LIGHT NOVEL
「ア、アルデ・ラーマ!?」
「へ……?」
いきなり名前を呼ばれたのでオレは面食らうも……いちおう相手は騎士様だ。城内ではティスリの威光があるとはいえ、ここで無視するわけにもいかない。
ということでオレは、軽く会釈してから聞いてみた。
「えっと……面識がありましたっけ、オレ達」
「面識があったか、ですって!?」
女性騎士は、驚きを隠しもせずに言ってくる。
「あなた、わたしのことを覚えていないのですか!?」
「え、ええ……すみません」
はて……衛士時代は、王城内に立ち入ることが許されていなかったから、騎士なんかとは面識がなかったのだが……いわんやこの騎士、けっこうな美女だし、会っていれば覚えていると思うんだが……
オレが首を傾げていると、彼女は名乗ってきた。
「わたしはクルース・ブリュージュです! 王女殿下の親衛隊員にして、ブリュージュ家の長女ですわ!」
「は、はぁ……?」
ティスリの親衛隊員なんて、ますます面識がない……はず。こうして王城に戻ってきてからも、ラーフル以外の親衛隊員とは、なぜか頑なに会わせてくれないからな、ティスリは。
まぁ別に、お高くとまってそうな騎士様なんかとは会いたくもないが、っていうかこの人、オレの名前を知っているということは、どこかで面識があったんだろう。
ここで波風を立てるのも得策ではないので、オレは下手に出ることにした。
「すみません、オレには記憶がありませんでして……どこで会いましたっけ?」
「し、信じられませんわ! わたしは、あなたのせいでとんでもない噂を立てられたというのに!」
「うわさ……? えっと……ますます意味が分からないんですが……」
「わたしは、あなたが王城内で暴れ回った際に、侍女に
「暴れ回った……って、あ……!?」
そう言われて、オレはようやく思い出す。
オレとしては、王城で暴れ回ったつもりはないが……ティスリと知り合った直後に、オレは王城の牢屋に入れられたことがある。
だが牢屋から抜け出して、城内をうろついていたとき、このコと出会ったのだ。
ああそうだ、給仕と言えば確かコイツは──
「──お前! オレに毒を盛ろうとしたヤツか!」
「そうですわよ!」
そうだ、ハッキリと思い出したぞ。腹を空かせながら王城内を彷徨っていたときに、ビーフシチューを作っていたのが彼女で、しかも疑いもせず分けてくれたから、オレは感動してご相伴にあずかろうとしたってのに……そのシチューは毒入りだったのだ!
「お前、あのときはよくも──」
「ま、待ちなさい! アレは命令だったんだから仕方がないでしょう!?」
「仕方ないってか、あのあと大変だったんだからな!」
「それはこちらの台詞ですわよ!?」
「はぁ?」
どう考えても、毒殺され掛けたオレは被害者だというのに、なぜかこの女──クルースだっけ?──は怒りを露わにしてくる。
「あなたに
「はぁ? 何言ってるんだ、お前は」
「でもそのおかげで、ラーフルとの絆はより一段と深まったことについては……お礼を言っておきますわ!」
「だから何の話だ?」
「とにかく! あなたの辱めは一生忘れないと言っているのです!」
「バカ言え!? オレはそんなこと──」
と、そこで。
背後から、もーーーれつな殺気を感じた!
「!?」
オレはその場から飛び退く。なんと、その殺気だけで守護の指輪も発現して、オレの周囲に結界が展開された!
こ、こんな殺気を放つヤツが王城内にいるだと!? まさか四大貴族の刺客か!?
オレは慌てて振り返る──と。
そこには。
角を生やしたティスリがいた。
* * *
と、そんなわけで。
オレは、王城敷地内にある裁判所に連れてこられていた。
荒縄で体を簀巻きにされた上で。
「こんなん人権無視だ! せめて荒縄を解け!」
「被告人は、許可ある場合のみ発言するように」
裁判官席で、絶対零度の視線でオレを見下ろすティスリだが……しかしここは言い負かされないぞ!
