第6巻 番外編

LIGHT NOVEL

番外編3ティスリの誕生日

葡萄酒グラスを傾けながら、ティスリわたしはふと思いました。

(アルデはもしかして……気を使ってくれたのかしら……?)

わたしの誕生日前日──もう深夜0時を回ったので当日になりましたが、とにかくアルデが突然、わたしの執務室に訪れたのです。

それだけなのに、わたしはどうしてか嬉しく感じてしまって……

仕事中、ずっと悶々としていたのに、アルデの顔を見たら……なぜか晴れやかな気分になっていました。

でも、それがどうしてなのかは分からなくて……

アルデが持ってきてくれた葡萄酒を一口含んでから、ようやく、ここに来てくれたのはアルデなりの気遣いなのかもしれない──と気づきます。

(ですが……あのアルデが? いっつも人の気も知らないで、デリカシーのないことばかりしているアルデが気遣いなんて……)

どうにも信じられなくて、わたしはアルデを盗み見ます。

ちょうどアルデは、サンドイッチをつまんでいるところでした──

──相変わらずのアホ面で。

「ん? なんだよティスリ、物欲しそうにして」

「も、物欲しそうになんてしてませんよ!?」

「いやだって、サンドイッチをじっと見てるし」

「見てたのはサンドイッチじゃありません!」

「じゃあなんで、こっちを見てんだ?」

「……!?」

ほ、ほら!

やっぱりデリカシーの欠片もないじゃないですかアルデは!

よって気遣いとかそういうのはわたしの思い過ごしです! きっと、ただ単に呑みたくなって来たに決まってます! 誕生日とかは……後付けでしょうね!

だからわたしは、盛大にため息をつきながら言いました。

「相変わらずのアホ面だなぁと、しみじみ思ってただけですよ……!」

「うん、なんで急に責められてんのオレ?」

と、とはいえ……

アルデがここに来たことで、わたしの気分がいくらか晴れたのも事実ですし……

そ、そもそも……

別にアルデが相変わらずのアホ面であったとしても、それは特に責めるようなことでもないわけで……

っていうかわたしは、アルデのことを責めたいわけじゃなくて……

偶然だったとしても……

こうして、誕生日を誰かと過ごせるのは嬉しいというか、なんというかなので……

だからわたしは、意を決して言いました。

「……べ、別に責めてはいませんよ。アルデのその容姿は生まれ持ったものですから致し方ありません。わたしはもう諦めています」

「いやあの…………さらに理不尽な言いがかりなんだが?」

で、ですから……

そういうことが言いたいんじゃなくって……

でもうまく言葉が見つからず、わたしはやむを得ず、葡萄酒をもう一口呑みました。

いつもの渋味が口の中に広がっていきますが……なんだか以前よりも飲みやすく感じなくもないのです。

少しはこの味に慣れてきたということでしょうか……

それとも……

(アルデと一緒に呑んでいるから……?)

ちちち、違いますよ!?

何を考えてるんですかわたしは!?

そ、そもそも!

どうしてアルデが来たとき『嬉しい』なんて思ったんですかわたし!?

べ、別に嬉しくなんてありませんけど!?

ただちょっと、仕事がはかどらなかったから、気分転換になる相手が欲しくて、そこにたまたまアルデが現れたから、ちょうどいい息抜きになると思っただけなんですからね!?

「なぁティスリ」

「……!?」

なぜか心の中で言い訳をしていると、アルデが突然話しかけてきたものですから、わたしは思わずビクッとなってしまいます!

「な、なんですか……?」

「もしかして、もう酔ったのか?」

「い、いえ……まだそこまでではないはず……」

「ならなんで、さっきから百面相ひゃくめんそうしてるんだ?」

「してませんが!?」

だ、だから!

いちいちわたしの反応を指摘しないでくださいよ!?

まさにそういうところが、あなたの悪いところなんですよ!

でもせっかくアルデが来てくれたのに、これ以上、ケンカ腰にはなりたくありませんし……

「と、とにかく。わたしはまだ酔ってませんし、至って冷静です。わたしがそう見えるというのなら、アルデのほうが酔ってるんじゃないですか?」

「まぁ…………もうそういうことでいいよ」

ふぅ……どうやらケンカは免れたようですね。

わたしだって、自分の誕生日に身近な人とケンカなんてしたくありませんし。

そうです……アルデが何を考えていようとも、わざわざ王城まで来てくれたことは事実なのですから、そこは感謝してもいいのではないでしょうか?

だいたい、普通の平民なら王城にくること自体が畏れ多いという話ですから、むしろ、アルデのデリカシー皆無な性格は、わたしにとっては好ましいというかなんというか……

いえそうではなく!?

好ましいのではなく、気がラクなのです! そうラクなだけ!!

