LIGHT NOVEL
王城から追放、ならぬ王城『を』追放したティスリとアルデ。
とりあえず、アルデの故郷に向かおうということになって、二人の逃避行はいよいよ始まりました。自由気ままに!
その道中、興味本位でキャンプをしてみたらアルデが風邪を引いてしまったり、そうしたら想像以上にティスリが心配したり。
すると意外なほど甲斐甲斐しくティスリは看病してくれるものの……王女だった彼女の初(?)手料理の味はいかに?
さらに旅先では、良心的な姉弟と出会うことになって、なんだかんだとお人好しのティスリが世話を焼き始めると、やっぱり揉め事に巻き込まれるわけで……
身分を隠しての気ままな旅路だったはずが、どうにも悪徳領主が出しゃばってきます。もうこれは成敗しないと!?
そんな感じのドタバタ異世界ラブコメ第2弾、ぜひご一読くださいませ!
「お姉様はまだ見つかりませんの!?」
リリィは、議場で声を荒げて親衛隊長のラーフルに問うと、彼女は神妙な面持ちで立ち上がりながら、情けないことを言ってきました。
「はい、申し訳ありません……王都近隣の宿場町までは追跡できたのですが、その後、殿下の魔動車に追いつくことができず……見失ってしまいました」
「現在の捜索網はどうなっているのです!」
「数十台の魔動車を購入し、殿下の魔動車が向かわれた方角に向かってローラー作戦を展開しておりますが、まだ発見には至っておりません」
「お姉様は、方向転換されているかもしれないでしょう!?」
「そのときは……現在、領主達に『ティアリース殿下を名乗る人物が自領に現れたなら、丁重にお持てなししつつも、すぐさま王宮に打診すること』と通達しておりますゆえ、例え方向転換したとしても発見できるものと思われます」
「王都から出立されたお姉様が、身分を名乗り出るわけないでしょう!」
「可能性は低いと思われますがゼロとも言い切れません。何かしらの理由で身分を明かさねばならないこともあるかと。そのときは、必ず捕捉できるものと思われます」
「何かしらの理由とはなんですか!」
「そ、それは……定かではありませんが……」
「それにお姉様を騙る輩が現れたらどうするのです!」
「そこは大きな問題はないかと。これまで王族を騙った人間はおりませんし、万が一にも騙りなどすれば、すぐバレる上に即刻処刑ですので」
「分かりました、もういいです……!」
ラーフルは恭しく頭を垂れると着席しました。
「他に何か案はありませんか!?」
わたしが、議場に集まった約300人の上級貴族たちに問いかけると、軍務を司る貴族が手を上げてきました。
「近衛と親衛隊だけではなく、国軍と警備隊を動かすのはいかがでしょうか?」
「どちらもお姉様のお顔を知らないでしょう?」
「そこは似顔絵を配布しては?」
「お姉様は、自身のお姿が周知されるのをよしとしませんでした。だというのに、そのお姉様を捜すためにお姿を晒すというのですか? 仮にそれでお姉様が見つかったとして、お姿を晒したことへの怒りはどうやって静めるのです?」
「た、確かに……申し訳ございません」
彼も、空中庭園での一戦は目撃していますから、それを思い出したのでしょう。顔から血の気を引かせて着席してしまいました。
そもそも、市中警備と治安維持が目的の警備隊だけならまだしも、対外的な戦闘が任務である国軍まで動かしては目立ち過ぎです。お姉様なら、国軍が市中にいるだけで不審に思うでしょうし、警備隊の制服を着せたとしても、その人数の多さだけで状況を察するでしょう。
わたしが苦虫を噛みつぶしたかのような気分でいると、別の貴族が挙手をしてきました。
「では、あのアルデ・ラーマを指名手配にするのはいかがでしょうか? あの男なら似顔絵を公開しても問題ないでしょうし、警備隊だけでなく、冒険者や臣民からの情報も得られます。それでも見つからない場合は、あの男の家族を捕らえればいいかと。家族の所在は掴んでおりますので」
そんな意見に、わたしは再びため息をついてから答えます。
