
LIGHT NOVEL
王都最大の大聖堂、その会議室で、
もちろん、和平交渉をするために。
本来なら王城で行うのが筋だし、出席するのは当然殿下ということになるのだが、四貴族はそれを断固として拒否してきたので、それに関しては我々が譲歩した。だから市中の大聖堂で、わたしが名代を務めることになったわけだが……
実質的な戦勝国である我々が譲歩したのは、交渉相手と場所については、向こうが和平交渉を有利に進めるためではないと考えたからだ。
『人間の盾』などという卑劣な作戦に出てもなお大敗を喫し、そのあげくジハルドまで捕らえられたのだから、そもそも向こうには交渉材料なんてないに等しい。
にもかかわらず、なぜこの期に及んで相手と場所を拒んだのか?
それは単に、殿下にビビっているだけだからだ。
たった一人で、国軍を軽く凌ぐ戦闘力を保有する殿下なのだから、それはもはや敵に囲まれて交渉するのも同然だろう。しかもそれが王城ともなれば逃げ場すらない。ある意味で、尻込みするのも当然と言えるのだが……
(ならば最初から、反乱など考えなければよかったものを)
内々で不満だけを募らせた結果、ジハルドに──つまりは第三国に付け入る隙を与えてしまったのだろう。本当に、愚かと言わざるを得ないな。
「さて……そろそろ交渉を始めようと思うが、よろしいか?」
いつまでも口を開かない四貴族に向かってわたしがそう言うが、彼らは視線も合わせようとしない。
もう面倒になってきたので、わたしはそのまま話を進めることにした。
「我が国としては、貴殿らの要求は呑もうと考えている。つまりはジハルドの解放と、貴殿ら身分の保障だ」
わたしのその言葉に、四貴族の表情はいくらか和らぐ。
もっとも、このあとから現実を突きつけることになるのだが。
「ただしもちろん、これまで通りに領地運営を任せるわけにはいかない。運営実務は任せるが、司法権と立法権は放棄すること。これが条件である」
「な、なんだと……!?」
わたしのその台詞に、いよいよ四貴族は目の色を変えた。
「それでは、実質的に身分を奪われているのと同じではないか!」
「我らの要求は身分の保障だぞ!」
「そうだ! お為ごかしも大概にしろ!」
「我らをなんだと思っているのだ!」
案の定、四貴族は烈火のごとく怒ってくる。相手が殿下であるならば、こんな罵詈雑言なんて浴びせる勇気もないだろうに、わたしが地方貴族だということは知っているだろうから強気に出ているようだな。
まさに、弱い犬ほどよく吠えるといったところか。
しかしもちろんわたしには、連中の気分を配慮する義理も状況もまるでないわけだが。
「ならば戦争続行ということでよろしいな?」
「なっ……!?」
わたしのそのひと言で、四貴族が絶句する。
「殿下が示された条件はこれだけである。そして我々としても、これ以上の譲歩はない。つまりこれが受け入れられない場合は当然、戦争続行となるわけだが、それでよろしいな、と聞いている」
「ふ、ふざけるな!?」
そうして四貴族は、またも悪あがきを始める。
「こ、こんなもの、交渉でもなんでもない!」
「そもそも交渉の余地がなかろう!?」
「これではただの恫喝だ!」
「そうだ! だいたい貴様らは、和議中の戦闘という卑怯極まりない手段で我が軍を下しただけであろうが!?」
やはり、そこを付いてくるか。
我々唯一の落ち度は、アルデが勝手に敵軍に突撃して、和議中のジハルドを殴り飛ばしてしまった件だからな。
もっとも。
そこが、我々最強のカードにもなるわけだが。
「もちろん、そこは我々も落ち度と認識している。一兵卒が先走ったとはいえ、それを指揮しきれなかったのは我らの過失だ」
「な、ならば……!」
「だからジハルドは解放すると言っているだろう?」
「な、何を言っている!? たったそれだけのことで、その過失が許されるとでも──」
「本来ならば」
四貴族の言葉を遮って、わたしは立ち上がる。
「我々は、このまま戦争継続しても構わないのだが? それを、貴殿ら身分の保障まですると言っているのだ。むしろ殿下の恩情に感謝すべきだとわたしは思うがな」
「お、恩着せがましいことを……! そもそも我らの高貴な身分は、神から授かったもの! その権能をないがしろにしてきたのは殿下ではないか!?」
「神……か」
もし神がいるとするならば、その権能と寵愛を一身に受けているのは殿下だけなのでは? とわたしだったら思うけどな。
連中に、そんな発想はまるでないらしい。
だからわたしははっきりと告げる。
「ならば今回の戦いは聖戦だ。どちらが神に選ばれたものなのか、それを決定するための聖戦である以上、貴殿らは絶対に引き下がらないと言いたいのだな?」