アルデの前では、王女としての立ち振る舞いなんて一切考えなくてもいいのですからね……!

そう考えるならば……

アルデは……

やっぱり……

珍しい存在というか……

などと考えながらわたしは、また無意識にアルデを見ていたようで、ふと目が合ってしまいました!

「……!?」

なので慌てて目を逸らします!

でもどうしても気になって、横目でチラッとアルデを見てみると……

なんだかアルデも、なんとなく気恥ずかしそうに頬を掻いていました。

「まぁその、なんだ……とりあえずサンドイッチでも食べれば?」

「そ、そうですね……あ、でも本当に物欲しくはないですからね!?」

「それは分かったって」

う、うう……

な、なんでしょう?

時間が時間だからか、あるいはやっぱり酔いが回ってしまったのか、どうにも落ち着きません……

もうこうなったら、ぶっちゃけて聞いてしまいましょうか?

今なら、酔ったことにすればいいですし……

だいたい、酔った自分を気にしたところで……今さら挽回できませんし……

ある意味で、何事も経験ですね……ハァ……

そんなことに気づいたら、なぜか気がラクになって、あるいは気が大きくなって、わたしは聞いていました。

「アルデは……なんでここに来たんですか……?」

「え?」

「もう夜も遅いのに、わざわざ王城にまで……」

聞いてから、頬が熱くなってきましたが……これはアレです、いよいよ酔いが回ってきたということでしょう!

飲酒魔法を使っていた以前は、ここまで早く酔いが回らなかったような気がしますが、あのときはきっと気づかなかっただけです!

などとわたしが内心でワタワタしているというのに、アルデはあっけらかんと答えてきました!

「いや……今日はお前の誕生日だってのに、まだ働いているのかと思ってな。だから陣中見舞いというか、慰労をかねてというかで」

……え?

わたしは驚いて、アルデと視線を合わせます。

「誕生日……気にしてくれたんですか?」

「そりゃあな。まぁお前の場合、誕生日は公務みたいなもんだろうけど」

「………………」

てっきり、飲みのついでの口実だとばかり思っていましたが……

わたしの誕生日なんて、アルデの言うとおり、公務や行事の一環でしたから……こんな感じで、わたし自身を祝ってくれたことなんてなかったかもしれません。

公務が当然だと思っていたから、これまでは違和感すら覚えていませんでした。

だから驚くわたしに、アルデが言葉を続けます。

「やっぱプレゼントでも持ってくるべきだと思ったんだけどさ。お前、前にいらないって言ってたから用意してなくて。ならせめてケーキでもと考えたんだけど、この時間じゃどこの菓子屋も空いてなくてな」

「……いいです」

「え?」

「プレゼントとかは……別に……いいです」

「やっぱそうか? でも、ここに来ること自体が思いつきだったから──」

「いいんです、思いつきで……」

「……ティスリ?」

不思議そうにこちらを見てくるアルデに、わたしはいったい、どんな顔を向けたのか……

お酒のせいで、自分でも分かりません。

「ありがとうございます」

「……え?」

「あなたがこうして祝いに来てくれたことが、何よりものプレゼントです」

「………………」

せっかくお礼を言えたのに。

アルデはなぜか唖然とした顔になって。

だからわたしは、可笑しくなりました。

「ふふ……どうしたんですかアルデ。鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしてますよ」

「い、いやだって……」

そうして今度は、アルデが視線を逸らしました。

「まさかお前から、お礼を言われるとは……」

「まるで人のことを、高慢ちきで鼻持ちならない高飛車すぎる王女、などと言いたげですね?」

「自覚あったの?」

「ほほぅ? いいでしょう。人がお礼を言ったのにその態度──」

「あー!? うそうそ! 冗談だってば!?」

わたしがゆらりと立ち上がると、アルデは大慌てで手を振ります。

「お前からのお礼、ありがたく受けとらせて頂きます!」

「分かればいいんです、分かれば」

まったくアルデは。

ほんと、素直じゃないんですから。

少しはわたしを見習ってほしいものですね。

まぁでも、こうして誕生日を祝ってくれるというのですから、今日は大目に見てあげましょうか。

それに──

──胸につかえていた何かも、すっかり取れた感じがありますし。

認めたくはありませんが、これもアルデのおかげなのでしょうか?

そんなことを考えながら、わたし達はとりとめも無い雑談を始めます。

「それでさぁ、ユイナスのヤツがまだおかんむりでな。食事どきとか息苦しいんだよ」

「あの二人……大丈夫でしょうか?」

「まぁ大丈夫なのは間違いないんだけどさ。ユイナスも、引っ込みが付かなくなってるだけだろうし」

「そうなんですか?」

そんな感じで、呑み始めの緊張が嘘のように、わたしたちの会話は弾んでいき──

──気づけば夜が明けてしまうのでした。

(おしまい)

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