「あのですね……信じたくはないことですが万が一にでも、お姉様があの間男を気に入っていたらどうするつもりです」
「と、言いますと……?」
「間男が指名手配されているとお姉様が知るや否や、この王都に攻め込んでくるやもしれません」
「そ、そんな……まさか……」
「しかし『お姉様が力尽くで間男に誘拐された』ことのほうが信じられないのですよ? 自分の意志で間男と行動を共にしていると考えたほうが自然です。だとしたらあの男はお姉様の従者です。にもかかわらず、お姉様の従者を指名手配するのですか?」
「……そ、それは……」
「いわんや家族を人質に取るなど言語道断です。それでお姉様の不興を買ったなら、お姉様のあの攻勢魔法は、今度はわたしたちに向けられるのですよ? それを覚悟の上で、あの間男を指名手配にするというのですね?」
「も、申し訳ございませんでした……」
やはりこの貴族も、顔面蒼白になって着席してしまいました。
結局のところ……一騎当千かつ才色兼備であらせられるお姉様を出し抜く策など元よりないわけで……
非常に消極的ではありますが、現在ラーフルが遂行している作戦以外、わたしたちに打ち手はないようでした。
「もういいです……分かりました」
わたしはため息をついてからラーフルに視線を送りました。
「ラーフルは、引き続きローラー作戦でお姉様の捜索に当たってください」
「承知致しました」
「わたしは、お姉様が抜けた分の公務をこなさねばなりません。各部署でも今やてんてこ舞いなのですから、皆さん、それぞれの仕事はこれまで以上に迅速かつ正確にこなしてください。いいですね?」
わたしが議場の貴族達を睨み付けると、彼らはげんなりした表情を隠すこともなく、しかしやらざるを得ないわけですから頷くしかないのでした。
お姉様は、いったいどれほどの仕事量をこなしていたのか……この議場にいる300余名の仕事量を一人で安々とこなしていたわけですから、その凄まじさを改めて痛感するしかないですね、本当に……
「キャンプ用品を一揃えしましょう」
ティスリは市中で魔動車を運転しながら、そんなことをアルデに言いました。
助手席に座っていたアルデは、首を傾げつつ聞いてきます。
「きゃんぷ用品? なんだそれ?」
「野宿するための備品一式のことです。貴族の間では、野宿のことを近ごろキャンプと言うようになったのです。もっともこの場合は、必要に駆られての野宿ではなく、レジャーとしての屋外活動ですが」
「ああ、なるほど。この前は宿場町に着くのが遅れて、夜通しで車を運転するハメになったもんな」
「ええ、そうです。そういうときにキャンプ用品があれば、夜通しで運転する必要はなくなるというものです」
「確かになぁ……っていうか、この魔動車は屋根も付いているし、座席の背もたれも倒せるんだから、よくよく考えてみれば魔動車の中で寝ればよかったんじゃね?」
「えっ……!?」
突然、アルデがそんなことを言ってくるものですから、わたしは思わず声を裏返してしまいました。
「な、何を言っているのですかあなたは……!」
「何をって……車の中で寝ればいいんじゃないかと……」
「こ、こんな狭い車内で、わたしとアルデの二人っきりで寝ろというのですか!? まるで枕を並べるかのように!?」
「あ……なるほど?」
わたしが指摘すると、事のまずさにようやく気づいたのか、アルデは気まずそうに頬を掻きました。
どうにも疎いこの男に、わたしはさらに言ってやります。
「広い旅館に寝泊まりしたのにも関わらず大問題になったのですから、二人で車中泊なんてできるわけないでしょう……!」
「まぁなぁ……それは確かに……」
「まったく……いずれにしても、今後も野宿しなければならない場面は出てくるでしょうから、お互いのプライベート空間を確保するためにもキャンプ用品が必要なのです」
「あ、でもさ?」
わたしのもっともな意見に、しかしアルデはさらに言ってきます……この男、どれほどわたしと一緒に寝たいというのですか……!?
