
LIGHT NOVEL
なぜなら──
「きゃーーー! アルデ様! 本物のアルデ様よ!!」
「アルデ様の剣術指南を受けられるなんて光栄の極みです!!」
「お願いしますアルデ様、サインをください……!」
──などとアルデが、女性のみで構成された親衛隊員に取り囲まれて、いわんやアイツは鼻の下を伸ばしているものだから……
わたしの隣に立つ殿下から、今にも魔力が漏れ出しそうなのだ……!
だからわたしは、滝汗を拭う間もなく全員を一喝する。
「お前達! ここは演劇会場ではないんだぞ、浮かれるんじゃない!」
「も、申し訳ありません隊長……!」
そうして隊員達は慌てて整列をするものの……
その視線はアルデに釘付けだった……!
だからわたしはアルデも睨み付ける。
「アルデも! 鼻の下を伸ばすのをやめろ!」
「伸ばしていないが!?」
などと言いながらもアルデは鼻を手で隠す。本人は気づいていないのだろうが、鼻の下は伸びまくっていたし、ついでに今でも目尻は垂れているけどな!
だからわたしがため息をついていると、隊列の先頭にいたクルース・ブリュージュが、芝居がかった感じで頭を振っていた。
「やれやれ……あんな男のどこがいいのやら。皆さんは目を覚ますべきですわ」
クルースはわたしの幼なじみで、かつてアルデと対峙したことがある唯一の隊員だ。アルデが王城の地下牢から逃げ出したとき、彼女には暗殺命令が下されて、一時期はアルデに手籠めにされただなんて噂も流れていたわけだが……今ではその噂は完全に払拭できているはずだ。
とはいえ一度は敵対しているものだから、クルースだけは、アルデに対して妙な憧れは持っていないらしい。
そのクルースが、ため息交じりに言葉を続ける。
「そもそも論を言えば、ラーフル隊長のほうがよほど男前じゃないですか」
「わたしは女だぞ!?」
思わず声を上げると、クルースが熱っぽい視線をこちらに向けてくる……!
「もう。分かってますよ、ラーフル♪ 子供の頃は、一緒にお風呂も入った仲ではありませんか。だからよっく分かってますわ」
「今それを言い出す必要ないよな!?」
「うふふ……照れちゃって。かわい♪」
「…………!」
クルースが何かを発言する度に、全員の生温かい視線が鬱陶しいのだが!?
隣の殿下は、何やら得心したかのように頷いておられるし……! 妙な誤解が生まれていないか!?
などと考えていたら、わたしにだけ聞こえる小声で殿下が言ってくる。
「ラーフル」
「はっ……」
「もしお望みならば、同性婚の法案を──」
「お気遣いなくっていうかお望みでもありませんので!?」
いやこれ絶対に誤解されてるだろ!?
っていうか隊員達の「もちろん、わたし達は分かっていますよ?」という表情はなんなのだ!? わたしが領主代行やら何やらで留守にしている間に、ないことばかりをクルースに吹き込まれたんじゃないだろうな!?
なんだか……もの凄く外堀を固められている気がしていると、当のクルースはすまし顔でびしぃっとアルデを指差した。
「そもそも! この男がそこまで強いなんて信じられませんわ! いったいどれほどのものだというんですのあなたは!」
「はぁ? オレに聞かれてもな……」
クルースにそう問われ、アルデは相変わらずのマヌケ面で頬を掻くばかり。
そう言えばクルースは、空中庭園での一戦を目撃していなかったんだよな。アルデと殿下の戦いを。ショックのあまり寝込んでいたから。
っていうかいま気づいたのだが、クルースはなんのショックを受けていたんだ? けっきょく手籠めにされてはいなかったわけだし、寝込む理由はなかったと思うのだが……寝込まなければ噂に尾ひれも付かなかっただろうに……
いずれにしても、あの一戦があったから『殿下をも上回る神速の剣士』という異名が一人歩きして、しかもアルデの手ほどきを受けた衛士や兵士の練度も目に見えて向上しているものだから、隊員達はなおさら憧れの眼差しでアルデを見ているわけだが……
事の発端を信じられないのであろうクルースは、さらに言葉を続けた。
「ならばこのわたしと正々堂々勝負なさい! わたしに勝てることができるのなら、あなたの実力を認めてあげましょう!」
「えーっと……」
そう言われたアルデは困り顔で殿下を見ると、殿下はこくりと頷いた。
「いいのではないですか? 納得がいかないまま指導を受けても身に付かないでしょうし」
ということで指導前にアルデとクルースが一戦交えることになったのだが……
嫌な予感しか浮かばない……!