「ぐっ……!」
しばらく言葉を詰まらせる四貴族だったが、しかし。
脂汗を浮かべながらも身を乗り出してくる。
「い、いいだろう……! ならば我々は国家の総力を上げて、貴族と臣民が一丸となって戦うまでだ!」
「そ、そうだ! 臣民が一人もいなくなるまで徹底抗戦あるのみ!」
「そっちがその気なら受けて立つ!」
「それでもいいというのだな、貴様は!?」
つまりは、引き続き臣民を民兵として最前線に送り出すというわけか。
民兵ならば、殿下は攻撃できないと未だに考えているらしい。
だからわたしは、そんな彼らに冷たい視線を送る。
「貴殿らは、この戦争の在り方を勘違いしているようだな?」
「な、なんだと……?」
「戦争継続となれば、我々は、二国の再統合を見据えた上で戦うことになる」
「すでに勝った気でいるのか!?」
「当然であろう。そもそも国力も戦力も、何もかもが違いすぎるのだからな」
「だからこそ我々は国家を総動員して──」
「であるならば、貴重な資産である臣民を攻撃するわけないだろう?」
この言い方は……殿下の薫陶に触れた今のわたしには、大きな違和感を覚える。だが古い価値観を引きずっている四貴族に理解させるためには、こう表現するしかない。
しかしそれでも話の筋をまったく理解しない四貴族が身を乗り出してくる。
「兵士を攻撃せずに、いったいどうやって戦争を終わらせるつもりだ!?」
「簡単な話だ」
そしてわたしは、最強のカードを突きつける。
「ジハルドがなぜ倒されたのか、少しは考えてみるがいい」
「そ、それは、和議中だったから──」
「和議会場は、貴殿らの天幕だったのだぞ? 我々から見れば敵陣の真っ只中だ。そこでジハルドが攻撃を受けること、それ自体がおかしな話だろう?」
「な、何が言いたい……」
苦渋に満ちた表情の四貴族は、この段階に至ってなお、自分達の命運が分からないらしい。
だからわたしは、はっきりと言ってやる。
「戦争とは、何も両軍が衝突するばかりが戦いではない。敵将さえ屠れば片が付くのだからな」
「なっ……!?」
「ジハルドを奇襲したあの一兵卒を指揮しきれなかったのは、もちろん我々の落ち度ではある。それを承知で言い訳をさせてもらうが、我々は指揮しなかったのではない。できなかったのだよ」
「ど、どういうことだ……!?」
そうして徐々に、四貴族の顔が青ざめていく。
この段階に至って、ようやく、自らの命運を悟り始めたらしいな。
「自軍の国境警備隊全軍をもってしても、ヤツの戦闘力に敵わないのだ。何しろヤツは、殿下の魔具を装備しているからな」
「…………!」
「そうなるとヤツはもう無敵だよ。敵本陣は元より、どんな要塞であろうと王城であろうと、単騎で正面から切り込み、かつ安々と瓦解させられるであろう」
「そ、そんな馬鹿な話……」
「馬鹿なものか。ヤツはかつて王城地下牢から抜け出し大暴れして、その後に空中庭園で殿下とやり合ったあの男だぞ?」
「な……!?」
「貴殿らも見ていただろう? 衛士が次々と黒焦げになる様を。そして殿下をも上回る剣術を。その男が、完全防御結界を展開する魔具を装備しているのだ。どうやって止められるというのだ?」
「完全……ぼうぎょ……!」
「だから我々も止められなかったのだよ。だがしかし、よかった」
わたしは、四貴族達を思い切り
「あの場に殿下がいてくれて。そうでなかったら今ごろジハルドは、首だけになっていただろうからな。となると後々の処理が今以上に面倒になっていた」
「…………!?」
「だから貴殿らも、今後の戦争には気を付けよ。我々としても──」
そうしてわたしは書類をしまいながら、ぽそりと言った。
「──暗殺などという卑怯な手は使いたくないのでね」
「ま、待ってくれ!?」
議場を後にしようとするわたしの背に向かって、四貴族が声を張り上げる。
しかしわたしは、お構いなしに扉のノブに手を掛けて──
「ま、待てと言っている!?」
「そんな話は聞いていないぞ!?」
「それでは戦争にもならないではないか!」
「わ、分かった! 呑むから! 貴様らの要求は呑むから待ってくれ!?」
こうして。
四貴族は、我が身可愛さにこちらの要求を呑むことになる。
本来は極刑されたっておかしくないのだ。
この程度の処分で済んだのは、むしろ幸運と言えるだろう。
あとは精々、カルヴァン王国と殿下のため、身を粉にして働いてもらうことにしようか。
(おしまい)
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