い場所もアナタの読心術も何もかもが説明つくもの。あーもーしょうもない夢をみちゃったなー。早く目が覚めないかしら」

 ですからこれは夢ではなく、まぁ強いていえばフィクションですけど、だからといって夢ではなくですね、──ああもぅややこしいな。

「はぁ。もぅいったいなんなのかしらこの変態ナレーター。もー無視無視」

 むかっ。

「早く目が覚めてくれないかな。ほっぺでもつねればいいのかしら──意外と痛いわね。まぁいいわ、それにしてもわたし最近疲れてるのかなぁこんな変態ナレーターの意味不明夢を見るなんて」

 め……めいこさん、夢じゃないっていってるでしょう? 確かにここは虚構の世界でありつまりはフィクションですけれども。

 あなたにとっては現実なんですよ?

「なんかお腹すいてきちゃったなぁ。ずいぶん生々しい夢ねぇ?」

 芽以子の頭の中は『無視』と『夢』の文字で埋め尽くされている……カンペキに現実逃避を始めましたね?

「そうだ、寝ちゃおう! 夢の中で寝ちゃえば現実で目が覚めるってものよ! おやすみなさーい」 

 ……まぁいいでしょう。そうやってあくまでもコレを夢といい張るのなら、現実逃避できない、芽以子さんにとっての現実を見せてあげようじゃないですか。

 ラノベの中では神に等しいぼくのいうことをまるで聞かないヒロインには、ちょっとお仕置きが必要ですからね……

 

* * *

 

 強烈な腐敗臭に、芽以子は激しくむせ返りながら目を覚ました。

「な……なんなのこの臭い……?」

 目をこすりながら芽以子はゆっくりと状態を起こす──そして絶句する。

 目に映る光景は、一言でいえば月面だった。

 そう、写真などでしか見たことのないはずの光景。無機質な灰色の地面には、大小様々な石が散乱している。空は星すら見られない真っ暗闇で、絶え間なく稲光が疾り爆音が(とどろ)く。そんな暗黒の荒野が、地平線の彼方まで広がっていた。

 そうして何よりも、この腐敗臭。以前、父親がクサヤを家で焼いて大ひんしゅくを買い、自室にまでクサヤの臭いが入り込み、壁に掛けておいたブレザーの制服はもちろんのこと、あらゆる衣服がとんでもない異臭を発するという被害を被ったことがあり、そのあと父親とは一週間ほど口をきいてあげなかったわけだが、あの異臭を遙かに上回る腐敗臭だった。

 その証拠に、芽以子はすでに臭いを感じなくなっている。あまりの激臭に早くも嗅覚が麻痺していた。その代わり、喉の奥がヒリヒリと痛む。揮発性の劇薬でも散布しているかのようだった。

 明らかに体によくない環境だ。この黒い大地にいるだけで、芽以子の体は得体の知れない疫病に侵食されているかのような錯覚を覚える。芽以子は思わず身震いをして両腕を押さえた。夏のはずなのに真冬より寒い。

「……い……いったい……どういうこと……?」

 顔をしかめながら芽以子は周囲を見渡す。ピンク色のパジャマの袖をギュッと握りしめた。裸足なので、小さな砂利で埋め尽くされている地面では歩き回ることもできない。

 昨夜は、宿題を終えた後に自室のベッドで寝たはずだ。にもかかわらず、こんな人外の秘境で目覚めるなどあり得ない。可能性があるとしたら──そう、これはまだ夢の中。

「……ゆめ……?」

 芽以子は眉をひそめる。

 喉に小骨がひっかかったような不快感。いまさっき、とてもイヤな夢を見ていたはずだ。なにかこう、非常に気の触る人間としゃべっていた。そこにいた人物は──

 霧のかかった記憶を解き明かそうとしたとたん、突然大地が激震する。

「キャァ!」

 芽以子は、近場にあった大岩にしがみついた。巨大な地震だ。自分の足で立つこともできない。あまりの揺れに、芽以子は岩から手を滑らせて激震する地面に投げ出される。

 まるで袋叩きにあっているかのようだった。

 すさまじい縦揺れに、芽以子はバスケットボールのようにバウンドし、大地に叩きつけられる。

 船酔いのように目が回り、周囲の状況など把握するすべもない。唯一感じられるのは、鼓膜を破るかというほどの雷鳴の音。だがそれも、体の激しい痛みに耐えかねてすぐに聞こえなくなる。

