ライトノベル

LIGHT NOVEL

孤高のクーデレ王女がご執心!? オレは王城追放の平民なのに、なぜか二人っきりで逃避行!Vol.7

孤高のクーデレ王女がご執心!? オレは王城追放の平民なのに、なぜか二人っきりで逃避行!Vol.7

敵本陣へただ一人で殴り込み、ティスリを苦しめる相手を叩きのめしたアルデ。

その無茶な行動と真正面からの言葉に、ついに(あるいはようやく)自分の気持ちに気づいたティスリは一体これからどうするのか!? 終戦処理も大変だというのに……

というわけで火種を抱えたまま王都に帰ってきてみれば……戦後処理どころじゃないほどラブコメ展開が盛りだくさんです!

遊園地ダブルデートに雪山への修学旅行、さらには温泉旅館でのハプニング。もちろん中心人物は鈍感系を極めたアルデですから、その争奪戦は、先の内乱以上に大混乱!

幼馴染みと実妹が強力なライバルだというのに、素直になれないティスリの運命はいかに!?

しかも敗戦の将ジハルドは、ティスリのことをまだ諦めていないせいで、単なるストーカーに成り果てていて……

そんなハイテンションの異世界ラブコメ第7巻、ぜひご一読くださいませ!

試し読み

第1話 今は、少しでも近づかれるだけで……

「許せなかったんだよ。だから一発、殴ろうと思って」

 ただただ唖然とするしかないティスリわたしに、アルデが言葉を続けます。

「お前を苦しめているヤツがいると分かったら、居ても立ってもいられなくてな」

 そうして──

 ──わたしの思考は止まります。

 周囲は、敵本陣の真っ只中。だというのに奇妙な静けさに支配されていました。

 それもそのはずで、この場にいた騎士達は、アルデに倒されているのですから。

 敵指揮官であるジハルドもアルデに殴り飛ばされて……すでに意識を失ったようでした。

 だから今、この場にいるのはアルデとわたし、二人だけ。

 本陣の外では、相変わらず、断続的な爆発音が聞こえてきて……徐々に近づいてきている気もしますが、わたしは、その状況確認さえできなくなっていました。

 なぜなら……

 もう……

 アルデの姿しか、視界に入らなくなっていたから。

 そしてわたしは……

 気づいてしまったから。

 アルデのことが、好きだということに。

「な、なぁ……ティスリ?」

「………………」

「おーい? ティスリってば」

「…………え?」

 なんどかアルデに呼ばれていたようで、それでわたしはようやく我に返ります。

 ですがアルデの顔を見たら……赤面しているのが自分でも分かるほど、頬が熱くなって……

 思わず視線を逸らしてしまいました……!

 そうして地面を見るしかなくなっていると、アルデがおずおずと聞いていきます。

「やっぱ……まだ怒ってる?」

 以前だったら呆れて返答するだけだというのに、アルデの声音を聞いただけで、なぜか鳥肌が立つほどに……

 嬉しくて……!

 だからわたしは、そんな内心を悟られないよう、極めて事務的に伝えます。

「別に……もう怒ってません……」

 それでアルデが納得してくれればよかったのですが、なぜか納得してくれません……!

「いやけど……」

「だ、大丈夫です……怒ってませんから……」

「しかしだな……」

「だから怒ってませんってば……!」

 アルデが一歩近づいてくる度に、わたしは一歩引かざるを得ません。

 今は、少しでも近づかれるだけで……

 心がどうにかなってしまいそうだというのに……!

 だからわたしは距離を置こうとするのですが、相変わらずデリカシーのないアルデは、そんなわたしの心情なんてまるでお構いなしなのです!

「じゃあ、なんで逃げるんだよ?」

「に、逃げてません……!」

「でも逃げてるじゃん」

「逃げてませんてば……!」

「なら、オレが近づこうとするとどうして下がる?」

「そ、それは……!」

 アルデの事が……好きになってしまったからだなんて……

 それに気づいたら、鼓動が耐えきれないほど早くなってしまって……

 だから今は少し距離を置きたいだなんて……

 言えるわけないでしょう!?

 これまで通り普通に接しようと思っても、いま気づいたばかりだから、体も心も追いついていないんですよ!

 っていうか……

 わたしって……

 本当に、アルデのことを好きになってしまったんでしょうか?

 確かにこのシチュエーションは、お伽話に出てくる騎士のようではあります。窮地のヒロインを助けてくれる、そんな感じの騎士に。

 ですがわたしの場合は、別にアルデが来なくたって、こんな和議も内戦も、すぐに片付けることができたはずで……だから窮地に駆けつけてくれた騎士様、なんてお伽話的感覚は微塵も感じていないわけで……

 だとしたら、何かおかしくないですか?

 そもそも、あのアルデですよ?

