第6巻 番外編

LIGHT NOVEL

番外編2ミアのお詫び

 村の移転が決定して、ミアわたし達は慌ただしく引っ越し作業をしていた。

 そんな状況だから、この機会にアルデとの関係を深めたい、だなんてできるはずもなく……

 でもなぁ……せっかくユイナスちゃんがいないのに……

 こんなチャンス、滅多にあるわけじゃない。何しろユイナスちゃんは、ずっとアルデと一緒にいるし。まぁ兄妹だから仕方が無いんだけど……

 ……いやそもそも、兄妹といっても二人とももういい年齢だし。本当に仕方が無いのかな?

 いやけど……

 やっぱり今、アルデの気を引くなんてフェアじゃない気がする。

 ユイナスちゃんはともかく、なんだか殿下に申し訳ない気がするし……

(こんなことばっかり考えているからダメなんだよね……)

 わたしは、書庫で荷物整理をしながらため息をつく。

 結局のところ、ユイナスちゃんも殿下も、行動を起こさないための言い訳にしているだけなんだ。

 そんなことは分かってる。

 だからせめて、何か口実が欲しい。

 こんな状況でも、アルデとゆっくり話せる口実が……

(あ、そうだ……!)

 と、そこでわたしは思い出す。

 そう言えば、あまりに色々ありすぎて、クリスマスディナーをすっぽかしてしまったことを、まだアルデに謝罪してない!

 だったら、それを口実にすれば……いやもちろん、謝罪したい気持ちはめいっぱいあるわけで、たまたま口実になるだけというか……

 それに「すっぽかしてごめんね?」だけでは、さすがに申し訳ない。

 だったら、あのときはディナーだったのだから、お貴族様御用達の料理だなんて振る舞えないけど、でも……

 心を込めた手料理だったら、多少のお詫びにはなるかもしれない。

 それに引っ越し作業で忙しいといっても、夜だったら空いているはずだし。

(……うん、そうだ。そうしよう……!)

 そこでわたしは周囲を見回す。

 ナーヴィンが書庫整理を手伝ってくれているから、一言いってちょっと抜けだそうと思ったんだけど……

 そのときなぜか、鳥肌が立った。

「………………!?」

 周囲を見回す。

 向こうでナーヴィンが荷物整理をしている以外、人影はない。

 でもわたしは、思わずつぶやいていた。

「な、なに……?」

 まるで、誰かに見られていたような……

 でも出入口に視線を向けても、誰かがいる気配はない。

(き、気のせいよね……)

 けどなぜか、この場を離れるのはマズイ気がして……

 とくに、今からアルデに会いに行くのは……

 ……ものすっごく、マズイ気がする!

(な、なんでだろう……やっぱり、後ろめたいからかな……?)

 でも友達を──わたしはそれ以上の関係だと思いたいけど現状は友達であるアルデを、食事に誘うことは普通だし……

(あ、そうだ。だったら!)

 どうしても拭いきれない危機感に、わたしは通信魔法のことを思い出す。

 殿下にも、アルデには反復練習させるよう仰せつかってるし、一石二鳥だよね。

 それに通信魔法なら、妙な胸騒ぎは感じない。なぜなのかは結局よく分からないけど。

 ということでわたしは、通信魔法で、アルデとディナーの約束をすることが出来た。

 

* * *

 

 その夜、アルデオレはミアんちに訪れていた。

 なんでも、ディナーの件でお詫びがしたいとかで。

 別にそんな気にする必要ないのに、相変わらず生真面目なヤツだなぁと思いながらも、拒む理由もないのでオレはご相伴にあずかることにした。

「あれ? 親父さんは?」

 リビングに入ると、ミア以外に誰もいない。そのミアは、キッチンカウンターからいってきた。

「お父さん、今日は村の会合で出払ってるんだ。夜遅くなると思う」

「ああ……そういや会合があるっていってたっけか」

 うちにも回覧板が回ってきてたな。親父が参加しているはずだ。

 オレがそんなことを思い出していたらミアがいった。

「うん、だから気楽に座ってて」

「何か手伝うぞ」

「大丈夫だよ。そもそも今日はお詫びだし」

「そんな気にすることないのに。それに、手持ち無沙汰だと落ち着かないし」

「そう? なら……食器を運んでもらえるかな」

 ということでオレは、キッチンに入ると食器を手に取る。

 すると、エプロン姿のミアと目が合う。なぜか頬を赤らめていた。

 どうやらシチューを作っているらしいから、その熱気で熱いようだな。

 その火照った感じのミアが、ぽつりと言った。

「な、なんだか……こうしていると……」

「こうしていると?」

「う、ううん! なんでもない!」

「……?」

 オレは首を傾げながらもテーブルに食器を並べた。

 こうしていると、なんだというのだろう?