「ティスリが防御結界を張れば、別に車中泊でもよくね?」
「はい……?」
「だから、この車の真ん中に防御結界を張るんだよ。こんな凄い指輪を作れるんだから、そのくらいわけないだろ?」
「そ、それは……できなくもないですが……」
アルデにしては意外とまっとうな意見を言ってきて、わたしは、魔動車を運転しながらしばし考えます。
今いるこの都市は、交通の要衝として発展した街で、王都ほどではないにしろ大いに賑わっています。だからたくさんの馬車が道を行き交っていて、わたしはほぼ徐行しながら魔動車を運転していました。歩道も人で溢れていて、子連れの夫婦や男女のペアが楽しそうに歩いています。
そんな平和な光景を眺めながら、わたしは言いました。
「ですが……キャンプ用品は、別に寝袋だけというわけではありませんよ? 調理器具にカトラリーに、あとは屋外で座るための椅子だって欲しいでしょう? そもそも、いつまでも地べたに座って手掴みで食事するなんて、わたしは嫌ですからね?」
「ふーむ……まぁそう言われてみれば確かに。じゃあ食事に使う道具だけ揃えれば?」
「食事道具を揃えるなら、せっかくですしキャンプ用品一式揃えたらいいじゃないですか」
「まぁ別に、一式揃えてもいいんだけどさ……」
アルデは、マヌケた表情を浮かべつつ言葉を続けました。
「おまいさん……いろいろ理由を付けているけど、キャンプってのをしてみたいだけだろ?」
などと、まるでわたしが遊びたいだけのお子様だとでも言いたげな台詞です。なのでわたしは全力で否定しました。
「そんなわけないでしょう……! わたしは、この旅を少しでも快適にするべくあくまでも実用的な提案をしているわけで別にキャンプがしたいなどという子供じみた欲求は──」
「あーはいはい、分かった分かった」
わたしの主張を遮ると、アルデが気軽な感じに言ってきました。
「別にいいじゃんか。子供じみた欲求だって。今は休暇みたいなもんなんだろ?」
「……む。ま、まぁ……それはそうですが……」
アルデにそう言われて、わたしはハタと気づきます。
よくよく考えてみれば、ここ何年も、わたしは休暇を取っていませんでした。
だからアルデの言う通り……わたしは、ほんのちょっぴり、ごくごくわずかな感情ではありますが、キャンプという遊びをしてみたかったのかもしれません。
ほんっと、ささやかなほどの気持ちではありますが。
そんなことを振り返っているとアルデは言いました。
「そういう気持ちに蓋をするのはよくないと思うぞ? ストレスが溜まるからな」
「なんの根拠があってストレスが溜まるというのです?」
「いや、ただの直感だけど」
「……口から出任せにも等しい意見、ありがとうございます」
「ったく、素直じゃないなぁ……」
わたしはこれまで、直感で言われる意見などに賛同したことはないのですが……しかしなぜか、アルデのその意見は聞き入れる気になっていました。
そもそも今のわたしは王女ではありませんし、別に国政に関して議論しているわけでもないですしね。
だからわたしが「ま、まぁ……遊びたい気持ちもちょっとあるというかないというか……」などと言って、アルデの意見を認めてあげたというのに──
──アルデは、わたしの言葉なんてまったく聞かずに! 車の後部座席を見ていました!
ほんっと、落ち着きのない男ですねアルデは!
そんなわたしの憤りにはまったく気づかず、アルデがぼやきます。
「しかしなぁ……そうなると一つ問題があるんだよ」
問題などと意外なことを言われ、わたしは憤りを押し込めて聞き返しました。
「問題……? ちなみにお金なら十分にありますよ?」
「いや、そうじゃなくてさ」
アルデの視線が気になって、わたしは魔動車を道端に停車させると、後部座席に視線を向けました。
すると……思いのほか、後部座席が荷物で埋まっていることに気づきます。
アルデが肩をすくめて言ってきました。
「ま、ああいうことだ。キャンプ用品ってかさばるんだろ? 入れる場所、ないんじゃないかと思って」
ティスリは、市中に点在している馬車の繋ぎ場に魔動車を止めると、後部ドアを開けて、改めて自分たちの荷物を確認しました。
かさばっている積み荷としては、保存食が入った木箱に、わたしたちの衣装ケース、そして何よりも……わたしの鎧でした。
王城でアルデと戦ってから、そのまま旅に出てしまいましたので、戦闘時に身につけていたわたしの鎧を持ってくるハメになったのでした。
今にして思えば、この鎧は、王都の旅館から王城に送ればよかったのですが、そのときは積み荷がどんどん増えていくとは思ってもおらず、そこまで気が回らなかったのです。
そんな積み荷を眺めながら、アルデも同じ事を考えていたのでしょう。独り言のように言いました。
「こうして見ると……思いのほか、鎧ってかさばるんだな」