 普段からお馬鹿さんで、ぬぼーっとしてて、わたしの気持ちなんてこれっぽっちも考慮してなくて、特技といったら剣術くらいしかないのに、いえ確かにあの剣術は凄いと言わざるを得ませんが、しかしだからと言って気が利かないことの言い訳になるはずもなく、言いたいコトは身分差もお構いなしにずげずげ言ってくるし、だからわたしもついつい言い返したりして、そんなケンカばかりの旅路だったはずなのに、どういうわけか気分はとてもラクで、だから気づけばアルデと旅するのが当たり前のように感じられて、そんな時間がずっと続けばいいなと思っていたら内戦が始まったからわたし達は離ればなれに──

 ──って、ちょっと待ちなさいわたし!?

 これじゃあまるで……

 わたしは……

 以前から……

 アルデのことが好きだったみたいじゃないですか!?

「おーい、ティスリさん……?」

「えっ……!?」

 また、我を忘れてアルデの事を考えていたら。

 そのアルデが、目前に迫っています!

 あと数歩迫られたら、体を触れられても文句は言えないくらいの距離に!!

「!?!?」

 だからわたしは、思いっきり飛び退きました!

 するとアルデが、あっけにとられた表情を向けてきます!

「え、あ、いやその……そこまで避けなくても……」

「さ、避けてませんよ!?」

「お前が怒り心頭なのは分かったけどさ……」

「怒り心頭でもありませんが!?」

「なんというか、こういう怒られ方はちょっとクるというか……ならば今まで通りに罵ってくれたほうがいいっていうか……」

「だから怒ってませんってば!」

 あとわたし、そこまで罵ったりはしていませんけどね!? たぶん!!

 と、とにかく……

 アルデに勘違いされると、あとあと何かと面倒ですから……

 ここは、自制心を総動員して誤解を解かなくては……

「わ、分かりました……わたしが怒っていないということを証明しようじゃないですか」

「えーと……どうやって?」

「ち、近づいてきてもいいですよ……! もう逃げませんから!」

「………………」

 わたしがそう言っても、アルデはなぜか釈然としない表情になります。

「まるでオレが、ムシケラのように扱われている気もするが……」

「そんなことはひと言もいってないでしょう!?」

「分かったよ。じゃあもう逃げるなよ?」

 そうしてアルデが、一歩一歩、わたしに近づいてきます。

 その距離が縮まるほどに、心臓の鼓動はますます早くなって……無意識に足が後退しそうになるから、わたしは拳を握ってその場に留まって……

 やがてアルデは、わたしの目前で立ち止まりました……!

「ど、どうですか! 逃げてないでしょ! これでわたしが怒っていないと──」

「なら、こっち見ろよ」

「………………!」

 な、何を言ってるんですかこの男は!?

 こ、こんな……

 こんな……

 いつでも抱き締められそうな距離で、男女が見つめ合うなんてどうかしてるでしょう!?

 もはや、わたしが何も言えずにうつむくしかなくなっていると、アルデの追い打ちが聞こえてきました……!

「やっぱ、怒ってるじゃん」

 わたしが小さく頭を振っても、アルデは認めてくれません!

「悪かったよ……勝手をして」

 だから、それはもういいですってば!

「でも気に入らなかったんだよ」

 そんな理由で作戦行動を乱すのは、本来なら重罪ですからね!? わたしは怒ってませんけど!

「それに……」

 それになんだというのですか!

「やっぱり、お前のことが心配だったから」

「……!?」

 まるで、心臓が飛び跳ねたかと思えるほどに鼓動が大きくなった、その拍子だったのか……

 わたしの顔もまた、跳ね上がりました。

 そしてアルデと、目が合います。

「…………?」

 少し不思議そうに、こちらを見つめてくるアルデ。

 その瞳には、多少の疑問と、そして言葉通りの心配が入り交じっているようでした。

「なぁティスリ……やっぱお前、どこか変じゃないか?」

「変じゃ……ないです……」

「でも顔が真っ赤だし」

「真っ赤じゃ、ないです」

「いやけど……あの男に、変な魔法でも掛けられてるんじゃ……」

「違います。わたしに魔法が掛かるわけないでしょう?」

「そりゃあ……そうだと思うけど……」

 魔法を掛けたのだとしたら……

 それは、あなた。

 わたしですら抵抗できないほどの魅了魔法を……あなたがわたしに、掛けたから……

 気づけばわたしは、アルデの胸板に手を添えていました。

「…………?」

 アルデは、不思議そうにこちらを見つめてくるだけ。

 こんなに近づいたのに……それだけ?

 相変わらずですね、アルデは。

 でも、もういいです。

 今に始まったことじゃないのですから。

 だからわたしは背伸びをして、そんなアルデに向かって、ゆっくりと近づこうと──

「殿下! ご無事ですか!?」

 ──その矢先。

 この天幕内に、ラーフルが飛び込んできました!

