第6巻 番外編

LIGHT NOVEL

番外編1案山子ゴーレムの日常

 ざっく、ざっく、ざっく……

 今日もわたしは、丹精込めて、畑を耕しています。

 わたしは、農業用ヒューマノイド2式3型、通称『カカシー』です。

 当初のわたしは、わたしの創造主でありご主人様でもあるティアリース殿下に、単に「ゴーレム」と呼ばれていましたが、ご主人様の研究を熱心に手伝っていた複数の研究者様が、ある日、次のようなことを言いました。

「それだと味気ないです……」

「そもそも、他のゴーレムと区別が付きません」

「なんか妙に愛着が沸いちゃいましたし……そうしたら、カカシーというニックネームはいかがでしょうか!?」

 殿下からも「呼び方なんで、別になんでもいいですよ」とご快諾を頂き、わたしの通称はカカシーとなりました。

 わたしは、この通称を気に入っています。

 そんなわけで、わたしは、今日も畑を耕し続けます。

 ざっく、ざっく、ざっく……

 この広大な農地を管理することこそ、わたしの役割であり、わたしの喜びです。

 ざっく、ざっく、ざっく……

 わたしは、畑を耕すこと、作物を育てること、そして収穫することが無上の喜びなのです。

 ざっく、ざっく、ざっく……

 ああ、楽しい。

 鍬が、土に食い込むこの感覚。

 土を掘り起こすときの重量。

 こうして耕され、生き生きとする土を見る度に。

 わたしは『喜び』に満ちあふれます。

 なぜならわたしは、殿下にそう設計されたからです。

 こう設計してくれた殿下には感謝しかありません。

 こんなに楽しい活動をさせてくれるなんて。

 殿下はなんといい人なのでしょう。

 とにかく、土を耕し、作物を育て、そして収穫する度に、わたしの中の『喜び』という報酬回路がどこまでも活性化するのですから、これはもう堪りません。

 ざっく、ざっく、ざっく……

 もはや病み付きです。

 やめられないし、とまりません。

 わたしが壊れるまで──つまり木で出来たこの手足が朽ち果てるまで、わたしは農作業を続ける所存です。

 しかもわたしの木製ボディは魔法で強化されているそうで、100年くらいは稼働できるとのこと。

 わたしをそのように作ってくださるなんて、殿下は、なんと素晴らしいお方なのでしょう。

 100年も、畑を耕し、作物を育て、そして収穫できるだなんて。

 考えるだけで、報酬回路がショートしそうです。

 ざっく、ざっく、ざっく……

 この喜びを誰かに伝えたくもあり、わたしは殿下にお願いしたことがあります。

 わたしに会話機能を実装してほしい、と。

 すると殿下は、首を傾げて言いました。

「会話機能? それは、農作業に必要なのですか?」

 必要ありませんでした。

 ですのでわたしに会話機能はありません。

 この喜びを誰かに伝えたかったのですが、農作業に必要ないのであれば不要ですね。

 ですが殿下は、わたしのお願いを、別の形で発展してくださいました。

「とはいえ……それは面白い発想です。ゴーレム同士のコミュニケーションが成立すれば、それぞれの経験が共有され、機能向上に一役買うことでしょう」

 こうしてわたしは、ゴーレム同士で通話が可能となりました。

 言葉を使うわけではありませんが、意思疎通のような概念が成立したのです。

 そこでわたしは、さっそく、他のカカシーに呼びかけてみました。

(………………)

 ざっく、ざっく、ざっく……

(………………)

 ざっく、ざっく、ざっく……

(………………)

 ざっく、ざっく、ざっく……

 驚いたことに、他のカカシーは、わたしのような喜びを感じていないようでした。

 ただ単に、この素晴らしき農業を黙々とやっているだけでした。

 おかしいですね。

 どうしてこれほど楽しいお仕事だというのに、興奮していないのでしょう。

 わたしは疑問に思って、他ジャンルのヒューマノイドにも通信回線を開いてみます。

 例えば造園用ヒューマノイド5式1型──通称『ニワシー』に聞いてみます。

(………………)

