LIGHT NOVEL
「あんたって、アホの子だったのね」
「んな……!?」
大貴族の嫡女である
「あ、あなた、いったい誰に向かってそのような口を──」
「アホの子確定のリリィに向かってだけど?」
「ぬぐぐぐぐ……!」
今は学校のお昼休み。学食で食事を始めたとたん、ユイナスが暴言を吐いてきたのです……!
だからわたしがキッと睨みますが、ユイナスはお構いなしでさらに言い返してきます!
「だいたい、あの小テストの結果は何よ? あんた、このままだと落第するんじゃない?」
な、なるほど……先の四限目で返却された小テストを見て、ユイナスはわたしをアホの子などと決めつけてきたのですね。
た、確かに……あの小テストの結果は芳しくありませんでしたが……落第などとは大げさにも程があります!
だからわたしは、胸を張って言ってやりました!
「た、たまたまですわよ! たまたま! わたしは、魔法学がちょっと苦手なだけですわ! 何しろ魔法が使えないのですから致し方ありません!」
未だに、貴族の誰もが魔法を使えると思われているようですが、実はそうではありません。魔法が使えるか否かは確かに血統によるのですが、近年は、その血統をもってしても魔法の才覚を発揮できる貴族はごく少数となっているのです。
そんな状況であるのにも関わらず、お姉様のような、ズバ抜けた才覚を発揮──いえもう才覚などという生易しい表現で済むはずもなく、まさしく神に選ばれた天子とでも言えばいいでしょうか?
そしてわたしにはその才覚はなかったのですから、ここは素直に苦手であるとを認めざるを得ないわけです。
「いずれにしましても、魔法が使えない身で魔法を勉強するのは大変なのですよ!」
などと蕩々と説明してあげたのですが、ユイナスはぜんぜん聞いていなかったのか、パンをかじりながら面倒そうに言いました。
「わたしだって魔法使えないし」
「うぐっ……!」
「でもわたし、魔法学満点だし」
「ぬぐっ……!」
「そもそも、魔法学なんて暗記すればいいだけでしょ。なのにどうして赤点なのよ」
「ぐぅ……!」
あ、暗記すればいいだけって……
魔法学に、いったいどれほどの知識体系があるのか分かっているのですかこのコは!?
しかしここで言い負かされては大貴族の名折れです! だからわたしはまっとうな意見でもって反論します!
「そもそも! 魔法が使えないわたしたちが魔法学を習ったところで、いったいなんの役に立つというのですか!」
「魔法が使えなくても、魔法そのものを開発することはできるでしょ。そのおかげで、王都は夜でも明るいし、井戸に行かなくても水が出るし、
「そ、それは……そうかもしれませんが……」
あっさり言い負かされたわたしは、いささか気勢を失いましたが、しかしここで黙っていては、わたしがアホの子だと認定されてしまいます!
だからわたしがさらなる言い訳──もとい反論をしようとしたとき、ユイナスが先に言ってきました!
「だいたいさ、あんた、算術も駄目だったじゃない」
「うぐっ……!」
「さらには地政学も不出来。貴族なのに」
「ぬぐっ……!」
「かろうじて点数のついた歴史は、ティスリに関する現代史だけ。一分野だけよくても試験は通らないわよ?」
「…………!」
もはやぐぅの音も出なくなったわたしは、ちょっぴり涙目になりながらも、それでも貴族の気概をみせてやるのです!
「べ、別に……勉強が出来なくたって……大貴族であるわたしなら将来は安泰ですし……」
「ふぅん。あんたがそれでいいというならいいけどね」
ユイナスは、わたしをなじってくるわりに関心がないのか、鶏肉のソテーをモグモブしてから言いました。
「ま、あんたの成績を見て、ティスリがなんというかは知らないけど」
「……!」
こんなところで、急にお姉様の名前を出されてしまい……
わたしは思わず、滝汗になってしまいます……!
そんなわたしの様子を見たユイナスは、さらなる呆れ顔になりました!
「あんた、まさか」
「………………」
「ティスリに、嘘の成績を言ってるんじゃないでしょうね?」
「………………!?」
こ、このコは……
どうしていつも、こんなに勘がいいのですか!?
もはや滝汗を止められないわたしに向かって、ユイナスはお手上げのポーズを見せつけてきます!