「!?」

 わたしは弾かれたように、アルデから飛び退きます!

 いいい、今わたし……何をしようとしてましたか!?

 激しい動悸の奥から、とてつもなく甘い衝動が一気に込み上げてきて、それで完全に自制心を奪われて……

 何をしようとしてましたかわたし!?

 わたしが混乱の真っ只中で右往左往していると、気づけばラーフルは頭を抱えて叫んでいました。

「どどど……どういうことだこれは!?」

 ああ……そういえば……

 ここは敵本陣の真っ只中、でしたね……

 しかも本来なら和議中。戦闘行為は絶対に避けるべき状況、でした。

 だというのにすべての騎士が打ち倒されていて……その総大将も倒れているのですから……

 頭を抱えたくなるのも分かります。

「アルデ! これは貴様がやったのか!?」

「え、えーっと……その……そうかも?」

「もはや軍法会議ものだぞこれは!?」

 そう言いながらアルデに詰め寄るラーフルを見て、わたしも今後の事後処理に思いを馳せることになり……

 ようやく、少しは我に返ったようでした……

第2話 上がりすぎな好感度

 最近のラーフルわたしは、気苦労が多すぎる……と我ながら思う。

 地方貴族の出自ながら、生ける伝説と謳われている王女殿下の親衛隊に抜擢され、さらにはその隊長まで拝命するようになったからには、もちろん粉骨砕身でお仕えするつもりだったし、そうしてきた自負もある。

 しかしここ最近は、その苦労の質が違っているのだ……!

 そして当然、原因は分かっている。

 アルデ・ラーマ。ヤツがすべての元凶なのだから!

 今回の四大貴族反乱にしたってそうだ。

 独立から戦争へと至ったこの反乱は、本来ならば事前に食い止められていたかもしれないのに、アルデが殿下の心を掻き乱したせいでそれも叶わず、いわんや最終和議に至っては、アルデ自らがそれを反故にするという始末……!

 もちろんわたしだって、あのジハルドとかいう男は張り倒してやりたかったし、そもそも、民兵を使った卑劣極まりない作戦──『人間の盾』には腹わたが煮えくり返る思いだった。

 しかしだからと言って……

 その衝動のまま、敵本陣に突貫するヤツがどこにいる!? しかも単騎で!

 それほどの戦闘能力があったとしても、命令をガン無視するなんて論外にも程があるだろ!?

 しかしアルデは、やってしまったのだ……

 ヤツにはそれだけの剣術があったし、しかも殿下が下賜された守護の指輪も相まって、簡単なことだったわけだ……

 つまりアルデに守護の指輪を装備させれば、それだけで、どんな戦地であろうとも指揮官を暗殺できるということでもあり……今後の軍事や外交に大きな影響を及ぼすこと必至かもしれないが、そもそもそのような手段は、殿下自身が望んでいないわけで……

 いずれにしても、わたしが敵本陣に到着したころには、すでに後の祭りだったわけだ。

 せめてもの救いだったのは、アルデが暗殺までは考えていなかったことだろうか。指揮官であるジハルドもその取り巻き騎士も息はあった……というか大した怪我もしていなかったので、ひとまずは捕虜として捕らえることになった。

 だがそもそも論として、和議中の戦闘行為自体が大問題ではあるのだが……

 さらに敵軍全体も、ジハルドが捕まったことであっけなく瓦解する。元々が平民の寄せ集めで、しかもまったく訓練もしていなかったわけだから、当然の帰結だった。

 それと大半の士官達が戦闘不能に陥ったこともあり、合戦どころではなくなっていたのだ。わたしが敵本陣に到着するまでに、多くの敵士官と接敵したものだから、守護の指輪のカウンター魔法によって黒焦げになったわけだ。

 改めて、殿下の魔法は凄まじいのひと言に尽きるが……

 いずれにしても、うやむやのうちに戦闘は終了した。

 戦死者はゼロ。重症者もゼロ。民兵に至ってはかすり傷一つ負っていないそうだ。その民兵は、捕虜ではなく難民扱いとして保護対象となった。

 そうして、戦場となったオックリー村での残務は早急に片付けたのち、我々は転送魔法で一足先に王都へと帰還する。

 和議を反故にしてジハルドを捕らえたことで、何はさておき終戦交渉を行わなければならないからだ。戦闘は勝利したとはいえ、こちらにも『和議の反故』という落ち度があるわけで、だからそういう落ち度は揉み消し工作をした上で、有利な条件で終戦をする必要がある。

 しかしこの厄介な局面においてなお……

 殿下が……

 心ここにあらずという感じなのだ!?