 いや──聞こえないのでない。意識が遠のいているのだ。

「……あつっ!」

 突然、肌が焼けただれるかと思うほどの放射熱を浴びた。芽以子は尻餅をついたまま慌てて後ずさる。

 ピンク色のパジャマはすでに泥まみれになり、まるで灰をかぶったかのように顔も真っ黒になっていた。足の裏からは血が滲み、しかしそれでも、なんとか熱源から離れようと、芽以子は視界もままならないというのに必死に後退する。

 まったくもって説明ができない状況に理性はほとんど失われていた。混乱の極みの中で唯一考えられたのは、肌を焦がすほどの放射熱で死んでしまうかもしれないということ。まるで、キャンプファイヤーの直前に押し出されたかのようだった。

 芽以子は嗚咽をこぼし、熱源から少しでも離れようと何度も転びながら後退する。ようやく立ち上がり、いよいよ駆け出そうと大きく一歩を踏み出した。

 そのとたん、地面から突き出た小岩につまづいた。

「──!」

 本当に目から火花が出たと思った。芽以子はヘッドスライディングをするように転倒する。肘や膝のパジャマは破れて血がにじみ出てくるが、それよりも、右足を押さえて転げ回る。

「……あ……あ……あ……!」

 激しい吐息とうめき声をあげる。両手で押さえた右足の小指、その押さえた指の合間からドクドクと血があふれ出した。小指を中心に右足全体が尋常でないほど脈打っている。

 しかも強烈な放射熱は、動けなくなった芽以子の全身を襲い続ける。

 全身から吹き出した汗は瞬く間に蒸発し、喉はカラカラ。丹念に手入れしている長い黒髪は、おでこや首筋にべったり張り付いていた。

 足の指の何本かの爪は明らかに割れているだろうし、最悪骨折したかもしれない。

 逃げられなくなった芽以子は、顔だけ持ち上げるとその熱源のほうを向いた。そして片目を恐る恐る開く。

 真っ赤に燃えさかる巨大な何か。それこそが熱源の正体。

 この大地を揺るがす元凶。

 強烈な腐敗臭の根源。

 それは、遙か彼方に在るはずだった。新宿の高層ビル群よりも巨大な物体。芽以子がこれまで見てきたどんな建造物よりも、遙かに高く、遙かに大きい。

 そんなものが、大火事になっている。真っ赤に燃え上がっていた。

 火の粉が、全長三百メートルはあろうかというそれから大量に舞い落ちてきて、芽以子の黒髪をわずかに焼いている。

 それを起点に大地は何十本もの亀裂が走り、芽以子は幸運にもその亀裂に落ちることはなかったが──もしかしたら、落ちてしまったほうが幸運だったのかもしれない。

 明らかだった。

 それが、動いている。

「──りゅう」

 無意識に芽以子が発した言葉は、弱々しくかすれていた。

 それは超巨大な竜だった。

 大火に焼かれた巨大な竜。にもかかわらず──生きている。苦しくてうごめいているのではない。芽以子は直感的に理解する。

 竜は、歓喜しているのだ。

 芽以子が見上げるは竜の首。その八本の首が、一斉に芽以子を見定める。

 芽以子は、足の痛みも焼け付く放射熱も忘れて、ただただ八本の首を見上げるしかなかった。

 ──人間よ

「──!」

 脳にナイフを直接刺されたかのようだった。芽以子の悲鳴は音にすらならなかった。

 それは声なのか? 一言きいただけで強烈な頭痛を起こす、凶器のような声。誰の声なのかは明らかだ。目の前の、燃えさかる巨竜。それ以外に考えられない。

 恐慌と激痛のあまり、芽以子の瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちる。体の震えが止まらず、下半身は一切の力が入らなかった。

 いったい何がどうなっているのか?