なにしろオレは、やましいことは何一つしてないんだからな!
「うっさい! だいたいお前はいつもオレを責めるが、そのすべてがお前の勘違いと早とちりと──」
「
「──むぐっ!?」
って、なんだ!?
唐突に口が開かなくなった──って魔法かよ!?
そこまでするか普通!?
それでもオレは、喉の奥でうなり声をあげてやるが……裁判長ティスリは、有無を言わさず話を進める。
「では裁判を始めましょうか」
「むーむーむー!(ならば弁護士を付けろ!)」
「検察官……はいませんので、わたしが起訴状を朗読します」
「むーむーむむー!(検察官もいないのに裁判になるか!)」
そう──この法廷には、オレとティスリ、そしてわざとらしく目元を拭くクルースしかいない。
つまり裁判を開始するまでの諸々の手続きとかガン無視なのだ。何しろオレは、ティスリに見つかった直後にグルグル巻きにされたあげく、この法廷にしょっ引かれたわけだからな。
だからこんなの裁判でもなんでもねぇ! 裁判所を使っただけの大げさな吊し上げだっつーの!!
しかしそのオレの怒りを完全スルーすると、ティスリが起訴状なるものを読み上げる。
「被告人アルデ・ラーマは、過日、王城地下の厨房において、被害者クルース・ブリュージュに対し、脅迫をもってわいせつな行為に及び、同人に心身の双方で重大な傷害を負わせたものである。よって、被告人アルデ・ラーマの行為は、刑法第118条に定める強制性交等罪に該当するものである」
「むーむーむー!!(おいふざけんな!? オレはまったくの潔白だ!)」
「どうやら、被告人は罪状を否認しているようですね」
「むむむーーー!(当たり前だ!!)」
「あくまでも否認するのであれば、証拠調べに入りましょう。まずは、本事件の重要な証人である被害者、クルース・ブリュージュの証言をお願いします」
「はい、分かりました」
そうしてクルースは証言台に立った。涙を誘う表情と声音で証言を始める──といっても裁判所にはオレ達三人しかいないのだが。
「では、わたしが検察官として主尋問を始めましょう」
「むーむーむむむー!(だからなんでお前がやるんだよ!?)」
「被害者であるクルース・ブリュージュさん、事件の当日についてお聞きします。アルデ・ラーマにどのような恐ろしい目に遭わされたのか、具体的に証言してください!」
「はい、分かりました……」
そうしてクルースは、涙も出ていないというのにハンカチで目元を拭ってから答えた。
「そもそも被告人は、脱獄囚として王城地下を徘徊していました」
「むむむんむーーー!!(そもそも投獄されたのが冤罪だっつーの!!)」
「そのため、わたしに下された命令は毒殺。でも仕方がないことでした。王城が消し飛びかねないほどの魔具を彼は所持していたのですから」
「むんむむむーーー!!(冤罪の上、仕方がないで毒殺されてたまるか!!)」
「しかしどういうわけか、被告人は毒入りシチューを見抜き……わたしは捕らわれてしまったのです……!」
「む、むん!? むむむんむー!?(お、おい待て!? オレはお前を捕らえたりしてないだろ!?)」
事実無根にも程がある証言に、オレは大いに慌てるが、魔法のせいでもちろん発言が出来ない。だから話に割って入ることもできず、クルースは好き勝手に話を進めてしまう!
「そうしてわたしは、武装解除を強いられて……」
「…………!」
これまで黙っていたティスリだが、話の核心(でっちあげ)に迫るにつれて、裁判官席から身を乗り出している……!
「様々な言葉責めにあったあげく……!」
「…………!?」
ティスリは、裁判官席から落ちるんじゃないかと思うほどに身を乗り出した、まさにそのとき。
クルースがいよいよ、決定的な一言を放った……!