「──以上が、ジハルド・ボリーヴィアの調査報告です。改めてまとめますと、ボリーヴィア家の実態はすでになく、没落どころか滅亡していると言えます。にもかかわらずジハルドがボリーヴィア家を名乗ったということは、彼は、自らの出自を隠したという意図が窺えます」

 オックリー村での戦闘から数日後、王城の殿下執務室で、わたしはその報告書を読み上げるが……

 殿下は……

 アルデに……

 チラッチラッと視線を向けては、頬を赤らめていらっしゃる!

 あたかも、思春期女子が恋しているかのように!!

 いや年齢的には! 殿下は思春期真っ只中なのだけれども!?

「あ、あの……殿下?」

 わたしが意を決して殿下にお声がけすると、ハッとしたかのように殿下がこちらを向いた。

「え!? あ、はい! なんですか!?」

「い、いやその……今後の対応をどうしたものかと……」

「ええ、そうでしたよね! もちろん分かっていますよ!?」

 円卓を挟んでアタフタする殿下に、それを不思議そうに見つめるアルデ。そんなアルデの視線に気づいているのだろう殿下は、真っ赤になりながらも書類に目を落とす……

 今日の会議は、終始こんな感じなのだ……

 だからわたしは、アルデを会議に参加させることは反対だったのに……

 殿下が、どうしても絶対に何がなんでも、アルデを呼ぶというものだから……

 あの男に頭脳労働ができないことは、殿下だって分かっているはずなのに!

 じゃあなぜアルデを呼んだのだろうな!

 まさか「ひとときも離れたくないから」とか、そんなウブい理由じゃないよな!?

 だからわたしは、もはや憂さ晴らし同然にアルデへと問いかける。

「アルデは、どう考える?」

「へ? どう考えると言われても……」

 わたしの問いかけに、アルデが素っ頓狂な声をあげた。この男自身が、なぜこの場に呼ばれているのか分からないに違いない。

「いいから言ってみろ。さっきからだんまりでは、なんのために参加しているのか分からん」

「いや、それはオレが一番よく分からんのだが……まぁとりあえず、四大貴族の家長を逮捕すればよくね?」

「四大貴族はすでに別の国だ。つまりは国家元首。ならば逮捕はできない」

「じゃあ逮捕じゃなくてもいいからとりあえず捕らえて、領地の運営はティスリがするとか」

「ということは、お前は戦争継続という意見なのだな?」

「は? そんなこと言ってないだろ」

「国家元首を捕らえるということはそういうことだ。向こうが無条件降伏を受け入れるまで、徹底的に戦争をしなくてはならないのだからな」

「そ、そうなの……?」

「そうなのだ。そして元首を捕らえたのち、捕虜として生かし続けることもあり得ない」

「な、なんでだよ?」

「責任を取らせるため極刑に処すからだ」

「極刑!?」

「当然だろう? 国内にこれほどの混乱を招いたのだから。そもそもわたしは、奴らは反逆罪に等しいと思っている。ならばその罪でも極刑だ」

「い、いやしかし……さすがにそこまでは……」

 躊躇ためらうアルデに、しかしわたしは、それ以上取り合わずに殿下を見た。

「殿下。アルデの意見は元領主を捕らえることのようですが、どうでしょうか?」

 するとまたぞろ何かに思い悩んでいるご様子の殿下は、ふと我に返ったように顔を上げた。

「ええ、ではそのようにしてください」

「…………!?」

 あっさりと頷く殿下に、さすがにわたしも目を見開く……!

「ちょ、ちょっと待てティスリ!」

 わたし以上に驚いたアルデが殿下に言った。

「さすがにそれはやり過ぎじゃないか!?」

「……え? でも、あなたがそうしたいのでしょう?」

「ち、違うって! いやそもそも、政治なんてこれっぽっちも知らないオレの意見を採用するなよ!?」

「ですが……あなたは先日の戦闘で、すごく怒っていたではないですか。その怒りを収めるためには……」

「怒りはもう十分に収まってるから!?」

「そうですか? ならばいいのですが……」

 そうして殿下は、ぽーっとしたままアルデを見つめ続ける。

「な、なぁ……ティスリ?」

「なんですか?」

「おまい……もしかして風邪でも引いた?」

「え……? そんなことはないと思いますが……」

「でもここ最近、ずっと顔も赤いし……」

「赤面なんてしてませんよ!?」

 アルデに顔の赤さを指摘されたのがよほど恥ずかしかったのか、殿下はさらに真っ赤になって、ぷいっとそっぽを向いた……

 そんな殿下に、頬を掻きながら首をかしげるしかないアルデ……この男、つくづく鈍すぎるだろ……

 いやでも、アルデが聡かったら、それはそれでやっかい極まりない。以前にわたしがでっち上げた野心がアルデにあったならば、今の殿下であればあっさりと懐柔されて、下手したらアルデを国王に据える可能性だってなきにしもあらずなのだから。

 い、いや……さすがにそこまでするはずないとは思うが……

 でも今のやりとりひとつとっても、もはや……

 アルデのことしか考えてないじゃないか!?