 まさか「こうしていると、犬に餌付けしているよう」などとミアが言うはずもないし。

 ……ティスリなら言いかねないが。

 そんな感じで食事の準備も済み、ミアがビーフシチューその他の料理を運んできた。

「おお……すごい豪華じゃん」

「ふふっ。アルデに手料理をご馳走するのは久しぶりだからね。張り切っちゃった」

「久しぶりって……そうだったっけ?」

「そうだよ。だいたい、アルデは村から出ちゃったじゃない」

「ああ……そういやそうか。忙しかったせいか、あんまり実感ないんだけどな」

「アルデがいなくなったこと、わたしはすごく実感してたけどな……」

「なんで?」

「…………なんでも」

 ……なぜか。

 ミアの機嫌がちょっと斜めった気がするが……

 でもミアは、その後すぐ笑顔を向けてくる。

「とにかく、冷めないうちに食べよ」

「お、おお……じゃあ頂きます」

 オレは内心で胸を撫で下ろす。

 これがティスリなら、ガチで機嫌を損ねそうな雰囲気だったが、さすがは優しさがウリのミア。

 オレの気のせいだったようだ。

 いかんいかん……どうもティスリと知り合ってから、女性に対して苦手意識が芽生えているような気がするぞ。

 あの気質はティスリならではであって、女性全員がああじゃないというのに。

 むしろ全員ああだったら……怖すぎだろ。

 なんてことを考えながら、オレはビーフシチューを一口含んだ。

「おお……さすがはミア。旨い」

「ふふっ。ありがと」

 これがティスリだったら、絶対に塩の味しかしないだろう──

 ──ってかオレ、なんでかティスリの事ばかり考えてるな?

 と気づいたところで、いきなり、頭の中に「ちりりりり〜ん……」という音が響く。

「うおっと!?」

 思わず声に出すと「ど、どうしたの?」とミアが驚いている。

「あ……通信魔法だ……」

「相変わらず慣れてないのね」

「お、おう……悪い、ちょっと待っててくれ」

 そうしてオレは、思わず「もしもし?」と声に出して応答してしまう。

(お兄ちゃん! 今日もおしゃべりしよ!)

「…………ユイナスかよ」

 通信相手はユイナスだった。

 オレのそのつぶやきを聞いて、ミアがちょっと緊張したようだ。

 何しろユイナスは、ミアにキツく当たるからなぁ……直接話していないとはいえ、ユイナスの名前を聞くだけで緊張するらしい。

 まぁいいや。ミアに状況を伝えるためにも、このまま声に出して通信しよう。

「おいユイナス、毎晩毎晩、通信してくるなよ」

(えー、なんでよ? こんなに便利なんだから、毎晩通信するのは当たり前でしょ)

「なんで当たり前なんだ。そもそも通信魔法なんて、おいそれと使えないんだぞ」

(そうよねぇ……おいそれと使えるようになったら、絶対に、恋人同士が使いまくると思うけど)

「ならなおさら、今日はこれで終了だ」

(なんでよ!?)

「オレ達は兄妹同士なんだからな」

(兄妹も恋人も変わらないでしょ!)

「変わりすぎだっつーの!」

(………………)

「分かったなら切るからな?」

(………………ちょっと、お兄ちゃん?)

「なんだよ」

(今日はずいぶんと急かすわね?)

「急かす? どういう意味だ?」

(いつもなら、嫌だ嫌だと言いながらも相手をしてくれるじゃない。なのに今日は、やけに早く切り上げるわね)

「いま食事中なんだよ」

(誰と?)

 ミアと──

 ──という言葉を、オレはギリギリ飲み込む。

「……そりゃ、親とシバに決まってるだろ」

(ふぅん……そう……)

「だから切るからな。その代わりに、明日は付き合ってやるから」

(………………分かった。もういい)

 そう言って、ユイナスのほうから通信を切ってしまう。

 なんだ? 今日はやけに素直だったな?

 オレが首を傾げている、と──

 ──目の前のミアが「う〜ん」と唸っていた。

 

* * *

 

 どうやら通信は終わったようね──なんてミアわたしが考えた、その途端。

 ちりりりり〜ん……

 頭の中で、ベル音が響いた。

 だからわたしは、思わず唸る。

「う、う〜ん……さすがはユイナスちゃん……」

「どうした?」

「今の会話で、アルデがわたしと食事をしている、と気づいたみたい」

「まじか!?」

「たぶん……」

 わたしにユイナスちゃんの声は聞こえないから、会話の詳細までは分からなかったけれど、きっと、アルデの微妙な変化から気づいたのだろう……

 気づいたというか、当たりを付けたといったほうが正しいかもだけど。

 いずれにしても、アルデと違ってとんでもない勘の良さよね。本当に兄妹なのかしら……

「仕方ない……なんとかしてみる」

「お、おう……悪いな」

「ぜんぜん大丈夫だよ」

 だって……アルデと一緒になりたいなら……

 絶対に攻略しなくちゃいけない相手だしね……!

