LIGHT NOVEL
普段はラーフルが付き添っているのですが、今日はちょっとした用事で王城外に出払っているので、珍しくわたしは一人でした。
さらにこのフロアは王族専用なので、広い廊下だというのにわたし以外は誰も歩いていません。清掃をしている侍女達も、午前中にはその仕事を終えたようです。
(ふぅ……いささか疲れましたね。昼食もまだでしたし、少し休憩しましょうか)
ということでわたしは、空中庭園のテラスでひと息つくことにしました。侍女を呼ぶまでもなかったので、自分で紅茶とフルーツを用意すると、テラスへと足を運びます。
するとテラスには先客がいました。
(……猫?)
わたしはわずかに驚きながらも、芝生の上で寝転んでいた猫を見ました。猫はわたしに気づかないのか、気持ちよさそうにひなたぼっこをしています。
(どこから入ってきたのかしら……?)
王城には空中庭園が複数階に設けられています。最上階は、わたしが壊してしまったのでまだ工事中ですが、それ以外にも要所要所のテラスに草木が植えられているのです。
そしてこの空中庭園は六階です。このような高さにまで、猫が登ってきたことに驚きました。王城は山なりで、外壁には様々な突起物も多いですから、登って来られなくはないのかもしれませんが……果たして帰れるのでしょうか?
そんなわたしの心配をよそに、猫は大きく伸びをしてから起き上がります。そしてこちらを見てきました。紅茶の匂いで気づいたのかもしれません。
猫はすぐ逃げるかと思ったのですが、じっとわたしを見てから、足音も立てずにこちらへとやってきます。人を怖がらないところを見ると飼い猫でしょうか?
そうして猫は、足元まで来るとわたしを見上げてきました。
「……あなた、もしかしてお腹が空いているの?」
「にゃあ」
猫は、なんとも言えない仕草で鳴き声を上げます。わたしは、フルーツを一切れつまんでからしゃがんで、猫の口元に近づけますが食べようとしません。
どうやらお腹が空いているわけではないようです。
「わたしが邪魔なのですか?」
猫は縄張り意識が強いという話ですから、この庭をすでに自分の縄張りとして、だからわたしが邪魔なのかとも思ったのですが、しかしそういうわけでもないようです。
「にゃあ」
なぜなら猫は、わたしの手に頬をすり寄せてきたからです。
「もしかして……甘えたいのですか?」
「にゃあ?」
猫の言葉が分かればいいのですが、いかに超絶天才美少女であるわたしと言えども、猫の鳴き声を翻訳する魔法は作れません。
であれば猫の気持ちになって考えてあげる必要があり、相手の気持ちを理解するには相手になりきることが大切です。
ということでわたしは、とりあえず猫の鳴きマネをしてみました。
「に、にゃあ……」
恐る恐るわたしが鳴きマネをしてみると、猫は、愛らしくも小首を傾げてきます。
「にゃあ?」
「にゃあ、にゃあ……」
「にゃあ」
ふ、ふむ……これはなんというか……非常に気恥ずかしいですね……
というかいま思い出しましたが、そもそもわたし、猫の鳴きマネをアルデに見られたことがありましたし……見られたというか、見せたというかでしたが……
あのときは非常に恥ずかしかったです……!
もっともアルデも動揺していたようで、だからすぐに流されたのがせめてもの救いではありましたが……
ま、まぁいいです……この場には、アルデはもとより侍女の一人もいませんからね。
わたしが猫に成りきったところで誰も見ていないのですから、恥ずかしがる必要はありません。
ということでわたしは、猫の気持ちを理解すべく猫語を続けます。
「にゃ〜あ、にゃ〜あ」
すると猫も、わたしの猫語に呼応するかのようなタイミングで答えてくれます。
「にゃあ」
だからわたしは、つい興が乗ってきます。
「にゃ〜あ、にゃ〜〜〜あ」
「にゃあ」
「にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃ?」
「にゃあ?」
「にゃにゃにゃんニャン? にゃ〜にゃ〜にゃ〜?」
「にゃあにゃあ」
「にゃ〜にゃ、にゃ〜にゃ?」
「にゃあにゃあ♪」
なんとなく意思疎通が出来ている気がして、わたしはちょっと嬉しくなりました。だから──
「にゃにゃニャン♪ にゃにゃニャン♪ にゃにゃにゃんニャン♪♪」
──などと、まるで歌うかのように猫語を放ち、そうして猫と戯れていると、ふと。
「……!?」
背後で人の気配!?
わたしは驚いて振り向きます!
「アアア、アルデ!?」
と、そこには……
テラスの出入口で、普段のマヌケ面をさらに間の抜けた感じにしたアルデがいるじゃないですか!?
「あああ、あなた!? ここで何をしているのです!?」
驚いたわたしは、立ち上がって数歩後ずさると……
アルデは、気まずそうな顔つきで言いました。
「いやあの……王城内で迷ってな?」
「ここは王族専用フロアですよ!? なぜ迷い込めたのですか!?」
「そうだったのか? 言われてみれば確かに、フロアの出入口に門番がいたけど、特にお咎めナシで通されたぞ?」
そそそ、そうでした!?
アルデは、制限なく王城内を回遊できるようにしたのでした!
「だ、だからといって! 人のことを盗み見るとはどういう了見ですか!?」
「いや……盗み見たつもりはないんだが……」
そうしてアルデは、ふと視線を下げます。
アルデの視線の先には猫がまだいて……
わたしの大声にもめげず、大きな欠伸をしていました。
そんな猫を見てから、アルデが言ってきます。
「まぁいいじゃんか」
「よくありませんが!?」
「今度はちゃんと猫のようだったぞ」
「褒めているつもりですか!?」
と、いうことで……
わたしは……
アルデの前で、二度も醜態を晒してしまうのでした……
もう二度と、猫の鳴きマネなんてしませんからね!?
(おしまい)
Copyright(C) Naoya Sasaki. All rights reserved.