「わたしを手籠めに──しなかったのです!」
「……え?」「……む?」
ティスリとオレ、二人の疑問符が重なる。
しかしそんなオレ達に気づくはずもなく、クルースは、舞台役者にでもなったかのような大げさな身振り手振りで捲し立てた。
「だからわたしは聞いたのです! 『わたしに魅力がないのか』と! なのに被告人は無関心を装ったまま! 本当ならわたしの体にものすっごく興味を持っているはずなのに! そうして被告人は手を出さないまま、わたしを追い返したのです! わたしを指名しておいてですよ!? 酷くないですか!?」
などと、ティスリに同意を求めたクルースだったが……ティスリは、その表情をピクリとも動かさない。
そんなティスリは目にも入っていないのか、クルースは、迫真の演技でもって証言を続けた。
「だというのにわたしは『脱獄平民に手籠めにされた女騎士』などという不名誉極まりない噂を広げられてしまったのです! 手籠めになんてされていないというのに、風評被害も甚だしい! でもラーフルが、一生懸命にその噂を消してくれて──だから彼女のその献身にわたしは──いえそこは論点ではなく、しかしその献身の甲斐もなく今度は『脱獄平民にも相手にされなかった女騎士』ですよ!? 酷すぎますよね!?」
などと、さらなる同意をティスリに求めるクルースだが……ティスリは固まっていた。顔面から滝汗を流し始めたが。
でもクルースは、ティスリの状態なんてお構いなしに、鬼気迫る勢いでオレを睨み付ける。
「分かりましたかアルデ・ラーマ! あなたのせいで、いったいわたしがどれほどの屈辱を受けたのかが! このわたしが受けた屈辱を考慮したならば、もはや極刑が相当だと思いますわ!!」
…………。
……………………。
…………………………………………。
いやあの。
そんな理由で道理が通ると、本気で思っているのか……?
まぁ……クルースのことは……もうどぉでもいいや……
お貴族様は、ほんっとうに、思い込みが激しい連中だからな。今さら何を弁明したところで聞きやしないだろう。
そうしてオレは、そのお貴族様の親玉にして、思い込みの激しさも随一である人物に視線を向ける。
その当人は、一段高い裁判官席の壇上で──オレからサッと視線を逸らした。滝汗を流したまま。
「むん(おい)」
「……………………」
「むむんむん、むーむーむむんむ?(とりあえず、縄と魔法を解けや?)」
「……………………
なぜか意思疎通が出来たらしく、ティスリが小声で呪文を唱えた。
すると荒縄がハラリと落ちて、オレの口も開くようになった。
それを見たクルースが悲鳴じみた声を上げる。
「で、殿下!? どうしてアルデ・ラーマの拘束を解いたのですか!?」
「………………そ、それは……」
ティスリは珍しく
そんな感じで固まっているティスリに対して、オレはもちろん──
──むちゃくちゃ怒っている。
「さて、ティスリよ……」
オレが呼びかけると、ティスリは、相変わらず視線を合わせようとしないが、その代わり両肩をビクリと撥ね上げた。
「ここは法廷だからな」
「………………」
「いちおう、弁明とやらを聞いてやろう」
「………………」
そうしてしばらくの沈黙。
イライラしながらティスリの返答を待つことしばし。
するとティスリは、なぜか悔しそうな顔でオレを見てきた。
「くっ……今日のところは見逃してあげます!」
「それはこっちの台詞──って待て! 逃げる気か!?」
訳の分からない捨て台詞を放ったかと思ったら、ティスリは法廷から逃げ出した!
「戦略的撤退です!」
「ふざけんな! 毎回毎度、訳の分からない勘違いをしやがって! 今回ばかりはもう絶対に許さないからな!?」
「ちょっとお二人とも!? わたしの屈辱はどうなるのですか!?」
などと追いかけっこが始まり、やがて広い王城内での隠れんぼとなり──
──夜通しかけてティスリを捕まえたオレは、渋々ながらも謝罪させるのだった。
ったく、本当にティスリのヤツは……
普段はオレのことを信用しているらしいのに、なぜか、女性が絡むと途端にこちらの話を聞かなくなる。
いい加減にして欲しいものだとオレは思うも──
──久しぶりに、もの凄く悔しがりながら謝罪をするティスリが見られたので、それでよしとするのだった。
(番外編おわり。第6章につづく)
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