
LIGHT NOVEL
すると即座に、ミアさん宅のリビングで一緒に待機していたユイナスが聞いてきます。
「捕縛って……どういうことよ?」
「状況はまだ分かりませんが……和議中の出来事とのことですし、お姉様が上手くやられたのだと思いますわ」
さらにはミアさんも、不安げな顔を向けてきました。
「なら……もう戦争は起こらないのでしょうか?」
「それもまだ分かりませんが……でも当面の戦闘は回避できたと考えていいでしょうね」
「そうですか……では……」
「ええ。この村が戦渦に巻き込まれることはないはずです」
わたしがそう言うと、ミアさんは安堵した顔つきになりました。
その後に入ってきた続報によると、敵司令官を捕らえたことで、敵軍勢は一気に瓦解。そのすべてを捕縛したとのこと。しかも、一滴の血を流すことも無く──まぁ黒焦げになった騎士は大勢いたようですが、命があっただけありがたいと思うべきでしょう。
そして当然、お姉様はもちろんのこと、ラーフルやアルデも無事とのことでした。
そんな報告を聞き終えて、ユイナスが深いため息をつきます。
「ふぅ……とりあえず、なんとかなったみたいね」
そんなつぶやきに、わたしは大きく頷いて見せます。
「お姉様がいらっしゃったのですから当然ですわ」
「それはそうだろうけど……にしても今回、ティスリには大きな借りを作っちゃったわ……」
「お姉様は、あの程度のことを『借り』だなんて思わないですわよ」
「だとしても、わたしがイヤなのよ。なんとかして返さないと……」
そうしてユイナスは、借りを返す算段でも考え始めたのでしょう。視線を落として何やらぶつぶつとつぶやき始めます。
そんなユイナスを見ていると……わたしは……
なぜか……
どういうわけか……
(な、なんで胸が高鳴るんですの……!?)
ユイナスを見る度に、心臓がドキドキしっぱなしなのです!?
この動悸を感じ始めたのは……先日、わたしの大失態を、ユイナスが庇ってくれたところからでした。
お姉様の言いつけを破って、戦地になりかねないこの村に来てしまったその事実を、ユイナスは「リリィはわたしに従っただけ」と庇ってくれたのです……!
まさかユイナスが庇ってくれるだなんて思ってもおらず、そのときのわたしは、唖然としているばかりでしたが……
思えば、そのときからこの動悸が収まらなくなっていたような……?
いえ、そもそも。
村へと転送してきて、敵騎士に見つかってしまった──あのとき。
貴族であるわたしは何もできなかったというのに、ユイナスが、勇ましくも騎士と対峙してくれて……!
最終的には、お姉様の魔具によって事なきを得たわけですが、そもそもユイナス自身、守護の指輪のことを忘れていたようですし、それなのにわたしを守って……!
いえきっと、ユイナスのことですから、わたしを守るだなんてことは微塵も考えていなかったのでしょう。窮地に陥ったから、それを回避すべくがむしゃらに行動した、ただそれだけだったのでしょう。
でもそんな状況だというのに、わたしを見捨てるどころか、わたしの手を引いてくれただなんて、まるでお伽話の王子様のようで……!
(い、いやいやいや……!? 何を考えてますのわたし!? これじゃあまるで、わたしがユイナスのことを──)
と、そこまで考えたところで、わたしの顔がボンッと音を立てたかのように熱くなりました!?
(ちちち、違いますわ!? そそそ、そんなことありませんわ! わたしはお姉様一筋ですわよ!?)
そうです! そうなのです!! わたしはお姉様一筋で──なぜなら幼少のころから、わたしをただ一人の女の子として扱ってくれたのは、お姉様だけだったのですから、そのお姉様への思慕が揺らぐことはないのです!
(で、でも……そう考えてみればユイナスだって……)
わたしのことを、身分で見たりはしませんでしたわよね……?
そもそも、ユイナス自身が平民であるにも関わらず。
だいたい平民なら、問答無用で平伏するのが当然でしょう? 平伏とまでは言わずとも、その身分差を弁えてしかるべきでしょう? 例えばミアさんのように、出しゃばることなく、でもさりげなく貴族をサポートする──そういうのができた平民というものではなくて?
なのにユイナスったら、最初からずっと、あのふてぶてしい態度!
だいたい貴族を──しかも大貴族であるこのわたしを脅すだなんて前代未聞ですわよ!?
ですが、よくよく考えればアルデも、お姉様やわたしにぜんぜん気を使っている素振りはないですし! ユイナスとアルデは、姿形は違っていてもやっぱり兄妹ですわ!
お姉様やわたしのような広い心がなければ、あの二人はとっくに不敬罪ですわよ!
でも、なぜか……
そんな遠慮ないユイナスの態度が当たり前になっていって……
だからわたしも、身分に関係なく、ユイナスを一人の女の子として見るようになっていって……
そうして、この村に滞在していたときも、王都でも、学校に通い始めても……
ユイナスが、わたしの隣にいることが当たり前になっていた。
むしろ、ユイナスのあの無愛想な態度が、なんだかちょっとお姉様っぽいというか? いえ性格は全然違うんですけど、気性の荒いお姉様というかに見えてきて、だからわたしは──
(──いやだから! 何を考えていますのわたし!?)
「あの……リリィ様……?」
一人で大慌てになっていると、ミアさんが首を傾げて聞いてきました。
「何か気掛かりなことでもおありでしょうか……?」
「気掛かりとは!?」
「いやその……今回の戦いのことで……」
「え? あ、ああ!」
わたしがワタワタしているから、この戦争でまだ気掛かりなことがあるのでは? と不安にさせてしまったようですわね!