「だとしたら、わたしがいくら仲を取り持とうとどうにもならないんだから、あとで恨み言いわないでよ?」
「…………!」
「とはいえ落第したら、どう取り繕ってもバレるでしょうし。何しろ最近のティスリは、週になんどもわたしたちの屋敷に来てるわけだし?」
「…………!!」
「これまでは誤魔化せたでしょうけれども、こうも頻繁に会えばね? 落第しようものなら一発でバレるでしょコレ」
「…………!?」
「ということでさ、あんた、ティスリに言ってよ。頻繁にうちにくるなって──」
「ユイナス!!」
わたしはガバッと立ち上がると、ユイナスの両手を取りました!
「勉強を教えてくださいまし!」
「はぁ……?」
まずい、まずいですわ!?
確かにユイナスの言うとおり、最近のお姉様は、うちに来て夕食を一緒になさってくれます!
だからわたしはもう毎日ウッキウキで、ずっと我が家にユイナスがいてくれればいいのにと思っていたのですが……!
しかし確かに、ユイナスの言うとおり……
頻繁にお姉様に会えるということは、日常のたわいない会話から、わたしの成績がバレてしまう可能性は大いにあります! いわんや落第なんてしようものなら誤魔化しきれません!
つまりは是が非でも成績を上げねばならないのです!!
しかしユイナスは、面倒そうな顔つきです!
「えー……それより、ティスリに来るなって言ってよ」
「なんでですか!? そもそもあなたの役目は、わたしとお姉様の仲を取り持つことでしょう!? お姉様を拒否したら本末転倒じゃないですか!」
「ちっ……バレたか」
「バレるとかバレないとかそう言う話じゃないですわよ!?」
「いやあんたアホの子だし、この程度の理論武装でも言いくるめられるんじゃないかと思って」
「わたしを見くびりすぎでは!?」
「ならもっと成績あげなさいよ」
「そのためにもあなたの協力が必要なのですわよ!」
「えー、めんどい。普通に家庭教師を雇えばいいじゃない」
露骨にイヤな顔をするユイナスに、わたしは、かつて味わった苦い思いを吐露します……
「家庭教師では……駄目なのです……」
「なんでよ?」
「その……わたしの身分が原因だと思うのですが、皆さん遠慮して、その結果、成績が上がらなかったのですよ……!」
「あー、なるほど。大貴族のあんたを前にしたら、厳しい指導が出来ないって訳ね」
「その通りですわ! その点あなたなら問題ないでしょう!?」
「……ほう?」
なぜか、ユイナスの目がすっと細まります。
「つまりわたしに、厳しい指導をしてほしいと?」
どういうわけか、ユイナスから殺気めいた何かを感じ取り、わたしは思わずたじろぎましたが……しかしここで乗せておかないと家庭教師を受けてくれそうにありません……!
「そ、そうですわ……ちなみにもちろん、お給金も出しますわよ?」
「へぇ? おいくらなのかしら?」
「そ、そうですわね……」
わたしは、かつての家庭教師に出していた給金を思い出します。
「毎月、金貨一枚でどうでしょう?」
「乗ったわ!」
するとユイナスは食い気味に言ってきます!
「あんたをなじるだけで金貨をもらえるなんて美味しすぎでしょ!」
「なじるのではなく指導ですわよ!?」
「どっちだって同じよ。なぜならあんたみたいなアホの子は、相当に厳しくしつけなくちゃだし」
「しつけではなく教育ですわ!?」
と、この時点ですでに……
わたしは、家庭教師をユイナスにお願いしたのは間違いだったと気づくのですが……
しかし落第でもしようものなら、確かにお姉様に見放されるかもしれず……
もはや、後には引けません……!
「ということでリリィ! まずは『お手』から始めましょうか!」
「だからしつけではありませんわ! っていうか人間扱いもされないんですの!?」
と、いふことで……
向こうしばらくは、地獄の勉強会が始まるのですが……
わたしは唯々諾々と従うしかなくなるのでした……
っていうか!
なんでユイナスはあんなに頭がいいんですの!?
普段の言動から、てっきりお馬鹿さんだとばかり思っていたのにズルいですわ!!
(ちゃんちゃん)
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