LIGHT NOVEL
最初は緊張していたフォッテスさんでしたが、お酒の力もあってか、メインディッシュが来る頃にはすっかり出来上がって──もとい打ち解けていました。
……いいなぁ、お酒……などとはまったくもって思ってもいないわたしは、葡萄酒を呑むフォッテスさんがうらやまし──く思うはずもなく、微笑ましい気持ちでした!
そんな感じでメインディッシュも食べ終えて、あとはデザートを残すのみとなったところで、フォッテスさんが急に立ち上がります。
はて……お手洗いでしょうか?
給仕もそう考えたのか、フォッテスさんに近づいて耳打ちをしますが、フォッテスさんは首を横に振りました。
それから、ほんのり赤い顔でわたしを見つめてきます。ちょっと目が据わっているような……
「ティスリさん……少しいいですか?」
「え……あ、はい。なんでしょうか?」
わたしは、フォッテスさんに言われるまま部屋の隅までやってきます。アルデ達には聞かせたくない話なのでしょうか?
部屋の隅までくれば声は届かないと思いますが、フォッテスさんは、念入りに声を押し殺して言いました。
「アルデさんとはその後どうなのでしょう……!?」
「アルデとその後、ですか?」
わたしはその質問の意図が分からず、とりあえずアルデの近況を答えることにします。
「今は、国軍の指南役として仕事をしてもらっていますよ?」
「そういうことじゃなくて!」
フォッテスさんは、据わった瞳をぐぐっと近づけてきました。
「アルデさんとはどういう関係になったのか、ということです!」
「えーっと……?」
わたしとアルデの関係なんて、説明するまでもないと思いますが……わたしは首を傾げながらも答えました。
「それはもちろん、王女とその家臣、ということになりますが、言われてみれば確かに、今のアルデは城内での立場が曖昧です。あえてそうしているという理由もあるのですが──」
「そうじゃなくて!」
どうやらわたしの回答は的外れだったようで、フォッテスさんがちょっと苛立たしげな表情になりました。
それからすぐに、フォッテスさんが耳打ちしてきます。
「もう、お付き合いしてるんですか……!?」
「お付き合い……?」
「外出に付き合うとか、刀剣で突き合うとか、そういう意味じゃないですよ!?」
「えっと……」
「恋愛的な意味です!」
「れ……!?」
思いも寄らないことを言われて、わたしは思わず大声を出してしまいます!
「そんなことあるわけないじゃないですか!?」
すると、向こうで談笑していたアルデとベラトさんがこちらを向きました。
「おーいティスリ、どうした?」
「な、なんでもありません!? ベラトさんと談笑しててください!」
アルデが問いかけてきますが、わたしは適当に誤魔化します。
するとフォッテスさんがため息をつきました。
「はぁ……やっぱり、そうですよねぇ……」
「な、何がそうなのかさっぱりなのですが……」
わたしたちは、さらに身を寄せながら小声で会話を続けました。
「だ、だいたいですね? アルデとそのような関係になるのはおかしいのですよ? そもそもアルデはわたしの護衛であり、従者であり、たまに実験体であるからして──」
「じっけ……なんですって?」
「そこはどうでもいいのです! と、とにかく! 確かに王城内では側近ということにしていますが、それはアルデが自由に行動できるようにという配慮をしただけであって、だからこそわたしとアルデの関係は──」
「アルデさん、モテると思うけどなー?」
「なっ……!?」
畳みかけるかのように、思いも寄らなさすぎることを言われて、わたしは絶句します。
「ほら、フェルガナ領都での武術大会だって、あっという間にファンクラブが結成されたじゃないですか」
「そ、それは……!」
「そもそもアルデさん、お顔だっていいし」
「あんなアホ面がいいのですか!?」
「あ〜、なるほど?」
フォッテスさんは、なぜか呆れた顔つきになり、片手に持ってきていた葡萄酒をコクリと呑んでから言いました。
「ティスリさん、アレですよ。王侯貴族に囲まれた生活だったから、美的感覚が偏ってるんですよ」
「そ、そうでしょうか……」
「確かにお貴族様男子は、彫刻のようにお顔が整っている人が多いです。いわゆるイケメンですね」
「イケメン……?」
「でもわたしからすると、ああいう均整の取れすぎた顔は好かないんですよ。それよりも、個性的なお顔のほうが好みですね。堀が深かったり、逆に切れ目で鋭利な感じだったり、あるいは感情表現が豊かだったり」
「そ、そのようなものですか……」
「ええ、そのようなものなんです。例えばうちのベラト。童顔なのにそこそこ強いというのはギャップ萌えされるんですよ!」
「ぎゃっぷ……?」
「だから地元では結構モテたのに、どうしてか女っ気がぜんぜんなくて……お姉ちゃん、かなり心配だわ……」
「そ、そうなんですか……?」
「そしてアルデさんの場合! スタイルも抜群じゃないですか!」
「ま、まぁそれは……護衛や衛士をしているわけですし……」
「でも大男のような筋骨隆々というわけではなく、さりとて貴族男子のようにガリガリでもない。いわゆる細マッチョ!」