 いまさっきまで、自分の部屋で寝ていたはずだ。

 それなのに目覚めたら、こんな地獄のような場所にいる。

 あんな生物などいやしない。あんな巨大に、重力に逆らって成長などできないはずだ。高層ビルより大きな動物が存在するなどありえない。

 夢なのか?

 なのに、この全身の痛みはなんなのか?

 ──人間よ

「────ッ!」

 全身に電撃が走ったかのように芽以子の体全体が大きく跳ねた。

 ──なぜこの場にいる

 ほとんど失神しかけていた。

 ──人間よ、答えよ

 ほとんど無意識だった。

 ──答えよ

 無意識だからこそ。

 芽以子は恐怖も痛みも忘れて空を見上げていた。

 黒い大地に這いつくばりながら。

 対峙するだけでボロボロになる巨竜を、見上げて、口を開く。

「…………」

 しかし、放つ言葉など持ち合わせてはいなかった。どうしてこんなことになったのか、誰よりも知りたいのは芽以子自身なのだから。

 巨竜の熱により、周囲の空気は激しくうねりをあげている。耳元ではものすごい空気の摩擦音。顔面は火にあぶられているかのよう。目の水分はとっくに蒸発している。

 視界がぼやけてきた。視界の淵から、白く、霞がかかってくる。

 周囲のゴウという摩擦音も、次第に聞こえなくなってきた。頭の中は、まるで涼風でも吹き始めたかのようにスッキリとする。

 ああ、そうか。

 芽以子は、なんの根拠もなく確信した。

 そろそろ死ぬのかもね、わたし。

 何かの本で読んだことがある。人間、死ぬ直前は、苦痛と恐怖から逃れるために、脳内に、麻薬にも匹敵するホルモンが分泌されるそうだ。

 そうして人間は、死ぬための準備をする。

 だから、理性を越えてすべてがクリアーとなり、そうして残った本能が理解する。

 アレは魔王。お姫さまをさらって食べちゃうラスボス。

 ここはクライマックス。わたしはアレを倒すためにこの世界に召還された。

 ほんと、むちゃくちゃよね、アイツ。小説はまだ序盤も序盤、冒頭でしょう? なのにいきなりラスボスって何よ? これじゃあ勇者サマの成長も何もあったものじゃない。どこが冒険活劇だっていうのよ。バカみたい。三文芝居もいいところ。

 なのにわたしは死んじゃうんだ。

 だってココは、わたしにとっては現実だから

 なんなのコレ? あいつ何様? ほんとサイテー。どうせ現実の世界じゃ、誰からも相手にされない根暗なオタクなんでしょ。こうやって虚構の世界でカミサマぶってるのが関の山ってわけね。あーほんと、ご愁傷さま。

 こんな三文芝居なんてさっさと終わりにしましょう。付き合ってられないわ。

 カミサマにも曲げられない法則があるってことを、わたしが証明してあげる。

「魔王よ!」

 芽以子は立ち上がった。燃えさかる魔王に向かって、言葉を投げつけた。

「やってみろ!」

 魔王の、八つの双眼が細くなる。笑っていた。

「お前にわたしは倒せない! ウソだと思うなら、お前の全力でわたしを倒してみろ!」

 ──面白いことをいう人間だ よかろう

 いうが直後、八つの顎門(あぎと)が大きく開かれる。巨大な牙のその奥に、黒い光が貯まり始めた。

 それは死の一線。芽以子は断崖絶壁の切っ先に立っている。その絶壁の先には見えない床があるから大丈夫、だから一歩進んでみろといわれている。

 それでも芽以子はひるまない。

 ──ただの人間が 我がブレスをどう防ぐつもりだ 八度の咆吼で 世界を滅ぼす我がブレスを

「……何もしないわよ」

 脳を強烈に揺るがす魔王の声に顔をしかめながらも、芽以子は不敵に笑った。

「それでも、お前がわたしを倒すことはありえない。なぜならば──」

 芽以子は両方の拳を強く握りしめる。

 負けたくない──胸の中ではその一念で埋め尽くされる。

「なぜならば、わたしはカミサマに祝福された人間だから」

 ──戯れ言を

「やれるものならやってみなさい!」

 魔王の黒い光は突如膨張し、そして芽以子向かって放たれる。

 芽以子は奥歯をかみしめて、ギュッと目を瞑った。

 