「そうですね。しかもフルプレートですし」
「そうだよなぁ……ちなみになんだけど、お前は魔法があるんだから、別に鎧を着込まなくてもよかったんじゃね?」
「わたしにとって鎧とは、体を守るためのものではなく、相手を威圧するためのものなのですよ」
「ああ……なるほど。だからなおさら、この鎧はごっついのか」
「そういうことです」
わたしのような華奢な人間が戦場に突っ立っていても、ただただ可愛らしいだけですからね。少しでも体を大きく見せるために鎧を着るというわけです。
それはともかく、だからこの鎧はかなり邪魔になっているわけで……なのでわたしは言いました。
「仕方がありません。この鎧は処分しましょう」
「えっ!?」
わたしがそう決めると、なぜかアルデが驚きました。
「しょ、処分って……この鎧、オリハルコン製じゃないのか!?」
「よく分かりましたね。その通りです」
「いちおう元衛士なんだから多少の武具知識くらいあるわい! むしろ、オレだって分かるくらいに最高級品かつ最硬度の防具ってことだろ! それを処分なんてもったいなくないか!?」
「とはいっても……今となっては、魔動車のスペースのほうが貴重ですし」
「なら衣服を処分すればいいのでは?」
「まぁ……フォーマル系の服は早々使いませんから、一着か二着を残して処分してもいいですが……それをしても大したスペースは作れませんよ?」
「うーむ……確かに。でも、もったいないなぁ……」
「別に捨てるわけではありませんよ。売却するだけですから」
「まぁそういうことなら……仕方がないか……」
自分のものでもないのに、アルデは心底残念そうでした。
とはいえ、旅人の身であるわたしにとっては、もはや鎧は無用の長物であることに代わりありません。なのでわたしたちは魔動車で武具店前まで乗り付けると、フルプレートの買取りをお願いしました。
しかし……ここで問題が起こってしまいます。
オリハルコン製のフルプレートを見た途端、店主の顔が真っ青になったのです。
「も……申し訳ございませんお客様……当店では、これほどの武具を買い取るだけの資金がございません……」
「え? そうなのですか?」
思わぬことを言われて、わたしは目を瞬かせてから言いました。
「別にお安く買い取ってもらって構わないのですけれど」
「いえいえ、安くしようにも、その資金すらない有様でして……」
「なら無料でいいので引き取ってももらえないかしら? 邪魔なので」
「じゃ、邪魔!?」
店主は、飛び上がらんばかりに驚いています。
「お、お客様! この武具の価値が分かっておいでですか!?」
「それはもちろん、分かっていますが……」
「いいえ! お客様は分かっておりません! このフルプレートはオリハルコンでできているわけですが、オリハルコンは採掘が困難なレアメタルの筆頭で、しかも魔法耐性にズバ抜けており──」
店主の、気合いの入った解説が始まりかけたので、わたしは慌てて止めました。
「説明は大丈夫です。これはわたしが作った鎧だから分かっています」
「お客様が作った!?」
店主はいよいよ卒倒しそうになりました。なので倒れられる前にわたしは確認します。
「この鎧を買い取れそうなお店はご存じかしら?」
「この街にそのような店は一軒もございませんよ!? 王都にでも行かない限り無理というものです!」
ふむ……それは困りました……
目を回し始めた店主に、念のため回復魔法を掛けてから、わたしとアルデは店を出ました。
するとアルデが言ってきます。
「ほれ見ろ、いわんこっちゃない。その鎧は途方もないほど高級品なんだよ」
「だとしても、今は粗大ゴミに過ぎませんし……」
「いやお前、オリハルコンを粗大ゴミって……っていうかさっき、自分で作ったとか言ってなかった?」
「ええ。オリハルコンの錬金に成功したので、だからこの鎧を作ったのです」
「……え?」
わたしの説明に、アルデが立ち止まります。
わたしは首を傾げて振り返ると、アルデを呼びました。
「どうしたんです? 急に立ち止まって」
「いやだって……今、なんつった?」
「ああ、わたしが作ったと言っても、鎧の意匠は職人によるものですよ?」
「そうじゃなくて! 何に成功したって!?」
「オリハルコンの錬金と言ったのですが?」
「そう! それ!!」
アルデはわたしをビシィッと指差して、すごい剣幕で言ってきました。
「錬金術だなんて言うだけでもバカげているのに、金どころかオリハルコンを生み出したっていうのか!?」
「ええ、そうですよ」
「いったいどうやって!?」
「この世の理が分かれば、物質を組み替えて生成させることなどたやすいのです。まぁ、それ相応の魔力は必要ではありますが。例えばですね──」
「いや、やっぱいい! お前の説明を聞いてもオレには理解できん!」
自分で聞いておきながら、アルデはわたしの説明を拒否しました。まったくなんなのですか、もう……