この戦争については、一切合切まったくもって気掛かりなことはないのですが!
「い、いえ! 大丈夫ですわ! すべてお姉様が上手くやってくれますからね!」
「そうですか……?」
わたしがそう言っても、ミアさんの不思議そうな表情は消えません!
少しして、聡いミアさんはハッとした表情になりました!?
「あっ、なら……」
そしてミアさんは、まだブツブツと独り言をつぶやいているユイナスに視線を向けます!
そして意味ありげな表情で頷いてきました!
ミ、ミアさん!?
あなた、何か勘違いされてるんじゃなくって!?
ですがわたしが止める間もなく、ミアさんが話し始めてしまいましたわ!?
「ねぇ……ユイナスちゃん」
「…………何よ? 今、考え事で忙しいんだけど」
ジロリと睨むユイナスに、しかしミアさんは臆することなく話を続けます!
「この戦いが終わったら、また王都観光とかしたいね」
「………………あんた、それ典型的な死亡フラグだかんね?」
「しぼうふらぐ?」
「知らないなら別にいいけど……で、なんなのよ急に。王都観光ならちょくちょくしたでしょ。特にあんたは王都で暮らしてたんだし。わたしに隠れて」
「そ、それはごめんだけど……でも何かと忙しくて、そこまで観光できてなかったんだよ」
「そんなの知らないわよ。一人で観光してなさいよ。なんでお兄ちゃんもいないのに──」
「だから、アルデも一緒にみんなでどう?」
「それこそなんでよ? わたしは、お兄ちゃんと二人っきりがいいのよ」
「でもアルデは、ユイナスちゃんと毎回二人っきりで観光してくれるかしら?」
「……何が言いたいわけ?」
「『みんなで』という口実があれば、アルデだってすんなり来てくれるってこと」
「…………」
「それにユイナスちゃんだって練習は必要でしょう? いきなり王都のレストランとかに行って、マナーなんかで失敗すると恥ずかしいよ? わたしは結局、食事できなかったけど、お店に入るだけでけっこう緊張するし」
「………………」
「ユイナスちゃんが嫌だって言うなら、わたしは同行しないからさ。でもリリィ様は一緒がいいよね?」
「……なんでよ?」
「だって、マナーを習うにはリリィ様がいいでしょう? それとも殿下に聞く?」
「………………」
わたしはハラハラしっぱなしで二人の会話を聞いていましたが、話の矛先がこちらに向くと、ユイナスがジロリと睨んできました。
「ふん……ミアが行かないというのなら、そうね。下見も兼ねて、リリィに王都を案内させるのも悪くないわ」
「え……!?」
ユイナスのそんな言葉に、わたしの胸は跳ね上がります!
「い、いいんですの……!?」
「別に構わないわよ。あんたなら、お兄ちゃんを狙ったりはしないし。ティスリは来ちゃうだろうけど、だったらあんたがその相手をすればいいし」
「ユ、ユイナス……!」
裏切り者のわたしを許してくれて、しかも、お姉様との仲をまだ取り持ってくれるだなんて……!
ユイナスってば、思ったよりも心が広いのでしょうか……!?
そんなユイナスに感極まったわたしは、ユイナスの隣に移動するとその手を取りました。
「ユイナス……!」
「な、なによ……?」
「任せてくださいまし! 必ずや、あなたもお姉様も満足のいく観光地を案内して差し上げますわ!」
「そ、そう……?」
「とはいえお姉様は、不思議と庶民派スポットを好む傾向がありますから……まずはカフェでお茶などいかがでしょう?」
「まぁ……悪くはないわね。王都のカフェだったら、わたしたちにとっては十分に贅沢な場所だし」
「そうですか? ではそのあとは演劇を鑑賞し、まだ見ていない大聖堂なども見て回ったあとは、温泉宿にでも行きましょう!」
「温泉宿……! いいわね!」
「もちろん、アルデは別部屋ですわよ?」
「はぁ? わたしたちは兄妹なんだから一緒の部屋でいいでしょ」
「あなたに限ってはダメに決まってますでしょう?」
「なんでよ!?」
「とにかく、そんな感じで四人で遊びましょう! ぜったいですわよ!」
「わ、分かったけど……」
「うふふ……早く戦争が終わらないかしら。楽しみですわぁ……」
「それで……ちょっと……」
「どうかしたのですか、ユイナス」
「ちょっと近いってば……!?」
気づけばわたしは、ユイナスと、キスでもしそうなほどの距離まで詰め寄ってました……!
「あ、あら……わたしとしたことが……」
「『わたしとしたことが』じゃなくって! 離れなさいよ!?」
そうしてわたしは、握った手を振りほどかれて、ぐいっとユイナスに押し返されてしまいます。
な、なんでしょう……なんだかちょっと寂しいような……
今、わたしが浮かれていたのは、お姉様とおデートできるからであって、別に、ユイナスと仲直りデートができるからではありません、決して……!
だからユイナスに相変わらず連れなく扱われても、寂しさなんて感じないはずですが……
「ちょっとリリィ……昨日からこっち、なんか変じゃない?」
「そ、そうですか……?」
「そうよ。そもそもなんで、顔を真っ赤にしてるのよ」
「真っ赤になんてなってませんよ……!?」
「もしかして……風邪でも引いてるの?」
「わ、わたしを気遣ってくれるのですか!?」
「そんなんじゃないわよ!?」
などと言い合っているうちに、気づけば寂しさは吹き飛んでいて……
そんなわたしたちの会話を、ミアさんがニコニコしながら見守るのでした。
(番外編おわり。第7巻につづく!)
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