第7巻 番外編

LIGHT NOVEL

番外編2アルデと女騎士の皆さん(後編)

 今日のラーフルわたしは……滝汗が止まらない!

 なぜならずっと……殿下が不機嫌極まりないからだ!!

「アルデ様、わたしの構えはいかがでしょうか?」

「うん、そうだな……キミの体格からすると、もうちょっと構えを下にした方がいいかもな」

「な、なるほど……! このくらいですか?」

「いや、それだとちょっと下がりすぎだから……」

 そう言いながら、アルデは手を伸ばすと女性隊員の腕に触れる!

 もちろんそれは指導の一環なのだからごく自然な行為だし、わたしだって隊員の指導をするときは体に触れる。そうしないと指導にすらならないだろう。

 だがしかし!

 今は、わたしの隣に殿下がいらっしゃるわけで……!

 アルデが女性隊員とボディタッチをする度に……!

 殿下から、負のオーラが漂ってくるのだ!?

 魔力が漏れ出ていないだけマシだけれども!!

「どうだ? この方がラクに動けるだろ?」

「は、はい! 重心が下がって動きやすくなりました! 他に改善点はありますか?」

「そうだな……もうちょっと腰をだな……」

 そうして今度は、女性隊員の腰にアルデの手が伸びる!

 いやもちろん、その手つきにいやらしさの一切はない! それは分かってる!!

 でもな!?

 女性隊員のほうが、頬をぽっと赤らめてアルデに熱視線を送っている状況……それ自体が頂けないのだ!!

「どうだ? これでだいぶ動きやすくなったと思うが」

「はい、本当に! これまでとはぜんぜん違います!」

「ならよかった。じゃあ今後は、この型を体に覚え込ませるまで練習を──」

「アルデ様! 今度はわたしを見て頂きたいです!」

「あ! ずるい! 次はわたしだったのですよ!!」

「わたしだってアルデ様にご指導頂きたいのに!」

「ま、まぁ待てって……まだ時間はたくさんあるから……」

 なんだかもう……

 女性達がアルデを取り合いしているようにしか見えないな!?

 殿下の目の前で!

 いや分かってる! アルデも隊員達も、そんな意図はまったくないということは!

 わたしが分かっているのだから、もちろん殿下だって分かっているはず……!

 わたしは自分に何度もそう言い聞かせ、勇気を振り絞って……ついに殿下を見てみると……!

(ま、まずい……!)

 殿下は……

 腕組みをして、目を逆三角形にされていた!

 それはもう、今にも爆発せんばかりに!!

 むしろ、アルデも隊員も下心がないから口出しできないというか……

 いや待て?

 本当に、あいつらに下心はないのか?

 少なくともアルデは、生真面目な表情で指導をしているが……

 隊員のほうは……

 アルデに話しかけては頬を赤らめ……

 アルデに触られてはウットリし……

 そうしてアルデの指導が終わると、まるで別れを惜しむ恋人のような視線を向けて……

 下心なくないな!?

 むしろ隊員のほうから、アルデに不必要に接近したり、無駄にボディタッチ的な指導を誘導してないか!? どの辺までが境界線なのか、その手の話に疎いわたしには判断しかねるが……でもやっぱり距離感おかしくない!?

 愚鈍なアルデが、それにまったく気づいていないから、まだなんとか指導と下心の均衡が取れているのかもしれないが……

 この親衛隊は美女美少女揃いだし、これが普通の男だったら間違いなく絆されてるだろあれは!

 だからわたしは、遅きに失してしまったかもしれないが……とにかく全員に声を掛けた。

「よ、よし! 少し早いが午前中の訓練はこれまで……! 各自昼食!!」

 普段の訓練なら、みんなほっとした感じで訓練場を出ていくのだが……

 今日は嬉々としてアルデに群がるじゃないか!?

「アルデ様! わたし、お弁当を作ってきました!」

「えっ!? わたしだって作ってきたんですよ!」

「いえ、ここは当家の専属シェフが腕に寄りを掛けた──」

 どうなってるんだあいつらは!

 静かにキレそうな殿下の姿が目に入らないのか!?