* * *

 

 ──そして。

 再び目覚めたとき、そこは白い空間だった。

「…………っ!」

 芽以子は上体を起こすと、全身をくまなくチェックする。割れた足の爪も、ボロボロになった衣服も、傷だらけの肌も、掻き乱された黒髪も、真っ黒にすすけた頬も、何もかもが消え失せて、元のパジャマ姿に戻っていた。

 あれだけの激痛が、それこそ、夢の中の出来事だったかのように消えている。

「……あ……」

 芽以子の口元が、ふっと釣り上がったかと思うと、瞬く間に爆笑に変わる。

「あははははははは──!」

 狂ったかのように、ひとりで数分間も笑い続けた。

「どうよ! この変態ナレーター! あなたの三文芝居なんかに騙されたりしないわよ!」

 芽以子はガバッと立ち上がり、居丈高に胸をそらし、あさっての方向に

「ナニ冷静ぶってんのよ! あなたの負けよ! バカ作者!」

 叫び、勝ち誇ったかお

「泣きわめいて土下座するとでも思ったの!? あなたノリだけで書いてるでしょう!? だからド素人のわたしにも、こんなあっさり卓袱台ひっくり返されるのよ!」

 えー……芽以子は誰もいない白い空間でひとり、気がおかしくなったかのよ

「冒頭から、ヒ弱なまんまの勇者がラスボスと対峙するなんて小説、成立するわけないでしょう!?」

 …………。

「じゃあいったいどうするというの? 勇者サマはあっさり倒れて死んじゃうわけ? そんなことできるわけないよねぇ? あなたは小説を書きたがっているんだから!」

 …………。

「あなたは確かに、場面を自由に作り替えられる。小説を操作できる。この中では、あなたはカミサマに等しい──ように見えるだけ!」

 …………。

「あなたには義務があるのよ。絶対に違えてはならない義務が!」

 …………。

「あなたは、この小説を面白くしなくてはならない! それが義務! であるならば、あなたの小説操作は、いっけんなんでもできるように見えて、実は著しく制限がある。そう──わたしを絶対に殺せないようにね!」

 …………あー。勝ち誇っているところなんですが。そもそもさっきの場面はですね、別にアレでラノベをどうこうしようというものではなく、ちょっとした余興でしてね、もともと、きりのいいところでこの場面に戻す予定だったんですが?

「はいはい負け惜しみー♪ あなたの悔しがる顔が見られなくて残念ですワ〜」

 悔しがるもナニも、だから、ちょっとした茶目っ気、かるいジャブ、些細なスパイスなんですよ。ラノベ進行には何も影響はないし、芽以子さんに現実を認識してもらえれば、適当なシーンを作り上げてこっちに戻す予定だったんですってば、もともと。

「ふふん、あとからならなんとでもいえるわ」

 あーもー。そんな勝ち誇った顔したってダメですよ? このやり取りは、ぼくの構成の範囲内です。

「じゃあ『ヒロインは死なない法則』がわたしにバレる、というのも設定の範囲内なのかしらー?」

 …………。

「いやぁ、これじゃあのちのち困るよねー? だってわたし、死なないんだもの。不死身なんだもの。どんなに大怪我してもほらこの通り、やばくなったら一瞬で完治しちゃうんだもの。なにしろカミサマの祝福を受けたヒロインですから!」