 わたしはこの場で、アルデがしょうもないことを言って、殿下が呆れて、上がりすぎな好感度が少しでも落ちればと思って話を向けたというのに……

 落ちる気配がまるでない!

 いずれにしても、殿下がこんな状態であれば、いくらこの場で議論しても打開策は見いだせないだろう。

 かくいうわたしも、この無茶苦茶な状況において、有益な打開策は考えられていないわけで……殿下のせいにするわけにもいかない。

 くそ……これまで、どれほど殿下に頼りっぱなしだったのか……痛感させられるな。アルデの足を引っ張っている場合ではないというのに……

「なぁ……とりあえずさ……」

 わたしが内心で反省していると、アルデが口を開いた。

「向こうの出方が分からないなら、対策の立てようがなくね? 後手後手に回るかもしれないけどさ」

 ……くそ。悔しいが、確かにその通りではある。

 もし殿下が聡明なままであったなら、この場で、最高の対策を立てられるのだろうが、今はそうではない。だったらむしろ今こそ、凡人である我々が殿下を支えるべきなのだ。

 だからわたしは、肩の力を抜いてから頷いた。

「確かに……そうだな。まずは向こうの意向を知ってからでないと、どうにもならない。だとしたら我々は、引き続き、入念な諜報活動をしておくべきか……」

 特にジハルドに関しては、何かしらの裏があるはずなのだ。そうでなければ、断絶した家名を語るはずがないし、そもそも、四大貴族が重用するはずもないのだから。

 妥当な線としては、どこかしらの高位貴族ということになるだろうが、しかし我が国内で四大貴族が一目置く貴族は存在しない。だとしたら外国の可能性が濃厚だろう。

「殿下。諜報部には、四大貴族の意向を探らせるとともに、ジハルドの素性をより入念に調べさせる、という方針でいいでしょうか?」

 すると殿下は、やっぱり上の空といった感じで頷いた。

「ええ……そのようにしてください」

「了解しました。では最後の議題ですが……」

 そしてわたしは、資料を一枚めくってから話を続ける。

「アルデの処遇については、いかがなされますか?」

「へ……オレ?」

 ぽかんとするアルデに、わたしは鋭い視線を向ける。

「当然だ。軍令を無視し、和議という重大局面を台無しにしたのだからな。通常なら、軍法会議の上で極刑だ」

「また極刑かよ!?」

 のけぞるアルデだったが、しかしわたしもそこまでは考えていない。だが今後のことを考えると、まったくのお咎め無しでは周囲に示しが付かないわけだから、せめて降格処分くらいにはと考えていたのだが……

 しかし殿下は、ぽかんとした表情をこちらに向けた。

「処遇も何も、アルデは、わたし個人が雇い入れた護衛ですよ?」

「え? ええ……それは伺ってはいますが……」

「だから当然、軍属でもなんもありません。ならば軍令に従う必要もないし、そもそも、村へと行かせたのはただのお願いに過ぎません。命令ではないのです」

「え、えっと……」

「だったら、なんの問題もないでしょう?」

 いやいやいや!?

 問題ありまくりなんですよ殿下!?

 そもそも、平民が王城に出入りしているだけでも問題だったのだ。しかも、王族フロアにまで出入り自由だったものだから、あることないこと、というかないことばかりの噂が立ちまくっていたわけで!

 それでもギリギリ城内が回っていたのは、ひとえに殿下の後ろ盾と、アルデの尋常ならざる強さがあったからだった。なにしろこの城内にいるほとんどの人間は、あの空中庭園での一戦を目撃しているわけだからな……

 しかしそれは微妙な均衡なわけだから、いつ崩れるかもしれず……

 つまりはアルデの優遇をひがんで、隙あらば引きずり下ろそうとしている輩がいるわけだ、城内にはごまんと。

 戦闘力では敵わなくとも、手段なんていくらでもある。とくにアルデは頭が弱いからな。美人局つつもたせなんて古典的手段であってもアイツなら引っかかるだろう!

 そんな陰謀渦巻く宮中にとって、命令無視というアルデの失態は格好の餌なのだ。しかもその失態は、多くの人間が目撃してしまっているから隠し通すことも不可能。だというのに、まったくの罰則なしとなれば……

(いよいよ、妙な憶測が立ちまくるぞ!?)

 それこそ、殿下が男を囲っているから始まって王位簒奪さんだつまで、ありとあらゆる憶測が……!