 動転のあまり、わたしの頭が真っ白になっていると……アルデが戸惑いながら全員に言った。

「いや待て待て。差し入れは嬉しいが、オレ、昼はティスリと食べることになってて──」

 そしてアルデは、隊員に取り囲まれたまま殿下を見るも──

 ──殿下は、ぷいっとそっぽを向かれた可愛いな!?

「ふん……わたしのことなんて放っておいて、隊員達と一緒に食べればいいでしょ」

 そのあまりに子供っぽいというか愛らしいというか、いずれにしても普段の殿下にはあるまじき態度に、どうやら全員が冗談か何かだと受けとったらしい!

「殿下のお許しもでましたわアルデ様!」

「ではもういっそ全員で食べましょう!」

「そうですわね! 全員で少しずつ多めに食べれば、食事も無駄にはなりませんわ!」

 などという最悪極まりない形で話がまとまってしまい……

 訓練場にレジャーシートを敷いて、アルデを囲んで食事をする羽目になる……!

 もうわたしの心境は「ご、後生だからもうやめてくれ!?」なのだが、隊員達はまったくお構いなし!

 しかも殿下がランチで退席するかと思ったら、なぜか、シートの端にちょこんと座る!

 そして殿下は、じとーーーっ……と、アルデを見つめているというか睨み付けてるわけだ!

 人の視線には敏感だというアルデのことだから、その視線には気づいているはず!

 案の定、アルデの頬に一筋の冷や汗が流れるも、それでも隊員達はお構いなしだった!

「アルデ様は、どちらのご出身でしょう?」

「オックリー村ってとこだよ。フェルガナ領の」

「そうなんですね! 実はわたしもフェルガナ領出身なんですよ!」

「あ、わたしだって地方出身ですわよ!」

「わたしなんて地方貴族とは名ばかりで、平民と大した違いはないんですよ!」

「わたしは中央貴族の出ですが、とはいえ末っ子ですから立場的にはかなり自由なのです。つまり、少なくとも生活に苦労はさせませんわ……!」

「え、えっと……なんの話?」

 いやもうあからさまにアピールしまくってるじゃないか!

 これが噂に聞く女の戦いというヤツなのか!?

 これならまだ訓練させておいたほうがマシなんだが!?

 あっけに取られているアルデに、隊員全員が熱を帯びまくりの視線を向け、話を勝手に進めていく!

「なんの話って……それは、ねぇ?」

「ええ……わたしたち、出自は様々ですけれども、武官の家系に違いはないわけで……」

「だから強い男性に憧れているというか……」

「いいというか……」

「つまり……」

 と、そこまで話が進んだところで……

 殿下がすっくと立ち上がる!

「アルデ」

 そして仁王立ちになって腕組みをした!

「な、なに……?」

 もはやわたしは滝汗過ぎて、気づけば脱水症状っぽくなっていたから立ち上がることもできない。

 ゆえに殿下のお顔を確認することは無理だが……

 その声音からでも……

 キレてるのがありありと分かった!

「女性との会話は、楽しいですか?」

「え、えっと……何を言っているのでせう……?」

「『楽しいですか?』と聞いているだけですが?」

「い、いやあの……楽しいか楽しくないかで問われたら……それはもちろん楽しいけど……」

 いやそこは楽しくないと答えとけよ!? なんで隊員の心境には配慮して殿下には配慮しないんだよ!?

 わたしが顔を上げられないまま心の中で絶叫していると、殿下の声がどんどん冷え込んでいく……!

「へぇ……そうなんですか。楽しいんですね?」

「あ、あの……そりゃ昼飯は、みんなで楽しく食べたいだろ……?」

「ええそうですね。女性の皆さんに囲まれて、ちやほやされていれば楽しくないわけないですもんね?」

「い、いや……ちやほやなんてされては……」

「さ・れ・て・い・た、でしょう?」

「そ、それはその……男がオレ一人だけだったからでは……?」

 さすがに、殿下の雰囲気が冗談のそれではないということに隊員達もようやく気づいたのか、全員がすっと視線を逸らし、心なしかアルデから離れる。

 そうしてスーッと静まった最中、殿下がふと訓練場を見た。

「なんだかわたしも、体を動かしたくなってきました」

「え……?」

 唐突な話題転換に、アルデは首を傾げるしかないが……

「アルデ、わたしの運動にちょっと付き合ってください」

「え、えっと……」

「訓練場ですし、ここはやはり手合わせなんてどうです?」

「いやでも昼飯が……」

「へえぇぇぇ?」

 わたしは意を決して殿下のほうを仰ぎ見ると……

 絶対零度の視線が、アルデに突き刺さっていた!

