
LIGHT NOVEL

イブのすれ違い騒動の末、アルデは、カップルばかりの高級レストランに独り取り残されていましたが……(笑)
そんなアルデの元に、ティスリからの連絡が。
王城に急行してみれば、敵方の条約反故という不穏な知らせを知ります。
当然ティスリは、民を助けるために立ち上がるのですが……
国柱であるティスリはアルデに心を煩わせて……普段の天才性を発揮できません!?
しかもユイナスまで悪巧みを企てて、やめとけばいいのにリリィを伴って密かに行動してしまう始末。
そんな急転直下の状況に黙っていられなくなったアルデは、とんでもない作戦に打って出て……それは裏目に出てしまうのでは!?
果たしてティスリはこの窮地を脱することができるのか!? そのためには、混乱する自身の気持ちに決着を付けなくてはならない、ということなのですが……果たして!?
いよいよターニング・ポイントとなる第6巻、ぜひご一読くださいませ!
自分の誕生日の準備を自分で行う、という意味不明な状況にティスリが陥っていた誕生日前日。
不穏な知らせが二件飛び込んできました。
一件目はユイナスさんからで、なんでも『リリィが裏切った』とのこと。
しかしこれについては思い当たる節がまったくなかったので、ユイナスさんから事情を聞かなくてはなりません。そのユイナスさんは、いま王城に向かっているとのことでしたから、この後すぐにでも話を聞くことにします。
そうしてもうひとつの不穏な知らせは、独立した貴族──ザルガトス四公領国が条約を反故にしたとのこと。
その知らせは、王城のテラスで休憩を取っていたわたしに、目の前の親衛隊員からもたらされたものでした。
そうしてわたしの脇に控えていたラーフルが、驚きの声を上げます。
「条約を反故にした、だと……? それはいったいどういうことだ……!」
「は、はい。正確には、明日発布される新法なので、現時点ではまだ反故というわけではないのですが……」
「ではその新法の内容は!?」
情勢を見極めるため、四公領国には諜報部員を忍ばせていたのですが、その部員からの報告でした。
まず第一に、各種法令の厳罰化。そうして法令に違反した市民は、財産を没収されるとのこと。
例えばそれが農民だった場合は、農地を領主に返却し、租借地で農業をしなければならなくなります。そうなると税金の他に利用料を領主に支払う必要が出てきます。
次に領主直轄地での賦役増加。つまりより多くの労働を求めるということで、情報を元にざっと計算すると、市民の休日はなくなります。
さらに新たな農地の開墾。賦役増加だけでも時間がなくなるというのに、開墾までさせては、どう考えても時間が足りません。市民が疲弊することは目に見えています。
そしてその上で、すべての公道に通行料を科すとのこと。しかもその額も莫大で、挙げ句の果てには通行料だけに留まらず、共同地や市場などにも各種利用料を科して、様々な経路からの収益が領主達の懐に入り込む新法となっていました。
その内容を聞き、わたしは目を細めます。
「なるほど……実質的に、移動の自由を奪っているということですか。確かにこれでは、条約反故にも等しい行為ですね……」
彼らの言い分としては「条約に則り移動の自由は保障している」ということなのでしょう。しかし、生活費もままならなくした上で通行料を取るとなると……市民は移動できるはずもありません。
ですが……そうと指摘したところで、彼らは知らぬ存ぜぬを決め込むつもりなのでしょうね。だからこそ明日、このような新法を臆面なく発布するわけですし。
わたしが忸怩たる思いでいると、ラーフルも、不快感をあらわに言ってきます。
「殿下……もはやこれでは、臣民は農奴と代わりません……!」
「ええ……そうですね……」
「しかも、殿下の誕生祭に合わせてのこの所業……! これまでの大恩も忘れ、厚顔無恥にも程があります!」
「多少の時間稼ぎになると判断してのことでしょう」
クリスマスが終われば、大半の役所は休暇に入りますから、条約反故を突きつけてくるにはうってつけだったのでしょう。
この数カ月は大人しくしていたので、もしかしたらこのままいい方向に進むのではないかとも思っていたのですが……わたしの考えは甘すぎたようです。
「殿下、いかがなさいますか? 国軍のほうは準備万端ですが」
「いきなり攻め込んでは両国が疲弊するだけです。まずは外交圧力から始めます」
しかしこれほど強引に事を進める四公領国が、外交圧力に屈するとも思えません。
そしてもちろん、かつてのフェルガナ領のように、わたしが単身で乗り込み領主達を逮捕することもできません。条約違反とはいえ、四公領国は今や別の国になった以上、その主権をないがしろにするわけにはいかないのです。
そうなると外交圧力の次は経済制裁ということになりますが……これには時間が掛かります。しかもこの手は市民にも無理を強いることになり……できれば使いたくはありません。
だから結局は武力行使──つまりは戦争ということになります。
気づけばわたしは、両手の拳を握りしめていました。
(見通しが……甘すぎました……)
かつてのわたしなら、このような見え透いた手段など最初から看破できていたはず。そして条約締結時に、その条項も盛り込んでいた──
──いえそもそも、四大貴族独立の企てを事前に潰せていたのでは?