 …………。

「あ、もちろん皮肉でいってるのよ勘違いしないでね? でも困るよねぇアナタ。だってヒロイン、自分が死なないって知ってるんだもの。どんなに小説をシリアスに展開したって、安心しきったヒロインじゃあ、緊迫感も何もあったもんじゃないわよねー。一生懸命書いたって全部台無し。ヒロインやる気ゼロ。あはは〜」

 …………。

「さぁ──これで分かったでしょう! わたしを解放しなさい! これ以上小説をダラダラ続けたって、面白くもなんともないわ!」

 ……まぁ、たしかに、そのような理解をするに至るってのはちょっと予想外でしたが。

「ちょっと予想外? なにいってんの、とんでもない大番狂わせでしょう!? 安心しきってやる気ゼロのヒロインが繰り広げる冒険活劇なんて何が面白いのよ!」

 芽以子さん、あなたは大きな勘違いしてますよ。シ・ロ・ウ・トだからしょうがないことですが。その勘違いは、これからラノベに出演して頂くにあたり非常にキケンなので、親心でちゃんと教えてあげましょう。

「はぁ? 何いってんの? どうやったって、ヒロインに舞台裏ばれちゃったら小説の進めようがないでしょうが」

 芽以子さんは死なないわけではありません。やりようによっては死にますよ。

「ふん。ヒロインがいなくなってどうやって小説が進行するっていうのよ」

 ダブルヒロインという考え方があります。超有名ロールプレイングゲームでは、かつて、ゲーム序盤でヒロインがお亡くなりになりました。

「……は?」

 いやー、あれには泣いたなー(涙)

 ぼく、裏技とかで絶対エア○スは復活するんだと思って、隅から隅までプレイしたもんですよ。いやそんな裏技ないんですけどね。で、ヒロインお亡くなり後は、ヒロインの対抗馬と思われていたライバルキャラがヒロインを引き継いだ次第です。

 だから、構成次第ではいくらでも緊迫感を盛り上げることは可能です。

「……だ、だって、ヒロインなんてわたし以外いないじゃない」

 まぁ確かに、今回ダブルヒロインは考えていなかったんですけど、ぼくを誰だと思ってるんです? しかもまだ序盤も序盤。いくらでも書き換え可能です。

「……な」

 しかも最近は、ヒロインが何十人も登場するのが流行ですからねー。四八人とかいってみますか? 芽以子さん、四八分の一のヒロインです。ひとりぐらいお亡くなりになってもねぇ。盛り上がっていいかもです。

「…………」

 いやぁ、芽以子さん。「ヒロインは死なないことに気づいた」だなんてぼくにいうべきではなかったですねー。あ、いわなくても芽以子さんの気持ちは手に取るように分かるから無駄ですが(笑)

 ちなみに、ラノベ終盤でラスボスと相打ち、というシナリオはよくある構成ですので。ゆめゆめ忘れぬよう。

「…………」

 そ・れ・と。かりに、芽以子さんが天下無敵の不死身ヒロインだったとしても、『痛み』は十二分に表現可能ですから。さっきしっかり味わったでしょう? 痛かったでしょう?

死なない、というだけで、ラノベ進行上の芽以子さんの艱難辛苦(かんなんしんく)はいかにようにも演出可能です。

「……こ……この……」

 さっきまでの居丈高な調子とはいっぺん、芽以子は両方の拳をきつく握りしめると、かほそい肩をプルプル震わせて、怒りにわなないていた。ぷぷっ。

「この、サディスト!」

 はーい。なんとでもいってください。けっきょくのところ、芽以子さんはぼくに勝つなんてことできないんですよー。そんな無駄なあがきなんてしないで、大人しく、ぼくの構成通りにオモシロおかしく、そして愛らしく七転八倒してください。

「ぜっっったいイヤ!」

 そんな地団駄踏んでも無駄ですよー。ぼくは別に芽以子さんを説得しなくてもいいんですから。強制的にラノベを進行させちゃえばいいので。

「こ……このやろう……のらりくらりとヘリクツを……」

 そりゃあ物書きですから弁はいくらでも立ちますとも。褒め言葉として受け取っておきましょう。ふふふのふ。

「……絶対に! 叩きのめしてあげるから! 首を洗って待ってなさい!」

 葛木芽以子の怒髪天を衝く怒号は、白い空間いっぱいに広がったのだった。

chapter 2 残念なお姫様、いよいよ登場!