「そぉぉぉんなに、女性との会話のほうがいいんですか」

「そんなこと言ってないだろ……!?」

「わたしとの手合わせより、皆さんと会話しているほうが楽しいですもんね」

「それはまぁそうだが」

 いやなんでそこで同意するんだお前は!?

 案の定、殿下から『ぷっちん』という音が聞こえてきた……気がした!

「もう我慢できません! 黙っていればいい気になって鼻の下を伸ばすなんて、教官としてあるまじき姿です!!」

「だから伸ばしてないってば!」

「あなたが気づいてないだけで伸びてたんですよ! あと指導する際の手つきもいやらしかったです!!」

「そんな馬鹿な!?」

「いいからそこに直りなさい! あなたのそのいやらしい性根はわたしが指導してあげます!!」

「ああもぅ……分かったよ……」

 殿下の怒気に、わたしを含む周囲は戦々恐々とし始めたというのに、アルデは「また癇癪かんしゃくかよ……」とでも言いたげな態度で立ち上がる!

 殿下をまったく恐れないトコだけは尊敬するよまじで!?

 そうして二人とも模造刀を持つと対峙した。

「おいティスリ。これは手合わせなんだから魔法は使うなよ?」

「当然です」

「あとオレが勝ったら、いやらしいとか取り消せよな」

「すでに勝った気でいるとは片腹痛いですね」

「そりゃ剣術だけならオレの方が強いんだから、勝った気になるだろ」

 あああ……!?

 なんだってあの男は、殿下をすぐそうやって挑発するんだ!?

 案外、アルデもけっこう苛立ってるのか!? そりゃまぁアルデからしたら、隊員達と話していただけって感じだろうから、これは完全に殿下の難癖というか嫉妬で、でもアルデはそれが分からない朴念仁だから苛立っている、という理屈は分かるが……

 そこは嘘でも誠心誠意かつ平身低頭で謝っとけよ!?

「いいでしょう──」

 そしてこれまた普段らしからぬ殿下は、アルデの挑発にあっさりと乗ってしまう!

「──いつだかの雪辱、今ここで晴らしますよ!」

 そうして。

 二人の姿が消える。

「な……何が起こっているんですの……?」

 いつの間にかわたしの隣に来ていたクルースが聞いてくるが、当然、わたしに答えられるはずがない。

「何って……戦ってるんだろ、二人で……」

「その姿が見えないから聞いているのですが……」

「二人とも人智を超越してるんだ。凡人の我々に見えるわけがない」

「人智を超越って……まさか、これほどだったとは……」

 わたしも腕に覚えはあるつもりだが、それでも、二人の残像がわずかに見える程度だ。それ以外に見えるものとしては、木製の模造刀のはずなのに激しく火花が散るその閃光くらいで、その明滅から少し遅れて剣戟が聞こえてくるのみ。

 わたしはアルデの身体能力を何度も見せつけられてきたから、まだそこまで驚かなくて済んでいるが、初見のクルースは唖然とするばかりだった。

「先の決闘では、手を抜かれているものばかりと思っていましたが……もしかして、加減せざるを得なかったということですか?」

「アルデの意図は分からんが、少なくとも本気は出せなかったのだろう。模造刀とはいえ、あれを一太刀でも受けたら大怪我だぞ」

「そ、そうですわね……わたしのうぬぼれであったことを痛感しましたわ……」

 そんなことを話していたら、やがて二人が静止する。

 アルデのほうは呼吸一つ乱していないが、殿下は……やはり魔法無しでは分が悪いようで、肩で息をしていた。

 そんな殿下に、アルデは余裕綽々といった感じで声を掛ける。

「へぇ。書類仕事が多かった割に腕を上げてるじゃないか」

「……戦闘中に成長するのは、あなたの専売特許ではありません」

「とはいえ、魔法無しじゃそろそろ厳しいんじゃないか? 体格も筋力もぜんぜん違うわけだし」

「問題ありません。技量であなたを抜けば済む話です」

「そうかい」

 そしてアルデは、腰を低くしてニヤリと笑う。

「だが果たして、オレに技量で勝てるかな?」

「…………!」

 そうしてわたしたちは、信じられないものを見る。

 あの殿下が、防戦一方になったのだ……!