だというのにわたしは、いったいどうして、今回の件を見落としてしまったというのか……
「殿下?」
ラーフルに名前を呼ばれて、わたしはハッとします。後悔が反芻するだけになっていました。
いけない……今は過去を悔やんでいる場合ではありません。どう対処するかが肝心です。
そのためには、もっと情報が欲しい。
それも諜報部員からもたらされるものだけではなく、現地の生々しい情報が。
だからわたしは、ラーフルに言いました。
「諜報部員には、引き続き情報収集に努めるよう指示を出してください。わたしは……そうですね、ミアさんに連絡を取ります」
わたしの言葉に、ラーフルは少し眉をひそめました。
「ミア……というのは、アルデの村で知り合った娘のことですか?」
「ええ、そうですよ。守護の指輪をあげたので通信が可能です。いま装着していればいいのですが」
「殿下、不躾ながら……お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いません」
「どうしてあの村娘と連絡を取られるのでしょう?」
「今回の新法が発布された場合の市民感情を知りたいのです。サンプルは少なくても構いません」
「なるほど……農奴的だという考えは、あくまでも我々の予想に過ぎないと?」
「ええ……市民感情の悪化は避けられないと思いますが、それでもわたしは知りたいのです」
「そうでしたか。殿下のお考えには感服するばかりです」
「……そんな、大それたものではありませんよ」
ミアさん達の生の声を聞きたいのは──
──戦争も辞さないという、わたしの覚悟を固めるために過ぎないのですから。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
ミアは、レストランから飛び出して、しばらくユイナスちゃんを追っていたんだけど……
ドレスとハイヒールでは、どう考えても追いつけるはずもなく、大通りの端で、膝に手を添えて息を整えていた。
(ま、まずい……どうしよう……!?)
そうして汗を拭うこともなく、わたしは思考を巡らす。
イヴの今日、ユイナスちゃんには内緒で、わたしはアルデと食事をしようとしていた。そして段取りを付けてくれたのがリリィ様だった。
でもどうしてか、それをユイナスちゃんに目撃されてしまって……
話し合ってはみたものの、結局は言い合いになって、ユイナスちゃんはレストランを飛び出してしまう。
ユイナスちゃんは、リリィ様のことを『裏切り者』と呼んでいた。それは考え得る限りで最悪の結末になってしまったわけだけど、でもリリィ様にはまったく非がないわけで……
リリィ様はわたしのワガママを聞いてくれただけなのに。
悪いのはわたしなのに。
だからリリィ様とユイナスちゃんが仲違いしてしまうのは絶対に避けなくちゃ……!
でもその解決策がまるで思い浮かばない。
けどこのままユイナスちゃんを放置しておくわけにもいかない。
とりあえず面と向かって話をしなくちゃ……
だとしたらユイナスちゃんは、いったいどこに向かったのか?
飛び出したときの台詞から、おそらくは……
「王城……ってこと……?」
ユイナスちゃんは、殿下に言いつけるみたいなことを言っていた。もしそんなことをされたら、リリィ様の立場がますます悪くなってしまうし、そもそも悪いのはわたしなんだから、どのみち殿下にも弁明する必要がある。
それに、ここから徒歩で王城に行くとなるとかなり時間がかかるはず。
「もしかしたら先回りできるかもしれない……!」
そう考えて、わたしはいったんレストランに戻る。
レストランには、茫然自失とした感じのリリィ様がいた。
いつも強気だったリリィ様が、まさかこんなに憔悴してるだなんて……!
