
LIGHT NOVEL
お兄ちゃんはいったん寝ると……とにかく起きない。
それは
なにしろ小さい頃は、毎日一緒に寝ていたからね!
一緒に寝ていれば、否が応でもお兄ちゃんの尋常ではない眠りの深さは分かる。例えばトイレに行きたくなって「お兄ちゃん、トイレ……」と言いながら体を揺すっても起きないし、目をこじ開けても白目を剥いてるだけだし、鼻をつまんでも口呼吸するし、いよいよムキになったわたしは鼻だけでなく口も塞いでみたら……振り払われるし!
だからお兄ちゃんを蹴り落としてみても……それでも起きないのだからどうにもならない!
それにしても、ああ……
あのときはなんで、わたしはお兄ちゃんに悪戯しなかったのだろう!? 蹴り落としても起きないなら、いろんなコトができたはずなのに!
そうしておけば今頃は既成事実ができて、ティスリとかミアとかそのほか訳の分からない有象無象に群がられることもなく、お兄ちゃんはわたしだけのものにできたというのに!!
でも……過ぎてしまったものは仕方がない。さすがにわたしも、幼少期にはそこまで目覚めてはいなかったしね……いかんともしがたかったのだ。
もちろん、悪戯を抜きにしても、お兄ちゃんと一緒に寝られるのは何よりの喜びだったわけで。
だというのに、いつしかお兄ちゃんは言ってきたのだ……! ちょうど、わたしが目覚め始めた頃合いに!
* * *
「ユイナス、そろそろ自分のベッドで寝ろよ」
その日、唐突にそんなことを言ってきたお兄ちゃんに……わたしはショックのあまり、数歩後ずさった!
「な、なんでよ……!? これまでずっと一緒に寝ていたのに、どうして今さらそんなこというの!? まさかケンタイキの夫婦的な!?」
「けん……なんだって?」
「とにかくお兄ちゃんと別々に寝るなんて嫌よ!」
「けど、ベッドが狭いんだよ。お前もデカくなってきたし」
「えっ!? いよいよわたしに女の魅力が出てきたってこと!?」
「えーと……何言ってんだ? お前の胸は相変わらずのペッタンコ──っておい!? 危ないな!?」
何かを言いかけたお兄ちゃんに思わず回し蹴りをお見舞いするも、お兄ちゃんはあっさりと躱してしまう!
「お・に・い・ちゃん? いま何か言った?」
「いやだから、母さんを見たってお前の胸は──って! だから危ないって!」
気づけばお兄ちゃんの顎に向かってアッパーカットを食らわせようとしていたけど、それも華麗に避けられる!
「お兄ちゃんは、相変わらずデリカシーないよねぇ?」
「なんでだ? オレは事実を言ったまで──ってだから攻撃をやめろ!?」
くっそー……不意打ちの足払いも入らないなんて。お兄ちゃん、ほんと運動神経だけはどうかしてるわね……
とはいえ、いずれにしてもお兄ちゃんの言い分を受け入れることなんてできない! だからわたしは、腕組みをしてそっぽを向いた!
「とにかく! デリカシーゼロなお兄ちゃんの言うことなんて、絶対に聞かないから!」
「なんでだよ。別々に寝た方が広々してて、ゆっくり眠れるだろ」
「お兄ちゃんは、いつ何時もゆっくりすぎるほど寝てるじゃない!」
「いや、そんなわけあるか。お前が隣だと狭くて寝付きが悪いんだよ」
「どの口が言うのよ!?」
そんな言い合いをしていたら、わたしは決して似るはずないのに、なぜか胸が小さいお母さんが話に割り込んできた!
「もう……ユイナス。確かにアルデの言うとおり、そろそろ別々に寝なさい」
「だからなんでよ!?」
わたしが食ってかかると……お母さんは言葉を詰まらせる。
「なんでって……それはほら、兄妹とはそういうものなのよ」
「そういうものって何よ! そんなの知らないわよ!!」
「ベルナーさんちもバルトさんちも、みんな別々に寝てるでしょう?」
「ならカルネスんちとケラーんちは大部屋で一緒に寝てるってよ!」
「いやそれは……一つの部屋にベッドがたくさんあるってことでしょう?」
「ならわたしのベッドをお兄ちゃんの部屋に移動する! それならいいでしょう!?」
「えー……オレの部屋、狭くなるじゃん。ヤだよ」
「なんでよ!?」
「え……? だから部屋が狭くなるから嫌だと言ってるんだが……」
「ならお兄ちゃんのベッドをわたしの部屋に入れればいいじゃない!」
「はぁ?」
「そうすればお兄ちゃんの部屋は広くなる! わたしはお兄ちゃんと一緒に寝られる! オマケにベッドも狭くない! 問題はぜんぶ片付いたわよね!!」
「い、いや……えーっと……」
お兄ちゃんは、なぜか困った感じでお母さんを見ると……
お母さんは、大きくため息をついてから言ってくる。
「まったくこの子は……小さい頃は、仲のいい兄妹で安心していたけど……さすがに度が過ぎているというか……」
「仲がいいことの何が悪いのよ!」
「悪くはないけど……でもとにかく、アルデの言うとおり、そろそろ別々に寝なさい」
「だからなんでよ!」
「なんでもです。屁理屈は聞きませんからね」
「………………!!」
ということでわたしとお兄ちゃんは引き裂かれてしまう! しかも『そろそろ』って話だったのに、今日から早速別々に寝るよう言われてしまった!
な、なんでこんなことに!? わたしとお兄ちゃんは仲良くしているだけなのに、どうして親がそれを引き離そうとするのよ!!