 ということでわたしは、気合いを入れて通話に出た。アルデと同じように声に出して。

「もしもし?」

(ミア? わたし──ユイナスだけど)

「ユイナスちゃん? 珍しい……というより初めてかな? わたしに通信だなんて」

 わたしは、ユイナスちゃんに気取られないよう驚いたふりをする。声だけなら、ユイナスちゃんと言えども簡単には気づかないはず。

 するとユイナスちゃんは、いつもの不機嫌な声で答えてきた。

(まぁ……そうね)

「嬉しいな。ユイナスちゃんから連絡をくれるなんて。それとも何か問題でもあった?」

(別に問題とかじゃないわ)

「じゃあ、わたしと雑談でもしてくれるのかな?」

(なんでそうなるのよ!)

「なんでって……問題もないのにユイナスちゃんから連絡をくれたわけだし」

(そ、それは……!)

 少しの間、ユイナスちゃんはだんまりを決め込む。

 勢いで通信をしてきたまではよかったけど、その後の展開はさすがに考えてなかったらしい。

 というより、初動のわたしの反応を信じてくれたのかも。

 そしてユイナスちゃんはぼそりと言った。

(村の様子が気になっただけよ)

「村の様子? そういうのは、アルデから聞いてると思ったけど」

(聞いてるけど……いちおう、ミアからも聞いておこうと思って)

「そうなんだ! もちろん話すよ。あ、そうしたらじっくり話したいから、珈琲でも淹れようかな。あとお茶菓子も持ってきて──」

(あーうそうそ! やっぱりナシ!!)

 わたしの話を遮って、ユイナスちゃんが言ってくる。

(やっぱいいわ! お兄ちゃんだけで十分だった!)

「えー……そんなこと言わないで、少し話そうよ」

(いいって言ってるでしょ!)

「だったらわたし、これからお風呂に入るつもりだったし、しばらく通信は出られないけどいいの?」

(いいわよ!)

「もう……連れないな。ユイナスちゃんのほうから連絡くれたんじゃない」

(ちょっとした気の迷いってヤツよ! もう切るからね!)

「分かったよ。でも何かあったらいつでも連絡してね?」

(何かあったらね!)

 そういって、ユイナスちゃんは通信を切った。

「ふぅ……」

 そしてわたしは、大きく息を吐く。

「どうだった?」

 おどおどした感じで聞いてくるアルデに、わたしは苦笑を向けた。

「大丈夫。バレてないよ」

「そうか……」

 そうしてアルデも安堵のため息をつく。

「アイツ、お前といるとやたら不機嫌になるからな。助かったよ」

「うん、まぁ……わたしのせいでもあるわけだし」

 不機嫌になることが分かってるのに、どうしてその理由までは考えないのか……わたしはちょっと呆れる。

 強いていえば兄妹だから考えるはずもない、のかもしれないけど、アルデの場合は全方位でこうだからなぁ……

 わたしの告白も、完全に忘れているようだし。

 答えはいらないけど──

 ──「覚えておいて」って言ったじゃん。

 だからわたしは、ちょっと意地悪をしたくなった。

「でもこれで、ユイナスちゃんに秘密が出来ちゃったね」

「秘密? まぁそうかもだけど、でも友達と食事をするくらい──」

「ふぅん……友達、なんだ?」

 わたしは思わず、目を細める。

 アルデはぽかんとして聞いてきた。

「え? 違うの?」

「違うんじゃない?」

「ええ!? オレは友達だと思っているんだが!?」

 まぁ……そうよね。

 アルデにしてみれば、友達以上の関係なんて思いも寄らないよね。

 もちろん、分かってる。

 分かってるけど──

 ──告られた相手を友達呼ばわり、はないでしょう?

「ふぅん……そうなんだ。アルデはわたしのこと、友達だと思ってるんだ」

「お、おう……お前は……違うってのか?」

「違うかもねぇ?」

「そ、そなの……?」

 なんとなく気落ちするアルデ。

 そんなアルデを見てると、どうしても憎めなくて──

 ──だからわたしは、彼を好きになったんだろうな。

「じゃあ……ミアはオレのこと、どう思ってるんだ?」

 まるで自信のないカレシのような台詞に、わたしは思わず失笑する。

「な、なんで笑うんだよ?」

「ごめんごめん、たまにはこういうのもいいかなと思って」

 おどけるわたしに、さすがに気づいたのかアルデがムッとする。

「なんだよ……からかってたのか?」

「そうだねぇ……半分は」

「半分? なら残りの半分はどうだっていうんだ」

「聞きたい?」

 わたしは含み笑いを浮かべる。

 アルデは、ちょっと顔をしかめながらも頷く。

 だからわたしは、にこやかに言った。

「誰よりも大切な友達──だと思ってるよ」

 そんな台詞を聞いたアルデが、どんな顔をしたのか──

 ──それは、わたしだけのものだと思えた。

(おしまい)

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