わたしは、驚きながらもリリィ様に声を掛けた。
「リリィ様! ユイナスちゃんはおそらく王城に向かったんだと思います!」
「……ふぇ?」
「だからわたしたちも向かいましょう!」
心ここにあらずという感じのリリィ様を引っ張って、わたしたちは馬車に乗った。
そうしてできるだけ早く王城へと向かってもらう。
その馬車内では……なんというか……とても気まずかったんだけど……
わたしは気力を振り絞ってリリィ様に声を掛けた。
「あの……申し訳ありませんリリィ様! わたしのせいで……」
深々と頭を下げるわたしに、リリィ様の弱々しい声が届く。
「あなたのせいでは……ありませんわよ……」
「で、でも……」
わたしは恐る恐る顔を上げると、リリィ様は、車窓から遠くを眺め、なんだかちょっと煤けた感じになっている……!
「ユイナスの言うとおり……わたしが裏切り者であることに変わりはありませんから……」
「で、でもそれは! わたしのワガママを聞いてくれただけで……!」
「あなたのためじゃなかったのですよ……あなたとアルデが結ばれてくれたら、わたしに益があるからやったまでのこと……」
「それでも、躊躇うリリィ様を知っていて唆したのはわたしです!」
「だとしても、決断したのはわたしですから……」
ど、どうしよう……
リリィ様がこんなにショックを受けるだなんて、実は思ってもいなかった。
ユイナスちゃんと喧々諤々にやり合うか、あるいはわたしが怒られるか、どちらかだと思っていたのに……
いったいどうやってフォローしたらいいのか分からなくなっていると、突然、頭の中で「ちりりりり〜ん……」というベルがなった!
「な、なに!?」
なんの音なのか分からず馬車内を見回したけど、リリィ様は無反応。それで通信魔法の呼び出し音なのだと気づく。
だからわたしは、殿下に教わった呪文を唱えて通信魔法を受信した。
(ミアさんですか? ティスリです)
「で、殿下!?」
殿下から突然の通信に、わたしは思わず驚きの声を上げる。さらに『殿下』の言葉に反応したのか、目の前に座るリリィ様がビクリとなった!
「ま、まさか……もうお姉様にもバレて……」
「あ、ちょっとリリィ様!? それにはまだ早すぎるというか!?」
(リリィ? えっと……どうしてここでリリィの名前が……)
リリィ様は涙目になり、わたしは慌てて、その慌てたわたしの言動を不審に思った殿下が問いかけてくる。
わたしは目を回しそうになりながらも、まずは殿下に伝えることにした。
「じ、実はわたし……今はリリィ様と一緒にいまして……!」
(リリィと? ミアさんは、地元にいるのではないのですか?)
「そ、その……そうではなく……今は王都にいまして……」
(……なるほど。それでユイナスさんが……)
たったそれだけの情報で理解したらしい殿下のつぶやきが聞こえて……まさか、もうユイナスちゃんと接触してるの!?
「あああ、あのその殿下!? ユイナスちゃんに何か言われましたか!?」
(リリィが裏切った、とだけ通信が入ってきたのですが)
「!?」
(ただ、それ以外の詳細はまだ聞いておらず、なんのことか分からなかったのです)
「で、殿下! リリィ様は裏切ったりしてませんよ!?」
つい声に出してしまったものだから、それを聞いているリリィ様がいよいよ泣き出しそうになる!
ま、まずい!?
これ以上、ここで話していても状況が混乱するばかりだ!