だけど……聡くて前向きなわたしはすぐに思い直す!
(でも確かに……お兄ちゃんと一緒に寝ているだけでは埒が明かないのも事実……)
大人の話を盗み聞きしていると、男女が一緒に寝ていれば子供を授かるという話だったはずなんだけど……でもお兄ちゃんとわたしは子供を授かっていない。物心ついたときからずっと一緒に寝ているというのに、だ。ということは……何かがおかしい。
大人達の話が間違っているのか、あるいはまだ重要な何かが隠されているのか、はたまた……
(お兄ちゃんが、完膚なきまでに寝入っているのがまずいのかしら?)
だとしたら、一緒に寝ることにこだわっていても仕方がない。いやもちろん、ずっと一緒に寝ていたいんだけど……お兄ちゃんと二人でこの家から自立するまでは、どうあってもお母さんには逆らえないし。
であるならば──
「お兄ちゃん! 一緒にお風呂入ろう!」
「うぉい!? お前は何をしてるんだ!」
──わたしは、お兄ちゃんが入っているお風呂に突貫した!
「何をって、背中でも流そうかと」
「いらんいらん! っていうか前を隠せよ、まったく……」
「えっ!? お兄ちゃん、もしかしてわたしの体に魅力を──」
「何言ってんの? そんなまな板に──石鹸投げるな!?」
などと騒いでいたら、お母さんが飛んできた!
「ユイナス! あなたいったい何してるの!!」
「え? 一緒に寝るのがダメなら、一緒にお風呂に入ろうと……」
「寝るよりなおダメです!!」
ということでわたしは、素っ裸のまま引きずり出されてしまう!
「いったい何がダメだっていうのよ! お兄ちゃんのこと、こんなに好きなのに!!」
そう食ってかかるも、お母さんは深いため息をつくばかりだった!
「もう……なんと言えばいいのか……」
「別に何も言わなくていいわよ! とにかくわたしはお兄ちゃんと一緒にお風呂を──」
「ダメったらダメです! もし今後、そんなことをしたら晩ご飯抜きですからね!?」
くっ……!
育ち盛りの娘に、この毒親はなんて極悪非道なことを……!
ただでさえ、うちの食卓は品数が少ないというのに、晩ご飯を抜かれたら……
(育つべきトコロが育たないかもしれないじゃない!)
ということでわたしは、お母さんにはどうしても逆らえないのだ!
とはいえ、だからといってわたしは諦めたりしない!
夕食抜きだと言われたのは『お兄ちゃんと一緒にお風呂』であって、『お兄ちゃんと一緒に就寝』は、ダメだとは言われたが『夕食抜き』だとは言われていない!
ということで、その晩……
わたしはお兄ちゃんの部屋に忍び込んだ!
(もうこうなったら、躊躇なんてしていられないわ! お母さんすらもわたし達の仲を引き裂こうというのなら、どんな手段でも使ってやる!)
具体的には何をどうすればいいのかは分からないけれど、とにかく子供さえ授かれば祝福してくれるはず! 近所でも、子供ができたらみんな喜んでたし!
ということでわたしは、寝静まった夜にお兄ちゃんの部屋へと侵入して──
「おい、ユイナス」
「……!?」
──侵入した途端に、お兄ちゃんがむっくりと起き上がった!?

「な、なんで起きてるのよお兄ちゃん!? 一度寝たら死んでも起きない眠りの深さなのに!」
「はぁ? 何言ってんだおまいは。そりゃ、死んじまったら起きないだろ」
「例えよ例え! いったいなんで起きてるのよ!」
「そりゃあもちろん、なんだか獣よりもキツい殺気めいたものを感じたら起きるだろ」
「殺気じゃなくて欲情よ!」
「なお悪いわ! とにかく勝手に侵入してくんな!」
ということで、わたしはペイっと部屋から放りだされてしまって……
翌朝は、お兄ちゃんがお母さんに告げ口して、朝食を抜かれてしまうのだった!
* * *
「はぁ……あの頃のわたしに、もっと性的な知識があったなら今頃は……」
わたしがそうぼやくと、紅茶を口に含んでいたリリィが……
盛大に吹き出した!

「汚いわね!? 紅茶が思いっきり掛かったじゃない!」
「あなたがおかしなことを言い出すからでしょ唐突に!?」
ふと昔のことを思い出していただけなのに、なぜか非難されて……だからわたしはリリィをジロリと睨む。侍女に渡されたハンカチで顔を拭きながら。
「おかしなことも何もないわよ。田舎じゃ、その手の知識はなかなか手に入らないから、わたしは知らなかったのよ。正確な子作りの方法を」
「だから何を言っておりますの!?」
「もし知っていたなら今頃はお兄ちゃんと結ばれて……こんな魔族の国にまで来ることもなかったのに」
「もはや意味不明ですわいろんな意味で!!」
「常日頃からイミフなこと言ってるあんたに言われたくない」
「どういうことですの!?」
今さら説明する気にもなれず、わたしは盛大にため息をつく。
(ミア以外にも、お兄ちゃんにいろんな女が群がってきて……いったいどうなってんのよ!?)
そもそも、お兄ちゃんの眠りの深さについては、わたしだけの秘密だったはずなのに!
なんでこんな大勢の女が知ってるわけ!? この状況、どう考えても異常でしょうフツーに考えて!
「はぁ………………だからといって、あんたをなじってても憂さ晴らしにもならないし……」
「酷い言われようですね!? でも……もっと言ってくださってもいいのですよ?」
「………………」
なぜか目を輝かせるリリィはガン無視して、わたしは今後の対策を練るのであった……
(番外編おしまい。第12巻につづく!)
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