「お前が成長するなら、オレはさらにその上をいけるんだぜ!」

「くっ……!」

 かすかに見える残像だけでも、殿下が押されていることが分かる。どうやらさきほど以上にアルデの技量が増したようだが……

 あの男、本当に魔法無しなのか!?

 身体強化などの魔法も使わず、あれほどの動きをしているのだとしたら、いったいどんな身体能力を……いやそもそもどんな体の構造なんだ!?

 もはや人間離れしすぎのアルデに、わたしたちは呆然とするしかなくなっていると──

 ──カーン!

 その甲高い音と共に、殿下が模造刀を落とされた!

 いや違う、アルデに叩き落とされたのか!

「勝負あったな」

 模造刀を肩に担ぎながら、最後まで呼吸の一つも乱さなかったアルデがそう言った。

 殿下は、痺れたのであろう自身の両手を恨めしそうに眺めている。

「で、殿下が……負けた……?」

 さらに隣のクルースが唖然としているが、それはクルースだけに留まらず、親衛隊全員がそうだった。

 その静まり返った訓練場で、アルデの声だけが響いてくる。

「さてと。勝負に負けたんだから、オレがいやらしいとかは取り消せよな? まじでそんなつもりはなかったんだから」

 そう言われて殿下は、少しの間アルデを見上げたと思ったら……ついと目を逸らしてからつぶやいた。

「……分かりました。先の言葉は取り消します……ごめんなさい……」

「えっ……!?」

 するとなぜか、アルデの方が大いに驚いて数歩後ずさる。

「な、なんだよ……いきなり素直になって……」

 アルデはからかったわけではないだろうが……その言葉に、殿下は耳まで真っ赤になった!

「な、なんですか……! 人が謝ったというのに!」

「いやだって今までなら……なぜかお前に言いくるめられて、どうしてかオレが謝る羽目になるじゃん?」

「そんなことした覚えはありませんが!?」

「そうだっけ?」

「と、とにかく!」

 そして殿下はアルデに背を向ける。

「謝りましたからね! もう二度目はないですよ!」

「うん、謝ってるのに偉そうなのが気になるが……」

「ならどうしろと!?」

「まぁいいか。オレもちょうどいい訓練になったしな」

「………………」

 そうして、口先を尖らせてうつむく殿下の背に向かって、アルデはあけすけな笑顔を向ける。

「ま、なんにしてもだ。オレがこうして本気になれるのは、お前だけだしな」

「…………!?」

「今後も、たまには手合わせしてくれ」

「か、考えておきます……!」

 ついに堪えきれなくなったのか、殿下は小走りで訓練場から出て行ってしまう。

「なんだ……?」

 そんな殿下の姿を不思議そうに眺めるアルデだが……

「ねぇ、ラーフル」

 一部始終を見ていたクルースが問いかけてくる。

「もしかしてあの男、狙ってやってますの?」

「まさか……無意識にやってるから、なおたちが悪いんだろ……」

「で、ですわよね……」

「だがいずれにしても、だ……」

 『オレが本気になれるのはお前だけ』だなんて、もはやキザったらしい愛の告白にしか聞こえないが、だとしても……

 なんというか……

 これほど人智を超えているのに、あまりに馬鹿馬鹿しい、もとい初々しい痴話喧嘩を……

 つまり人智を超えた痴話喧嘩を、親衛隊全員が目撃したおかげで。

 アルデに粉を掛ける隊員はいなくなったのは、不幸中の幸いと言えよう。

 もっとも。

 アルデと殿下の仲について、さらなる憶測と噂が飛び交うことになってしまうのは致し方ないことだった……

(おしまい)

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