 だからわたしは、冷や汗を拭ってから殿下に進言する。

「で、殿下……さすがにそれでは示しが付きません。もちろん極刑とまでは言わずとも、何かしらの降格処分を……」

 わたしがそう苦言を呈すると……

 殿下が、あからさまに不機嫌な顔つきになった!

「降格も何も、アルデはなんの階級もないのですから、処分のしようがありません」

「い、いやですが……」

「だいたい、宮中でのアルデの立場はわたしの客人です。客人に、どのような処分をしろというのですか」

「と、とはいえですね……」

「とにかく、アルデは何も悪くありません。よって処分の必要はないんです……!」

 殿下は、ちょっと頬を膨らませてぷいっと顔を背ける──子供かな!?

 そんな殿下に、アルデは感動した感じの顔を向ける!

「おお……まさかティスリにかばわれる日が来ようとは……」

 すると殿下は、ますます頬を赤らめて視線を逸らした!

「べ、別に……アルデを庇ってるわけじゃないんですからね……!」

 うん! これはもはやツンデレだな!? クールの欠片もなくなった!

「いや、今のが庇ってるんじゃないとしたらなんなの?」

 アルデお前、そこを突っ込むとか正気か!?

「べ、別にいいでしょなんでも!?」

 殿下! もはや反論もできてませんが!?

「まぁティスリが庇ってないというならいいけどさぁ……でもせめて礼くらいは言わせてくれよ。命拾いしたわけだし」

 本当だよ! お前、殿下のお気に入りじゃなかったら本当に極刑だったんだからな!?

「それは……ラーフルが大げさに言ってるだけです……」

 大げさでもなんでもないんですけどね本当は!

「でも助かったよ。ありがとうな」

 たまに出るその妙な素直さが殿下をたらし込んだのでは!?

「別に……大したことはしてません」

 殿下! もはやどう見ても恋する乙女の表情ですよソレ!?

「………………」

「………………」

 ………………と。

 そんな感じで、殿下もアルデもちょっと気恥ずかしそうに視線を逸らす……

 うん、なんだこれ?

 もしかして二人とも、この場にまだわたしが居ることを忘れているのではなかろうか──などと思うしかなかった……

第3話 それを認めたら、心が砕け散りそうです!!

 その日もティスリわたしは、書類仕事に勤しんでいました。

(ふぅ……さすがに、戦後処理は作業量が多いですね……)

 そんなことを考えながら、デスクに置いてある書類に改めて向き直ると……

 一行たりとも、筆が進んでいません。

(あ、あれ? わたしは確か、国内貴族への勅書を書いていたはず……)

 ですが、一行たりとも書かれていません。

(お、おかしいですね……今の今まで考えていたことを振り返ってみましょう……)

 まず勅書を書くにあたり、ラーフルの草案を確認しました。

 するとそこには、アルデへの罰則が再度進言されていて……

 罰則と言っても、やりようがないではないですか。アルデは私的な護衛で、ただの客人なのですから。同じ事を言わせないでほしいですね。

 ですがラーフルの進言では「アルデの城内立入制限、最低でも王族フロアへの立入禁止」などと書かれていましたが、それじゃあわたしの護衛にならないでしょう?

 そもそも王族フロアには、今はわたし一人しかいないのです。お父様は、別荘地で相変わらずのうのうと暮らしているのですから。だからアルデが王族フロアにやってきたところで、なんら問題はありません。

 まぁ……以前にわたしが、猫を愛でているときに鉢合わせて、だから恥ずかしさから怒ってしまって以降、アルデは王族フロアには来なくなってしまいましたが……でもあれは、いきなり恥ずかしい姿を見られたから怒っただけで、立ち入りが嫌だったわけじゃなかったのに……だいたい城内での仕事中は、なかなか会えないのですから、だったら休憩時間とかに来てくれたっていいじゃ──

 ──はっ!?

 そ、そうでした!

 ラーフルが妙な進言をしてくるものだから、それでアルデの事ばかり考えていたのでした……!

 だ、だから勅書が白紙のままだったと……!

「はぁ……こんなことではダメなのに……」

 最近は、どうにも仕事に身が入らず……こんなことばかりです。

 もちろん、今のわたしはその理由も分かっているのですが……

「やむを得ません。少し散歩でもして、気を紛らわせましょう……」

 わたしは執務室から出ると、当てもなく城内の散策をし始めます。

 そうして散策しながら考えました。

 どうすれば仕事が捗るかを。

 もちろん、捗らない理由は分かっているのですから、ならばどうすればいいか?

 あの和議から一週間が経って、さすがにわたしも冷静さを取り戻しました。だからいっそのこと、ここは素直になって認めましょう。

 わたしが……アルデを好きだということは……!