 体が重い。芽以子は尋常でない体の重さに眉をひそめる。

「う……う、ん……」

 自分が眠っていることは分かっていた。そしてもう少しで眠りから覚めるということも。しかしこの体の重さはいったいなんなのだろう? そして熱い。とくにその得体の知れない熱源は、少しねっとりとしていて、首筋から胸にかけてゆっくりと移動している。

 そして何よりも、鼻孔をくすぐる甘い匂い。

「……な……なに……?」

 自分の体が尋常でない状況に置かれていることに気づいた芽以子は、眠気を振り払ってゆっくりと目を開ける。

 かすんだ視界に入り込んできた光景は、芽以子の部屋とは似ても似つかない現実だった。

「……え?」

 まず何よりも、吹き抜け四階はあろうかという高い天井。部屋というよりは広大なホールだ。まるで体育館のように天井が高く、円形に湾曲している。少し横に視線を移すと、その天蓋から続く壁一面にステンドグラスが填められていた。そしてステンドグラスの手前には、威厳漂う人型の石像が置かれている。

 どこかで見たような光景──そう、ヨーロッパの壮大な礼拝堂の祭壇のような。そんな光景が、芽以子の意識の覚醒とともにゆっくりと浮かび上がってくる。しかしそんな祭壇で自分が寝ているはずが──

「……あっ、なっ……!?

 が、しかし。その光景の真偽を確かめる間はなかった。

 芽以子は突然、胸を鷲掴みにされていた。驚愕し顔だけ起こし、自分の体を見る。

 はぁ はぁ はぁ

 粗い吐息。

 ぬめ ぬめ ぬめ

 ナメクジのように這いずる舌。

 ぎら ぎら ぎら

 そして、真っ赤に充血した二つの碧眼。

 このいっときに理解したことはひとつだけだった。つまりソレが人だということ。

 自室で寝ていたはずが、どこかまったく見知らぬ祭壇の御前で寝転がり、かつ、得体の知れない人間が、自分の体の上にのしかかっている。芽以子の頭は真っ白にフリーズした。

 その人間はいった。興奮しきって高揚した声音で。

「……ああ、怖がらないで。……ステキ、初めてなのね……」

 気づけば声は耳元で聞こえている。首筋に──まるでナメクジが這い回っているかのようにぬめっと、首筋を何かが伝う。

 その人間の舌が自分の首筋をなめていて、いわんや、熱い吐息を耳に吹きかけられて、耳たぶをカプッと甘噛みされるに至り、芽以子はようやく、自分の貞操が危機的状況に陥っていることに気づいた。

 と思ったが瞬間、全身の毛穴という毛穴が総毛立ち、湿疹と見まがうほどの鳥肌が現れる。感情より先に体中がガクガクと震えだし、緊張の余り縮小する肺にしかしめいっぱい酸素を吸引すると、一秒息を止め──

「キ……キイヤアアアアアアア──────!」

 開口一番、人生最大であろう声量で悲鳴を上げ、シーツの上をジタバタと後じさった。

「な、な、な、な……!?

 混乱の極みのさなか、それでも自分の体のボディチェックをする。パジャマの前ボタンはだけているが下着はつけたままだ。お腹や胸元などの肌が少し湿っているのは……考えたくもない。ズボンは大丈夫、まだ脱がされていない。ということはショーツも……無事だ。

 耳の奥がドク!ドク!ドク!と脈打って、周囲の音などまともに聞こえなさそうだったが、それでも芽以子は涙目になってキッとその人間を睨み付ける。

「な、何よなんなのよあなたは!?