わたしは呆れながら、話を本筋に戻すことにしました。
「別に、錬金術はどうでもいいのですよ」
「いや……素人目に見ても、世紀の大発見だと思うが……」
「今は、この鎧がただの粗大ゴミだということです」
「前人未踏の鎧を、粗大ゴミとか……」
「でも、この辺に捨てたりしたら不法投棄ですからね。困ったものです」
「道行く人の誰かが、喜んで持ち帰ると思うが……」
「いったいどうしたものか……」
アルデが、魔動車のトランクに鎧を積み込むのを眺めながら、わたしはため息をつきました。
するとアルデが言ってきます。
「お前のその超魔法で、この鎧をどこかに収納したりできないのか?」
「そういった魔法は考えてこなかったので、今すぐには無理ですね」
転送魔法を応用すれば、亜空間に荷物を収納する魔法──便宜上、収納魔法と呼びますが、それを開発すること自体は不可能ではないでしょう。
ですが、空間制御系の魔法はけっこう緻密なので、数カ月は机に張り付いてじっくり考えねばなりません。そうなると旅の片手間でというのは、さすがのわたしでも荷が重いのです。
ちなみに、これまで収納魔法に関心がなかったのは必要性が乏しかったからです。転送魔法を使えば、そこまで荷物が必要でもありませんでしたので。
だからわたしは言いました。
「まぁ……転送魔法で、わたしが一度、この鎧を王城に持ち帰ることもできなくはないですが……」
「そんなことができるのか?」
「ええ。ですが、この場から王城に戻ることはできても、王城からこの場に戻ることはできません。如何にわたしとて、出口となるゲートは必要ですから」
「まぁ……そうだよな。そうでないと、どんな場所であろうと呪文一つで行けるってことになるもんな」
「ええ、そうですね。転送魔法はそこまで万能ではありません。そして出口ゲートを使うとなると、わたしが王城に戻ったことがバレてしまいます。まぁバレたところで、ゴリ押しでまた脱出すればいいのですけれど……気分的にしたくありません」
せっかく、晴れて王城から出てきたというのに、たかが鎧一つで王城に帰らねばならないというのでは、スローライフの気分が台無しというものです。
そうなると……わたしは次善策を思いつきました。
「まぁ……わたしの居場所が特定されてしまうのは仕方がないとして、役所に出向いて、この鎧を預けてしまいましょうか」
「役所を保管所に使うつもりなのか?」
「保管所というか、元王女の私物であれば王宮に届けるでしょうし」
「なるほど。役所なら郵便局もあるしな」
アルデが苦笑しながら「なら、今から役所に行くか?」と聞いてきたので、わたしは首を横に振った。
「いえ……この街の役所に預けるのは得策ではありませんね」
「それはまたどうして?」
「方角から、わたしたちの目的地がバレてしまう恐れがあるからです」
この旅の目的地はアルデの故郷です。観光も兼ねていますので、ちょくちょく寄り道はしているものの、基本的にはその方角へと向かった進路を取っています。
特に行く当てもないはずのわたしが、なぜ一定の進路を保っているのか……さらにはアルデの故郷も考慮に入れたならば、勘のいい人間なら推察できるかもしれません。
とくに、わたしの親衛隊隊長を務めていたラーフルは頭も回りますから、推察されてもおかしくはないでしょう。
だからわたしはつぶやきました。
「回り道になってしまいますが、今の進路から外れた都市で鎧を処分したほうがいいでしょうね」
アルデは特に気にした様子もなく頷きます。
「別にいいんじゃないか? 急ぐ旅路というわけでもないし」
「そうですね……魔動車があれば、数日の距離で済むでしょうし……」
では、どこの都市に出向くのがいいか?
王宮内で、わたしが気をつけねばならないほどの頭脳を持つのは、ラーフルただ一人と言ってもいいでしょう。であれば彼女の思考を先回りすればいいだけです。
ラーフル相手に先読みするならば、来た進路と正反対では逆に怪しまれますね。
かといってデタラメな進路でも、ただの捜査撹乱としてスルーされる恐れがあります。
であるならば……
わたしは、暗記している自国の地図を思い浮かべながら言いました。
「南西にある都市に向かいましょう。魔動車なら、ここから三日と言ったところです」
「南西を選んだのには意味があるのか?」
「王都から見ると、隣国との国境が一番近いのが南西なのです。きっとラーフルなら、わたしが亡命を考えていると推察するはずです」
「なるほど。ってかティスリ相手じゃ、あっちも分が悪すぎるな」
感心したのか呆れているのか、アルデはなんとも言えない顔で肩をすくめるのでした。
(Kindleに続く)
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