 そう思うだけで顔が熱くなって、わたしは思わず走り出したくなる衝動に駆られましたが……ぐっと我慢です。

 そもそもこの感情……いわゆる恋心(!)を認めさえすれば、心が落ち着いて仕事を進められると思ったのですが、現実はそう甘くなかったのです……

 認めれば認めるほど、なぜか、アルデの事ばかり考えてしまうのですから!

 こうしてわたしは、仕事に没頭することができず……いろんなことが遅れがちです。

 さすがに、これではいけないことは分かっています。

 いちど理解してしまった恋心というものは、もう取消ができないようですから、ならばせめて、ちょっとはアルデから思考を逸らさないと……

 いっときは、アルデと距離を置くことも考えていたというのに、今はそれを想像するだけで胸が締め付けられて……仕事どころではありません……!

 だから距離を置く──いわんや離別なんて絶対にできそうにないのですが、であればどうすれば……

 あ、そうです! ならば別のことを考えればいいのです!

 仕事内容だと、すぐ思考が逸れてしまうので、もっと関心のあることを考えましょう。

 わたしの関心事といえばアルデ──ではなく、その妹であるユイナスさん!

 そう! アルデの代わりにユイナスさんのことを考えればいいのです!

 そのユイナスさんは、わたし、アルデ、ラーフルが急ぎ王城へ戻ってきてから数日後に王都へと帰ってきています。リリィと共に。

 ちなみにミアさんは、引き続き村の引っ越しを進めるべく、今も地元に残っています。引っ越しが終わったら、再びテレジア家で働く意向のようですが……

 ……ミアさんって、やっぱり……わたしと同じ気持ちを抱えているのですよね? アルデに対して……

 夏の日のあのとき、森の中で、ミアさんがアルデに話していたことは……

 も、もしかしたら……

 告白、だったのでしょうか?

 わたしと同じ気持ちだったなら、その可能性は低くないわけで……雰囲気的にもそんな感じがしなくもなかったというか……

 だとしたらわたしは、いったいどうすれば……

 そしてアルデは、なんと答えたのか……

 はっ!

 い、いけません! またアルデのことを考え始めてました!

 ミアさんのことになると、どうしてもあの夏を思い出してしまうので、いったん保留にしておきましょう! 先送りしているだけな気がしますが、今はアルデから思考を逸らすことが肝心です!

 それでユイナスさんです。ユイナスさんの近状を考え続ければいいのです!

 ユイナスさんは、王都に戻ってきてからは冬休みも終わりましたので、再び学校に通うようになっています。リリィの邸宅から。

 だからわたしは、ここ最近は毎日、リリィ宅で夕食を取るようになりました。これまでにも週に数回は伺っていましたが、ここ最近は毎日……

 も、もちろん?

 アルデのこともありますが?

 そもそもユイナスさんとは、もともと仲良くしたかったですし?

 それに最近は、リリィの粘着質なところも鳴りを潜めてきました。これはきっと、ユイナスさんと関わることでいい方向に成長できているのでしょう。だからわたしも、リリィ宅に伺うのはそこまで抵抗がなくなっていました。

 そう……そうですよ。

 ああして、みんなと一緒にいて、そこにアルデがいる分には、わたしもそこまで意識しなくていいわけですし。今後もしばらくは、集団行動を心がけるようにしましょう。

 そうすればきっと、この不可思議な気持ちも整理がつくはず……!

(って考えている側から……どうしてわたしはここに来たのですか!?)

 わたしはふと足を止めて、その渡り廊下で悲鳴をあげそうになりました……!

 なぜなら……

 この二階の渡り廊下からは……

 アルデが訓練している広場が、よく見えるのですから!

(アルデから思考を逸らしても、体がアルデに向かっていては意味ないでしょう!?)

 わたしはその場にしゃがみ込み、頭を抱えます!

 いえ、そうではありません!

 これはたまたまです!!

 気分転換に城内を散歩していたら、アルデを求めて、アルデが衛士に訓練をつけているであろう広場へと無意識に向かっていた、なんてあり得ないのですから!

 意識だけでも制御不能だというのに、無意識までもアルデを求めていたら……

 どうなっちゃうんですかわたし!?

(い、いったん落ち着きましょう……とりあえず落ち着いて……)

 わたしはしゃがみ込みながら、深呼吸を数回繰り返しました。

(目下の問題は……仕事が進まないことです。アルデのせいで……)

 いえ……いい加減、なんでもアルデのせいにするのはやめましょう……

 もうちゃんと、現実を認めないと……

 たぶんきっとこれまでも、アルデが悪いと思い込んでいたことの大半は……

(わ、わたしが……アルデへの好意を隠したくて、八つ当たりしてただけで……)

 だ、だめです!?

 それを認めたら、心が砕け散りそうです!!

 超絶天才美少女だというのに、なんてお馬鹿さんだったんですかわたしは!?

 まるっきり、ただの嫌な人じゃないですか!?