 睨み付けた人間は、女性だった。

 それも、同性の芽以子でさえ、絶句するほどの美少女だった。

 あまりに均整の取れた顔立ち。輪郭はキレイな逆たまご型でその頬はとても柔らかそうだ。真っ白な柔肌は高揚しているせいかほのかに赤く染まっている。花弁のような桃色の唇の線は細く繊細。頭髪は見事なブロンド。そのブロンドは、神に贔屓(ひいき)されたとしか思えないほど黄金色に輝いき、ゆったりとウエーブがかかっていて細い体の腰元にまで到達していた。

 そしてその体の、華奢なのに豊かなこと。なぜか、彼女は生まれたままの姿であらせられるので(横に脱ぎ捨てられたドレスと下着が散乱している)、その神々しいまでの肢体があらわになっていた。

 触れば壊れそうなほど細い全身のくせに豊満な乳房。純白で張りのある肌。その上気した肌にうっすらと滲む汗すらも宝石のように輝いて、その汗が伝っていく腰は彫刻のようなくびれを見せる。

「あなた誰なの!?

 生まれたままの姿を隠そうともしないその美少女、なのに痴女に向かって、芽以子は再び声を荒げる。

 ぽやん……と、少し惚けた感じの碧く大きな彼女の瞳をじっと見ていると催眠術でもかけられてしまいそうだった。

「ワタクシ、ですか?」

 その痴女は、ぐいっと芽以子へにじり寄る。芽以子は慌てて、はだけたパジャマの胸元をたぐり寄せると後退した。しかし、すでにベッドの隅に追い込まれる。

 祭壇前に、なぜか設置されているキングサイズベッドの上で、二人の女子は拮抗していた。

「わたくしは──」

「ちょ、ちょちょっと! これ以上近寄らないで!? 舌噛み切るわよ!?

「わたくしは──」

 さらにズイッと迫りよる痴女。芽以子はなんとか逃れようとベッドの縁の向こうへと身を乗り出す。

 混乱のあまり、ベッドから降りればいいということには気づかなかった。

「わたくしは、ティアラ。セントクリスファー王国の王女です」

「……はいぃ?」

「そんなことよりも、勇者さま」

 ナントカ王国の王女と名乗った変態美少女──ティアラは、キスでもせんばかりの勢いで顔を近づけてくる。

 彼女の吐息が、芽以子の唇に触れた。

「わたくしと、甘い一夜を──」

「ナニいってんのアナタ!? わたしは女よ!?

 ティアラはクスリと笑う。

「もちろん、存じてますわ」

 ──このオンナ!?

 芽以子の中で雷光のごとき直感が降り注ぐ。

 ──真性のレズムスメだ!

「さぁ、ゆうしゃ──」

「ふ・ざ・けるなーーーーー!」

 芽以子は力の限りティアラを突き飛ばす。

「えっ?」

 そう、突き飛ばしたはずだった。しかし驚きの声をあげたのは芽以子のほうだ。

 芽以子は腕っ節の強いほうでもなんでもないが、こんな華奢な美少女ひとり突き飛ばすことなど造作もない、と思って疑わなかった。

 しかしなぜか、気づけば自分が組み伏せられて仰向けになり、しかもいつのまにかベッド中央に移動しているかと思えば両手両足を押さえつけられて、こんな小さな女の子が組み敷いているだけだというのに手足がまったく動かない。

 芽以子を見下ろすティアラは、狩りをする肉食獣のごとき息づかいになり、いよいよ顔を真っ赤にさせて、しかも、ここまで欲望むき出しになっているというのに絶世の美貌を損なうことがないというのはもはや天恵としかいいようのない──と、ほとんど狂乱しかけている芽以子の頭脳の、唯一冷静であるどこかの部位がそう(ささや)いた。解決策を導き出せないあたり、つまりは混乱の極みなのだろうけれども。

「さぁ、勇者さま……ワタクシとともに一夜を──!」

「や、やだ……ちょっと本気!? 嘘でしょ? やめて誰か助けてーーーー!」

(Kindle本に続く)

冒頭に戻る