「と、とにかく殿下! 今、わたしとリリィ様で王城に向かっている最中なのですが、謁見の許可を頂けないでしょうか!?」
平民のわたしが、突然の謁見を願い出るだなんてどうかしているとしか思えない行為だけど、でもお優しい殿下はすんなりと聞き入れてくれた。
(ええ……ちょうどわたしも、ミアさんに聞きたいことがありましたので)
「えっと……わたしに、ですか?」
そういえば、なぜ殿下が通信をしてきたのか、その理由を聞いていなかったことを思いだし、わたしは首を傾げる。
(ですが来城されるというのでしたら、むしろ好都合です。ユイナスさんの件も含めて、このあと話しましょう)
「わ、分かりました……」
(それとわたしの用件は、アルデにも関係あることなので、アルデも呼び出しておきますね)
あ……
そういえば。
アルデをレストランに残したままだったことに今さら気づく。
わたしから誘っておいて、顔も出さないで待ち惚けさせるだなんて……
……さ、さいあくだ……
なのに王城で顔合わせだなんて気まずいにも程があるけど、ここで避けても仕方がないので、わたしは「分かりました」とだけ伝えて通信を切る。
そうして目の前の、まるで最後の審判でも言い渡されるような感じのリリィ様を見た。
「あのリリィ様……なぜかわたしが殿下の招集を受けまして……ただ、いずれにしろ王城には出向くつもりでしたので、ひとまずはこのまま王城へと向かいましょう」
「お姉様、わたしのことは、なんと……?」
「そ、そのときに話すとだけ……」
「…………はうっ」
「リ、リリィ様!? お気を確かに!!」
顔面蒼白になって馬車のソファに倒れるリリィ様を、わたしは必死で励ますしかないのだった……
アルデは、レストランで二人前の食事を平らげて──ちょうどそのタイミングで通信魔法が入ってくる。
たぶんミアからだろうけど、食事はもう食っちまったし、なんともタイミングが悪いな……と思って通信に出てみれば、相手はなぜかティスリだった。
そのティスリから事情を聞くに、なんだかシビアな状況になっているようだ。だから王城に来られないか、とのことだった。しかも「せっかくの休暇なのに申し訳ないのですが……」などと、ティスリが珍しく恐縮している感じだ。
だからオレは頷きながらも言った。頭の中だけで。
(行くのは構わないんだが、その前に、ミアにちょっと連絡しておきたいことがあってな。でも呪文を忘れちまったから教えてくれないか?)
するとティスリの声は、なぜかちょっと低くなる。
(………………ミアさんに、なんの用なんですか?)
(え、えっと……そ、それは……)
(わたしに言えないようなことなんですか?)
(い、言えなくはないんだけども、なんというかほら、ちょっとした私事というか……)
(………………へぇ? 私事、ですか)
(あ、あの……ティスリ?)
(それは例えば、イヴの日に、ミアさんと食事をする約束があったとかですか?)
「んな……!?」
(しかも、ふたりっっっきりで)
「なんで知ってんだよ……!?」
私事とぼかしたのにいきなり的中されて、オレは思わず声を出してしまう。
すると──カップルばかりの高級レストランで二人前のぼっち飯を完食した結果、ただでさえ注目を集めていたというのに(涙)、そんなイタいオレの独り言に、より一層の注目を集めてしまった……
だからオレは、肩をすくめながらも改めて心の声でティスリに言った。
(な、なんで、ティスリがそんなことまで知ってるんでしょーか……?)
(さぁ。なんででしょうね)
(あ、あの……ティスリさん……なんか怒ってる……?)
(別に怒ってませんが? わたしが、四大貴族のせいで心を酷く煩わせている最中、あなたがミアさんとふたりっきりで食事をしていたところで、なぜわたしが怒らねばならないのです?)
(オ、オレに聞かれても……)
(さらには、明日はわたしの誕生日であるわけですが、だからといってその前日に、他の女性と食事をしていようがいまいが、わたしにはまったくもって一切関係ないことですので!)
(え、えーっと……)
(だから怒ってなどいませんが!?)
(怒ってるじゃんか……)
(怒ってないと言ってるでしょう!?)
あ、しまった。
この通信魔法、会話と違って、心の声がかなり伝わってしまうんだった……!
しかしそれに気づいたときには後の祭りで、オレはティスリにメチャクチャ怒られる。
(だいたい怒っているというのなら、それはあなたがわたしを『怒っている』と認識しているから怒らせているのですよ! 怒っていないのに勝手にそんなことを思われていては怒るでしょう人として!? そもそもアルデは──)
などと、延々と説教が続く……
そんな説教を聞き流しながら、オレはいそいそとレストランを後にするのだった。
(Kindleに続く)
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