(なのにアルデは……わたしに愛想を尽かすことなく旅に付き合ってくれて……そして今でも、一緒にいてくれる……)

 も、もしかして……アルデは……

 アルデも……わたしのことを?

 だ、だとしたら、わたしは……

 わたしは……

(はっ!? またアルデの事を考えてる!)

 しかもわたし、渡り廊下の手すりからちょっと顔を出して、アルデが訓練している姿に見入っているのですが!?

 隠れていたはずなのに!

 でも、分かっているのに目が離せません!

 だって仕方がないですよね!?

 アルデの格好いい姿を見られるのは、唯一、戦っているときだけなのですから!?

 それにほら、アルデが教官を務めるようになってから、衛士達の練度が飛躍的に向上していると聞いてますし!

 アルデって、意外と教え上手のようなんですよね。以前、武芸大会でベラトさんに教えたときも、ベラトさんの剣術はみるみるうちに向上しましたし。

 だとしたら、成果の出ている訓練の様子を王女として視察することは、なんら問題ないわけで──

「あの……殿下?」

「!?」

 ──などとわたしが考えていたら、ふいに背後から声を掛けられました!

 わたしが驚いて振り返ると、そこには女性親衛隊三人がこちらを見ていました!

「殿下、どうかされたのですか……?」

「ま、まさか……体調不良でうずくまっていたのでは!?」

「お顔も真っ赤ですわよ! ご病気ですか!?」

 わたしのことを心配してくれる女性隊員ですが、今は合わせる顔がありません!

「い、いえ違います! ちょ、ちょっと屈伸運動をしてただけですよ!」

「運動……こんなところで……?」

「え、ええ! ほら、あちらで衛士が訓練をしているでしょう!? あれを見てたら、少し体を動かしたくなっただけでして!」

「あれは……アルデ様の剣術指南ですわね」

 ア、アルデ様!?

 その違和感しかない呼び方に、わたしは思わず叫びそうになりましたが、その驚きをなんとか飲み込みます!

「アルデ様って……殿下と渡り合うほどにお強いんですよね?」

「しかも、指南を受ければ受けるほど強くなれるという噂ですわ」

「すごいですわよねぇ……わたしも一度、指南を受けたいと思っているのですが……」

 そんな雑談をしながら、三人の親衛隊は、懇願するようにこちらを見てきますが……

 だ、だめに決まってるでしょう!?

 わたしの親衛隊は女性しかいないのですから、アルデに指南をさせたら、何が起こるか分かったものじゃありません!?

 だからわたしは、親衛隊への指南はもとより接触そのものを厳禁にしているのです!

 だけど今なら分かります、分かってしまいます……!

 それがただの嫉妬からだったということは!

 だとしたら、彼女達の請願も無下にはできないわけで……!

「…………そ、そうですね……わたしも立ち会うのでしたら、それもいいかもしれません……」

「本当ですか殿下!?」

「それは嬉しい限りですわ!」

「ですが、お忙しい殿下の手を煩わせるわけにも……」

「い、いえ……最近のわたしは運動不足ですから、ちょうどよい機会になるでしょう……」

「そうですか! ならば早速段取りをつけますね!」

「あ、いえ……それもわたしがやりますので……」

「え? ですが、殿下にそんな雑事をさせるわけには……」

 などと話していたら、向こうから声が掛けられました。

「おーいティスリ、こんなとこで何してんの?」

 ……! ア、アルデ!

 どうやら休憩に入ったのか、あるいは一通りの訓練を終えたのか、アルデが渡り廊下を歩いて来たではないですか!

 アルデはわたしの客人ということになっていますから、城内では、親衛隊員より立場が上となります。面識があるならまだしも、そうではない彼女達は、深く頭をさげてアルデからの言葉を待ちます。

 となると必然的に、わたしとアルデが話すしかないわけで……

 アルデから思考を逸らすために出てきたのに、なぜこんなことに!?

「ア、アルデは……訓練はもういいのですか?」

「ん? ああ、見てたのか。ちょうど昼休憩に入ったから、食堂に行こうとしたところだ」

「そ、そうですか……」

「ところで、彼女達は?」

 もちろん分かっています。ずっと敬礼されていることに窮屈さを覚えて、アルデがそう聞いてきたことは。

 分かっていますけれども!

 アルデが、他の女性を気にしていること自体が……

 やっぱりとっても、腹立たしいのですが!?

「そ、それは……のちほど説明します。あなた達も、話はつけておきますから、もう行きなさい」

「はい! それでは失礼いたします!」

 そうして親衛隊員達は去って行きました。

 渡り廊下に取り残されたわたしに、アルデが聞いてきます。

「話って、なんの話?」

 ということで……

 わたしはため息をついてから言いました。

「せっかくですから……ランチでもしながら話しましょうか」

(Kindleに続く)

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