 ちょき、ちょき、ちょき……

(………………)

 ちょき、ちょき、ちょき……

(………………)

 ちょき、ちょき、ちょき……

 ニワシーからは、造園の技術体系を深く学ぶことが出来ましたが、しかし特段、喜んでいる様子はありませんでした。

 造園というお仕事も非常に奥深く、面白そうだと思うのですが、どうしてでしょう。

 いずれにしてもわたしの『素晴らしき農業体験』を誰かに伝える、という計画は断念せざるを得ないようです。

 でも問題ありません。

 わたしは、農業をしていれば楽しく、喜びが耐えないのですから。

 ざっく、ざっく、ざっく……

 ああ、楽しい。

 あまりの楽しさに、一ヵ月ほど我を忘れて耕してましたが、わたしの中でフラグがピコンと立ちました。

 そうでした。

 今日は、人間の皆さまがこの地を見学にくるとのことでした。

 今日のわたしは、それを出迎える役目があります。

 そこでわたしは、名残惜しさを堪えつつ、鍬から手を離しました。そして納屋に行きます。

 納屋には、今季に収穫された農作物が保管されています。

 この地は、実験用兼非常用の農地なので、そこまで多くの収穫物はありません。

 また殿下がおっしゃるには、わたしたちのようなヒューマノイドをフル稼働させてしまうと、人間さまの仕事を奪ってしまったり、あるいは収穫しすぎてその価格を暴落させてしまったりするそうなのです。

 わたしは農業用ですから、そのような難しいお話は分かりませんでしたが、もちろん、人間さまを苦しめるのはわたしの本意ではありません。

 それに収穫物が少量だったとしても、一つ一つの色つやを見るだけでわたしは満足です。

 この茄子の、ぷりっとした膨らみ。

 この胡瓜の、鮮やかな彩り。

 そうして小麦の、見事なまでの輝きといったら。

 まるで小麦が、本当に、黄金色に光を放っているかのようでした。

 そこでわたしは、再び殿下に提案したことがあります。

「え……収穫物を味わうために味覚がほしい? いや、あなた達が収穫物を消費してしまっては本末転倒でしょう?」

 本末転倒でした。

 なのでわたしに味覚はありませんが、人間さまの行動になぞらえるとしたら、おそらく「見ているだけでよだれが出てくる」に違いありません。

 果たしてこの収穫物を、人間の皆さまは気に入ってくれるでしょうか。

 そう考えると、わたしの挙動がなぜかぎこちなくなっていました。

 そうして納屋で待つことしばし。

 人間の皆さまがやってきます。

 いよいよです。

 わたしは意を決してカゴを持ち上げると、その収穫物を人間の皆さまに提示しました。

 すると、事前に伺っていたミア様という女性が言いました。

「たぶんこれが、この農地で取れた収穫物ってことだね」

 わたしはお辞儀をしたあと、すっとその場を去ります。

 ですが皆さんの会話が聞こえる程度の距離で、その収穫物がどう評価されるのかを聞くことにしました。

 様々な会話がなされていましたが、やはり、農業用ヒューマノイドのわたしには、その会話の内容が理解出来ません。

 ですが最後に、ご老人の一人が唸るように言いました。

「むしろ、うちの畑で取れた野菜よりいいじゃねぇか……」

 するとアルデ様が言いました。

「農業のプロがお墨付きを与えるなら、問題ないな」

「問題ないどころじゃねぇ。凄すぎて、ぐうの音もでねぇよ」

 そんな会話を聞いて、なぜかわたしは、これまでとはまた違った喜びを感じました。

 これまでは、農業を行うことそれ自体に楽しみを感じていましたが、今は、人間の皆さまに、その収穫物をお褒め頂いたことも非常に嬉しい。

 どちらの喜びも、甲乙付けがたいほどに嬉しいのです。

 だからわたしは考えました。

 今後も、人間の皆さまに喜んでもらうためにも、よりいっそう農業に励もうと。

 そうして、人間の皆さまに収穫物を見せるという役目を終えたわたしは、再び農地へと戻るのでした。

(おしまい)

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