クルースは、この隊の中でも一、二を争うほどの腕前だ。だからこそあんな、のほほんとした男の実力を認められないのだろうが……
わたしだって今だに信じられないが、アルデの実力は本物だ。とにかく剣術だけなら殿下をも上回ってしまうし、殿下もそれは認めている。殿下が自分以上だと認めた人間なんて、わたしが知る限りアルデが初めてなのだ。例えそれが剣術だけだったとしても、だ。
ということはいかにクルースとはいえ勝敗が見えているわけだが……クルースのヤツ、引っ込みが付くのか?
わたしがそんな懸念をしていたら、気づけば試合は始まっていた。
「おお、なかなかいい太刀筋じゃないか」
どうやらアルデは、クルース渾身の突撃をなんなく
「手加減をしているつもりですか……!?」
「いや、手ほどきをしているつもりだが?」
「くっ! あまりわたしを舐めないことです!」
そうしてまたクルースが突貫する。
クルースの持ち味は、スピードを生かした多段的な刺突にある。もちろん殿下には遠く及ばないものの、しかしそれは殿下が異次元なだけで、クルースの刺突は一流の剣士であってもそのすべてを防ぐことなどできないはず、なのだが……
アルデは、あらゆる攻撃を払い除けていた……!
「ど、どうなっておりますの……!?」
アルデに目こぼしされた形でなんとか間合いを取ったクルースが驚愕を露わにする。自分の攻撃がかすりもしないなんて夢にも思っていなかったのだろう。これまで、そんな相手は殿下以外にいなかったのだから。
そんなクルースに向かって、アルデは暢気に言った。
「突きの構え自体はいい感じだが、その踏み込みに無駄が多いな。ちょっと焦りも見えるから、筋肉が硬直しているのかもな」
「さきほどからなんなのです! これは決闘ですわよ!?」
「え……いやこれは指導だろ?」
確かに構えているのは模造刀だし、決闘のはずもないのだが、クルースにしてみれば決闘同然で対決していたのだろう。それを軽くいなされているのだから焦らないはずがない。
そんなクルースに向かって、アルデも刺突の構えを取る。
「まぁとにかくだ。突貫してくるときにだな、こうして──」
その直後、アルデが消える……!
「!?」
模造刀の切っ先は、クルースの喉元ぴったりに迫っていた。
「──踏み込みのモーションを今みたいに省略することで、よりスムーズな感じになるぞ」
いや、わたしにも見えないのだから、モーションの説明をされたって分かるはずないのだが……
だから理解できたことと言えば、クルースが負けたということくらいだ。だから隊員達が大いに沸いた。
「す、すごいですわ!?」
「クルース先輩を、こうもあっさり……!」
「アルデ様は剣聖か何かですの!?」
クルースは悔しそうに拳を握り締めているが、ああも完膚なきまでに負けては、もはや言い返すこともできないだろう。
それよりもアルデに送られる称賛というか……黄色い声援のほうが気になる……! なんだかもう怖すぎて、殿下の様子を伺うことはできないが……!
そんな声援を受けながら、アルデは模造刀を納めるとクルースに言った。
「どうだ? これで指導を受ける気になったか?」
「くっ……!」
そしてクルースは、顔を赤くしながら涙目を背ける。
「分かりましたわ……! もう好きになさい……!」
「いやまぁ……好きにするっていうか指導するだけ……」
「どうせあらぬ噂を立てられた身です! こんな公衆の面前で辱められたって、どうという事はありません!」
「何言ってんの!?」
「なぜならわたしは、決してわたしを見捨てない大切な人を見つけたから! だから例え傷モノにされたところで──」
「傷モノってなんだよ!?」
「──ラーフルは決してわたしを見捨てませんからね!」
「えっ! お前らそういう仲だったの!?」
「違うと言っているだろうが!?」
も、もういっそ、クルースのことは見捨てようかな……
殿下のご機嫌やらクルースの勘違いやらで、わたしは早くもこの場を後にしたくなっていた……
(後編につづく!)
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