「ほそ……なんですか?」
「正確には、細マッチョというにはちょっと骨太の印象ですけどね。でもそこがいい!」
「は、はぁ……?」
「仮にお顔が好みじゃなくたって、アルデさんの背中を見たら、どんな女子だって一目惚れです!」
「な、なぜに……?」
「だってあの逆三角形の背中! 男は背中で語るものですからね! 例えばわたしと出会ったときのように、酒場でしつこく絡まれていたところにアルデさんが助けてくれたあと、その場を去る後ろ姿を見た日には、もはやイチコロですよイチコロ!」
「あ、あの……フォッテスさんは……」
あまりの熱の入りように、わたしはちょっと引きながらも、でもそれでいて不安感が膨らんでいき……
だから思わず聞いてしまいます。
「もしかして、アルデの事が好きなのですか……?」
そうするとフォッテスさんはポカンとしました。あまりにも意外なことを言われて反応出来ない、という感じです。
「あの、フォッテスさん……?」
「ふむ……それは考えたこともありませんでしたが……」
フォッテスさんは、再び葡萄酒を一口呑んでから言ってきます。
「もしも、ティスリさんが側にいなかったなら、惚れていたかもしれませんね」
「……!?」
自分で聞いたというのにその答えが意外すぎて、わたしは目を見開きます。
「でもティスリさんが一緒でしたから、わたしはそういう気は起こらなかったですけど。ただ……」
「た、ただ……?」
「わたし以外の人は、そうじゃないかもですよ? アルデさんの身近で片思いをしている人、いるんじゃないかなー?」
「か、かたおもい……」
そんなことを言われて。
脳裏によぎった人は──ミアさん。
花火大会に向かう途中で目撃してしまった、ミアさんの姿でした。
「ティスリさん!」
いきなりフォッテスさんに呼ばれて、その記憶が霧散します。
「もしかして、思い当たる人、いるんですか……!?」
「そ、それは……!」
「ならまずいですよ! 男なんて、言い寄られたら誰でもコロッといきますよ!?」
「コロッと!?」
「そうです! 例え意中の相手がいても、そこそこの美女に言い寄られたら、あっさりと鞍替えするものです!」
「鞍替え!?」
「だから一刻も早く、アルデさんを誘惑しないと!」
「アルデを誘惑!? ってちょっとフォッテスさん!?」
考えをまとめる暇も与えてくれず、フォッテスさんは、わたしの手を引いて円卓へと戻ります。
しかし着席はせずに、アルデの隣へとわたしを連れてきてしまいました……!?
「さぁティスリさん! 今ここでやっちゃいましょう!?」
「なにを!?」
「とりあえずアルデさんに抱きつくのです!」
「なぜに!?」
アルデのほうは、やっぱり相変わらずのアホ面でポカンとしてて……目が合います!
「えーと……おまえら、なにしてんの?」
「わたしに聞かれても!?」
一方ベラトさんのほうは、立ち上がるとフォッテスさんの手を取りました。
「もう……姉さん、悪酔いしてるね?」
「悪酔いなんてしてないもん!」
「絡んでる相手が誰だか分かってる?」
「ティスリちゃんよ!」
「いやちゃんて……いくらお忍びとはいえ、ティスリさんは王女殿下だからね?」
「王女!?」
お酒の勢いで、どうやら身分のことをすっかり忘れていたらしいフォッテスさんは、ベラトさんにそう言われると──いきなり顔面蒼白になりました。
「ももも、申し訳ございません殿下!?」
「い、いえ……構いませんよ。むしろ、そうやってくだけてくれたほうが嬉しいですし……」
わたしがフォローを入れると、ベラトさんがため息交じりに言いました。
「いえ……そもそも姉の酒癖は、平民同士でも普通に困ったものですので。本当に申し訳ありません。今日はペースが妙に早かったですし、なおさら酔ったのでしょう」
「そ、そうですか……」
酒癖の話を言われて、どういうわけか、わたしにも思い当たる節がなきにしもあらずなので、背中にうっすらと冷や汗を掻いたりしましたが……それはともかく。
事態がなんとか収拾しかけたところで、案の定というべきかアルデが余計なことを言ってきます。
「まぁそのくらいの酒癖なら可愛いもんさ。ティスリなんてもっと酷いからな」
「あなたは黙っててください!」
わたしが一喝しているのに、アルデはお構いなしにさらに言ってきます。
「っていうかお前、フォッテスに勧められて呑んだりしてないだろうな?」
「呑んでませんよ!」
「じゃあ、なんでそんなに真っ赤なの?」
「……!?」
そんなことを指摘されて。
わたしは数秒ほど硬直した後──
──怒号を放ちます。
「あなたのせいに決まってるでしょ!?」
「なんでだよ!?」
と、そんな感じで……
ふたたび恐縮してしまったフォッテスさんをなだめすかし、そうしたらまた絡まれたりしながらも……なんだかんだと楽しいひとときは過ぎていくのでした。
ただ、わたしの脳裏には……
どうしてか、ミアさんの顔がチラつくままだったのが……
不思議でなりませんでしたが。
(おしまい)
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